アステラス製薬が活動指針を刷新
社会に価値をもたらすサステナビリティ活動が企業の競争力を高める
一般的に「サステナビリティ活動」と「事業活動」は別のものと考えられることが多い。しかし、サステナビリティ活動の目指すべきゴールを経営の重要課題とすることで、社会的価値と経済的価値を同時に生み出し、企業の競争力強化につなげることができる。クライアントとコンサルタントの関係性を超え、価値の共創を追求したアステラス製薬とデロイト トーマツ コンサルティングの取り組みに迫る。
根本治療を実現することで社会に新たな価値をもたらす
医療用医薬品を中核として事業を展開するアステラス製薬。2005年4月に山之内製薬と藤沢薬品の合併によって誕生して以来、新薬に特化した研究開発型のグローバル製薬企業として発展を遂げてきた。
同社は近年、細胞医療、遺伝子治療といった次世代のモダリティ(治療手段)の研究開発を強化している。
細胞医療は、生きた細胞を用いて組織や臓器の機能を再生させたり、改変した細胞を投与することで病態を改善したりする医療。そして遺伝子治療とは、病気の原因となっている遺伝子の突然変異や欠損などを修復・修正する治療法だ。
「いずれも、薬を投与して病状を緩和する『対症療法』ではなく、病気の原因に直接働きかけることで、数回の治療により症状を大きく改善することや、身体を正常な状態に戻す『根本治療』となることが期待される。アステラス製薬は、根本治療に関わる事業を積極的に推進することで、患者さんだけでなく、社会に新たな価値をもたらしたいと考えています」と語るのは、同社
代表取締役社長CEOの安川健司氏である。
対症療法では、通院や入院によって患者本人が負担を強いられるだけでなく、家族の看護や介護の負担も増える。その経済的損失は、社会全体で考えると決して小さくはない。
つまり、根本治療へ積極的に取り組むことは、患者やその家族のWell-beingだけでなく、社会に大きな価値をもたらすのである。
根本治療の可能性を広げるため、アステラス製薬は、伝統的な医薬品の研究開発だけではなく、デジタルソリューションやAI、超小型電子デバイスといった異分野の技術を組み合わせて最適な医療サービスを提供する「Rx+」という事業も展開している。
その基本的な考え方は、「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの価値に変える。」というものだ。患者や社会により良い価値を提供できるのなら、あらゆる先端技術を積極的に取り入れるという姿勢を明確に打ち出している。
安川CEOは、同社が患者や社会に提供できる価値について「効果が高く、副作用の少ない医薬品を提供することが患者さんに提供できる価値の分かりやすい例ですが、その研究開発・製造によって社会にもたらされる負担が大きくなるのでは意味がありません。患者さんのメリットを最大化する一方、社会にとってのデメリットを最小化することが、我々の事業活動における価値創造の基本であると考えています」と語る。
例えば、医薬品の研究開発プロセスにおいては、遺伝子を組み換えた生物などを実験に使用することがある。各種ガイドラインや各国の規制等への準拠はもちろん、環境や実験に携わる人の健康にもたらす影響に配慮した仕組みをいかに作るかということも、社会的責任がある製薬企業としての重要課題である。
デロイトの支援で活動指針を全面刷新
企業が温室効果ガスの削減目標を明示するなど、サステナブルな社会の実現に貢献するための取り組みは、国連が掲げたSDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりとともに活発化している。
そうした動きを受けて、アステラス製薬は22年、自社のサステナビリティ活動の指針となる「マテリアリティ・マトリックス」を全面的に刷新する計画を進めている。
刷新の理由について、安川CEOは「14年に最初のマテリアリティ・マトリックスを策定、その後17年に全面的な見直しをしてから5年が経過し、社会の要請や医薬品業界を取り巻く環境、技術の発展などが大きく変わったことから、全面的に見直すことにしました。企業が向き合うべき重要課題には、温室効果ガス削減のように業種を問わず共通するものもありますが、当社ならではの課題にもっと絞り込んだものにしたいという思いもありました」と説明する。
同社は21年4月に始動した25年までの経営計画2021で、サステナビリティ活動に積極的に取り組むことを強く打ち出している。その内容に合わせて同社が取り組むべき重要課題を再整理する必要もあった。
この刷新プロジェクトで、アステラス製薬はデロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)において戦略コンサルティングを提供するモニター
デロイトに協力を依頼した。外部からの視点も取り入れ、世の中が自社に解決を求めている重要課題を客観的に抽出するためである。
21年夏にスタートした刷新プロジェクトの作業プロセスについて、同社シニアマネジャーの田中晴基氏は、「まず、アステラス製薬のサステナビリティ部と共に骨子案を作り、安川CEOをはじめとする経営層の意見や、実際に企業のマテリアリティを評価する外部のステークホルダーの声を取り入れながら検討を進めました」と語る。
機関投資家や業界団体、NPO、NGOといった複数のステークホルダーにヒアリングを重ね、骨子案の内容をブラッシュアップした。アステラス製薬が刷新プロジェクトのパートナーとしてDTCを選んだのは、そうした幅広い外部のネットワークをてこに、アジャイルなアプローチで真に訴求力の伴うマテリアリティに落とし込めることが大きな理由の一つであった。
社会価値と経済的価値を両立
もう1つ、アステラス製薬がDTCをパートナーとして高く評価したのは、同社がサステナビリティ活動を、社会価値だけでなく、経済的価値の創出まで伴う活動として捉えている点である。
田中氏が所属する戦略コンサルティングを提供するモニター デロイトは、CSV(Creating Shared Value)の提唱者であるマイケル・ポーター教授らが立ち上げた戦略コンサルティングファームのモニター
グループがデロイト傘下へ統合され誕生した組織であり、これまで延べ100社以上の日本企業に対し、競争戦略とサステナビリティの融合を支援してきた。そのような視点と実績に基づき、今回のアステラス製薬のマテリアリティ・マトリックスの刷新に当たっても、社会価値と経済価値の両立を実現する重要課題の選択を積極的に提案した。
「一般に事業活動とサステナビリティ活動は、別々のもの(Business AND Sustainability)と捉えがちですが、当社は融合して(Business WITH
Sustainability)取り組むことを13年から提唱してきました。SDGsが国連で採択されたのは15年ですが、それ以前からサステナビリティ活動を競争戦略の重要要素として捉え、発信し続けてきたのです」(田中氏)
田中氏は、アステラス製薬のマテリアリティ・マトリックスの刷新において、SDGsの3番目のゴールである「すべての人に健康と福祉を」の中でも、同社がとくに強みとする「根本治療」をはじめ同社が強みを生かせる社会課題に焦点を当てながら、サステナビリティ部メンバーと議論を深めた。各社が往々にして“総花的”で無難なマテリアリティに終始する中で、一目でアステラス製薬らしさが想起される。加えて、根本治療により患者やその家族、医療関係者が治療から解放され、それによりもたらされる付加価値は経済的にも社会的にも極めて大きく、まさに「Business
WITH Sustainability」であると考えた。
安川CEOは、「一般的な企業のサステナビリティ活動指針とはひと味違う、アステラス製薬らしさが強く打ち出されたマテリアリティ・マトリックスが出来上がったと満足しています。しかも、単に重要課題を並べるだけでなく、各マテリアリティに対する取り組み方針も設定したことで、本気度が伝わる内容になったのではないでしょうか」と評価する。
今回のプロジェクトでは、DTCの外部ネットワークを利用して広範な意見交換を通じた知の交流を行ったことが、多様なステークホルダーに受け入れられるマテリアリティ・マトリックスへの刷新に結びついた。
田中氏と共にアステラス製薬を支援したDTC執行役員の増井慶太氏は、「かつてはコンサルティングと言えば、優秀なコンサルタントがクライアント企業に一方的にアドバイスを行うのが当たり前でしたが、現在は双方向で意見や議論を交わし合うのが一般的です。しかも、当社とお客様だけでなく、様々な外部パートナーが参加するエコシステムの中で、N対N(複数対複数)で課題解決を目指すというコミュニケーションが定着しつつあります」と説明する。
そうした新しいコンサルティングをいち早く実践し、「クライアントから対価をもらってサービスを提供するだけでなく、共に社会変革を実行するエコシステムのパートナーに変貌していきたいという思いがある」と増井氏は語る。
最後に増井氏は、「今回のアステラス製薬とのプロジェクトは、コンサルタントとクライアントという関係性を超え、互いに価値を提供し合う『バリューベース』の交流が実現できたからこそ成功したと言えます。DTCは、これからも価値の共創をベースとしながら、お客様が本当に求めるサービスを提供していきます」と語った。
- RELATED TOPICS