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世界のM&A事情 ~オーストラリア~
オーストラリアの政策金利とM&A状況
現在、オーストラリア準備銀行は高金利政策にシフトしており、この反動による影響が非常に危惧されています。このような高金利政策が、オーストラリアのM&Aにどのような影響を及ぼしており、それが日系企業にとってどのような示唆があるのかについて、本稿では昨今のM&Aの傾向をもとに考察します。
はじめに
オーストラリア、と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、カンガルー・コアラ等の有袋類ではないか、と思う。この独特な生態系は、大陸移動によりオーストラリア大陸が切り離され隔絶されたことから遂げた、独自の進化の結果と言われている。
独自の進化、という点は、何も生態系に限ったことではない。その産業史を見ても、オーストラリアの特異性は際立つ。一般的には1次産業から2次産業、そして3次産業へと発展を遂げる。しかしオーストラリアは2次産業の成熟を待たずに(ほぼ結果としてスキップして)、1次産業から3次産業へと変遷してきた。これは①英国との歴史的なつながり、②豊富な天然資源(鉱産物)の輸出が経済を支え続けてきた、という経緯による。こうしたことからオーストラリアは、ときに揶揄的に「Lucky Country」と呼ばれることがある1 。
現在、世界はPost COVIDにあるが、オーストラリアも地政学的な不安定さ、高インフレ率などの不安要素を抱えている(図表1参照)。特にインフレを抑え込むため、オーストラリアの中央銀行であるオーストラリア準備銀行(Reserve Bank of Australia)は政策金利の引上げを急ピッチで行ってきた。
図表2は、1990年以降にオーストラリア準備銀行が行ってきた利上げと、その期間をプロットしたものである。オーストラリア準備銀行は過去5回の利上げを行っているが、今回の利上げは2022年5月に始まり、この18か月間で累積4%の利上げとなっている。この利上げのペースは過去30年間でもっとも早い。政策金利は2010年代を通して低金利で推移してきたが2 、Post COVIDにおいては、オーストラリア準備銀行は高金利政策にシフトしている。このため現在、この反動による影響が非常に危惧されている。そこで本稿では、このような高金利政策が「Lucky Country」のM&Aにどのような影響を及ぼし、それが日系企業にとって、どのような示唆があるのか、について、昨今のM&Aの傾向をもとに考察してみたい。
豪州におけるM&Aの状況
図表3および4は、直近10年間のオーストラリアにおけるM&Aをセクター別に件数ごと・ディール金額ごとにプロットし、その推移を見たものである。なお金額ごとにプロットしたものは、ディール金額が開示されている事例のみを集計しているため、両者の合計件数は一致しない点についてはご留意いただきたい。
M&Aの件数でみると、2021年以降、増加傾向にあることがわかる。ディール総額では2021年は突出して大きいものの、2022年以降はほぼ例年並みの水準に戻ってきている。しかし1件あたりのディール金額は減少傾向、言い換えると、ディール・サイズは小さくなる傾向にあり、2023年は前年対比65%程度の水準である。
オーストラリアにおけるM&Aの主要なセクターはEnergy & MiningとFinancial Servicesである。Post Covidでは、ここにIT servicesが加わり、存在感を増している。
以下では、この3つのセクターを中心に考察していきたい。
Energy & Mining
オーストラリアは資源国であるため、Energy & MiningのM&Aが多いことは想定どおり、と言える。しかし、その対象に目を移すと、時代の流れと共に、移り変わっているのは興味深い。COVID前までは、“脱炭素”が叫ばれ始めたことを反映して、炭鉱(燃料炭)の売却案件が中心であった。現在も“脱炭素”というテーマであるものの、再生エネルギーやバッテリー関連など“エネルギー”というキーワードでの取引が目立っている。
Financial Services
オーストラリアは人口2700万人の国3 であるが、豪ドルは世界で6番目に流通量の多い通貨である4 。資源国通貨であり、また先進国の中では金利が比較的、高い傾向にもある通貨5 であることが背景にある。流通量が多い、ということは、それを支える金融システム(法制度や慣行等)も信頼性が高く、また安定していることの傍証でもあるが、これが国内外の投資をさらに呼び込む、というのは、あまり大きな驚きはない。
COVID前は、オーストラリアの4大銀行6 の事業売却がM&Aの中心であった。この背景として4大銀行のBIS規制(バーゼルIII)対応が急務であったこと、また王立委員会(Royal Commission into Misconduct in Banking, Superannuation and Financial Services Industry)により、コンプライアンス費用が増加7 し、総花的な事業運営が好ましくなくなったこと、がある。このため4大銀行の生命保険事業やオートリース等の売却が立て続けに行われていたが、現在は一巡し、下火となっている。
Post COVIDでは、退職年金基金(Superannuation/Super)に関連したasset management(資産運用/投資顧問)関連が目立っている。オーストラリアでは、一定の条件を満たした従業員に対して企業が退職年金基金に拠出することを義務付けている8 。その拠出率(Super guarantee)は2021年7月以降、年0.5%ずつ引き上げられ、9.5%(2021年6月末)から12%(2025年7月1日以降)となる予定である9 。
このように退職年金基金へ流れ込む資金が増えているため、業界では、それに伴う手数料収入の増加が期待されている。一方で他の金融業界と比較してプレイヤーが多く、寡占化が進んでいないため、再編・統合の機運が高まっており、注目を集めている。
IT services
オーストラリア×ITまたはイノベーション、というのは意外な組み合わせに見えるかもしれないが、実はオーストラリアはイノベーション大国でもある。多くの人にとってWi-Fiは日々の生活・仕事で馴染み深いと思うが、Wi-Fi技術はオーストラリア発祥である。Wi-Fi技術を開発したのはオーストラリア連邦科学産業機構(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation, CSIRO)であるが、CSIROでは産業への応用展開等を目的とした新技術等の研究およびその実用化に取り組んでいる10 。
このCSIROの精神を反映して、オーストラリアのIT系企業にはCSIROの技術の上市を目的としたスタートアップが多い。COVIDが世界を席巻している中、世界的にスタートアップの投資ラウンドが活発だったことは記憶に新しい。オーストラリアも例にもれず、この流れをうまく取り込んできた。
実際、IT servicesにおける1件あたりのディール金額(中央値)を調べてみると30億円程度であり、オーストラリア全体の平均的なディール金額(200億円~300億円)と比べて格段に小さい。ここからも、スタートアップの資金調達ラウンドが多かったことが推測できる。
なお筆者の感覚的な話になるが(統計的な確認を取ったものではないが)、IT servicesでは①鉱業、②Fintech、③インプリ・ベンダー、に関連したものが多い印象である。オーストラリアの主要なM&AセクターはEnergy & Mining、Financial servicesと述べたが、これに類似した内容になっているのは興味深い。
おわりに
オーストラリアの政策金利が、過去にない上がり方をしている点は本稿冒頭にて述べた。これがM&Aにおけるディール金額に影響を及ぼしているのは、図表5でも明らかである。一方で、インフレ率は引き続き高水準にあるため、政策金利の引き下げは予想しづらい状況になっている。このため、こうしたリスク回避の動きは、今後もしばらく続くと考える。
「良いM&Aとは安く買えること、悪いM&Aとは良いものを高く買うこと」とお話されたクライアントがいらっしゃったが、まさにその通りだと思う。良いものを「安く買える」のは、ディールの参加者が少ない等の条件が必要となる。これは往々にして、全体的にリスク回避の動きが見られる時、すなわち「逆張り」ができる時となる。この意味だと、長期的な観点から事業運営を行う傾向が強い日系企業にとっては、抜群のタイミングとも言えよう。
1 オーストラリアの経済構造については、オーストラリア入門(第2版) 竹田いさみ・森健・永野隆行編 pp.239 – 244に詳しい。
2 オーストラリア準備銀行は、2011年11月から一貫して政策金利を引き下げる方針を取っていた。2011年11月には4.5%であった政策金利は、COVID直前の2019年12月末には0.75%となっていた。
3 Australian Bureau of Statisticsホームページ(https://www.abs.gov.au/statistics/people/population/population-clock-pyramid)(2024年3月20日閲覧)
4 国際決済銀行、「OTC foreign exchange turnover in April 2022」
5 株式会社三菱UFJ銀行ホームページ(https://www.bk.mufg.jp/tameru/gaika/column/002/index.html)(2024年3月20日閲覧)
6 Australia New Zealand、National Australian Bank、Commonwealth Bank of Australia、Westpacの4銀行
7 バーゼル規制では、オペレーショナル・リスク相当額が増える要因にもなるため、自己資本比率の観点からも好ましくはない
8 三菱UFJ信託銀行、「オーストラリアの年金制度について」
9 Australia Taxation Officeホームページ」(https://www.ato.gov.au/tax-rates-and-codes/key-superannuation-rates-and-thresholds/super-guarantee)(2024年3月20日閲覧)
10 CSIROホームページ(https://www.csiro.au/en/about/We-are-CSIRO)(2024年3月20日閲覧)
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シドニー駐在員 篠塚 孝高
(2024.4.10)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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