ナレッジ

新人病院経理課長の1年(第4話)

今回のテーマ『キャッシュ・フロー経営(資金繰り管理)』

病院の新人経理課長、等松太郎の視点を通じて、財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説します。

新人病院経理課長の1年 (第4話) ストーリー

「経営会議の早期化はなんとかなりそうだ。次は・・・」山本事務長から医療法人トーマス(一般200床)の経営会議の見直しを依頼された等松太郎は、再びパソコンの画面に目を落とした。

【改善項目リスト】

  1. タイムリーな経営会議の開催
  2. キャッシュ・フロー経営の視点(資金繰り管理)(解説1参照)
  3. 効果的な経営会議の実施

「次はキャッシュ・フロー経営だな・・・」太郎は以前勤めていた民間企業の頃を思い出した。支店の営業から本社経理部への辞令を受け、異動したばかりのときは右も左も分からなかった。その当時の上司からいつも言われ続けた言葉が今でも頭にこびりついている。
「いいか太郎、企業経営はキャッシュ・イズ・キング、お金ありきなんだよ。損益だけ見てちゃダメなんだ。キャッシュ・フローを合わせて見れば会社の状況が手に取るように分かるんだ・・・手に取るようにね。」

現在の経営会議ではキャッシュ・フロー、すなわち医療法人トーマスがどのような活動からいくらの収入を得ていて、どのような活動でいくらの支出をしているか、という資金の動きに関する資料は一切作成されていなかった。実務では山本事務長が資金繰りを見ていることになっているが、その詳しい内容を知る者は山本事務長以外誰もいなかった。

「企業であろうと病院であろうと、キャッシュ・フローの構造は同じはずだ。」太郎は得意の独り言を呟いた。マウスを小気味よく動かし、キャッシュ・フローの構造を表した図(図表1参照)を作成した。そして手元にある前期の試算表などの資料を用いて数字を打ち込み始めた。「とりあえずは簡易的に作ろうか。税引前当期純利益や減価償却費は損益計算書の数字を入れて、その他は貸借対照表や増減明細表などの数字を入れれば・・・出来た!」

太郎は出来あがった前期の簡易的なキャッシュ・フロー計算書(図表2参照)を眺めた。

「キャッシュ・フローはマイナスだったか(△10)。本業はそこそこ収入を得ていた(+120)が、大型医療機器の設備投資(△200)を自前で賄える程ではなく、借入(+70)を行ったんだな。」

自分でいれたコーヒーをすすりながら、太郎は前回初めて出席した経営会議を思い返した。石上さんは相変わらずずり落ちそうな黒縁眼鏡を押さえながらパソコンに向かっている。

「返済を順調に行うためには、月次での収入見込み、支出見込みの管理が必須だな。それに設備投資の効果、すなわち大型医療機器の稼働率を月次で厳しく見ていく必要があるぞ。・・・稼働率を上げるために、うちは何をしているんだろう?そんな話、経営会議で出てきてないな。外来患者が大きく落ち込んでいるのに、院長は『みんなで患者を集めて頑張ろう』と言っていただけだった・・・」

太郎がパソコンの画面を夢中で睨んでいると、誰かが後ろから太郎の肩を軽く二度叩いた。「はい?」太郎が振り向くと、そこには医事課一筋30年の大ベテラン、田中医事課長が不機嫌そうに立っている。

「経営会議のことでワシに用って、何じゃい?」いよいよ対決である。」

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアユニットが執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2009年から2010年まで連載されていた「病院経理課長の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

図表1:キャッシュフローの構造化

図表2:前期の簡易的なCF計算書

解説1 :経営会議の早期化(月次決算管理)

1.キャッシュ・フロー管理の基本的視点

等松太郎は、現状の経営会議の問題点の一つとしてキャッシュ・フローの視点がないことを挙げています。黒字倒産という言葉があるように、利益がどんなに多額に出ていてもキャッシュ(お金)が無ければ事業の存続は不可能です。このように利益の有無とキャッシュの有無が必ずしも一致しないのは、会計処理上、入金・出金があった時期と収益・費用を計上する時期とにズレが生じる場合があるからです。

以上の事実を知った上で、資金ショートを防ぎ、円滑な事業継続を図るために、過去と将来の視点(図表3参照)からキャッシュ・フローの状況を月次で把握・管理し、今後の対策を練ることが重要となります。
また、キャッシュ・フロー経営の観点からは、貸借対照表上の資産も見直す必要があります。すなわち、「その資産は将来キャッシュを生むのか?」という視点から、滞留在庫などの不良資産は早めに処分し、保有するキャッシュは他のキャッシュを生む資産に再投資することが考えられます。

2.タイムリーなキャッシュ・フロー計算書の作成

キャッシュ・フローの状況をタイムリーに把握し、資金繰り管理を行っていくためには、前回も述べた月次管理プロセスの整理や月次決算の簡略化が有効です。さらに、あらかじめ定められたスケジュールに従い入出金が行われる項目(例:借入金の返済)などを事前に整理しておくことが必要です。

3.キャッシュ・フロー計算書の見方

キャッシュ・フローから病院の経営状態を的確に理解するためには、図表1で示したキャッシュ・フローの構造、特に3つの区分(業務活動CF、投資活動CF、財務活動CF)の関係を理解することが重要です。
以下(図表4参照)に簡単な事例として、キャッシュ・フロー合計が同じ 100 の2つの病院をご紹介します。キャッシュ・フロー合計が同じでも、その内容、すなわち3つの区分(業務活動CF、投資活動CF、財務活動CF)の構成によって資金状況は全く異なることが分かります。

図表3:キャッシュ・フロー管理の基本的視点

図表4:キャッシュ・フロー計算書の見方例

連載目次

【第1話】「財務分析と会計基準
【第2話】「業務活動から会計処理」 
【第3話】「医療機関の月次作業
【第4話】「キャッシュ・フロー経営(資金繰り管理)」※本ページです
【第5話】「月次経営管理 効果的な経営会議の実施」 
【第6話】「患者未収金管理と貸倒引当金(徴収不能引当金)
【第7話】「不正と内部統制
【第8話】「購買管理
【第9話】「実地棚卸
【第10話】「決算作業 1
【第11話】「決算作業 2
【第12話】「会計監査

お役に立ちましたか?