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先進的企業のエシカルカルチャー醸成に向けた取り組み

わたしのEthics Moment!

エシカルカルチャーの醸成に向けて、各社はどのように向き合い、取り組んでいるのか ― 先進的企業のリーダーにお集まりいただき、各社それぞれのお話をうかがいました。

 


武井奈津子

ソニーグループ株式会社 常務 法務、コンプライアンス、プライバシー担当 法務部 シニアゼネラルマネージャー

会社の事業目的達成、適法なグループ経営の確保、誠実で倫理的な事業活動を行う企業風土の醸成、及びリスクの軽減を目的として、法務、コンプライアンス、プライバシー領域の体制構築やモニタリングを担当。

竹安将

花王株式会社 執行役員 法務・コンプライアンス部門 統括兼法務部長

2019年から法務・コンプライアンス部門を統括し、法務部に加えてコンプライアンス、内部統制、商標、模倣品対応も担当。

早川泰宏

帝人グループ 専務執行役員、CSR管掌、経営監査部担当(2021年3月末付でご退任)

調達購買部門、原料重合部門、人事・総務担当役員など、他部署を経験した後に現職。主にリスクマネジメント、ESG経営を担当。

久保陽子さん

デロイト トーマツ グループ エシックスオフィサー、リスクアドバイザリー事業本部パートナー

過去10年以上にわたり、リスクマネジメントやカバナンスのコンサルティングを提供。2年前からエシックスオフィサーに就任し、デロイト トーマツ グループ内のEthics & Integrity向上に努めている。

櫻井希さん

デロイト トーマツ コンサルティング パートナー

リーダーシップや人材開発を専門とする。大規模な変革プロジェクトに従事、日本、東南アジア、北米、欧州、14か国以上のチームマネジメント実績を持つ。Deloitte AP Learning Strategy Leadを兼務。

 

2021年2月9日取材

 

櫻井:各社エシックスに取り組んでおられるかと思いますが、エシックスをどう定義されているか、取り組まれていること、また、そのきっかけを教えてください。

武井:ソニーという企業、そこで働く一人ひとりの行動の基本となる理念ということでファウンダーが記した「設立趣意書」がありまして、ソニーでは会社設立当初から「フェアなビジネス」という考え方を大事にしております。そのような中で、約20年前に欧米の企業不祥事が明るみになって破綻してしまったことがあり、ソニーも潜在的に同じようなことが起こり得るとの危機意識がありました。そこで、2003年に全従業員が守る社内規程の上位にあります「ソニーグループ行動規範」が制定されました。その中で、「倫理的で責任ある事業活動」に関する基本的な規範を定めております。「自分たちはこれを基準に行動します」ということを、すべてのステークホルダーに対して主体的に表明するという、当時の法務コンプライアンスのトップの想い・強い意志があったものです。世界中で様々な事業を展開しているグローバル企業として共通の行動規範を掲げることが大事だと思っています。

 

 
 

櫻井:成果や手ごたえはどう感じていますか?

武井:ソニーはエレクトロニクス企業として創業しており、設立趣意書はエレクトロニクス関係者には響きます。同時に、M&Aで加わったコロンビアピクチャーズのように歴史の古い会社もあります。多様な事業を世界中で展開しており、従業員も映画、音楽やゲームのプロデューサーやクリエイター、工場のラインワーカー、営業など様々ですが、その後の見直しの過程でも言葉を選んで価値観を共有することを繰り返し、従業員の心に響くよう工夫を重ねて、今のグループの行動規範となっております。

 

竹安:花王ではエシックスという言葉はあまり使っていません。我々は、花王ウェイで掲げる「正道を歩む」は英語でIntegrity as the only choiceと表現しており、この"Integrity"が法令順守のコンプライアンスやエシックスの意を含んでいると考えています。私が担当しているのはコンプライアンス推進部で、法令違反も扱っていれば、倫理的な問題、エシックスも扱っています。

エシックスの取り組みを始めた明確なきっかけはないと思います。創業者の遺言にある「天祐は常に道を正して待つべし」と言う言葉が社員に根付いていることもありますし、長年経営のトップを務めた丸田芳郎も、元々社員の給与は消費者からのお布施だといっていたこともあり、企業風土として社会貢献意識はもともと高かったと思います。

 

久保Integrityとは何かという話を海外の方々とした際に、“Do the right things”と説明を受けました。竹安様のおっしゃる「正道を歩む」ということがまさに当てはまると思いました。

 

早川:帝人では、Integrityを「高潔さ」と理解しており、何が来ても動じずに自分の考えをきちんと持って正しい道を行くということだと考えています。

 

竹安:弊社の「花王ウェイ」を体現するための行動規範であるビジネスコンダクトガイドラインでは、判断に迷った時の指針の中に「誰に対しても正しいことだと説明できますか」「家族が同じようなことをされても平気ですか」とあります。いわゆる法的な意味のコンプライアンスより範囲は広く、この指針がエシックスやIntegrityに近いのではないかと思っています。

 

早川:帝人の企業理念は「Quality of Lifeの向上に努めます」、「社会とともに成長します」、「社員とともに成長します」となっており、SDGsの発想にとても近いことを1993年当時から掲げておりました。この企業理念をもとに、エシックス関連の活動を始めたのは1998年頃で、社長直轄で倫理委員会、通報制度やリスクマネジメント等を進めてきました。現在はCSR管掌下に、企業倫理・コンプライアンスグループを組成しております。2004年に大きなコンプライアンス違反が発生しましたが、内部通報してくれた社員に、社長は「ありがとう」と感謝を伝えたのです。このように、化学メーカーとしてはめずらしく、「人」を意識して企業理念やメッセージを発信しています。

最近では、2018年に行動規範を全面改訂し、“Together”、“Environment, Safety & Health”、“Integrity”、“Joy at work”、“INnovation”の5つで“TEIJIN”と整理しました。弊社には従業員が2万人ほどいますが、日本人は9,000名ほどで、海外の方が多いです。欧米アジアにまたがっているので、言葉も違えば、買収した会社もあり、それぞれのWAYを持っています。ヘルスケアやITもカルチャーが全く違うのでまとめることは諦めています。企業理念と行動規範の共有化に力を入れる一方で、地域や事業の特性は尊重し、バラエティに富んでいる状態にしておいて良いと思っています。

 

 
 

櫻井:多様性、多岐にわたるビジネスラインへの浸透やガバナンスの観点で気を付けてきたことや業界の特徴はありますか?

武井:そうですね、エシックスは「土」や「土壌」のようなものと考えており、そこから世の中に感動を提供する事業が出てくるものと考えています。しかし、国や文化、事業によってさらには従業員一人ひとりでも価値観は異なります。ですので、エシックスの見せ方やプレゼンテーションの方法も、社員の皆さまの知恵を借りながら訴求性のあるものにしていくことを心掛けています。

 

竹安:エシックスの観点で特に難しいのは、時代や年代によって考え方が異なることだと思います。例えば、昔は「女性だから」、「男性だから」という言葉も使われていたでしょうが、今は違います。時代や世代によって感覚も異なるように、エシックスや倫理に対する意識の温度差は常にありますので、一律に理解してもらうのは難しいと思います。花王ウェイの基本となる価値観は「正道を歩む」、「よきモノづくり」、「絶えざる革新」ですが、これら3つはそれなりに響いて、納得できる言葉であると思いますし、それを意識しています。これらを根付かせていくことが我々の活動のベースになっていると思います。

 

 
 

櫻井:仕事の現場で日々エシックスを最優先して行動するために、どのような改善をされましたか。また、改善の過程でどのようなご苦労がありましたか?

早川:現在、オランダにアラミド繊維ビジネスの本部がありますが、以前は日本に本部機能があり、帝人の理念を浸透させようとすればするほど反発があってとにかく大変でした。そこで、買収したアラミド事業を日本人がマネージするのではなく、日本側のアラミド事業をオランダ人にマネージしてもらうという逆転の発想をしたのです。2016年からは、長期的なビジョンとして、「未来の社会を支える会社」になろうと伝えていき、自分たちの事業を通じて未来を支える方法や、それにより生み出せる価値を彼ら自身に考えてもらいました。その結果、以前とは立場が逆転し、今度はオランダ人が日本人を融和しないと事業をマネージできなくなることに気付き始めています。この経験から、大きな目標と行動規範を共有したうえで、やり方は皆さまで考えてくださいというのが一番良いのではないか、つまり、無理に押し付けるのではなく、自発的に考えさせて融和するのが一番良いのではないか、と思っています。

 

久保:デロイトではここ数年である程度グループ内の施策を統一していますが、早川様が仰ったように、上からの押し付けではなく自分で考えた取り組みだと、各自コミットして「自分事」として進めてくれる傾向があると思っています。とはいえ、「上から降りてきたので仕方なく協力している」感がまだ現場に残っているといった声も聞かれますので、「逆の立場に置く」というのは良い取り組みだと思いました。

 

早川:例えば花王様の「花王ウェイ」など、絶対変えてはいけない幹の部分はあるが、解釈や理解はバリエーションを許容した方が「自分事」になると思います。帝人では、行動規範を浸透させるために「企業倫理ハンドブック(行動規範実践のポイント)」という冊子をグループ会社で働く人に配付しています。また、行動規範を実践している従業員を表彰するアワードを始め、3年程度のアワードに応募された好事例を選び、上述の冊子に取り込む計画も立てています。そうすると、例えばオランダに受賞者がいれば、冊子を見て「このページの、この事例は私だ!」と誇らしく思い、周囲に伝えるでしょうし、そういった機会が積み重なって、行動規範が「自分事」になっていくと思います。

 

武井:ソニーでも、「自分事」になるよう、行動規範の冊子には従業員の写真を入れています。見開きの半分は従業員の写真で、世界中の各事業・現場の皆さまに写真のモデルになってもらっています。また、基本の理念を「自分事」にするためには、理念の作成時点で、その表現の議論に時間をかける必要があると思います。

 

 
 

櫻井:時間をかけないと浸透しないものでしょうか?

武井:時間をかけてワーキングループを作って代表者で話し合ったことで、彼らの中で自分の事業領域でこれを浸透させていきたいという思いが生まれ、「自分事」化ができました。骨の折れる作業でしたが、やって良かったと思います。

 

竹安:例えばですが、M&Aをやって海外企業の小さな工場を買収したとして、彼らに「今の花王の中にはこれだけの規程があるのでこれをやってください」と伝えるだけでは規程を浸透させることは絶対に無理だと思います。最終的にはこれを全て導入してほしいが、まずは肝になるここからやってほしいというように、身の丈に合った方法で伝えることが大事ではないでしょうか。

また、弊社では社長のハンコを法務部が預かっており、押すときは法務が審査していています。同じプロセスを海外子会社のサイン取得時にもやってもらっていますが、社長が自分でサインするのになぜ法務部の審査が必要なのかという意見もあり、納得してもらうのに苦労しています。やはり、腹落ちしていないことはやっていても本当に形だけになってしまうので、腹落ちして「自分事」にしてもらうことが大事だと思います。

 

 
 

櫻井:皆さまに本日ご紹介いただいた取り組みを続けることは、マーケットにおける企業価値を向上させることにどのように繋がると思われますか?

早川:実際、環境にとって、化学メーカーは存在しない方が良いです。しかしそうは言っていられないので、事業活動で発生する二酸化炭素の総量よりも、軽量化素材の提供による二酸化炭素削減量を大きくします、と中期経営計画に入れています。そのようにして、企業の存在意義、目的を内外に示すのは、企業の存在価値を明確にするという意味では非常に重要だと思います。また、発信するという意味では、SDGsは人々が振り向いてくださる指標になります。共通の枠組みに沿って発信すれば、自ずと企業の存在意義を理解して頂ける。もっと言うと、欧州系の自動車会社はサーキュラーエコノミー(資源の効率的な利用により、最大限の付加価値を生み出す経済政策としての資源循環)の取り組みをやっていない会社とは取引しませんし、スポーツ用品メーカー等の中には、サステナブルな素材しか使いませんと言い始めているところもあり、SDGsが企業経営と一体化しないとビジネスそのものができないという時代になってきています。そして、SDGsないしそこで求められている人権尊重のベースになるのが、エシックスです。

 

竹安:花王の場合はB2Cが中心になっているのでレピュテーション、コンプライアンスといったことは事業に致命的な影響を与えうると思っています。その意味で、世間に対して恥ずかしくない行動を取り、胸を張って会社名を名乗れることが大事だと思っています。また、今年から新しい中期経営計画が始まっており、そのなかで、「友と一緒に正道を歩む」という言葉を発信しています。この言葉通りB2Bとの関係においても、お取引先と一緒に会社を良くすることをさらに意識していきたいと思っています。

 

 
 

櫻井:企業倫理やSDGsへの取り組みは、もう共通認識となっていますね。最後の質問ですが、各社の目指される姿をぜひ教えてください。

竹安:弊社は、前述の中期経営計画で「持続的社会に欠かせない会社」を目指すことを発表いたしました。生産活動の中で二酸化炭素や色々な廃棄物が出ますが、これらの問題を解決することはもちろんのこと、企業としてしっかり価値を世の中に提供して、花王という会社がないと困ると言われる会社を目指していきたいと思います。

 

早川: 全社員が長期ビジョンにある「未来の社会を支える会社」を理解して、従業員の家族から「お父さん、お母さんは良い会社に勤めているのだね」と言ってもらいたい、そこが最終目標です。そうすれば、我々の活動そのものが社会に受け入れられると思っています。

 

武井:エシックスは「土」と申し上げましたが、豊かな土壌の上で、新しいものをつくって、存在意義である「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」事業をずっと続けていきたいと思っています。コロナ禍で、私たちの音楽や映画が人の意識や精神的支えになっていると感じますし、それらの事業においても「人に近づく」という全社の経営の方向性が実践されています。経営の方向性に沿って事業を継続し続けるためにも、私たちが倫理的な会社で、「豊かな土壌」を持つ必要があると思っています。

 

久保:本日は貴重なお話をありがとうございました。ご紹介いただいた個々の取り組みの一部は我々デロイトでもアワードやCode of Conductという形で行っていますが、皆さまは企業の存在価値との繋がりをより強調した形で実施されているなと思いました。また、1、2年の取り組みではなく、皆さま、本当に長い間苦労されてエシックスの活動に取り組んでいらっしゃると身に染みて感じました。我々の道のりは始まったばかりで、まだまだ続けていかなければならないと心に留めて、改革を進めていけたらと思いますし、まさに武井様がおっしゃったように、培った土壌をベースにできるようなサービスを対外的にもご提供できたらと思っています。

 

会社紹介

ソニーについて
ゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス、半導体及び金融事業を展開。Purpose & Valuesをグループ経営の共通の軸としており、Purposeは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」。

花王について
化粧品やシャンプーなどB2C事業に加え、ケミカルでB2B事業も展開。「正道を歩む」をコンプライアンス活動のキーワードとして掲げ、”ME, WE, EARTH”それぞれにKPIを設定し、ESG戦略を展開。

帝人について
マテリアル、ヘルスケア、ITの3事業を展開。「Quality of Lifeの向上」を企業理念とし、これはグループの行動規範にも反映されている。長期ビジョンとして「未来の社会を支える会社」を掲げ、経営の根幹にSDGsを据えることを中計で決定。

デロイトについて
日本で最大級のビジネスプロフェッショナルグループのひとつであり、各法人がそれぞれの適用法令に従い、監査・保証業務、リスクアドバイザリー、コンサルティング、ファイナンシャルアドバイザリー、税務、法務等を提供。デロイトネットワークが共有するPurpose(存在意義)は “Deloitte makes an impact that matters”であり、それを実現するために、integrityを絶対視する風土の醸成に取り組んでいる。

編集後記

対談で伺った帝人グループの行動規範改訂の取り組みに触発され、早速実行したのが、先日デロイト トーマツ グループ内で募集したケースブックのアイディアで、おかげさまで多くの応募をいただき改訂しました。様々なステークホルダーと、意見交換をさせていただき、それぞれの取り組み、ベストプラクティスを共有して、デロイト トーマツ グループのエシカルカルチャー醸成をすすめていきたいと考えています。

デロイト トーマツ グループ
Ethics Officer 久保陽子

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