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"Lawyer of the Year"受賞
弁護士、伊奈弘員の仕事の流儀
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宮城県の仙台駅から、電車やバスを乗り継いで2時間弱。仙台市の奥座敷・秋保温泉の3km西側に位置する大倉山を、伊奈弘員は登っていた。伊奈が東京から仙台に着いたその足でこの山に向かった理由は、クライアントから太陽光発電所候補として現地を見てきて欲しいと依頼を受けたからだ。秋晴れだが、冬の気配が色濃く感じられスーツでは肌寒い。夜には東京に戻る必要があり、伊奈は現地の写真を撮影していく。その姿を見たら、多くの人は不動産デベロッパーの人間と思うかもしれない。しかし、伊奈は弁護士だった。
2022年、DT弁護士法人の伊奈はBest Lawyers "Lawyer of the Year"を、Banking and Finance Law分野で受賞した。"Lawyer of the Year"は、各法律分野で最大2名しか選ばれない名誉ある賞だ。伊奈はどのような人物で、どのような経緯で受賞したのだろうか。
「受け身ではなく、能動的にクライアントに向き合いたい」
伊奈がDT弁護士法人に参画したのは2019年。それまでは外国法共同事業ジョーンズ・デイ法律事務所で約13年間在籍。伊奈は弁護士の役割について次のように話す。
「弁護士法人の活躍の場は、主として何かが発生した時です。企業で何か法律上でのお困りごとが起きた際に、相談に来られる。そこでしっかり対応することが弁護士の役割でもあります。しかし、これだとどうしても受け身になりがちです」
伊奈は受け身だけでなく、自ら能動的に動ける弁護士になりたいと考えた。
「これまでの経験を活かし、クライアントが法律上での問題に直面する前から伴走し、課題を見つけ、解決策を提示・支援できるのではないかと考え、会計事務所が母体であるDT弁護士法人へ参画しました。やはりこれまで所属してきた伝統的な法律事務所とは異なり、選択は間違っていなかったと思っています」
伊奈らDT弁護士法人のメンバーはデロイト トーマツ グループのプロフェッショナルたちと共に、案件が発生する前から相手と向き合うことも多いという。それぞれの領域のプロフェッショナルによる提案に対して、法的な論点からサポートできるからだ。
「企業の業務がカテゴリーで分類できる時代ではなく、コロナ禍を受けて、企業の課題や人々の働き方もいっそう多様化しました。経営層が想定していない部分で法律問題が絡むことも増えてきたのです」
分断されがちな財務と法務でタッグを組み効率化
「DT弁護士法人の強みは、グループ一体でクライアントと向き合えること。例えば、他のデューデリジェンスと分断されがちな法務のデューデリジェンスも一体で対応できます」
デューデリジェンスは投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査することを指す。調査内容で種類があり、組織や財務活動の調査をするビジネスデューデリジェンス、財務内容などからリスクを把握する財務デューデリジェンス、定款や登記事項などの法的なものをチェックする法務デューデリジェンスなどがある。
財務と法務のデューデリジェンスは異なる点はあるものの、簿外債務・偶発責務の発見という共通の目的が存在するため、売り手企業に開示を要求する資料が重複することがある。そのため本来連携していくことが望ましいのだが、財務デューデリジェンスの会計士チームと、法務デューデリジェンスの弁護士チームが同じグループで業務を推進することはまだまだ少ない。
結果として、財務デューデリジェンスチームと法務デューデリジェンスチームが異なる見解を示した時、対象の企業経営層側が判断をしなくてはいけなくなる。
「もちろん、最終決定は企業の経営層ですが、デロイト トーマツではあらゆる可能性について財務と法務のチームが一体で検討を重ね、練られた案を提示できます。これは、グループ内で話し合える環境があるからでしょう。法人が異なるとどうしても遠慮が出てしまい、相談を積み重ねていくことは難しい。そうなると、財務と法務の2つから、それぞれの視点を中心とした案が出てきてしまうこともあり、最終的にクライアントを悩ませてしまう懸念が生じます」
同じグループで対応できれば、例えばビジネスデューデリジェンスで企業買収をした後、どのような方向で進めていこうと考えているのか分かる。それにより、法務も同じ視点で見ていくことが可能となる。しかし、異なる法人などでプロジェクトが推進されると、情報提供や管理はすべてクライアント側が個別実施する必要があり、負担増の可能性も出てくる。
「法人の垣根をまたぐことが多いものが、グループの中で完結できる。それにより、例えば財務がある契約の解釈について判断に悩んだ場合、私たち法務側に気軽に聞けたりする。こうした効果が実は大きいのです」
伊奈と一緒に仕事をすることが多いデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー(DTFA)のパートナーである宮川正則は伊奈について「伊奈さんがもちろん前に出てくることもありますが、下のマネジャークラスの弁護士にリードさせてDT弁護士法人を組織として成長させようとしているように感じます。デロイト トーマツの大きな組織の中で、様々な専門性を持つチームとうまく協業できるタイプのように思います。こちら側からすると、案件の初期段階からリーガルについて伊奈さんたちに聞けば一通り分かるという安心感もあります。この連携によって、サービスを一体で行うことの付加価値がどんどん生み出せたら」と話す。
経済社会が加速的に変化している今、法務に求められる事も多様化する
経済社会が加速的に変化している今、法務に求められる事も多様化してきている。中でも最近増加傾向だという相談内容を伊奈は2つ教えてくれた。
「1つは、データプライバシー領域です。デロイト トーマツのリスクアドバイザリーや、サイバーのメンバーと取り組むことが多い領域で、例えば銀行間の国際金融取引に関わるネットワークシステムであるSWIFT(近年では、ウクライナ危機に対しロシアの銀行に対する排除措置が行われたことでも話題となった)周辺の情報を集約して日本国内で一元管理しようとします。そうすると、送金元の情報が日本のデータとして保存されてしまいます。この場合、欧州を中心に加熱するプライバシー法制の関係で情報が国境を越えても問題がないかの照会が必要になってきます」
DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる中で、日本でも業務の変革はもちろん、効率化、生産性の向上は求められている。しかし、それらを推進していけば、上記のようなプライバシー法制に目を向けなくてはいけないことも起き得るのだ。
「もう1つは不祥事対応です。日本では不祥事が発生した場合、第三者委員会を起ち上げるケースが多いかと思います。その時に私たちが第三者委員会に入ることが多い。ただ、この場合不祥事の内容が多岐にわたるため法務だけでなく、ビジネスはもちろん、財務の知見も必要になってきます。さまざまなプロフェッショナルが一体となって支援する必要が生じてきています」
伊奈が話すようにこれまで弁護士単体で解決できる書面だけの話ではなく、ビジネスを推進する上でのリーガルチェックや、新しい法整備、そして社会的な説明責任を果たしていく上で多くの知見と複数の視点が求められる時代といえる。
デロイト トーマツらしいリーガルサービスをスタート
ある日の伊奈は、東京で会議をした後、大阪に向かう新幹線の中にいた。老人ホームを経営するにあたり、新しい収益構造を検討できないかという相談を聞きに直接足を運ぼうというのだ。ビジネスの相談に近いが、有料老人ホームは老人福祉法に規定された施設でもあり、経営者がなんでも自由に決められるわけではない。ビジネスと法律の双方から検討が必要になるのだ。
「夜は東京でまた会議があるので、戻らないと行けないのですが、志のある経営者の方でお手伝いできないかと思って」
移動中も仕事中も伊奈が手にしているのは、多い時は日に10杯は飲むというブラックコーヒーだ。ローストしっかりの濃いめが好みで、特にエスプレッソの本場イタリアで、120年以上の伝統を誇るブランドLAVAZZA(ラヴァッツァ)を推している。
二人の娘の父親でもある伊奈は、老人介護問題、女性の雇用創出や、子育て問題などに強い興味があると話し、自分の働く中で、そのような社会課題の解決に寄与できる機会があれば積極的に関わりたいという。その思いもあってか、自然と伊奈の足は大阪に向かっていたのかもしれない。内容をヒアリングした上で、いくつかの提案をクライアントにした後、東京へ戻っていった。
そんな伊奈がリーダーシップを執り、DT弁護士法人が新たに進めている取り組みが2つある。その1つめが法務の間接部門をアウトソースできる取り組みだ。
「日本の企業は会社が締結している契約書を法務部が全てチェックしているかというと、正直不安なところがあるのが現実ではないでしょうか。しかし、コーポレートガバナンスの観点からも、ステークホルダーに対する説明責任の面からも、契約書は法務レビューが済んだものだけを締結すべきで、これはアメリカを含め他の先進諸国は行っているあたりまえのことです。しかし、数が多いレビューを少ない法務部の人員だけではさばききれない。そこで私どもが機械的に行うようなレビューなどの間接部門業務をまるごと引き受けるという取り組みです。実は欧州、特にイギリスでサービスが急激に拡大している分野で、アメリカでもサービスが登場したものです。すでに、あるグローバル企業の日本法人に対してサービスを提供しています」
もう1つは、法務部分のコンサルティングサービスだという。
「デロイトのグローバルではすでにはじまっていますが、リーガルマネージドコンサルティング(LMC)サービスです。法務部の中の業務改革を含め、リーガル部分をコンサルティングして、その企業に沿ったシステムを提案するといったもの。デロイト トーマツには、コンサルタントも多数在籍し、私どもも弁護士としての専門性を持ちながら、同時にコンサルタントの側面でサービスを提案することもある。ビジネスとリーガルの双方を知った上でサービスを提供できる人材がそろっているわけです」
伊奈は前職までの弁護士としての仕事と、現在の弁護士としての仕事では視野がまったく異なっていると話す。
「来た仕事を机で行っていくのではなく、案件スタート時点からフロントメンバーと一緒にクライアントとの会議に参加する。これが本当に面白い。起き得るリスクを未然に防ぐことも出来ますし、セキュリティやプライバシー問題がグローバルで課題になる中、リーガルがビジネスに対して支援できることはますます増えてくるでしょうから。私はリーガルの新しい世界をチームで切り拓き、クライアントのサポートができたらと願っています」
弁護士の一般的な業務範囲の枠組みを超えてクライアントに対する支援をしていく、そのために個人プレーだけでなくチームワークも重視する。そんな伊奈の姿勢が、多くの弁護士の心を動かし、Best Lawyers "Lawyer of the Year"受賞につながったのかもしれない。今日も伊奈はクライアントの相談事に向き合い、チームビルディングを行いながら、日本のリーガルにおける新しいサービスを開発し、クライアントに届けている。
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