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Industry Eye 第46回 商社セクター

総合商社とスタートアップ投資

総合商社によるスタートアップ投資は2017年3月期から2019年3月期の3事業年度にかけて全体で127件公表されています。今後も増加が見込まれるスタートアップ投資の事例や意思決定における課題について解説します。

I.商社の事業投資と今後の方向性

令和の時代がついに到来した。今は昔である平成初期から巷で言われる商社の存在意義。サプライヤーとバイヤーとをつなぎ口銭を稼ぐという事業モデルに加え事業そのものを保有し事業から稼ぐ事業投資、経営人材の育成、プラットフォーマーとしての地位創出といった次のフェーズへ各社移行している。

本稿では一般的に比較されている総合商社7社による、既に事業戦略の一部として組み込まれて久しい事業投資の傾向と、昨今活況を呈しているスタートアップ投資の新潮流について分析したい。

まず、中期経営計画から読み取れる各社による投資枠と投資実績件数は図表1の通りである。3年間を通じて3,000億円から2兆円超の投資枠を設定している。

図表1:各社投(融)資状況要約表
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各社は3年間の中期経営計画を開示しており、以下のような投資方針が謳われている。

  • 三井物産:モビリティやデジタル等を駆使したリテールサービスへの経営資源の配分
  • 伊藤忠商事:次世代・新技術分野への投資推進
  • 住友商事:テクノロジーxイノベーション
  • 双日:デジタル革命や新技術によるビジネスモデル変化への主体的な取り組み

近年巷で言われる「Mobility」、「Digital」、「FinTech」、「SaaS」等への投資が、各社の投資方針の一部となっていることがわかる。これら新分野への投資のキーワードは「スタートアップ」であり、下図の通り、事実各社のスタートアップ企業への投資件数は増加傾向であることがわかる。

図表2:各商社過去3期の投資件数
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ここでは、「スタートアップ」の定義を、主に新技術を用いて社会・産業構造に変革をもたらしうる企業、としてその投資実態について分析を進める。

II.スタートアップ投資の実態

各社のスタートアップ投資は2017年3月期から2019年3月期の3事業年度にかけて全体で127件公表されており、各社が行った投資件数や投資分野には特色がみられる。各社の過去3事業年度の累計スタートアップ投資件数は、住友商事が最も多い37件、三井物産と伊藤忠商事が同数の33件、三菱商事が10件、丸紅が5件、豊田通商が6件、双日が3件となっている。

住友商事は中期経営計画において3つの成長分野として「テクノロジー×イノベーション」、「ヘルスケア」、「社会インフラ」を特定し、3,000億円程度の資金投資を行う方針を打ち出しており、「Mobility」、「CASE」、「RPA」、「SaaS」関連のスタートアップ企業への投資が目立つ。

三井物産は「MedTech」、「HealthTech」等の医療分野に関連するスタートアップ投資を積極的に行っている。2018年11月にアジア最大手の民間病院グループIHH社へ約2,300億円の大型追加投資を行っており、医療分野への強化が伺え、今後どのようなシナジー効果を発揮するか注目すべきであろう。

伊藤忠商事は、業務を自動化し従来型のビジネスモデルを効率化・進化させる可能性を秘めた「RPA」、「SaaS」関連のスタートアップ企業への投資が中心となっている。

三菱商事は、件数ベースでは先述の3商社ほどスタートアップへの投資件数は多くはないものの、従来から注力してきたビジネス領域に関連するスタートアップ企業へ投資している。なお、2019年4月に開始された新中期経営計画では、取り組みの途上である川下領域への事業展開を喫緊の課題としており、「デジタル戦略部」、「事業構想室」が新設されたことから、今後のスタートアップ投資の増加が予測される。

丸紅は自社の強みとされる食料・電力事業に関連するスタートアップ企業を中心に投資しており、加えて資本参加には至っていないものの戦略的パートナーシップの締結といった形でスタートアップ企業に積極的に関わる姿勢を見せている。また、新中期経営計画にはCVC(Corporate Venture Capital)の記載があることから、新中計期間でのスタートアップ投資は増加するであろう。

豊田通商はトヨタグループのとの取引も多く、「Mobility」、「CASE」関連のスタートアップ企業への投資を積極的に行っている。

双日は3件のスタートアップ投資にとどまるものの、進行中の中期経営計画において「AI」や「IoT」など新技術の活用による第四次産業革命に関わる事業は成長に不可欠との記載があり、今後のスタートアップ企業への投資拡大姿勢を垣間見せている。

図表3:各商社のスタートアップ投資件数
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投資実例

  • 住友商事とGogoro社による新市場への挑戦-住友商事は電動スクーターシェアリングを手掛け電動スクーター業界のテスラ社の異名をとる台湾の有名なスタートアップ企業「Gogoro社」と戦略的パートナーシップを構築し、2017年9月に約300億円の第三者割当増資の一部を引き受けている。Gogoro社は台湾以外では2016年にベルリンへ、2017年にはパリへ進出しており、住友商事と協業し満を持して2018年に沖縄県の石垣島において電動スクーターシェアリングサービスという新たな市場の開拓を進めている。
  • 丸紅と伊藤忠商事が相次いで参画した循環型社会の構築に取り組むムスカ社-丸紅は2019年3月、伊藤忠商事は同年4月に循環型社会の構築に取り組む昆虫テクノロジー企業「ムスカ」と戦略的パートナーシップを締結している。ムスカは旧ソ連の宇宙開発関連技術を研究起源とする昆虫(イエバエの幼生)を活用した100%バイオマスリサイクルシステムを確立し、堆肥過程における温室効果ガスの発生量抑制、供給限界に近づく飼料市場への貢献を目指す。丸紅では本取り組みにより畜産事業や穀物の生産、魚の養殖事業とのシナジー効果も期待される。また、伊藤忠商事も本取り組みは中期経営計画で掲げた「低炭素社会への寄与」に合致するものであり、この事業活動を通じて、循環型社会の構築に積極的に取り組むとしている。
  • 以上のように各社はスタートアップ投資を新たな市場の開拓のみならず既存投資の価値向上にも利用しており、この新潮流は今後ますます加速することが予測される。

III.スタートアップ投資における課題

これまで見て来た通り、日本の総合商社はその業態をトレーディングモデルから事業投資モデルへと転換し、さらには将来のプラットフォーマーとなるべく、従来の事業投資とは異なる視点、いわゆるサービス型事業モデル・サブスクリプション型事業モデルへの転換を目指して、スタートアップ企業への投資を活発化させている。

そのような総合商社の新たな試みに伴い、投資判断においても、従来とは異なる課題に向き合う必要が出て来ている。

例えば、従前の総合商社による投資は既存事業とのシナジーを一つの判断軸として行われてきたが、スタートアップ投資においては「今世の中にない事業を創出する」ことが基本的なテーマとなることが多く、既存事業とのシナジーに縛られてしまうと投資における自由度が落ちるというジレンマに陥っている。

同様に「今世の中にない事業を創出する」投資対象会社の将来の事業計画の蓋然性をどう判断するかという問題もある。旧来の事業投資モデルでは、既存市場の外部環境や競合環境を分析することにより、ある程度対象会社の将来の売上推移を予測出来たが、スタートアップ投資ではそれが難しいケースが多い。また、事業計画よりも事業を運営する経営陣、「人」を重視する傾向がある。そのような状況において、従来と同様の投資判断基準で対象会社を評価することは難しく、各社も投融資委員会等の社内承認プロセスにおいて、「特別枠」「特別ルート」を設け、従来とは異なる軸で評価を行うような試みが行われている。

さらに、日本の総合商社特有の部門損益至上主義と人事ローテーション制度がスタートアップ投資を難しくしている側面もある。短期・中期での投資リターンが事業部門ごとに求められるなかで、いつ花開くか分からないスタートアップへの投資に対してはネガティブな意見が出やすい環境にあるといえる。スタートアップ投資では従来の投資と比較し、一件ごとの投資成功確率は格段に下がるため、投資の失敗事例が積み重なると、よりネガティブな意見にさらされる可能性もある。部門の人員は自部門のビジネスの範囲で投資を考えるため、部門横断的な自由な発想を妨げているとの意見も聞かれる。また、社内アントレプレナー的な人材が目論見をもって投資を行ったものの、人事異動により部門替えとなり、残った人員の中で当初の投資意義が時とともに忘れ去られていく、というケースもあると聞く。これらを避けるため、各社とも部門横断的な組織を作り、従来のように事業部門にとらわれない自由な発想での投資を促進するよう積極的に施策を行っている。

商社パーソンのマインドセットの転換が求められるなか、当社にも商社クライアントからのスタートアップ投資に関する問い合わせが増えて来ている。投資対象となるスタートアップ企業の情報収集はどのように行うべきか、それらの「目利き」をどうすべきか、どこまでコストを掛けて投資前に精査するべきか、等である。

当社においてもこれらに応えるべくマインドセットの転換や提供サービスの拡張が求められており、新たにベンチャーのスペシャリスト集団である、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社を当社デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の傘下に加え、今まで以上にこれらのクライアントの悩みの解決に尽力すべく体制を整えている。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
商社セクター
シニアヴァイスプレジデント 西野 友洋
シニアヴァイスプレジデント 仁平 洋亮

(2019.8.20)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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