ナレッジ

Industry Eye 第22回 テクノロジー・メディア・通信

TMT企業によるスポーツビジネス分野でのM&A

各インダストリーを取り巻く環境と最近のM&A動向について解説する「Industry Eye」。今回は、テクノロジー、メディア、通信業界各社がなぜ最近スポーツビジネスに注目しつつあるのかを分析し、さらにスポーツビジネス参入に際して行われるM&Aのパターンについても整理します。

I.TMT業界におけるディスラプションの波

テクノロジー業界、メディア業界、そして通信業界。我々のようなプロフェッショナルファームや金融機関ではこれらの業界を一括りにしてTMT業界と呼んでいる。TMTとはTechnology、Media、Telecommunication各業界の英語の頭文字をそれぞれ取ったものである。

これら3つの業界は一見全く異なるように見えるが、実はふたつの点においてとても類似性が高い。それは第一に技術革新の程度が各社の競争優位性に大きな影響を与えること、そして第二に国や業界団体の規制によって事業活動の範囲が制限されることが多いということである。

これに加えて、ここ5年程度についていえば、どのセクターもディスラプション(イノベーションによる競争ルールの変化)の波にもまれているという類似点も挙げられるだろう。テクノロジー業界で言えばXiaomi(シャオミ)や鴻海(ホンハイ)などのEMSの躍進があり、メディア業界ではHuluやNetflixに代表される動画サービスが一般化している。通信業界でいえばMVNO事業者の急増がそれにあたる。

これまで一定の規模を持ち、長い間各業界でドミナントポジションを築いてきた企業の多くは、このディスラプションの波にもまれており、この新しい競争ルールの中で勝ち残るために、これまでの事業のやり方を見直したり、自らの強みを活かせるような新たな市場への参入機会を探っている。TMT業界において近年M&Aが積極的に行われている背景にはこのようなことがある。

II.TMT企業の次のターゲット:スポーツビジネス

かかる背景のなか、最近多くのTMT企業が注目しているのがスポーツビジネスへの進出である。少子高齢化に伴い国内需要の停滞が見込まれるなかで、スポーツビジネスは高い成長が期待される数少ない市場の1つと考えられているからだ。

ではなぜスポーツビジネス市場について成長が期待されるのか。ひとつには、やはり、世界が注目するスポーツイベントの国内開催が既に予定されており、確実な需要が見込まれるという点が大きいだろう。2019年ラグビーワールドカップ、2020年東京オリンピック・パラリンピック、2021年関西ワールドマスターズゲームズと、少なくとも2019年以降3年連続でイベントが開催される。

またスポーツがいわゆる「体育」や「興行」から「ビジネス」に変わりつつあるということも挙げられる。日本ではスポーツと聞くと、儲からないもの、広告・マーケティングを行うときの1つの媒体といった認識があった。バブル崩壊の影響もあり90年代後半から2000年代前半にかけて、廃部されたり売却された企業スポーツは少なくない。だが海外に目を向けると、営業利益率が5%を超えるチームもあり、また上場しているチームもある。もちろん文化的な差異も背景にはあるが、一方でマネジメントの仕方によって収益性を見込むことができる、という認識も日本で生まれつつある。
 

III.なぜTMT企業はスポーツビジネス市場に注目するのか

上記に加えて、特にTMT企業がスポーツビジネスに注目するようになった背景としては、TMT業界とスポーツビジネス市場の間にこれまで以上の相互作用が生まれるようになってきていることがある。

メディア業界を例に出せば、スポーツコンテンツを押さえることでメディア視聴は増え、またその視聴を想定したうえで支払われるメディア企業からの高額の放映権収入があるからこそ、各種スポーツは成長のための投資ができている。

テクノロジー業界にとってスポーツビジネスは、イノベーションの機会であり、またそのイノベーションの発表・普及の場でもある。カラーテレビ(東京オリンピック)や薄型テレビ(アテネオリンピック)は典型例だが、報道写真によるデジタルカメラ利用(シドニーオリンピック)など、撮影機材や音響・照明などB2Bの分野でも同様のことが起きている。2020年に向けては4K放送・8K放送を想定して各種テクノロジー企業が技術開発を行っている。

テクノロジー業界と同様のことが通信業界においてもいえる。1998年の長野オリンピックは企業や社会でインターネット活用を示す事例となった。公式ホームページによる情報提供、選手・大会関係者・報道関係者間における情報共有のためのイントラネット、異なる場所で開催される競技結果をリアルタイムで把握・処理するためのシステムなど、現在では当たり前のことが、率先して取り入れられた。また2012年のロンドンオリンピックでは監視カメラなどの防犯システムやサイバーセキュリティ対策に最先端のものが取り入れられたと聞いている。

 

IV.M&Aによるスポーツビジネス市場への参入

このように見ると、スポーツビジネス市場は非常に魅力的に見える。だが一方で難点なのは、その市場にどのように参入たらよいのかということである。

スポーツビジネスは外から見ると、非常にクローズドな世界であり、参入どころか取引を始めることすら難しいという印象がある。実際、何か取引を行おうとすると、協賛することを前提とするようなケースも少なくなかった。これは必ずしも国内だけではなく、海外でも同様である。だが最近この風潮が変わりつつある。それはM&Aによる参入が増えてきたからである。

M&Aという戦略の特徴は一般に「時間を買う」ことにあると説明されることが多いが、これに加えて最近では「(ヒト・モノ・カネ・情報といった)経営資源の組合せを獲得できること」という点も注目されつつある。時代が進むにつれて、企業の価値創造の源泉が工場などの有形資産から、ノウハウやリレーションといった無形資産に移りつつある。だが残念ながら、この無形資産は目に見えないだけに、特定することも難しければ真似することも難しい。何より無形資産は経営資源の組合せの結果であるから、特許や商標など一部を除いて、無形資産だけを購入することはできない。そこで経営資源の組合せを取得する方法としてM&Aに焦点があてられるようになったのである。

V.参入事例

このように考えると、スポーツビジネス市場というクローズドな世界への参入手段としてM&Aが有効に機能することが想像できると思う。では具体的にどのようなM&Aが行われているのだろうか。ここでは事例を中心に大きく3パターンに整理して紹介したい。

(1)スポーツデータに注目した展開

米国トリビューン・メディアグループの傘下企業であるGracenote社は、これまで音楽やテレビ・映画などのエンターテインメントデータの提供サービスを提供していたが、昨年5月にInfostrada Statistics社とSportsDirect社を買収している。この買収に伴い、同社はスポーツ事業部門を立ち上げ、今後スポーツ関連のデータ(NFLやMLB、BA、NHL、欧州サッカー、オリンピックなどのスコア、実況試合データ、チーム情報、選手情報)も提供できる体制を整えた。コンテンツの重要性が高まるなか、その中でも特にスポーツにおいて重要な要素である「記録・データ」に焦点を当てた展開である。

同様に、広告視聴やテレビ・ラジオ視聴率測定などを行うリサーチ業界大手の一社であるNielsen社が、今年6月にRepucom社を買収している。Repucm社はスポーツコンテンツに特化して視聴測定・広告効果測定を行っている会社である。Nielsen社の発表によれば、スポーツに対するスポンサーシップ投資は現在、世界規模で 600億ドルとなっており、2010年の 350億ドルからほぼ2倍となっている。成長著しいスポーツ分野においても、マーケティングサービスを展開するためのM&Aである。
 

(2)スポーツ設備・ファシリティに注目した展開

テニスの世界大会では、選手が審判の目視による判定に疑問を持ったとき、「チャレンジ」と申告すればビデオ判定を要求できる。このビデオ判定は、複数台の高速度カメラで映像を撮影し、それを用いてボールの軌道を三次元的に復元するというHawk-Eye社のシステムを利用している。そしてこのHawk社を2011年3月にSONY社が買収している。この買収によってSONY社はテニス設備分野における参入に成功しただけでなく、それを活用することでサッカー、アメリカンフットボール、クリケットなど他のスポーツ分野の設備市場にも参入することが出来た。

設備ではなく、スタジアム等いわゆるスポーツファシリティ市場に参入するためにM&Aを行った会社も出てきている。Creative Artists Agency社(以下、CAA社)はタレントマネジメントを行う世界大手の1社であるが、今年3月にICON Venue Groupを買収している。このICON社とは、ロンドンのO2アリーナのほかNFL、NBA、NHL、MLB、MLSのさまざまな主要スタジアムやアリーナの開発、設計、建設のマネジメントを行っている会社であり、CAA社はこの買収によってファシリティ側、広告主側双方のスポーツ分野におけるマーケティングのサポートが出来る体制を整えたといえる。
 

(3)コンテンツオーナーとしての展開

スポーツチームやスポーツリーグそのものに注目し、コンテンツオーナーとなって事業展開を行う例も少なくない。日本のプロ野球でも、以前は電鉄系の会社をオーナーとするチームが多かったが、今ではTMT系企業の割合が高い。これはチームを「宣伝媒体」としてではなく、「コンテンツ事業」として捉えるようになったからだろう。例えばDeNAは2011年に旧横浜ベイスターズを買収したが、興味深いのはその後横浜スタジアムも買収したことである。高額の球場使用料を抑えるだけでなく、横浜スタジアムのボールパーク化を進展させる狙いがあったと聞く。今年話題になったベイスターズのオリジナル醸造ビールは、スタジアム買収による成果の1つである。

一方、海外ではリーグに注目した動きもある。スポーツ選手を中心としたタレントマネジメントを手がけるIMG社はインドのコングロマリットであるReliance IndustriesとJVを2010年に設立、地元テレビ局であるStar Indiaも加えて2013年にインド・スーパーリーグというサッカーの新リーグを立ち上げた。ビッグスポンサーを獲得し、その資金をもとに世界の有名選手を獲得。試合は連日ニュースやテレビで報道され、その結果としてまた巨額のスポンサー収入を得る。英プレミアリーグと同様、この正のサイクルをまわすことでリーグのコンテンツ価値を高め、事業として育てあげる戦略だ。なおプレミアリーグは、このインド・スーパーリーグの戦略パートナーとなっている点も興味深い。

VI.おわりに

本稿では、TMT企業をとりまく経営環境の変化と、それを背景としてスポーツビジネスに注目が集まりつつあることを紹介してきた。またスポーツビジネスというノウハウやリレーションといった、無形資産がものを言う領域だからこそ、その参入にはM&Aが有効な手段であり、実際世界のTMT企業がM&Aを駆使して、この成長領域への参入・事業展開をしている例も見てきた。

スポーツビジネスの盛り上がりは、世界的に見てもここ5年程度の動きであり、まだキャッチアップする余地は大きい。2020年には東京でオリンピック・パラリンピックが開催される。本稿がTMT企業の今後の戦略検討に参考になれば幸いである。

 

個社名にかかる出所
・ Gracenote HP Press
・ Nielsen HP Press Room
・ Sony HP News
・ ICON Venue Group HP News
・ 株式会社ディー・エヌ・エー適時開示書類(Tdnet)
・ IMG HP News

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
テクノロジー・メディア・テレコム担当
スポーツビジネスグループ 
シニアヴァイスプレジデント 川上裕義

(2016.09.28)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

記事全文[PDF]

こちらから記事全文[PDF]のダウンロードができます。
 

【前回】
Industry Eye 第21回 ミドルマーケット

【次回】
Industry Eye 第23回 スポーツビジネス

[PDF:153KB]
関連サービス
M&A:トップページ
 ・ M&Aアドバイザリー
 ・ 通信 
 ・ テクノロジー・メディア・通信 (インダストリー)
・ スポーツビジネス(インダストリー) 
シリーズ記事一覧 
 ■ Industry Eye 記事一覧

各インダストリーを取り巻く環境と最近のM&A動向について、法規制や会計基準・インダストリーサーベイ等を織り交ぜながら解説します。

お役に立ちましたか?