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コロナ禍における医療従事者の離職防止策

業績悪化の環境下で取り組みやすい離職防止策

医療現場では、平時から医療従事者の需要と供給の差や離職率の高さのために慢性的な人材不足傾向にありますが、新型コロナウイルスの影響によって医療従事者の心身に過大な負担が生じていることで、より逼迫した状態になっています。新規採用が難しい職種では、募集から入職まで一定の時間を要することから離職防止に注力する必要があります。コロナ禍においてどのような離職防止策を講じていけばよいかについて考察します。

はじめに(新型コロナウイルスによる病院業績への影響)

日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の3団体が2021年2月16日に公表した「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査(2020年度第3四半期)概要版」によると、2020年4月から12月の医業利益は改善傾向にはあるものの、9月を除き前年同月の水準を下回っています。また、約40%の病院が冬期賞与を減額支給したと回答しています。

【2020年4月から12月の経営指標】

【2020年冬季賞与支給】

出所:日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査(2020年度第3四半期)-概要版-」より抜粋

医療現場では、平時から医療従事者の需要と供給の差(需要ギャップ)や離職率の高さのため慢性的な人材不足傾向にありますが、コロナ禍ではコロナ対応病棟配属の看護師の離職等でより逼迫した状態となっています。公益社団法人日本看護協会が2020年9月に公表した「看護職員の新型コロナウイルス感染症対応に関する実態調査」によると、病院全体の15.4%で新型コロナウイルス感染症対応による労働環境の変化や感染リスク等を理由とした離職があったと回答しています(感染症指定医療機関等に限ると21.3%の病院で離職があったと回答)。配置転換等によって人員確保を図っている病院もありますが、離職者が増加すると内部融通が難しくなり、また、病院全体の更なる人材の逼迫にも繋がりかねません。新規採用が難しい職種では、募集から入職まで一定の時間を要するため、コロナ禍では職員の離職防止に注力する必要があります。医業利益が前年同月の水準を下回り、約40%の病院が冬期賞与を減額支給している中(資金面で十分な投資ができない)、どのような離職防止策を講じていけばよいかについて詳述します。

なお、離職防止策には、金銭面(給与増加等)と非金銭面(精神的・身体的負担の軽減等)の施策がありますが、業績が悪化している環境下で比較的取り組みやすい非金銭面の施策について、3つの着眼点(「職員の精神的・身体的負担の軽減」「働きやすい職場環境の整備」「働きがい向上」)から考察します。

(注)基本的には医師以外の医療従事者を対象としています。

職員の精神的・身体的負担の軽減

・メンタルサポートの体制強化

医療従事者は感染リスクに直面する厳しい環境で勤務しています。職員のメンタルサポートを各部署の上司に任せるだけではなく、病院全体で組織的にメンタルサポートを行う体制づくりが重要です。ある病院では、2020年春頃より相談窓口の人員を増強し、精神科医、臨床心理士、看護師、人事担当者等の多職種で「メンタルサポートチーム」を組成し、職員のメンタルサポートの体制を強化しています。相談しやすい環境作りや、相談内容をもとに職場環境改善を即実行していることにより、徐々に相談数が増え、職員の離職率低下に繫がっています。(看護師の離職率:前年度13.0%→2020年度8.5%) また、新卒職員や経験が浅い中途職員には、比較的年齢が近い先輩職員がメンターとなり、気軽に相談できる体制を整えて早期離職を防いでいます。

・タスクシフトの推進(医療専門職支援人材の活用)

医療従事者の身体的負担の軽減には、業務の効率化や業務量の最適化が必要であるため、看護補助者や医師事務作業補助者のような医療専門職支援人材へのタスクシフトは有効です。医療専門職支援人材は一般的に知名度がないため、採用に苦戦している病院が多いですが、活用が進んでいる病院では医師や看護師の業務量逓減が報告されています(『いきいき働く医療機関サポートweb』にタスクシフトの事例が多数掲載されています。また、医療専門職支援人材の採用については、厚生労働省「専門職支援人材確保・活用促進事業」で採用関連のPR動画やリーフレットの作成を行っています)

働きやすい職場環境の整備

・テレワークの導入(多様な勤務形態の整備)  

2020年4月に1回目の緊急事態宣言が発出されて以降、多くの企業がテレワークを導入していますが、医療従事者に対してもテレワークを導入している病院があります。テレワークの導入には「テレワーク可能な業務の抽出」、「ルール・制度の見直し」、「ICT環境確認」のプロセスでの検討が考えられますが、既に導入している病院は他業界の事例も参考にしながら一部の職種・部門で試験的に始めています。
ある病院では、看護職を対象にテレワークを導入しています。コロナ病棟・一般病棟でローテーションを組み、コロナ病棟で1ヵ月の勤務後5日間のテレワーク期間を設けるシフトを組んでいます。テレワーク時はeラーニングの受講や、委員会資料の作成等を行っています。

・コロナ対応方針の明示(差別・偏見との闘い)  

メディアで医療従事者がタクシーの乗車を断られたり、子供の通園を断られたりする等の差別・偏見が報じられることがありましたが、職員を差別・偏見から守るには病院が取り組んでいる感染防止策、患者対応等の方針を積極的に外部に発信していくことが必要です。
ある病院では、2020年4月頃、職員を差別・偏見から守るために「患者対応に関する方針」を策定の上、ホームページや院内掲示で発信・周知しています。病院長からのメッセージも継続的に発信されています。患者や周辺住民の新型コロナウィルスに対する理解が深まると同時に、職員は「病院に守られている」ことを実感し、安心感が醸成されていく中でコロナ対応の最中にも関わらず離職率が前年より改善しています。(看護師の離職率:前年度12.5%→2020年度7.5%)

働きがいの向上

・キャリア形成支援(キャリアパス)

離職防止には働きがいを感じてもらえるようにする施策も重要であり、中長期的な視点では職員のキャリア形成支援がそれにあたります。現状は目先の業務に追われ手一杯であっても、将来の成長イメージが持てているかどうかで職員のモチベーションや働きがいは変わります。看護師のようにキャリアラダーが設けられている職種もありますが、一部の職種に限らず「この病院で勤務すると、どのような能力が身につき、活躍できるようになるのか」を全職員にイメージしてもらえるようにすることが重要です。
ある病院では、自院の経営方針や医療機能等の特性に合わせて、能力の習熟段階、役割の発揮段階を定義し、各段階での育成方針や研修内容を整備することで、職員が成長イメージを描きやすい環境を整えています。


離職防止策には、上記以外にも福利厚生施策(子育て支援のための保育所整備等)や金銭報酬(給与改定)等が考えられます。施策の実効性を高めるには先ずは自院の課題を把握し、実行可能な複数の施策を最適に組み合わせることが求められます。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2021/3

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