自動問診エンジンから日本医療の未来を変革する~Ubie × Deloitte Digital座談会~
- Digital Business Modeling
長期間研究してきた自動問診エンジンの社会実装を目指す
阿部:医学部を卒業した後、医者として都内の病院に勤務しましたが、世間とのギャップに驚きました。今はスマートフォンで検索すればすぐに情報が得られるし、SNSで知らない人とつながることができる時代。しかし病院の業務は10〜20年前と変わらないオペレーションで、カルチャーショックの連続でした。
たとえば、患者さんの基本情報を作成するときは、看護師さんが書いてくれたエクセルのファイルや他院からの紹介状、前任者が書いてくれたドキュメントなどをかき集め、それらに書かれている情報を手作業で入力し直さなければなりません。そういった情報のほとんどはパソコンを使って入力されているのだから、システム側で自動的に統合できるはずなのに、人手に頼った運用を余儀なくされていたのです。
一方で、一人でも多くの患者さんを救いたいという課題もありました。外来で患者さんを診ていると、長期間に亘って不調が続いていたのに、なかなか医療機関にかからなかったため、悪化してしまったケースも少なくありません。早期発見、早期受診、早期治療ができれば「5年生存率」も高く、社会復帰することもできるでしょう。しかし、病気が進行している場合、どうしても治療の選択肢が限られてしまいます。
「人手に頼った業務オペレーション」の課題と、患者さんの「早期発見」「早期受診」「早期治療」という課題。この2つをどうやって解決すればいいか考えていたときに、医学生の時から研究してきた自動問診エンジンが活用できるのではないかと気づきました。
この自動問診エンジンのアイデアの基となったのは、頭の中に芸能人や有名人、キャラクターを思い浮かべ、ランプの魔人の質問に答えていくと、その名前が言い当てられる「アキネイター」というアプリ。
医学生の時、このアキネイターの動作が問診に似ていると感じ、医療に使えないかと研究を始めました。医者になってからも続けていて、臨床での経験などをアルゴリズムに反映させていくうちにどんどん精度が上がってきたんです。
この自動問診エンジンを使えば、医療機関の業務支援もできますし、生活者の方々にこのサービスを使ってもらうことで「早期発見」「早期受診」「早期治療」の手助けができると考えたのです。
そこで、この自動問診エンジンを社会実装するため、ユビーを立ち上げました。テクノロジーで医療のリソースを確保しつつ、患者さんにはベストなタイミングで医療に導くことができればと思っています。
――志は持っていても「一歩を踏み出すことができない」という話を聞くことがあります。特に医師というキャリアから事業を立ち上げるのは勇気が必要だと思いますが、阿部さんがその一歩を踏み出すことができたのは何故でしょうか?
確かに、医師としての将来のキャリアパスを考えたとき、選択肢や可能性は無限大です。しかしあくまでも可能性でしかありません。それに比べると、長期間に亘って研究し、社会実装に耐えうる品質になっていた「自動問診エンジンの社会実装」は、すでに一歩踏み出していましたし、やりがいも感じていました。この自動問診エンジンを使って医療機関の課題を解決したり、医療と患者さんとを結びつけたりすることは、とても大きな意義があると感じたんです。たから、一歩を踏み出せたのだと思います。
――おっしゃるとおり、確かに自動問診エンジンの社会実装というアイデアは価値があると感じます。しかし医療機関は、他の業界と比べると、テクノロジーを採用するスピードは決して速いとは言えませんよね。実際に体験されてそういったこともご存じだったと思いますが、このギャップについてはどのようにお考えですか?
新しいサービスやビジネスモデルが市場に浸透する様子を「イノベーションカーブ」で表しますが、医療業界も全く同じです。自動問診エンジンという新しいイノベーションの提供を開始した当初は、医療機関への導入や浸透のスピードはゆっくりでした。しかし、新しい市場を作る場合、そういったことは当然起きるとわかっています。
私たちが、そのような中で心がけているのは、「Better than Before」であるということ。医療機関側がずっと同じオペレーションを採用している理由は必ずあるので、いきなり大きな意思決定が必要な大転換を迫るのではなく、医療機関の運用を変えずに導入の負担を最小限にした上で、きちんと効果を出していくことが重要だと考えています。
実際に業務に入り、一緒に併走しながら「価値」を積み上げ、小さな変化を繰り返していく。実際に試していくうちに、最終的な運用効率が急激に向上するということを医療機関側に体験していただく必要がありますし、結果として皆様から支持されたのだと思っています。
――言葉にすると簡単に聞こえますが、やはり提案する時は「より効果が上がる」提案を狙いたくなるはずですよね。そのなかで、なぜユビーさんは「Better than Before」に着目したのでしょうか?
それは、事業開発にプロダクト開発の発想を取り入れているからだと思います。
巨大なプロジェクトを立ち上げ導入するソリューションは、導入時の心的なハードルが高くなりますし、事例が少ない状況では、そもそも導入を検討してもらうことができない。それなら、必要最低限の機能を備えた小さなソリューションでも、導入すれば明らかにメリットがあるとわかっているほうが安心だし、検討していただく可能性が高くなります。
そもそも、最初から100点がとれるプロダクトはありません。たとえば、一般に「GAFA」と呼ばれている巨大企業が生み出したプロダクトも、公開当初はできることが限られていました。そこからどんどん価値を積み上げて、今のような大きなプロダクトに育っています。
ユビーも、まずは小さなところから始めます。その時点では、お客様の目にはとてもミニマムな価値に映るでしょう。しかし、お客様からのフィードバックを受け取り、それを反映しながら少しずつプロダクトを進化させ、またお客様からフィードバックを受け取る。そういった小さな「Win」をぐるぐる回すサイクルを繰り返すことで、プロダクトはどんどん成長していくのです。
優秀なタレントが集まるユビー
――コンサルティングファームの立場でいうと、デジタルヘルスやヘルステックなどの企業の中には、うまく成長できず躓いてしまうケースが見受けられます。一方、ユビーさんは創業から丸4年で、従業員数が120名を超える成長をしています。人材不足で人材確保が課題となっている市場の中、どうやって優秀なタレントを見つけているのか、そのポイントについて教えていただけますか?
これは信念的な部分が大きいと思います。ユビーの代表である私と久保は、常々「優秀な人」と働きたいと考えていて、自分より優秀だと感じる人だけを採用してきました。採用したメンバーも同じような考え方であったため、どんどん優秀なタレントが集まってきたんです。
――多くの場合、自分がコントロールできそうな人を採用しますが、その発想とは大きく違いますね。事業戦略に基づいた組織設計もあるのだと思いますが、いかがでしょうか。
当初は、プロダクト開発ができるケイパビリティの人が増えました。しかし、プロダクト開発だけでは事業は拡大しません。当然、マーケティングやセールスが重要になってきます。それがわかった段階で、マーケットやセールスに関するケイパビリティを持つ人材を採用し、必要な権限を移譲しました。こういったやり方で、事業の拡大を図っています。
――ユビーさんは、医療機関や生活者だけでなく、製薬会社も巻き込んだ活動をしているんですよね。その理由を教えていただけますか?
製薬会社は、それぞれ自社の特徴にあった疾患啓発情報をホームページなどで積極的に発信していますが、その情報が届けたい患者さんにうまく届いていない状況にあります。
患者さんが医療を受ける理由は、自覚症状だけでなく、予防や未病状態、あるいは健診で指摘されたなど、さまざまです。患者さんが医療を受けたいと考えたとき、その段階で適切な疾患啓発情報を提供できれば、正しい治療に結びつく可能性が高まります。そこで、製薬会社とも協業し、専門医や受診先などの情報を提供するようにしています。
さらに、受診する際に必要となる「紹介状」の作成支援も行っています。実は、紹介状を書くのは手間がかかり、嫌がる医師も多いんです。もし少ない工数で紹介状が作れるようになれば、もっとスムーズにクリニックから病院へ紹介したり、病院からクリニックへ逆紹介したりできるようになるでしょう。その結果、地域医療全体にメリットが出てくるはずです。
この取り組みが目指しているのは、地域医療において患者さんの流れをスムーズにし、正しい治療が行える可能性を最大化することに他なりません。当社では、そのためのブラッシュアップを続けています。
――患者さんの流れをスムーズにする際には、情報の共有も不可欠になると思います。しかし情報を共有したくても「電子カルテ」にはいくつもの種類があり、規格も揃っていません。そのような中、患者の情報を共有していくのはとても大変だと思いますが……。
そうですね。おっしゃるとおり電子カルテはバラバラですし、規格も揃っていません。また、ドクターの「こだわり」といいますか、使い方も千差万別ですよね。検査値を重視したり、既往歴を重視したりするケースもありますし、フリーテキスト欄に様々な情報が蓄積されていることもあります。
理想を言えば、電子カルテに記載されているすべての情報を共有することですが、技術的に簡単ではありません。「では、どうすればいいのか」という話ですが、これも小さいところから一歩ずつ進めていくという考え方で解決していけばいいのではないかと。つまり、まずは「基本情報を共有する」ところから始めればよいのではないかと考えました。
基本情報を共有するため、患者さん向けのアプリケーションを作成しています。医療機関を受診するときは、このアプリを使って必要な情報を送信し、その既往歴などを医師が編集します。患者さんの端末にある情報は、医療機関が持つ情報と紐付いているので、これによって既往歴は常に最新の状態になります。これを繰り返していけばいつでも最新の情報を共有できますし、その患者さんがどういう経過をたどってきたのかということも分かります。
テクノロジーを使って人々を適切な医療に案内できる未来を目指す
――確かに、基本情報が共有できれば、それだけでも医療が大きく変わりそうですね。ユビーさんには日本の医療の未来がどう見えているんですか?
「テクノロジーを使って患者さんに適切な医療を案内する」のが我々のゴールですが、そのレバレッジポイントになるのが「未病領域」だと考えています。予防意識が高い人ばかりであれば問題ないのですが、現実はそういった人ばかりではありません。実際、血便が出ていても「仕事には支障がない」として医療機関に行かない人もいるんです。こういった未病領域の人たちを、テクノロジーを使って予防に導くことができれば、その後の疾患イベントの発生率も下げることができるでしょう。
ただ、未病領域の人を最速で医療に案内するには、当社1社の力だけでは難しいというのも事実。政府や企業、医療機関などと手を取り合って活動していく必要があります。共創やコラボレーションという観点で医療全体を捉えつつ、患者さんの行動変容につなげていくことが大切だと考えています。
――コラボレーションという観点からいうと「デジタル庁」ができたことも追い風になりそうですね。デジタル庁では、日本のガバメントクラウドを構築しようとしていますが、医療業界では同じような理由からホスピタルクラウドが必要になっているのだと思います。そういった観点から言うと、医療機関やドクターが必要とするサービスを簡単に使えて、データがクラウド上で連携されているという世界観もあるかもしれない。ユビーさんが考える5年後、10年後のイメージがあればお聞かせいただけますか?
そうですね。未来の世界観という点では、パーソナルヘルスレコードプラットフォームができると思います。多くの事業者がサービスを開発し、相互の連携も生まれてくるでしょう。横の連携ができれば付加価値を生んでいくはずですからね。
現在は、そういった未来に対してどういう形で連携するのがいいのか、標準化をどうするのかといったことを業界全体で検討していく段階でしょう。我々も含めて多くの企業が1つ1つのパーツを作っていますが、それが連携していくことで付加価値は大きくなっていくはずです。
そういった未来実現のキーになるのは、デロイト トーマツ コンサルティングさんのような会社だと思います。コンサルティングファームの方々はビジネス戦略を描くことに長けています。そういった観点から、エンタープライズ側の行動変容というものを描いていただきたい。
数年後にどういうことができていればいいのか、そして、5年後、10年後にはどうなっていけばいいのかという戦略を作っていただくことで、ヘルステックの実装が進んでいくのだと思います。それは当社のみならずヘルステック業界全体としての希望だと思います。
そういう点では、テクノロジーに強いデロイト デジタルさんとご一緒させていただけると心強いですし、面白い展開ができそうだと感じます。
――そういう未来を考えると、国内よりも海外でという考え方もあると思いますが……。
まず、エモーショナルな観点からいうと、私は日本生まれで日本育ち。日本の医療に育ててもらいました。また、会社という観点でも、諸先輩方にご指導いただき世界観もアップデートしています。まずは、そういう経験をさせてもらっている日本や日本の医療に恩返ししたい。
また、日本で作った医療製品はブランドとしての価値が高いと感じています。日本は皆保険という世界に誇る医療環境があります。それにより、患者さんの受診回数はOECD諸国の平均より高いんです1)。国民の人口は1.3億人ですが、医療へのトランザクションでは3億人規模の人口の国と殆ど変わりません。これは競争力になっています。実際、シンガポールで事業する中で、日本発ということでリスペクトされていると感じていますからね。
――日本の医療やヘルスケアは競争力がある。これはとても勇気づけられる人が多いと思います。本日はありがとうございました。
PROFESSIONAL
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西上 慎司
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー
民間シンクタンクを経て現職。製薬、医療機器メーカーを中心に、マネジメント変革、グローバル組織設計、海外進出支援等のプロジェクトを手掛ける。最近はデジタル戦略・組織構築などDX関連の案件を多数支援。主な著書:「ファイナンス組織の新戦略」(共著)
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増井 慶太
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア | ストラテジー パートナー
米系戦略コンサルティングファーム、独系製薬企業(経営企画)を経て現職。“イノベーション”をキーワードとして、事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行まで支援。東京大学教養学部基礎科学科卒業。メディア寄稿やセミナー登壇を多数実施