米国からの視点：劇的な変化が起きようとしているヘルスケアインダストリー

（Deloitte LLP副会長兼USライフサイエンス&ヘルスケアリーダーDoug Beaudoin氏執筆）私の考察:劇的な変化が起きようとしているインダストリー：2040年のヘルス領域

Deloitte Consulting LLPの会長兼CEOである同僚のJanet Foutty氏と私は、Exponential Medicine 2018が開催されるサンディエゴに到着したところです。ヘルス・インダストリーの未来を熱心に探求し、視野を広げられる一週間がこれから始まります。我々はこれから20年先のヘルス領域の展望に焦点を当てたパネルディスカッションを主催します。未来がどのようになっているかは知り得ませんが、今日の市場におけるシグナルや他のインダストリーにおけるディスラプション（創造的破壊）を見て、未来図を描くことはできます。

イノベーションにおける劇的な変化は、大抵7年サイクルで起こります。2040年までには、三つのサイクルを迎え、それぞれが前のサイクルで起こった変化を踏み台とし、さらに進化を遂げていることでしょう。ヘルス領域がどこに向かおうとしているかを見極めるには、これまでの三つのイノベーションサイクルを振り返り、テクノロジーによって何が生み出されてきたのかを考えることから始めることが不可欠です。三つ前のイノベーションサイクルである1997年には、ハイブリッド車が初めて一般向けに提供されました。^※1 今では電気自動車があり、多くの都市で自動運転車の路上での走行試験を目にするようになりました。その翌年には、ロボットを使った初めての心臓バイパス手術が行われました。^※2 今日では、ロボット支援手術が多くの医療処置の標準となっています。1999年には、某有名アーティストの音楽アルバムが、CD販売に先駆けて、初めてインターネット上で完全にダウンロードできるようになりました。^※3現在では、フィジカルメディア（CDやレコードなど）で音楽を購入することが少なくなっています。2000年には、10億ドルの費用と13年の期間をかけて、ヒトゲノムの原案が初めて発表されました。^※4今日では、100ドル以下の費用で、BRCA1やBRCA2（乳がんや卵巣がんなど特定のがんの発症リスクが高まることに関与する遺伝子）の遺伝子変異体があるかどうかを調べることができます。郵送で検査することができ、医師の診察を必要としません。

相互運用性が極めて高いデータと、セキュリティ性の高いオープンなプラットフォームがもたらす未来

次のイノベーションサイクルによって何がもたらされ、それに基づいてその次のサイクルがどのように生み出されるのでしょうか。我々は、相互運用性が極めて高いデータにより、高度にカスタマイズされた、あるいは地域密着型（ハイパーローカル）の、消費者中心のヘルス領域が生み出されると期待しています。例えば、裏紙に買い物リストを走り書きする必要はなくなり、今では何が必要かをデジタルアシスタントに伝え、その内容をモバイル端末に送信することができます。さらに一歩進むと、今後は消費者の個人的嗜好・健康状態・必要な栄養に関する情報に基づいて、食料品が自動的に注文されるようになるかもしれません。店までの車での移動でも、道路工事に関する情報がアプリから自動運転車に伝達され、それにより経路の変更や店までの所要時間が推定されるようになるかもしれません。次のイノベーションサイクルでは、そのような技術と、相互運用性が極めて高いデータ、人工知能（AI）と組み合わさるかもしれません。我々が眠っている間に、機器やデジタルアシスタントが、予定している朝の運動には花粉が多すぎると判断します。目覚める頃には既に別のデジタルアシスタントと接続し、空気の状態が良くなった午後に運動できるように、昼間に予定されていた電話対応を朝に移してくれます。目覚める前に花粉症の薬が注文され、自宅を出る前にドローンで配達されるでしょう。

テクノロジーによって次のようなことが可能になるかもしれません。遠隔でエアコンを操作し、アラームをセットし、電気をつけることができる、現在のスマートホームを考えてみましょう。次のサイクルでは、ハイパーコネクトされた浴室が実現し、鏡や様々なテクノロジーを搭載したその他家電が健康に関する情報を処理・検出・分析するようになるかもしれません。浴室の鏡に埋め込まれた高性能センサーが、例えば、体温や血圧を測定し、これまでの測定データと比較して異常を検出します。このスマートミラーは、利用者が日焼け止めクリームを塗り忘れないよう、スキンケアの動画を映します。テクノロジーを搭載したトイレが行う分析によって、症状が現れるずっと前から、健康状態の潜在的な変化を示すバイオマーカーを特定できるようになります。これらの情報により、消費者は自身の健康状態により注意を払い、病気や疾患の初期症状を早期に発見できるようになります。薬局で薬を処方してもらうのではなく、必要なときに、個々人のオミックスに基づいたオーダーメイドの治療法がドローンによって提供されるのです。

B2CからC2Bへ

現在の状況を鑑みると、相互運用性が極めて高いデータとセキュリティ性の高いオープンなプラットフォームによって実現されるデジタル・トランスフォーメーションがヘルスの未来を切り拓いていくことが十分に考えられます。「ヘルスケア」という用語は、単に「ヘルス」となり、人々の身体的な健康と、社会的・精神的・感情的・スピリチュアルに良好な状態を指すようになります。また、消費者が変革の中心を担うようになります。

相互運用性が極めて高いデータとAIによって、今日では想像しがたい権限が消費者に与えられるでしょう。保険者やサービス提供者ではなく、消費者が、「いつ」「どこで」「誰に」受診や健康維持の相談をするかを決めるのです。保健制度や保険者、ライフサイエンス企業は、健康状態をより重要視するようになってきているものの、依然として、消費者に役立っている制度です。将来的には、機関を中心に据えるのではなく、消費者を中心に据えたケアが整備され、消費者が自らを処するようになるでしょう。

今日では、自身の電子健康記録（EHR）を共有することに関心を寄せる消費者が増加しています。デロイトの2018 Health Care Consumer Surveyの調査結果によると、46％が自身のEHRをヘルスプランや大学病院に開示してもよいと思っていることが明らかになりました。一方で、EHRを医療機器メーカー（35％）や州・公的医療機関（34％）、製薬会社（31％）に開示してもよいと思っている人の割合は少ないことが判明しました。

信頼は重要です。信頼を構築するため、消費者に、自身に関するデータを保有させている組織があります。

• Apple社は、最近、利用者が収集した医療記録にアクセスできる機能をスマートフォンに導入しました。同社は、ユーザーが使いやすい方法での、FHIR（Fast Healthcare Interoperability Resources：迅速な医療情報相互運用のためのリソース。電子医療記録を転送するための規格）に基づいた健康記録の作成に向けて、ヘルスケアコミュニティと共同しました。
  
• Ciitizen社は、がん患者が自身の医療記録にアクセスできるようにするための活動を始めています。同社は、がん患者が自身の検査記録や遺伝子診断の結果、画像等の電子版に容易にアクセスできるテクノロジーを開発しています。患者はその情報を医師や研究者、そして広範囲な医療チームと共有することができます。情報の共有度合いによっては、がん患者が、関連する治験や延命の可能性がある治療法にたどり着く助けとなるかもしれません。

これはすべて、ヘルスケアの消費者が自身の健康を管理するという潜在的なパラダイムシフトを示しています。

情報市場の出現

来たる20年の間に、健康に関するあらゆる情報がアクセス可能になり、適切な許可が与えられた場合には、広く共有されるようになるでしょう。健康に関する個人情報のプライバシーとセキュリティの保証や技術的な問題のために、相互運用性はこの段階まで進展するに至っていませんが、ブロックチェーンや他の洗練されたセキュリティ・モダリティによって、情報のセキュリティは確保されます。データ・セキュリティに関する問題が解決された際には、消費者は自身の健康に関する情報を管理、販売、さらにはマーケティングさえできるようになります。

消費者は、健康に関する膨大な量の情報を管理するようになります。イノベーターは、健康に関する個人情報（血液検査、健康診断、ゲノム・遺伝情報など）を扱う情報市場を発展させ、各消費者の仮想モデルの構築に向けて情報を集約できるようになります。これらの消費者モデルがクラウドに収容されれば、例えば、治験を設計する企業にそれらの情報を販売することもできます。

2040年のステークホルダー

ヘルスケア領域において現在起こっている変化は、インダストリーに大規模な混乱をもたらそうとしています。それは、従来のプレーヤーと新興プレーヤーの双方に大きなインパクトを与えるものです。現在のヘルスケア・エコシステムを構成する従来型の部門は、2040年までには全く様相を異にするでしょう。部門間の境界は薄れ、部門間の協力がさらに見られるようになるでしょう。ステークホルダーの役割は、以下のように変容すると考えられます。

• 臨床医の未来：従来のヘルスケア業務は、表面上、大きく変わらないものの、根本的に異なるものとなるでしょう。例えば、医師は引き続き患者の健康や良好な状態に注意を払いますが、その役割は大きく変わります。医師は、患者の特性に合わせて調整された独自の治療法に関する最新のデータで補強されたテクノロジーを活用して診断を下すようになります。一方で、臨床医が現在と同じ方法で業務を遂行しなくなったとしても、思いやり・共感・同情の重要性がとって代わることはないでしょう。それらはいずれも健康の増進、良好な状態の維持に不可欠なものです。
• 病院の未来：病院は常に存在しますが、病院を利用する患者は変容するでしょう。病院は、ごく一般的な病気の治療を行うのではなく、極めて高度で専門的な処置を行う所になります。各地域のサービス拠点が、定型的なケアやサービスを提供するようになります。保健制度のリーダーは、単に患者が病気を治療するのを手助けするのではなく、患者が健康な状態を保てるよう労力を割くようになるでしょう。
• 保険者の未来：消費者に自身の健康を管理させる健康保険会社が成功を収めるでしょう。保険者は、保険金の支払いとともに、あるいはその代わりに、消費者を保健制度や臨床医、ウェルネス・プログラムに引き合わせます。小売では、顧客ごとの購買慣習の視覚化にAIが活用されます。得られた情報は、極めて個人に特化した（そして効果的な）マーケティング・メッセージの作成に活用されます。同様のことがヘルスケアにおいても起こり得ます。AIを活用することで、保険者は、個人が情報に基づいて購入する健康保険の種類を選択することを手助けできます。このような予測能力が高いテクノロジーは、相互運用可能なデータ・ソースやデータ・ストリームをより広範に利用します。それにより、保険者が個人や集団の健康と幸福感を改善するのに役立ちます。
• ライフサイエンス企業の未来：パーソナライズされたテクノロジーを活用して、製薬会社はN-of-1試験(一人を対象とした試験デザイン)に注力し、個人に合わせた治療法を提供できるようになるでしょう。製薬会社はその治療法を生み出すために消費者データを活用するため、大量生産された薬やその製造設備は過去のものになるでしょう。さらに、医療技術企業が、バイタル・サインやその他の重要なバイオメトリクスを収集し、個人に合わせた治療法の多くを提供する中心的役割を担うようになるでしょう。消費者向け医療機器は、既に市場の変化を推進しています。

• 規制者の未来：連邦・州の規制者は、違反者を取り締まる警察官のような存在ではなく、パートナーとなるでしょう。規制者は自身が、より質の高い、より手頃なヘルスケアを手に入りやすくするための妨げとなるのではなく、触媒となり得ることを心得ています。
• 病気の未来：病気を根絶することはできないでしょうが、テクノロジーによって病気の数を減らし、症状を緩和することはできるかもしれません。病気を早期に特定し、先を見越して治療を施し、病気の進行をより正確に把握して、消費者がより効果的に健康を維持できるようになるでしょう。

ヘルス領域の未来、すなわち劇的な変化が市場の混乱を加速させる時代に考えを巡らせると、テクノロジーやイノベーション、データがもたらすものに期待が膨らみます。ヘルス領域において最もインパクトのあるトレンドが収れんした時に、次のヘルス・イノベーション・サイクルが何をもたらすかを知るのは本当にワクワクすることです。

※ 本文は、An industry on the brink of exponential change: Health in 2040 に公開されている内容を和訳したものです。

（日本語訳と英文で解釈が異なる場合は英文が優先します。）

¹ 米国エネルギー省（https://www.energy.gov/articles/history-electric-car）※外部サイトに移動

² 国立生物工学情報センター　アメリカ国立医学図書館
（https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3831835/）※外部サイトに移動
³ ローリング・ストーン誌、1999年8月30日
（https://www.rollingstone.com/music/music-news/david-bowie-to-release-entire-new-album-online-255118/）※外部サイトに移動
⁴ アメリカ国立ヒトゲノム研究所
（https://www.genome.gov/10001457/2000-release-working-draft-of-human-genome-sequence/）※外部サイトに移動