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いま日系企業に求められる グローバルサプライチェーンにおける人権リスクへの対応
ESG/気候変動シリーズ(ファイナンシャルアドバイザリー) 第5回
国際的に人権意識が高まるなか、自社グループのみならず、一次および二次以降のサプライヤーを含めたサプライチェーン全体に対して、企業の社会的責任が問われるようになってきています。本稿では、主にアジア、アフリカ、中南米地域における人権リスクについて説明した後、人権デューデリジェンス等の施策によって人権リスクをどのように把握し、対策を講じていくべきかについて論じます。
昨今、サプライチェーン全体に対する人権リスクへの対応の厳格化が進みつつあります。2011年3月に国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則(指導原則)」が承認されたことで、ビジネスにおける人権のあり方が定義づけられました。先行する欧州では、2022年2月、欧州委員会が企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令案において、欧州地域で活動する一定規模以上の企業に対して人権デューデリジェンス(以下、人権DD)を義務化していくことを発表しました。
日本国内においては、2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂で社会・環境をはじめとするサステナビリティを巡る課題への対応が明文化され、気候変動や人的資本と並んで、人権尊重に関する方針も定められました。2022年9月には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が発表され、今まさにビジネスにおける人権への適切な対応が、企業の責任として、国際社会において要求される時代になってきていると言えるでしょう。
しかしながら、アフリカ、中東、アジア、中南米の国々では、いまだに労働者の人権侵害が懸念される事例が相次いでいます(図1)。グローバル経済で影響力を持つグローバル企業の場合、自社の生産拠点やグループ会社だけでなくサプライヤーも含めたサプライチェーン全体の裾野は世界中に広がっています。それぞれの国・地域において労働者の人権保護がどのように法令で定められ、それらが労働慣行のなかで適切に守られているかを自社で確認するには、多大な労力とコストを必要とします。
人権への取り組みに関心が集まる中、自社の事業活動や製品が意図せず人権侵害を引き起こしている懸念があることが判明し、それが実際に起きているかのように社会で認知されてしまった場合に、自社やグループ会社、一次サプライヤー・ベンダーのみならず、二次以降のサブサプライヤー・サブベンダーを含めたサプライチェーン全体に対して、企業責任が問われるようになってきています(図2)。人権リスクが顕在化した際には、① 取引停止・調達不能等のビジネスリスク、② 人権侵害による訴訟・賠償等のリーガルリスク、③ 企業ブランドイメージの棄損等のレピュテーションリスク、④ 投資家・金融機関への負の印象等によるファイナンシャルリスク等、あらゆるリスクによる負の影響が想定されます。
以降では、アジアおよびアフリカ、中南米地域において顕在化している人権リスクと、日本企業に求められる人権リスク・マネジメントについて触れていきます。
アジア地域における人権リスク
製造業を中心に事業活動のサプライチェーンが強制労働や児童労働等の人権リスクを内包していることは、従前より人権保護団体から指摘されてきました。近年、特定のアジア地域での人権弾圧への懸念に対する国際社会からの注目が高まったことにより、当該地域に拠点や調達先を持つ企業は、多様なステークホルダーから、ある種の”tickets to play”として人権への責任を負うとみなされ、調達活動や事業の方針変更および改善を迫られるようになっています。
人権リスクの顕在化により、ブランドイメージが重要なtoC企業のみならず、toB企業においても、顧客が調達先に対して高い水準のサステナビリティへの取り組みを求めている場合、著しいレピュテーションの悪化や取引停止、事業撤退を含むビジネスリスク、投資家や金融機関の視点から株価や借入への負の影響となるファイナンシャルリスクが広く生じる可能性が高まります。
アフリカ、中南米地域における人権リスク
アフリカにはカカオやコーヒー豆といった農産物のほか石油や鉱物等の資源の産地があることに加えて、政情不安やインフラ整備の遅れ等による貧困問題も抱えており、ビジネスにおける人権リスクが高い地域の一つであると考えられます。
アフリカにおける例として、ナイジェリアの人権報告書では、児童労働や強制労働の禁止は法律で規定されているものの、人身売買や児童を含めた強制労働、女性およびLGBTへの差別、治安部隊SARSの職権乱用など個人の基本的人権の侵害が懸念される事案は依然として発生していると報告されています。一方で、グローバル企業が引き起こした環境汚染による健康被害に苦しむ住民の権利保護については、国際的な人権意識の高まりを背景に住民側の主張が認められる機運が出て来ています。サプライチェーンの裾野が広いグローバル企業にとって、地域住民の健康的な環境を求める権利に対する責任は避けられないものであり、サプライチェーン全体において救済措置を講じることが、今まで以上に求められていくと推察されます。
中南米では、例えば、メキシコ、ブラジル等の日系企業がすでに進出している各国において職場でのハラスメントへの意識が高まっています。ブラジルでは、セクハラやモラハラは損害賠償請求を主張される原因として増えてきており、職場内でのセクハラ、モラハラ等による人権侵害は避けられないリスク領域といえます。
グローバルサプライチェーンにおける人権侵害を起因とするコンプライアンスリスクに対して、企業はどのように対処すればよいのでしょうか。対処にあたっては、欧州各国で法制化が進められている人権DDの手続きが参考になります。
人権リスクへの対応・人権DD
人権DDでは、M&Aにおける買収対象企業に対するリスクの把握を目的としたDDの手続きとは異なり、国際社会から一般に要求されている人権コンプライアンスや各国の人権法規制を理解したうえで、自社グループおよび自社のサプライチェーンにおける人権リスクに対するアセスメントを実施することになります。
具体的には、まず現状把握を実施するために事業環境や業界の特性、サプライチェーンの環境等の分析を実施し、その後社内、グループ企業の人権遵守状況を把握するため社内規程、業務手続き、従業員の意識等を、文書の確認やヒアリングなどを通じて実施します。これら現状把握の手続きを行うことで自社の優先するべき人権課題が認識されていきます。
その後、サプライチェーン全体の可視化を実施していきます。サプライヤーやサブサプライヤー等のリストアップを行い人権遵守状況の確認を行なっていきます。必要に応じて現地訪問によるオンサイト調査も実施することになります。ここではかなりの労力を要するためグローバルに展開している企業の場合は第三者の協力が必要な場合も多く見られます。以上により把握された対象に対して、優先的に管理するべき人権の範囲(強制労働、長時間労働、最低賃金、社会的弱者に対する差別的対応、児童労働、ハラスメント等)を決め、自社グループおよびサプライチェーンにおける人権リスクアセスメントを実施し、顕在化された「負の影響」をマトリクス上に可視化していきます。
この可視化された人権に対する「負の影響」を低減していく活動を実行していくことになりますが、グループ内教育やサプライヤーの選定、契約書の見直しなど、複数の是正・改善策を実行し、継続的に遵守状況を監視するためのモニタリング活動が要求されます。
これらの一連の手続きは、地域や範囲が広く、時間・人員を要すため、中長期ロードマップを構築し継続できる環境を準備することも重要です。また、外部ステークホルダー等の要求に応じて活動内容や実績を適切に説明していくことも、欧州の企業サステナビリティ報告指令やOECD「多国籍企業行動指針」改定案でも求められています。
人権リスクへの対応は、国際的要求事項、各国の人権関連法規制やサプライチェーンの対象範囲等、取り扱う対象の範囲が広く、一事業法人で実施することが実質的に困難であるため、この分野に精通しグローバル対応が可能な専門家に委託することが一般的です。当社では「グローバルサプライチェーンにおける人権リスクアセスメント/デューデリジェンス」サービスとして、上述の一連の手続きを行い、企業の人権対応の高度化に関するご助言を行っています。
本稿が、人権侵害に起因する各種リスクがいかに貴社ビジネスにおいて大きな影響となり得るのか、そして人権DD等の施策を実行することでこれらの負の影響を前もって把握し対策を講じる事の重要性について、ご理解の一助となれば幸いです。
人権リスクに関するアンケートへのご回答のお願い
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社では、現在人権リスクに関する一般企業様向けの匿名アンケート調査「人権サーベイ2023」を実施しております。アンケートの集計および分析結果については、ご回答いただきました会社様に後日ご提供いたします。是非、今後の貴社のサプライチェーンにおける「ビジネスと人権」に関する取り組みの一助としてまいりたく、ご協力のほどをよろしくお願いいたします。
アンケートのご回答はこちらから→https://jp.research.net/r/YJMSLWG
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
シニアヴァイスプレジデント 扇原 洋一郎
ESGアドバイザリー
シニアアナリスト 諸井 美佳
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。