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金融ガラパゴスからの脱却 日本企業の競争力向上に向けた金融インフラ改革

日本は、世界でも有数の資本市場を持ちながら、居住者・非居住者という内・外で取引管理体系を区別する「一種の非関税障壁」により、海外との資本交流は複雑さを極めている。製造業が日本から海外を統括するように、企業の根底をなすキャッシュ・マネジメントの分野においても、日本本社から世界中を統括すべきであり、そのためのインフラを整えておくことは不可欠といえる。

金融ガラパゴスからの脱却

1. 問題意識

前職の外資事業法人は、日本にアジア・オセアニア地区のトレジャリーセンターを置き、グローバルの標準プロセス導入を推進していた。在籍中の13年に渡り、米国本社から問われ続けたことは、日本の金融インフラの閉鎖性であった。中国を初めとする他のアジア規制国は、国家として国際標準の金融インフラ導入や接続に前向きであり、一歩一歩ではあったが、成果が見えて行く中、日本だけは常に蚊帳の外に取り残された。

その背景として、我が国においては決済システムをクローズドにすることにより、流動性・システミックリスクや犯罪防止に頑強な金融インフラ構築を優先してきたことがあるとは理解する。ただ、世界でも有数の資本市場を持ちながら、居住者・非居住者という内・外で取引管理体系を区別する「一種の非関税障壁」により、海外との資本交流は複雑さを極めている。GDP対比において、北朝鮮よりも対内投資が少ない現状は、税率の高さが最大の原因かも知れないが、内外を分離する金融インフラは海外企業にとっては、「見えない日本」として敬遠する一つの要因である。

一方、日本企業は飽和し、縮小する国内市場から海外市場に進出し、外貨建取引が増加している。しかしながら、国内外を「見える化」するためのシームレスにアクセス可能なインフラが無く、国内外別々のキャッシュ・マネジメントの仕組みを構築せざるを得ない。極端な場合、海外の活動は日本から何も見えていない。

メイド・イン・ジャパンの品質の高さで世界を席巻する製造業では、製造は海外で行ってもその統括は日本から行っている。企業の根底をなすキャッシュ・マネジメントの分野においても、日本本社から世界中を統括すべきであり、そのためのインフラを整えておくことは不可欠といえる。

現政権は、「世界で一番企業が活動しやすい国」を公約とし、日本の立地競争力の向上を明記している。日本の立地競争力の復活(海外流出防止)に向け、円高・デフレ対策と合わせて、大胆な法人税の引き下げ、アベノミクス戦略特区構想における都営地下鉄・バスの24時間営業、また、猪瀬東京都知事が提案する標準時間を2時間早めることによるニューヨーク市場と連続する世界で最初に開く東京市場構想など、様々なことが検討されている。しかしながら、トレジャリーの観点から日本の立地競争力を向上させるためには、スムースに日本から海外へ、海外から日本へお金が流れる仕組みが大切であるが、その議論があまりなされていないように感じる。国が日本企業のために金融インフラを標準化し、日本を世界有数の金融センター化することは、日本企業の競争力を高めるための極めて重要な要素と考え、今回は金融インフラ改革にフォーカスして提言を行いたい。

2. 改革による日本企業及び日本国のメリット

年々海外への進出を増加している日本企業にとって、国内は国内インフラに合わせ、海外は海外インフラに合わせて財務管理体制を構築することは負担である。また、進出する国を一つの銀行だけでカバーすることは困難であり、海外進出先が多様化すれば、取引銀行も多様化する。

内外金融インフラのインターフェイスにより、日本から国内外のどの銀行支店ともシームレスにアクセスが出来るインフラが構築されることは、 国内外の資金を一元的に「見える化」することを可能ならしめる。その結果、日本に居ながらにして、グローバル・ガバナンスの強化を図れる。本社が日本にありながら、わざわざシンガポールや香港に財務統括拠点を構築する二重構造によりアジア進出しなくてはならない構図をそろそろ終わりにすべきではないだろうか。また、アジアに進出している外資系企業にとっても、財務統括拠点として日本を選択する余地が増すことになり、日本国内の雇用創出や新たなビジネスチャンスを生むことになる。

そして、日本企業や外資系企業がグローバルベースの財務統括拠点を日本に設立することになれば、それは国全体としても日本での資金調達の増加や海外からの資金集中が予想され、現政権の目指す政策と合致する。

3. 改革の方向性

改革の方向性としては、「インフラコネクション」と「オープンインフラ」の両方が考えられる(図1参照)。

「インフラコネクション」とは、既存の国際標準インフラと国内インフラを接続し、仲介者が二つの違うフォーマットを変換するような仕組みを意図している。一方、「オープンインフラ」は、国内インフラのフォーマットを国際標準インフラのフォーマットに統一していく考え方である。

とはいえ、この二つの概念を越え、内外を問わず既存のインフラを凌駕するような異次元のインフラが現れる可能性も想定すべきであろう。それは、CD等からダビングして利用する携帯音楽プレーヤーが全盛だった時代に、Appleが突然、iTunesからiPodに音楽をダウンロードするという、これまでとは全く前提の異なる商品を紹介したことにより、既存商品が駆逐されたような事象が起こり得るということである。

4. 改革の要諦

改革を行う前提条件として、以下に掲げる3点があると考える。

(1)国家によるコスト負担
日本の立地競争力を高めるのは国の責任であり、金融インフラの改革は、国や公共機関が主導で行い、民間の事業法人や金融機関にコスト的な負担を負わせないこと。

(2)既存プロセスへの配慮
インフラの一般利用者の既存プロセスを変えない。つまり、現在、国内銀行との取引に利用する電子的なアクセス方法はそのままにして、一体化されたインフラにより内・外の銀行へ同じようにアクセス出来ること。もちろん、金融インフラをクローズドにすることにより確立してきた強固な犯罪防止等のプロセスをどのように維持するか、など検討することは多い。

(3)プロセスの標準化
金融インフラの改革は、居住者・非居住者を問わず、また、その相互間取引にあっても、同一のプロセスを可能とすること。参考として、ここに一つの標準化の流れに触れておく。証券保管振替機構(JASDEC)は、決済照合システム(全メッセージ)、各振替システム(リアルタイム・メッセージ)共に、2014年1月にISO20022準拠のXMLメッセージ及びSWIFTNetを導入すると聞く。せっかくのイニシアチブを無駄にしないため、そもそもの金融インフラの根幹である資金決済の標準化を検討すべきであろう。

5. 最後に

島国である日本において、その閉鎖性から既存の仕組み・取り決めに則ったプロセスは当たり前のことであり、改革の必要性を感じないことも多い。ただ、刻一刻と変化する情勢の中、仕組み・取り決めを標準化しようとする世界各国の流れを認識しようとする努力が必要である。

近年、中国は中国外で自由に取引出来るオフショア人民元を認可し、ドル、ユーロ、香港ドル、オフショア人民元をリアルタイムに決済できるインフラを既に香港に構築している。また、シンガポールや香港は、誰にでも使い勝手が良いインフラを構築し、アジア・トレジャリーのハブセンターとしての地位確立を虎視眈々と狙っている。

前述のとおり、日本企業がわざわざシンガポールや香港に財務統括拠点を設置する状況はいたたまれない。世界で圧倒的なNo.1として日本企業が復活するためには、国家が主導的にゲームチェンジを仕掛けていかなければならないが、景気が好転し出した今こそ、その絶好の機会である。

ガラパゴス諸島の生態系は、島外の世界から見ても、絶滅危惧種としてその貴重性を認められ保護されている。残念ながら、日本の金融インフラのガラパゴス性は、海外から見た場合に特殊であっても貴重性は無く、日本独自のインフラに拘り続け、標準化への努力を怠ると日本が忘れ去られるリスクが大きいことは認識すべきであろう。

(2013.06.18)

コラム情報

著者の紹介

デロイト トーマツ コンサルティング
ディレクター 伊藤 薫

国内大手金融機関において、海外勤務を含め、資金・為替・キャピタルマーケットにかかわる業務を経験。さらに、国内大手 証券会社において主に為替業務に従事。

その後、大手外資系グローバル企業において、アジアにおけるトレジャリー・マネジメントの組織・業務立上げに参画。以降は長年にわたって、同社においてアジアリージョンのトレジャリー・オペレーションのリーダーとして業務を統括。

トレジャリー領域を軸としてグローバル・マネジメントに関する多様な経験を有し、現在は日本企業のグローバル競争力の強化に向けた提言活動やプロジェクトを手掛けている。

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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