「動的平衡」から構想する
“能動的破壊”で生まれる
組織の持続性

[対談]福岡伸一×松江英夫

生命体は、自らを「壊す」ことで進化する。絶え間なく動き続け、部分が活発に入れ替わりながらも、全体として恒常性が保たれている──。「動的平衡」こそが、生命体が「生きている」といえる状態だ、と生物学者の福岡伸一氏は言う。「両極化」が進む不確実性の時代においては、能動的に自己変革を続けられる企業だけが生き残る、という松江英夫氏の認識に重なるものだ。既存の価値観が揺らぎ、未来がもやに包まれたままのポストコロナの世界において、多くの企業が自らの将来に向けたビジョンを描きあぐね、持続性を確保する新たな方法を問い始めている。その問いを深めるためには、38億年にわたって連綿と進化を続けてきた「生命の仕組み」の持続性を見つめて、新たな組織論を志向すべきではないだろうか。

生命活動に埋め込まれた遺伝子レベルの「両極」

松江 私は今の時代を読み解くキーワードは、「両極化」だと考えています。「グローバル」と「ローカル」、「リアル」と「バーチャル」、「経済価値」と「社会価値」など、一見相反する事象や価値観、すなわち「両極」が衝突しながらも互いにその勢いを増幅させる動きが、至るところで加速しているからです。福岡先生の著作を拝読すると、生物現象の中にも、「両極化」が埋め込まれているように感じるのですが、いかがでしょうか。

福岡 生体内でも、相反することが常に同時進行しています。タンパク質を作っては壊す「合成と分解」は、いわば「両極」を行き来する営みです。作りつつ壊す。生命体にとって「両極」は日常といえますね。

さらに面白いのは、生命体は明らかに「作る」より「壊す」ことに一生懸命であるという点です。実は、細胞がものを作る方法はたった1つしかありません。つまり、DNAの情報をRNAがコピーし、その設計図を基にアミノ酸を並べ、タンパク質を組み立てる。細菌でも木でもミミズでも人間でも、あらゆる生物は同じ方法でさまざまなものを生み出します。一方、破壊には多様なプログラムが用意されています。新たな創造や再構築のためは、まず自分を壊すことが非常に大切なのです。

松江 作るパワーより壊すパワーの方が強いとは興味深いです。経営学でいう「創造的破壊」にも通じる営みですね。

福岡 生物科学分野の研究においても、21世紀の科学者たちは「作る」メカニズムより、「壊す」メカニズムの解明に熱心です。今年(2020年)のノーベル化学賞は、ゲノム編集技術を開発した2人の女性科学者が受賞しました。かつては不変かつ静的なものと考えられていたゲノムも、今では可変かつ動的なものという理解が当たり前になっているのです。

生きるために、壊し続ける。38億年続く生命の営みに見る持続性

福岡 伸一 / 生物学者 青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員研究者

松江 企業においても、イノベーションを起こすためには既存の仕組みの「破壊」が欠かせません。しかし、特に日本企業では、「壊すのは怖い」という意識があって、私たちの調査でも、多くの経営者がイノベーションは苦手だと答えています。今まで作り上げたものを能動的に壊して新しいものを作ることは、日本の組織にはかなりのチャレンジです。

この壊すことに対する意識のギャップについて、先生はどのように捉えていらっしゃいますか。

福岡 確かに人間の「意識」にはどうしても壊すことに対する恐怖がありますね。しかし人間の「細胞」はちゅうちょしません。というより、ちゅうちょしていては生き残れません。宇宙の大原則に「エントロピー増大の法則」があります。エントロピー(乱雑さ)は、時間とともに必ず増大する。つまり秩序あるものは必ず無秩序に向かうのです。整理された机の上も、積み上げられたピラミッドも、熱々のコーヒーも、周りが見えなくなるほどの熱烈な恋愛も(笑)、必ず壊れる。どんなに頑丈な建築物も、風雨にさらされれば老朽化し、いずれ崩れ落ちます。

松江 細胞の生命体と私たちの「意識」の間にはかなりギャップがあるのですね。細胞の方がよっぽどたくましいですね。

福岡 実は、生命体は「わざと緩く作って、部分的に壊しながら作り替えていく」という戦略で、38億年もの長きにわたって秩序を維持し続けてきました。動きを止めず、小さな新陳代謝を重ねながらバランスを保つ。これを私は「動的平衡」と呼んでいます。

松江 「動的平衡」の考え方は、時間の経過とともに「変わること、壊れてゆくこと」を前提とした発想法で、企業経営において学ぶ点が大いにあると感じますね。変わることへのギャップを率先して埋めていく意識を持つ必要があると思います。

福岡 その通りですね。必要とされる意識の転換を考える上で、少しとっぴな問い掛けなのですが、法隆寺と伊勢神宮のどちらがより生命的だと思われますか。

いずれも歴史ある建築物ですが、前者は世界最古といわれる木造建築、後者は20年サイクルの式年遷宮で建て替えられています。一見、伊勢神宮の方が新陳代謝をしていて生命っぽいですが、「動的平衡」の観点でいうと、法隆寺の方がはるかに生命的です。伊勢神宮のように「全取っ換え」をするには、設計図や、土地や、まとまった資材などが一気に必要になる。一方、法隆寺は築1400年以上ですが、実は聖徳太子の時代の部材は今ではほとんど残っていません。少しずつ、しかし、絶えることなく部分更新を続けながら当時の姿を保っているのです。長い目で見ればその方がコストもかからず、サスティナブルです。

松江 それは非常に面白いですね。かつて私は長寿企業を研究したのですが、そこには、「変わらないもの」と「変わるもの」という両極が共存しています。

 長く続く組織には、「哲学や理念は変わらない。しかし、戦略やモデルは環境の変化とともに変わる」つまり、能動的に変革に臨むという共通点があります。

福岡 まさにその「能動的」という点がポイントですね。エントロピー増大の法則に先回りして不要な部分を壊さなければ、変化を乗り越えられず、全てを失うことになってしまいます。

松江 企業が自ら能動的に変革を行うには、危機感が出発点になると私は考えています。そのためには「先=将来」と「外=市場」という2つの観点から自らを相対化し危機感を持ち続けなければなりません。また自己変革を継続させるには、「時間軸」「市場」「組織内」の3要素を連鎖させるメカニズムを組織にビルトインすることが重要です。

福岡 生命体もまさに未来を先取りして備えているといえますね。生命体はこれまで一生懸命に、長い時間軸で未来を見つつ、急な環境変化にも機敏に適応してきました。人間も生命体であり、企業も人間の集合体であると考えれば、一種の多細胞生物の体と置き換えることができるので、それがより生命的に動くことが長寿企業のキーになるというのは、松江さんが整理されている通りだと思います。

現場の判断力に委ねる「分散型」で環境変化に備える

松江 英夫 / デロイト トーマツ グループ CSO(戦略担当執行役)

松江 自己変革できる組織において「3つの連鎖」を支えるのは「人」なので、一人一人が、上からの指示がなくとも自ら判断できるかどうか、が命運を握ります。生物において、一つ一つの細胞の動きが重要な役割を果たすことに相通じるところがあると思うのですが、いかがでしょうか。

福岡 そうですね。それは細胞にも当てはまると思います。生命体の大きな特色は「分散型」であることです。脳が「中枢神経」と呼ばれていることもあり、体は脳を頂点とした中央集権であるかのように誤解している人は多いのですが、脳は末梢から情報を受け取って、変換してまた末梢に返す電話局のような役割を担っているにすぎません。実際、ほとんどの生命体は脳がなくても何の問題もない。脳からの指令がなくともローカルの問題をローカルでちゃんと解決できるからです。肝細胞はお酒を分解するし、筋細胞は筋維を収縮させて力を発揮する。環境の変化を察知したら、その場で処理するのが一番早いし確実です。

松江 今後は、企業組織も「分散型」になり、「現場」と「トップマネジメント」の両極化が進むと思います。デジタル化が情報格差をなくしていくことで、ヒエラルキー構造の組織の必要性が薄れ、中間層が薄くなり、より現場の実行部隊に意思決定の権限を委譲しやすくなるからです。

福岡 生命体も分散かつ自律していますから相似形ですね。中間機能が淘汰され、トップと実行部隊だけで成立する点も同様です。生命体においては、専門分化した細胞が実行部隊で、幹細胞(ステムセル)がトップに当たります。体内にはさまざまな細胞に分化する能力を備えた幹細胞が温存されており、いざ問題が起きればそれらが増殖し、分化して組織を再生させるのです。けがが治るのも、こうした再生能力があるからです。しかも、細胞の役割分担も可変的で、ある細胞が欠落すれば、他の細胞がその役割を補うこともできます。

松江 まさに組織は生き物ですね。以前、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんと対談させていただいた際に、福岡先生とのお話が発端となった「生物的組織」が理想だとお話しされていました。

福岡 そうですね。岡田さんにこういう話をしていたら、「分散的な動的平衡サッカーが実現したら、常勝チームができる」とおっしゃっていました。その理想が実現すると監督は要らないかもしれません(笑)。

松江 確かに(笑)。ただ、さすがに分散型組織でもリーダーは必要でしょうが、その役割は確実に変化すると思います。これからは、長期的に組織が目指すべき姿や存在意義(パーパス)を旗印に、上意下達ではなく分かりやすく示し、現場がより「自律」して判断し、行動できるように導くことがより重要になるでしょう。

最適化という日本の強み

松江 両極化が進む時代の中では、私は、相反するものをつないで最適化することが重要だと考えています。最適化する力は、異文化を受け入れて新しいものを作るといった形で日本の社会や企業の伝統的強みだと思います。福岡先生のおっしゃる生命体の在り方に学びながら、本来の強みを生かして国際競争力を発揮できないかと期待しています。

福岡 そのためには、相反する力のバランスを取ることが重要だと思います。生命体における合成と分解は、確かに逆向きの作用ですが、対立しているわけではない。互いに協調できる力なのです。車もアクセルとブレーキがあるからスムーズに運転できる。相反するものの調整こそが最適化の鍵といえます。しかも、最適値というゴールポストは環境変化に応じて動きます。2つのパワーを調整することで局面ごとの最適値を瞬時に作り出し、動的平衡の状態を維持できるかどうかが重要です。

松江 なるほど。最適は動的なものであるということですね。絶えず変化する外部環境を前提として、最適解を動的に生み出し続けるための仕組み作りが重要になるのですね。

福岡 その仕組みがダイナミックであればあるほど組織は強くなると思います。人間には、日照サイクルに合わせたサーカディアンリズム(概日リズム)が備わっています。しかし、窓のない部屋で生活しても、細胞は合成と分解のバランスを上げ下げしながら自らリズムを生み出せます。

二者択一なら解は1つですが、2つのダイヤルで調整すれば解は無限に得られます。固定されたゴールではなく、最適値も絶えず可変的に動いている。唯一解が存在するわけではないですから、最適となるバランスを瞬時に生み出すパワーこそが強力といえます。

松江 私たちも「変化」と「バランス」をポジティブに捉え直すことが大事ですね。米中の対立のような国際問題も、独自のバランスを保てる位置を絶えず能動的に探ることこそ重要で、受動的に板挟みと言う発想では可能性が広がりません。

福岡 確かに、そこに「両極」があるからといって、どちらかの極に立たなければいけないわけではありません。むしろ2つの極の力をうまく利用した方が最適値を生み出せる可能性が高い。固定された解のない「三体問題」なのです。

松江 確かにそうですね。日本には古来、最適な状況をつくる力があると考えています。二項同体という考え方をはじめ、禅の世界や仏教からつながる、2つの相反するものも全体の中の1つとして考えるような文化的思想の土台が日本にはあるのです。

福岡 日本古来の世界観は二項対立ではなく両者合一ですね。私は京都大学で学んだ縁で、西田幾多郎の哲学を少々かじっています。西田哲学には「絶対矛盾的自己同一」という重要な概念があるのですが、これも、相反する状態が重なり合った世界を指しています。全体は個であり、個は全体ですから、人間の勝手な理屈で簡単に切り分けられるものではありません。『方丈記』の冒頭で見事に叙述されている通り、ゆく川の流れは絶えず、とどまることなく循環している。こうした日本的な世界観は、二元論的な対立構造で世界を捉えるより、ずっと豊かなものの見方ではないでしょうか。

松江 本当にそうだと思います。独自の世界観を有する日本だからこそ、「両極化の時代」を新たな飛躍と繁栄の時代にしていくことができると信じています。

本日はありがとうございました。

[対談を終えて:松江英夫]

両極化は生命の原理、壊す勇気は細胞にこそ学ぶべき

「両極化」の本質は我々の生命原理にあった。福岡さんとの対談を通して、「破壊」と「創造」を繰り返す細胞の原理こそが、両極化をもたらす根源であるとの大いなる気づきを得た。

さらには、両極化を生き抜く解である「最適化」とは、「相反する力を対立させることなく協調させ、バランスを取ること」という見解は、これからの個人、企業組織、日本の在り方に、二元論ではない解決の可能性を示唆する力強いメッセージだ。一方で、両極化する不確実な時代に、日本が本来の良さを活かし生き残るためには、過去から積みあげてきた現状を「自ら変える」ことに寛容になれるかにかかっている。

生き残るために、自らを壊し続ける──。私たちは生命体として壊すことに何の躊躇もない。その一方で、脳が生み出す意識はどこか頑なに壊すことをためらってしまう。これはいわば「細胞」と「脳(意識)」の両極化。個人も組織もこの両極を乗り越えない限り自らを変えることなどできない。実は、我々が「自己変革」に寛容になるためのヒントは、壊すことを恐れない自らの細胞の生命力を、脳が自覚し謙虚に学ぶことから始まるのかもしれない。

※当記事は2020年12月3日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

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