逗子市スマートローカル構想への挑戦
地域生活に不可欠な移動手段を持続可能なサービスとして実現する
少子高齢化、人手不足によるサービス低下、移動手段の不足など、地方社会は様々な課題に直面している。その解決にはデジタル技術が欠かせない。デロイト トーマツ コンサルティングは、「スマートローカル構想」を掲げ、全国各地の自治体などと地域課題の解決に向けたプロジェクトを始めている。ここではその一つである、神奈川県逗子市の移動サービス再構築を支援するプロジェクトを紹介する。
自家用車前提の住宅地が失いつつある「生活の足」
神奈川県逗子市は、三浦半島の西側の付け根に位置する海と山に囲まれた市である。市内にはJR横須賀線と京浜急行の2線が乗り入れ、都内へのアクセスもいい。豊かな自然と交通の便利さで、住みたい街としての人気が高く、古くからベッドタウンとして開発が進められた地域である。
だが今、同市にも日本の社会構造がもたらす課題が影を落としている。住民の高齢化が加速し、神奈川県内でも高齢化率が高い市の一つに数えられている。
加えて、逗子市ならではの問題もあると、逗子市 環境都市部 部長の石井義久氏は語る。
「市の中心部である逗子駅周辺をはじめ、商業施設などは平地にありますが、1960年代から開発された住宅地は、駅から離れた高台に設けられています。住民が住み始めた頃は、移動には自家用車を使うことを前提にしており、不自由はありませんでした。しかし、それから年月が流れ、高齢化の進展によって免許を返納される住民も増えて、公共の交通機関が求められるようになりました」
自家用車がなければ、鉄道の駅や病院までは徒歩で行くか、タクシーを呼ぶしかない。住宅地は高台に面しているため、かなりの坂道を上り下りしなければならず、高齢者には厳しい。そのため市役所には、コミュニティバスなど交通機関の拡充を求める要望が、しばしば寄せられていた。
「市としても都度検討するものの、バス事業者としても採算が合わないと路線の新設は難しく、一部は実現できませんでした。現在多くの自治体が同様の状況に直面しているのは承知していますので、私たちも他でどんな取り組みをしているのか情報収集していますが、市民ニーズに応えるためには課題が多いのが実情です」(石井氏)
デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC) 執行役員の井出潔氏は、逗子市をはじめとした地域の課題について、次のように語る。
「地域の暮らしを考えるとき、まず思うのは、『やるべきこと』と『やれること』のギャップです。地域は今、少子高齢化への対策や、街の活性化、災害対策など、数多くの問題を抱えており、どれも重要なテーマです。しかし、これらのすべてを自治体中心に解決していくというのは、予算の面、リソースの面で難しいと思います。
そのため、民間の力を使い、採算ベースに乗せていくことが必要です。また、これらの問題は複雑で、様々なステークホルダー間の調整も必要になります。そこで、当社が考えているのは、これまでのように課題に対して個別の対策を散発的に行うのではなく、1つの施策がいくつもの課題を解決していく効果を生むような取り組みです」
サービス導入ありきでなく実態調査を徹底的に行う
逗子市では2018年に就任した桐ケ谷覚市長が「元気な高齢者の街」を掲げ、高齢者自身が外に出て活動することで街の活性化を目指している。気軽に外に出られれば、健康寿命を延ばすことにもつながり、医療費の抑制にもつながる。そのためには、交通手段の確保が何より欠かせない状況だった。
そこで逗子市ではDTCと共同で、高齢化時代に対応する交通手段の検討を進め、コミュニティバスよりも予算規模が小さい「デマンド乗り合いタクシー」を候補に、地域を区切って実証実験を行うことにした。いわゆる、乗り合いタクシーの運行だが、一度に複数人で利用することで、1人でタクシーを利用するよりも利用料金を抑えることができる。
実験の対象地域は、市内のニュータウンの一つ「アーデンヒル」を選んだ。逗子市 環境都市部 次長の青柳大典氏は、アーデンヒルの交通事情の歴史をこう話す。
「80年代に入居開始した比較的新しい高台の住宅地で、最寄りのJR東逗子駅からは1km以上の距離があり、厳しい坂道がある場所になります。近くにバスは走っておらず、自家用車がなければ移動は難しい状況です。一方、住民の意識は高く、行政への発言は積極的で、公共交通の要望を幾度となくいただいていましたが実現しませんでした。今回の実証実験を打診したところ、自治会は快く受けていただきました」
対象地区が決まり、次は具体的なサービスの検討に入るわけだが、ここでサービスインを性急に進めることを避け、さらに情報を集め、最適なサービスの形を探ることにした。そのサービスが本当に継続的に運営できるかは、どれだけ利用されるのかにかかっているからだ。
今回のプロジェクトを現地で主導した、DTC シニアスペシャリストリードの小池雄一氏は、次のように語る。
「最も重要なことは、財源が限られる中で、いかにコストを抑えて運用するかでした。住民の要望に応えるだけでは、財源が絶たれればサービスが終了してしまいます。一過性の実験で終わらせないために、最初の段階で住民、自治体の双方と議論を重ね、どんなサービスが求められているのかを明確にしていきました」
また、地元のタクシー事業者とも、計画の初期段階から話し合い、どのようなサービスなら実現可能性があるのかを協議した。
「デマンド乗り合いタクシーサービスを推進すると、必然的にタクシーの利用頻度は減ります。結果として通常のタクシーサービスの収益を圧迫すると考えても不思議ではありません。そこは長期的に考えて、タクシー事業者にとっても新しい市場を創ることにつながるサービスだということを、粘り強く説明しました。逗子市役所のご協力により、早期にタクシー事業者と協議できたことが、サービスの実現への大きな一歩になったと思います」(小池氏)
住民、自治体、交通事業者それぞれの考えを何度もヒアリングしたDTCの小池氏は、次に、現地の交通量調査を実施した。アーデンヒル内の複数箇所で、曜日や時刻、天候などの条件別に徒歩で歩いている人をカウントし、移動者の実態を徹底的に調べ上げた。
その結果は、厳しいものだった。想定される利用者数のままでは、住民の要望である乗り合いの利用料には遠く及ばず、通常のタクシーの2倍以上の料金を払わないと事業が成立しないことが分かった。このままではサービスを開始することはできない。
さらに調査を進めると、高齢者のデマンド乗り合いタクシー利用の目的は、通院が多いことが分かった。一方で通常のタクシーサービスの稼働は通勤通学のため平日の朝が高く、日中は低下する。そこで当初は、利用コストを抑えるため従来のタクシーサービスの稼働率が低い日中の時間帯に限って、デマンド乗り合いタクシーを走らせることにした。
このようにサービス設計することで、比較的時間に自由度がある高齢者や在宅主婦層の行動の変容を促し、低コストなデマンド乗り合いタクシーの利用がどの程度促進されるのか実証を行っていった。
人の移動が増えれば地域の商店街も元気になる
また、今回のデマンド乗り合いタクシーは、単に移動困難な人を救済するだけでなく、他にいくつもの副次的な効果を狙っている。まず、複数人で車を利用することによるCO₂削減効果で、「脱炭素社会」への前進、次に、利用者の地域内の活動を促進させる「まちなかウォーカブルタウン」としてのブランド構築、そして、移動サービスのプラットフォーム化による「デジタル推進」の3つのテーマを推進することができる。DTC井出氏が冒頭で述べた「1つの施策で複数の効果」とはこのことであり、これら一つひとつが誰一人取り残すことのないWell-beingな社会の実現につながっていく。
「市内の中心である逗子駅と比べて、その隣の東逗子駅周辺は商店も少なく、活性化が必要でした。デマンド乗り合いタクシーが巡回することで、アーデンヒルに最も近い駅でありながら利用者が少なかった地域に人を流すこともできることが分かりました。この発想は、DTCの提案によって初めて気づきました」(石井氏)
また、逗子市 環境都市部 環境都市課係長の坂本秀文氏は、デマンド乗り合いタクシーの実験開始に合わせて、市内の名所や生活サービスを紹介するローカルペーパーを発行することも検討しているという。
「実際に地域を歩いてみると、その地元の人しか知らない隠れた名店がいくつもあることに気づきました。今回の実証実験を行うに当たって、アーデンヒルの住民だけではなく、近隣の東逗子市商店街からも期待が寄せられています」
21年10月に開始した実証実験は、まずは収益化できる条件を探るところから検証を進めている。軌道に乗れば、経路や利用対象者の拡大を順次進めていく計画だ。
ただし、今回のアーデンヒルの取り組みをそのまま他のニュータウンで導入するのではなく、そこにはデータが必要だとDTCの小池氏は言う。
「1つずつテーラーメイドしていては負担が大きくなります。そこで重要なのは、データサイエンスの力です。データを集め、分析することでニーズを理解し、最適な手段を導くことができます」
DTCの井出氏は、「デロイト トーマツ グループは『Well-being社会の実現』を目指しています。その『Well-being社会の実現』には段階があり、まず一人ひとりが起点となり、それが社会、そして最終的に地球全体の継続的な改善・向上へつながります。今回のデマンド乗り合いタクシーのプロジェクトは、住民が家から外へ出る手段を作ることで、地域社会を活性化し、それが日本や地球全体に広がる、まさに具体的な取り組みだと思っています」と語る。
地域の活性化施策は、行政が一方的に進めても、逆に住民の意見だけを聞いて作ってもうまくいかない。大事なことは、地域ごとに異なるニーズへの対応と、事業としての継続性だ。今後、広がっていくとみられるMaaSなどの次世代の移動サービスに対しても、DTCの支援は、コンサルティングやアドバイスという域を超えて地域に深く関わっていくことで、ニーズの掘り起こしと実行につなげていくものとして期待が高まっている。
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