持続的な企業価値創造につなげるサステナビリティ活動とそれを加速する経営管理のあり方 ブックマークが追加されました
サステナビリティ活動をいかに企業価値向上につなげるか。これは多くの経営者が模索している課題だろう。近年は、サステナビリティ活動のような非財務価値を向上させる活動の効果を継続的に評価・モニタリングする手法として「インパクト会計」をはじめとした様々な手法が考案され、企業内で活用の動きも出てきている。資生堂の三浦未恵氏、早稲田大学教授の清水孝氏、デロイト トーマツ コンサルティングの近藤泰彦氏、丹羽弘善氏、森田寛之氏が現在の課題を議論する。
資生堂ジャパン
CFO(最高財務責任者)
三浦 未恵 氏
東京大学大学院修了。P&Gジャパンやジョンソン・エンド・ジョンソンなど、消費財業界で豊富な経験を持つ。2021年より資生堂ジャパンCFOに就任。
近藤 今、経営戦略・事業戦略とサステナビリティ方針を別々のものとせず、価値創造ストーリーとしていかに統合し、持続的な企業価値創出につなげていけるか、という課題意識が高まっています。最初に資生堂の取り組みをお聞かせいただけますでしょうか。
三浦 資生堂は「美の力」でより良い社会を作っていくことを、創業から150年以上たった今でも、全力で取り組んでいる会社です。例えば、パッケージに関しては「資生堂5Rs」※1というポリシーを掲げており、昨年開発した「つけかえ」の新技術「LiquiForm®(リキフォーム)」では、CO₂排出量の約70%の削減を実現しました。
※1. 容器包装開発ポリシー:Respect(リスペクト)・Reduce(リデュース)・Reuse(リユース)・Recycle(リサイクル)・Replace(リプレース)
また、私自身が情熱を持って取り組んでいるのが、化粧品の返品の削減です。返品制度は、化粧品業界の商習慣として仕方がないことだと思われてきましたが、環境にも負荷をかけてしまうことになる返品をなくしたかったのです。営業社員の評価における指標(KPI)にまで落とし込んで推進したところ、昨年は2割削減することができました。
ボトル製造と中味液充填をワンステップで実現する技術「LiquiForm®(リキフォーム)」により、約70%のCO₂排出量の削減を実現した。
近藤 こうした活動は、環境に優しいだけでなく、コスト削減や売上増などを通じて直接的に企業価値の向上につながっていますね。
三浦 サステナビリティ施策と従業員の活動を意識的に「つなげる仕組み作り」が、とても大切だと思っています。
丹羽 資生堂はとても先進的な取り組みを進めていらっしゃいますね。短期的にも長期的にも、サステナビリティの取り組みを利益につなげていくというのが理想ですが、多くの企業では、まだその実現に向けて模索をしている段階だと感じています。生活者が近い業界においては、ブランド価値向上など実益に結びつく場合が多いですが、そこから遠い業界も多数あります。
また、ダブルマテリアリティ(自社への財務的影響だけでなく、社会や環境の影響も考慮する考え方)の概念を取り入れ、非財務的な価値を定量化、可視化して、それが評価される世界を作ろうという機運も高まっていると感じています。
早稲田大学
大学院
会計研究科教授
清水 孝 氏
早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科満期退学。博士(商学)早稲田大学。朝日大学経営学部、早稲田大学商学部を経て2005年より現職。2016年よりめぶきFG社外取締役。Management Control Systems in Japan他著書・論文多数。
清水 サステナビリティで事業の価値を高めるというのは、本来、非常に難しいことです。まず、組織にとっての「重要課題」が何かを判断するところでつまずく企業も多いようです。社会課題や環境課題への取り組みは大事だと分かっていても、それを自社の重要課題とどのように結びつければいいのか悩まれていると思います。
また、経営者は真剣に考えていても、現場は予算・目標達成に必死で「そんなことは言っていられない」となりがちです。
近藤 なるほど。では、どうすれば企業の中に落とし込んでいくことができるのでしょうか。
清水 私は、バランスト・スコアカード(BSC)の考え方が一つ有効な手段ではないかと考えています。
BSCとは、財務面だけでなく多面的な観点で企業の戦略の実行を管理しようというものですが、これをサステナビリティ戦略にまで広げる動きが出てきています。
環境や社会、人的資本などの観点が網羅でき、それらの項目をベースとして企業の長期的な持続的発展を支える仕組みになり得るのではないかと考え、研究を進めているところです。
森田 おそらく、サステナビリティ活動が中長期的に企業価値の向上につながるだろうという考えには、投資家も含め多くの人が賛同していると思います。とはいえ、短期の業績拡大も大切だというジレンマを抱えています。
つまり中長期の視点と短期の視点の両方を持ちつつ経営のかじ取りをしていかなければならず、以前と比べて経営管理の変数が増えて複雑性が増していると言えるでしょう。この点において、経営者はその経営力が問われるわけですが、経営者のサステナビリティ・非財務価値に向き合う姿勢の差が、経営方針にはっきりと表れつつあると感じています。
清水 投資家・ステークホルダーのプレッシャーがある企業とない企業という差もあるかもしれません。企業はなかなか変われないものですが、投資家等の外圧をうまく利用するというのもサステナビリティや非財務価値の視点を導入するための一つの手ではないでしょうか。
森田 サステナビリティ活動が、最終的に企業価値にどのように影響していくのか、自社のビジネスモデルに照らし、定義する必要があるでしょう。サステナビリティ視点を織り込んだ製品を開発し、売上向上を狙う、返品率を下げることでコスト低減を実現するといったフリーキャッシュフローに直接影響を及ぼすことが想定される取り組みは、肌感覚としても分かりやすいと思います。一方で企業価値を構成する要素である資本コストの抑制にも影響を及ぼすことが考えられるサステナビリティ活動も存在し、実施予定のサステナビリティ活動について、自社として企業価値を構成するどの要素に影響するものである、としっかりと腹落ちしておく必要があると思います。気候変動は資本コスト側に影響を及ぼし得る1つのテーマだと思いますが、それ以外にアカデミアで注目している領域はあるのでしょうか。
デロイト トーマツ コンサルティング
Finance & Performance ユニット
執行役員
近藤 泰彦 氏
ファイナンス領域における幅広いプロジェクト経験を持ち、構想策定から改革実行までの一貫したサービスを展開する。ファイナンス&パフォーマンスユニットのオファリングリーダーを務め、CFO Programのカントリーリードも兼任。講演や執筆などを通じて日本企業の組織改革を支援・提言している。
清水 資本コストの抑制に向けては、E・S・Gのすべての活動が影響を及ぼし得るというのが我々の見解です。サステナビリティ活動を定量測定し、それがPBR(株価純資産倍率)にどう影響するかを証明しようという取り組みがありますが、その中で、E・S・G活動とPBRにはある程度の相関関係があるのは見えてきています。とはいえ因果関係ではないので、企業価値へのインパクトパスについては、自社でビジネスモデルを踏まえて検討する必要があります。
ただ、そこに相関関係があると分かっているのならば、そこに至るロジックを考えるきっかけにはなるはずです。そのロジックを5年、10年と積み上げていくためのスタートとすることができれば、意義があることだと思います。
近藤 資生堂は、サステナビリティの活動を、売上増加やコスト削減につなげているだけでなく、それを個人のKPIにまで落とし込んで推進されています。これらの活動を通して、社員一人ひとりの意識を変えることができたという実感はありますか。
三浦 ものすごい実感していますね。やはり皆さん個人の評価にまで落ちてくると、意識が全然違ってきます。ただ、困難な場面では、何のためにこれをやっているのかと思いが生まれることもあるでしょう。その目的を、企業のパーパス、ミッションやバリューと結びつけられるよう、経営者が常に発信していくことが非常に大切です。社員一人ひとりの活動が、パーパスにしっかりと結びついているのだと伝えられる経営者が、今求められているのだと思います。
デロイト トーマツ コンサルティング
Sustainability ユニット リーダー
執行役員
丹羽 弘善 氏
気候変動、および中央官庁業務に従事。商社との排出権取引に関するジョイントベンチャーの立ち上げ、取締役を経て現職。システム工学・金融工学を専門とし、サステナビリティ・気候変動および社会アジェンダの政策と経営戦略を基軸とした解決を目指し官民双方へのソリューションを提示している。
丹羽 おっしゃる通りですね。結局はビジネスモデルなのだと思います。サステナビリティを通して、中長期的に「どのような価値をお客様に提供していくのか」を示すのが非常に大切です。
例えば、我々デロイト トーマツとNTTファシリティーズで取り組んだオフィスビル開発の事例では、エネルギー消費を実質的にゼロにする「ZEB」にプラスアルファして、そこで働く従業員の健康増進や生産性の向上、エンゲージメント向上などを定量化して評価し、それをコストに反映させ投資回収期間を短縮させるモデルを考えました。
このような省エネ以外の効果を「Non-Energy Benefits(NEBs:ネブズ)」と呼びます。KPIもこうしたビジネスモデルと連動させることができれば非常に効果的だと思います。
近藤 サプライチェーンなども考えると、1社で取り組むのには限界がある活動もあります。今後は、志を同じくする企業が協力し合うようなムーブメントを起こしていくことも大切になってくるでしょう。我々も、「サステナビリティ実践コミュニティ」を設立し、関心の高い企業の皆さんと議論を進めているところです。
三浦 ある小売店様のお声掛けの下、複数の化粧品企業と協業して、容器を回収してリサイクルする仕組みを作っております。
また、Z世代のサステナビリティに対する意識は高く、取り組まなければ信頼を失ってしまうという危機感を企業の間でも醸成する必要がありそうですね。
丹羽 リサイクルだと現在、経産省が主導するサーキュラーエコノミーの産官学のパートナーシップ(サーキュラーパートナーズ、CPs)の事務局をデロイト トーマツが担っていますが、400社ほどが参加しており、企業同士の連携を進める枠組みを推進しています。協調領域と競争領域を明確にし、小さなプロジェクトからでも良いので複数企業が手を取り合うことが理想だと感じます。
近藤 また、サステナビリティ活動の中では、「ダイバーシティ」も重要なキーワードですね。
三浦 資生堂は女性の社会進出の推進を担ってきた歴史もあり、女性のダイバーシティはもちろんのこと、世界でビジネスを展開する上で、ナショナリティのダイバーシティも重視しています。企業の役員に占める女性の割合向上を目指す「30% Club Japan」の初代会長に就任するなど、社内外問わず、トップの魚谷が強いコミットメントを持って大号令をかけてくれているのは大きいと思います。
近藤 山形市では、女性の地元定着に向けた取り組みの支援をされたと聞いていますが、こちらの事例についてお話しいただけますか。
三浦 女性の地元定着率は、地方の財政に正の相関があることが分かっています。そこで、山形市の企業に対して資生堂の女性活躍のノウハウやナレッジを伝授させていただくプロジェクトをスタートさせました。
この取り組みの効果についてインパクト評価の手法を用いて試算したところ、5億円のインパクトをもたらすことができたという結果が出たのです。企業版ふるさと納税の「大臣表彰」、また、紺綬褒章を受章するなど高い評価を頂き、非常に良い取り組みができたと思っています。
資生堂は、これまでも老人ホームや病院などにお邪魔して、お化粧によってクオリティオブライフが変わるという体験をお伝えしてきましたが、おおむね「良い取り組みだった」という定性的な評価で終わってしまっていました。今後は、こうした非財務的な取り組みも、価値を算出して開示できるようにしていきたいと思っています。
清水 インパクト評価の手法を一般化したインパクト会計は、非常に将来性がありますね。
これまで、企業が世の中的に「良い」とされることをやってきても、言葉でしか説明できていませんでした。これが、貨幣価値で表現できるというのはかなり大きな変化と言えるでしょう。今後さらに広まってほしいですね。
三浦 貨幣価値に換算することで、ベンチマークとして活用できることが非常に大事だと思っています。山形市で5億円というと財政のおよそ1.5%にも及びます。その影響度が、他の施策と比較できるようになることが重要です。だからこそ、多くの企業に取り組んでほしいと思っています。
デロイト トーマツ コンサルティング
Finance & Performance ユニット
ディレクター
森田 寛之 氏
Finance & Performance Unitにおけるサステナビリティファイナンスチームをリード。多様な業界のCFO組織向けの組織構造改革に従事。近年はサステナビリティ・ESG等に向き合うCFO組織の改革を支援する。ファイナンス起点とした著書・寄稿多数。
森田 私がクライアント企業によく伝えているのは、インパクト会計を用いれば、異なる施策でも効果をきちんと横並び比較できるようになるという点です。
例えば、企業として予算が限られる中、製品にGHG(温室効果ガス)削減効果がある機能を織り込むか、リサイクルしやすい機能を織り込むか、どちらの効果の方が高いかが数値で可視化できるようになります。また、共通の計算式が必要になりますが、他社との取り組みも比較できるようになるでしょう。
自社の事業や製品の何を訴求したいのか、そのためにはどんな評価ロジックを使うのか、その目的に応じて変化させるというのが現時点のインパクト評価・会計を活用する最適解だと思いますが、ある一定の標準系ができると企業間比較はより容易になると思います。
丹羽 山形市の5億円のうち、資生堂の利益にどのくらい寄与したのか分かると、より裾野が広がるかもしれませんね。
三浦 そうですね。市場規模やシェア率などから、概算は算出できると思っています。また、この女性活躍のナレッジの提供自体を、サービスとしてご提供していくことも計画中です。そうした意味でも、ある程度の規模感を語っていくのは大事ですね。
清水 Z世代などの若い学生と話をしていると、社会貢献がしたいという意識の高さに驚かされます。山形市の取り組みのように、こうした社会インパクトが分かると、若い人たちの心に刺さり、私の故郷でもぜひやりたいという声が必ず出てくるはずです。そうした彼らの気持ちを高揚させるという観点では、給与を向上させるよりも効果は高いかもしれません。
三浦 とても大事な視点だと思います。社内の社員エンゲージメントの向上にも効いてくると思いますね。
森田 企業活動によって創出される外部性である社会価値を貨幣換算するのが「インパクト会計」ですが、現在米国を中心とした「インパクト加重会計」と、欧州を中心とした同様の取り組み「Value Balancing Alliance(VBA)」を統合する動きもあります。
これらが統合されると、こうした数字を財務諸表に組み込むことが標準的な手法になるのではないかとも言われています。企業の社会貢献活動を適正に評価しようという取り組みは、今後もさらに発展していくでしょう。
自社に適合したインパクト評価項目の検討:インパクト会計の紹介(全体像)
インパクト会計は、環境・製品・雇用の3つのインパクトを測定可能だが、自社に適合したインパクト評価項目を検討し、組み込むことが重要だ。
出所:デロイト トーマツ コンサルティング
ファイナンス組織の将来構想や改革支援をはじめ、シェアード・サービス・センターやグローバル・トレジャリー・マネジメント、経営管理、ファイナンス・タレント・マネジメントなど、ファイナンス領域における幅広いプロジェクト経験を有し、構想策定から改革実行までの一貫したサービスを展開している。 ファイナンス&パフォーマンスユニットのオファリングリーダーを務め、デロイト全体のイニシアティブであるCFO Programのカントリーリードも兼任している。また、講演や執筆、大学院での講義など、多岐にわたる活動を通じて日本企業のファイナンス組織改革を支援・提言している。 関連するサービス・インダストリー ・エンタープライズテクノロジー・パフォーマンス >> オンラインフォームよりお問い合わせ
サステナビリティ、企業戦略、及び中央官庁業務に従事。製造業向けコンサルティング、環境ベンチャー、商社との排出権取引に関するジョイントベンチャーの立ち上げ、取締役を経て現職。 システム工学・金融工学を専門とし、政策提言、排出量取引スキームの構築、経営戦略業務に高度な専門性を有す。気候変動・サーキュラーエコノミー・生物多様性等の社会アジェンダの政策と経営戦略を基軸とした解決を目指し官民双方へのソリューションを提示している。 主な著書として「グリーン・トランスフォーメーション戦略」(日経BP 2021年10月) 、「価値循環が日本を動かす 人口減少を乗り越える新成長戦略」(日経BP 2023年3月)、「価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図」(日経BP 2024年4月)、「TNFD企業戦略 ― ネイチャーポジティブとリスク・機会」(中央経済社 2024年3月)など多数。 また官公庁の委員にも就任している。(環境省 「TCFDの手法を活用した気候変動適応(2022) 」タスクフォース委員、国交省「国土交通省 「気候関連情報開示における物理的リスク評価に関する懇談会(2023)」臨時委員 他) 記事 ・ 地球はこのままでは守れない──デロイト トーマツが考える「環境と経済の好循環」とは 関連するサービス・インダストリー ・ 政府・公共サービス ・ サステナビリティ &クライメート(気候変動) >> オンラインフォームよりお問い合わせ