デロイト トーマツと考える、
「誰一人取り残さない」と
「2050年カーボンニュートラル」
両立のカギ
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2050年までにCO2排出を全体でゼロにする政策目標「2050年カーボンニュートラル」。この実現には社会全体の大きな変革が必要だが、進め方によっては企業や労働者が痛みを負いかねない。
そこでSDGsのトップスローガン「Leave no one behind(誰一人取り残さない)」を踏まえた脱炭素社会を実現するため、いま世界で注目されているのが「Just Transition(公正な移行)」というコンセプトだ。
カーボンニュートラルに向けた望ましい移行の道筋とはどのようなものか。プロフェッショナルファームの立場から「Just Transition」を推進するデロイト トーマツ グループ(以下、デロイト トーマツ)の山田太雲氏と、気候変動問題に詳しいNPO法人気候ネットワーク理事の平田仁子氏に聞いた。
ステップ・バイ・ステップではもう間に合わない
── 2050年カーボンニュートラル実現にむけての動きが加速していますが、日本の現在地をどう捉えていますか。
山田 私はデロイト トーマツに入る前、世界の貧困問題に取り組むNGO Oxfam(オックスファム)に所属し、G7(主要先進7カ国)や国連の会議に参加していました。そこで印象に残っているのは、2009年COP15(気候変動枠組条約第15 回締約国会議)での日本の報道です。
COP15は、温暖化対策の責任を先進国だけに課した「京都議定書」後の枠組みを議論する重要な会議で、すでにCO2の大量排出国となっていた中国など新興国を引き込むためにも、先進国側の「誠意」が問われていました。
その中で日本の削減目標の低さが交渉の妨げとなっていたのにも関わらず、日本メディアは「中国を説得できるかがカギ」などと、国益報道になっていたのです。これを見て、日本と世界の認識は相当離れているなと感じたことを覚えています。
山田 2015年のパリ協定採択以降、現在デロイト トーマツでも推進しているTCFDを始め、産業界を脱炭素に向かわせるためのルール形成や仕組みづくりがグローバルで急ピッチに進んできました。
しかし、日本はそのプロセスに主体的に参画できずにここまできた。いまようやくカーボンニュートラルに向けて走るムードが高まっていますが、かなりのキャッチアップが必要です。
平田 そうですね。気候変動が深刻であることはもう30年以上前から叫ばれてきました。ですが、この問題は環境保護というシングルイシューではなく、経済・社会を含めたあらゆる領域が関わる問題であり、どこから手をつければよいのか定まらず手をこまねいている状況が続いてきました。
世界的に見ると日本は経済的にも安定していて、政治システムに大きな変革がなかった。そうした構造の中で、新たな変化に対する抵抗が強かったのも事実です。
しかし、深刻化する現状を前にいよいよ先送りができない状況になり、カーボンニュートラルに向かう強い意志が国から示されました。今ではそこに企業も市民社会も同意し、同じところを目指そうとしています。
ただし、ゆっくりとステップ・バイ・ステップで進めるのではもう間に合いません。今後10年は大きな変革が必要で、現実社会の人々の生活を維持しつつ、どうトランジション(移行)を実現するのかが問われています。
「移行しないリスク」を考えてこなかったことが問題
── 移行が進まないのはなぜでしょう。
平田 移行の障壁は、主に3つあります。まず、これまでは政策シグナルがなかったため、企業は「自社だけ突出するわけにはいかない」と踏み出すことに躊躇していました。
2つ目は、先見性を持って旗を振る民間リーダーが少ないことです。日本ではアル・ゴアやレオナルド・ディカプリオのような環境問題に声を上げるセレブリティや経営層がなかなか出てきません。
そして3つ目が既得権益。移行が起きると、これまで日本経済を支えてきた基幹産業はCO2を排出するビジネスから脱却しない限り発展が望めません。そうすると個社として移行に抵抗する方に傾きやすいのです。
山田 そうですね。「気候変動対策はビジネスの足かせだ」との誤解もまだ根強くあります。温暖化を放置した先にあるビジネス不可能な世界や、脱炭素志向のビジネスの競争力が今後激化していくことに対する正しい認識が必要です。
平田 経済界では、気候変動対策の「コストに対するリスク」は以前から強調されてきました。一方で、「移行しないことのリスク」は語られてこなかった。
気候変動対策はコストがかかり生活を脅かすと思っている人も多く、カーボンニュートラルに移行した結果、どんな社会になっているかがあまり共有されてこなかったのは残念に感じます。
山田 ドイツの環境シンクタンクであるジャーマンウォッチが発表したレポートによると、2018年時点で気候変動の影響を最も受けた国は、豪雨や土砂災害、台風などによる大きな被害を負った日本でした。経済損失額に限っても3位で、年間で約360億ドルの損失を出しています。平田さんのご指摘どおりで、その規模の損失が出ていることはもっと知られるべきですね。
また、移行に伴う「痛み」を誰がどれだけ負うのかに対する議論が進んでいないことも問題ですね。そこがクリアになっていないと、脱炭素のブレーキになるおそれがあります。
平田 気候変動は社会の他の課題と同時解決しないと、取りこぼされるコミュニティや人々が出てきてしまう。そこの救済を一緒に考えてこそ、ポジティブな移行に向かいます。
「誰一人取り残さない」移行のために、何が必要か
── 山田さんは、誰一人取り残さない公正な移行を意味する「Just Transition」の考え方に国内でいち早く着目し、活動していらっしゃいますよね。
山田 Just Transitionの概念を最初に提唱したのは労働運動でした。デンマークで行われた前出のCOP15のとき、国際的な労働組合連合のITUCが「エネルギー転換に伴う産業変革の際に、労働者側の被害を出してはいけない」と訴えたのです。
実際に石炭から石油への移行の際は、旧炭鉱の町を中心に大量失業に見舞われました。以降、そのようなコミュニティへの低投資が続いたことが、現在のポピュリズム(大衆迎合主義)につながっている側面も無視できません。
そして現在、Just Transitionの概念はその対象を拡大していて、コバルト採掘での児童労働や風力発電の建設予定地での先住民の強制立ち退きなど、より広範なステークホルダーへの影響を対象範囲としています。
山田 温暖化対策は待ったなしですが、だからといって社会・経済的に弱い人たちをなぎ倒す形で推し進めると、かえってブレーキになってしまう。そのことを世界に認識させたのが、2018年フランスの「黄色いベスト運動」や2019年の「チリ暴動」でした。いずれも温暖化対策の政策に対する低所得者層の反発から始まった反格差運動で、チリのケースでは政府が気候変動COP25の自国開催断念に追い込まれました。
そういった経緯もあって、誰一人取り残さない公正な移行、Just Transitionが注目されるようになってきたのです。
── 「Just Transition」はグローバルレベルでは浸透しているのでしょうか?
山田 現在Just Transitionは、パリ協定やEUの成長戦略・グリーンディールにも位置付けられています。また、国連「責任ある投資原則(PRI)」も投資家向けにJust Transitionを組み込んだガイドラインを発表するなど、まさに台頭しつつある原則です。
一方で、自動車産業に関するとある調査では、電動化が最も進んでいる自動車メーカーでもJust Transitionへの配慮が著しく欠落していることが指摘されるなど、企業サイドの実装はグローバルでもまだまだこれからの段階です。
平田 海外では国家プログラムとして移行戦略をつくるなどの動きが出てきています。しかし、日本ではまだ課題設定されておらず、担当する部署すら決まっていない。菅首相は所信表明で「産業構造の変革をもたらす」と言いましたが、それが本当に意味するところにまだ向き合えていないようです。そこは日本最大級のプロフェッショナルファームであるデロイト トーマツさんに期待しています。
山田 私たちは、会計、監査、コンサルティングなど幅広い分野の知見を持っています。それらを集約し、カーボンニュートラル社会の実現を推進する「Climate Sustainabilityイニシアチブ」をグループCEO直轄で立ち上げました。このイニシアチブの中心コンセプトが、まさにJust Transitionです。
Just Transitionで世界をリードする
── Just Transitionの具現化にむけてどのようなことに取り組むのでしょうか。
山田 主に3つのことをやります。まず「信頼性の保証」です。私たちは監査法人をバックグラウンドに持ち、ビジネスの追求だけで動いているわけではありません。そこから得られる社会的な信頼性をテコにして、データやファクトをもとにステークホルダー間の正しい認識や危機意識を促進します。
2つ目は「業界・規制対応」。ヨーロッパでは国のシステムとしてJust Transitionの仕組みがつくられつつあります。たとえばスペインでは2018年時点で、石炭火力発電所の閉鎖後に働き手に次の仕事をあてがう政労使(政府・労働者団体・使用者団体の三者)の合意がなされ、政府がお金を出しています。そういった取り組みを日本で働きかけることも視野に入れています。
そして3つ目が「変革推進の支援」です。幅広いステークホルダーと伴走してきた実績やリレーションをもとに、戦略立案やエコシステム形成の支援をします。
平田 最近は、とあるグローバルプラントエンジニアリング企業の支援に関わったと仰っていましたよね。どんな取り組みだったのでしょうか。
山田 はい、その会社は石油・ガスプラント開発を主力事業としてきたのですが、世界的なエネルギーシフトを背景に、2040年を見据えて自社パーパスを環境や社会の持続可能性の強化に定義しなおしました。
そして現在はそのパーパスを起点に、事業ポートフォリオの変革を進めています。脱炭素移行という時代の必然を正面から受け止め、その中で雇用を守ることも含めたJust Transitionを志向した好例かと思います。
現在、多くの企業がカーボンニュートラルへの注力を始めている中、我々としては、単なる脱炭素化ではなく社会的調和につながる脱炭素化、つまりJust Transitionまでやり切ること。そして企業の差別化戦略としての脱炭素移行の実現を支えていきたいと考えています。
平田 包括的なモデルで頼もしいですね。ただ、現実には難しさもあるでしょう。Just Transitionは個社で全てを解決できないので、パブリックな支え、つまり財政的な支援が絶対に必要です。そこがまだ欠落しています。
また、Just Transitionは面的に平均して起きるのではなく、地域ごとに起きます。たとえばある工場を閉じたら、仕事を失う人たちが生まれます。他の地域で再生エネルギーの仕事に従事すればいいといっても、すでに家族や生活があるので簡単に「引っ越せばいい」とは言えない。丁寧な対応が必要になります。そのあたりはいかがですか。
山田 私たちは自治体のクライアントも多く、公的な枠組みづくりに関与することもあります。また全国各地に事務所があり、現地に根差した活動もしています。そうしたリレーションの中で、移行の影響を受ける側の声を反映させていくつもりです。
地域に関しても、東日本大震災の復興でメンバーが被災地に張り付いて一緒に支援してきた経験があります。国家レベルの大きなアプローチだけでなく、地域に寄り添ったソリューションを一緒にやり切る力を持っています。カーボンニュートラルのアジェンダ化に乗り遅れた日本ですが、Just Transitionで世界をリードできるよう貢献したいと考えています。
しなやかに、ポジティブに。「違和感」を大切にしてほしい
── 最後に、次代を担う若い世代にメッセージをお願いします。
山田 私が前職のNGOで関わっていた国際協力の業界は、社会的に必要な取り組みを行っている一方、「支援する側」の声が途上国の貧困当事者の声をかき消してしまいがちという構造的な悩みも抱えていました。
私が今デロイト トーマツでJust Transitionに取り組むのは、脱炭素という「大きな正義」を社会的に脆弱な立場に置かれた人々の権利や暮らしに直結する「小さな正義」につなげる必要があるとの信念からです。
近年日本でも、日々の仕事や消費を通じて社会課題の解決に取り組む意識を持つ若い人たちが増えていて、とても心強いです。ただ個人的には、「課題解決」はやや優等生的なアジェンダだなとも感じています。海外で政府や企業を動かしている大きな力の一つは、ミレニアル世代・Z世代が「持続不可能な経済による負の影響を受ける当事者」の立場から政財界の意思決定層に対してぶつける「社会変革」の要求で、小手先のグリーンウォッシュは許さないという迫力を感じます。
日本では歴史的経緯もあり、「ムーブメントで社会を動かす」方程式が成立しにくい状況にありますが、次世代を担うみなさんには、現状に対する「居心地の悪い違和感」もあえて大切にしてもらいたい。それが、サステナビリティに対する目線を上げ続ける力になると思います。
平田 自分たちの世代で変えられなかったものを、あなたたちが変えなさいというのは違うんじゃないかと悩ましい思いもあります。気候の危機を前に、絶望や落胆が避けられないこともあると思いますが、しなやか かつポジティブに、新時代をつくることの手応えを感じながら気候変動問題に取り組んでほしいです。
山田 大切なのは、「人類史上の現在地」を正しく認識すること。そこからどんなアクションをするのか、どう生きるのかを共に選択していきたいと思います。
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転載元:BUSINESS INSIDER JAPAN
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