スポーツを一流の産業に
―いま、取り組むべき3つの視点―

2017年にスポーツ庁は「2025年までに15兆円」という日本のスポーツ市場規模の目標を発表した。現在、JリーグやBリーグといったプロリーグや、ラグビー、バレーボール、卓球などプロ化を目指しているリーグなど日本国内では様々なリーグが存在している。しかし、前述の目標の一端を担うような、近い将来、ビジネス化が実現できているスポーツ団体は、果たしてどのくらいなのか――「スポーツの産業化」は、いま、スポーツに関わる人々にとっては至上命題といえる。

2023年5月、「スポーツを一流の産業に-いま、取り組むべき3つの視点-」をテーマに、びわこ成蹊スポーツ大学学長の大河正明氏と、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社の森松誠二との対談が行われた。スポーツの産業化に向けて取り組むべきポイントとして「経営と人材」、「社会的価値」、「ビジネス創出」の3点を挙げ、日本のスポーツ産業が目指すべきこれからの姿について語られた。

スポーツの産業化のカギは「Value経営」にある

森松:このたびの対談をお引き受けいただきありがとうございます。大河さんが執筆された「社会を変えるスポーツイノベーション:2つのプロリーグ経営と100のクラブに足を運んでつかんだこれからのスポーツビジネスの神髄」(晃洋書房)を拝読し、とても共感できる内容でしたので、「スポーツの産業化」について、ぜひお話ししたいと思っていました。

一般に産業は、「ヒト・モノ・カネ・情報」の経営資源が様々なステークホルダーの間で循環することで成長しています。産業をまたいだ転職も当たり前ですし、企業同士が出資して合弁会社を作ることも珍しいことではありません。一方、スポーツは「する人、みる人、ささえる人」の役割が別々にある業界です。「ささえる人」は本来ボランティアの意味で使われていましたが、最近はスポンサーもこの「ささえる人」に含まれるような解釈が増えています。しかし「ささえる人」によってのみ成り立つのではなく、スポンサーシップ収入に加え、チケット収入、物販収入、放映権収入などで稼ぐようにしていかなければならない。さらに、スポーツが持っているアセット、ノウハウなどでValueを作り出し、そのマネタイズを実現することも必要なのではないかと考えています。

大河:そう考えると、ビジネスの世界やマーケティングの世界で普通にやっていることを、スポーツ産業でも行っていかなければなりません。少しずつその方向で動き始めたチームもあります。

また、リーグが向き合っているクラブは株式会社という企業体であるため、民間企業のように動くことはできますが、協会は都道府県協会や連盟などと対面するため、官僚組織に近い部分があります。そういった意味では、「スポーツの産業化」に向けて改革が難しい部分もあると考えられます。

森松:スポーツビジネスの産業化で参考になるのが、我々が注力している「Value経営」です。これまで売り上げや利益など短期的に必要な「ファイナンシャルValue」ばかりが注目されていましたが、社員の働きがいや自己実現としての「ピープルValue」、お客様へのValueである「クライアントValue」、社会的な価値とも言い換え可能な「ソーシャルValue」などの非財務価値についても中長期で作っていく必要があります。今回は、そういったValueを切り口に「スポーツの産業化への道」について伺えればと思っています。

びわこ成蹊スポーツ大学学長 / 大河 正明氏

スポーツビジネスにおける人材マネジメントで直面している課題

森松:そこでまず、お伺いしたいのが「ピープルValue」です。スポーツ人材の育成、アスリートの育成はもちろんですが、スポーツをビジネスとして回せる人材を作るのが喫緊の課題ではないかと考えています。現在、日本のスポーツ業界では、どういったレイヤーの人材が足りていないのでしょうか。

大河:一番足りていないのは「経営人材」ですね。スポーツ界について言えば、新卒を迎え入れて育成するということができていないため、外から経営人材を招き入れるケースが多いのです。また、経営人材として育成すべき人材も足りていない。

例えばJリーグは60クラブありますが、毎年新卒の新人を採用できるチームはほとんどありません。しかし60チームを1つの会社として見立てれば、2,000人規模になる。そのなかで新人研修や管理職研修を行い、人材を育てることはできると思いますが、現実としてはできていません。他のリーグも同じような状況です。

実態を見ると、中途採用でセカンドキャリア、サードキャリアの人を集めてなんとか回しているという状況です。もちろん、そういった人たちが多くてもいいのですが、産業としては新卒を受け入れる土壌が必要でしょうね。

森松:確かにおっしゃるとおり、スポーツを産業にしていくには新卒を受け入れ、教育していく必要があります。異なる競技でもビジネスの基本は変わりません。そういった視点で見ると、スポーツ業界として人材の育成や還流はできるのではないでしょうか

対談が行われたびわこ成蹊スポーツ大学学長室からは、スポーツに励む学生の姿や琵琶湖を眺めることができる

人材の育成と環境のあるべき姿

大河:それぞれのチームだけでは解決できない課題を解決する業界団体があってもいいと思います。例えば金融業界では、業界として国民の声を聴いたり、業界の声を金融庁に届けたりする「全銀協」という組織があります。団体競技をまとめているトップリーグ連携機構がそういった活動をやることも一つの選択肢だと思います。また、スポーツがさらに栄えるためには、人材を育成することに再投資をしていく必要があると思います。

先日、スポーツ未来開拓会議で、「スポーツ経営大学院」を作ったらどうかと提案しました。業界として人材育成が難しいのであれば、現場体験を含めたスポーツに関する教育ができる場所が必要です。早稲田大学などがやっているように、ビジネスを学んだ上で転職できる教育機関でもいいかもしれません。どちらにしても、本質をしっかり学び、現場の泥臭いオペレーションを理解する必要があるでしょう。

その一方で、大学の講師陣にはスポーツビジネスやマネジメントの現場を知っている人があまりいません。現場を知っている人が講義をすれば説得力もありますし、学生にとってプラスになります。そういった観点もあり、私自身はVリーグ(バレーボール)や京都府バスケットボール協会の仕事にも関わっています。

当学では、プロスポーツコアチームを立ちあげ、大学3年生向けに講義を行っています。そこでは、基本的なマーケティングやスタジアム・アリーナの重要性、リーグ経営のビジネスモデル、「チームとは」というような話をしています。ところが、そこで学んだ学生がインターンシップでスポーツチームなどに行くと、ゴミ拾いや広告看板の移動といった仕事を手伝うことが多く、また、チームスタッフの中には、「スポーツマーケティングのことをあまり知らない人もいる」という話を聴きます。そういった声を聴くと、リーグの中でアカデミーを開催する必要性を感じます。

森松:スポーツ業界は、業務が個人に依存する部分が多いと感じています。集客も手順をきちんと踏むことで、ある程度の票読みはできるはず。そういった一般企業では当たり前の「業務の標準化」ができていないという部分もあります。

大河:私自身、3つのリーグに関わってきましたが、そもそも「スポーツマーケティングなどの用語」を理解できていないと感じることも少なくありませんでした。マーケティングの仕組みについても共通の言葉でお互いに理解し合えない。特に、昔からあるリーグの場合、新しい概念、例えば「ソフトとハードの一体経営」といった考えがなく、「前例踏襲」という発想になってしまい、そこから変えていくのは相当な力が必要になります。

森松:我々は様々な企業の「改革」のお手伝いをしていますが、実際にいくつかの競技団体のお手伝いをしていると、競技団体には「成功体験がない」ということを感じました。成功のために何をすればいいのか分からないまま、リスクばかりに目がいく。こういった状況を短期間で改革するのは難しいと思いますが、スポーツの産業化を目指すには、少しずつでも進んでいく必要があります。




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