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お互いを高め合うために ~企業と投資家のエンゲージメント~

季刊誌『企業リスク55号』(2017年5月掲載記事)

青山学院大学大学院の北川哲雄教授は、伊藤レポートのプロジェクトにも参加し、日本企業と投資家が建設的な対話を進める上で必要な基盤の構築に携わってきた。 最近になって、投資家という重要なステークホルダーに対して、ようやく日本企業も注意が向いてきたように思える。一方で、その投資家とどう向き合い、自社の企業価値向上や活動につなげていくのかという点については、試行錯誤している企業も少なくない。そこで、企業と投資家との関係性や、取り巻く状況、求められる情報開示の姿勢などについて、北川氏の考えを聞いた。

お互いを高め合うことがエンゲージメント

●最近、いろいろなところでエンゲージメント*1という言葉を聞きます。投資家が企業に対して行うエンゲージメントは、そもそもどのようなものと考えればよいのでしょうか。

北川:まず、エンゲージメントの前に対話(dialogue)があります。対話とは、企業が行った情報開示をもとに、投資家が「これはどういうことか」とその内容を確かめるところから始まります。それに対してエンゲージメントでは、投資家が対話よりもう少し積極的に企業に関わることになります。単に質問するだけでなく、課題と考える点について会社に対して指摘をしたり、率直な意見を言ったりするのがエンゲージメントです。
対話でもエンゲージメントでも、企業が何を情報開示すべきかだけでなく、投資家が何を読み込むべきかという点も必要になります。お互いに高め合うことが大切なのです。こうした姿勢がないと、例えば、ROE(株主資本利益率)や余剰資金の活用といったプリミティブな問題点を指摘するレベルにとどまっていては、企業にとっても投資家にとってもあまり得るものはありません。そういう意味で、お互いを高め合うとはどういうことかについて、改めて真剣に考える必要があるかと思います。

●お互いを高め合うということは、足元の業績を尋ねるというよりは、もう少し大きな目的を持った対話が必要ということでしょうか。

北川:そうです。そこでは時間軸が大切になります。企業の経営者は為替の変動や地政学リスクなど日々のリスクに対処しながらも、3年、5年、10年先を見ています。そして企業がどの方向を目指しているかを投資家に説明する責任があり、企業価値向上プロセスを明確に示して理解してもらわなければなりません。
それは、長期的な時間軸で見ている投資家を相手にすることにほかなりません。長期投資家をターゲットにして、きちんとした情報開示ポリシーを持つことが必要なのです。これをよく「企業側が投資家をエンゲージする」と言っています。たとえばユニリーバは、Paul Polman氏がCEOになった2009年に、四半期報告をやめました。欧州の場合、四半期報告はその当時も任意だったと思いますが、CEO自らの判断で決断しました。ユニリーバにとっての理想的な株主・投資家像(=長期投資家)を追求し、それに対応し情報開示を行うようにしたそうです。これはまさに企業による投資家へのエンゲージメントではないでしょうか。
このような取り組みは、日本企業にとっても、一つのお手本になると思います。

●エンゲージメントと言うと、投資家が何を言ってくるのかと不安が先に立ちますが、そうではなく、企業自らも投資家にエンゲージメントをしていくべきなのですね。

北川:そうです。また、日本版スチュワードシップ・コード*2 には反映されなかったのですが、英国スチュワードシップ・コードの中に「共同エンゲージメント」という言葉があります。これは、投資家同士が一緒になって会社に対して提言、提案をするということです。
これは日本ではまだ行われていませんが、企業はこのような投資家の行動を警戒してしまうかもしれません。

●投資家が徒党を組んで迫ってくるイメージを持ってしまうのですね。

北川:共同エンゲージメントとはそういうものではありません。たとえば、経営戦略面に対する評価は、投資家によってそれぞれ違います。したがって共同エンゲージメントで戦略について議論することはあまりありません。どちらかと言えば、常識的に見て、CEOが非常に多額の報酬を得ているとか、あるいは不祥事があったにもかかわらず、きちんとした対策をとってないというような、誰がみても明らかな問題を共同エンゲージメントでは取り上げます。エンゲージメントという言葉にあまり神経質になる必要はないと思います。
一方で、対外的に開示する情報は内部のステークホルダーも共有していることが重要です。そのためには社員の間で共通の理念が浸透していなければなりません。

●開示やエンゲージメントというと対外的なことに意識が向きがちですが、企業自身が実際にどういうことを考えて、どういう活動を行うかということが社内で共有されていないといけないということですね。

北川:これは企業のトップの役目です。忍耐と時間をかけて社内に浸透させていくことになりますが、投資家はこうした点も重視します。社内向けのエンゲージメントも非常に重要なのです。

 

*1 企業と投資家の間で交わされる目的をもった対話

*2「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫

グッドクエスチョンを引き出すアニュアルレポートを作る

●最近、ESG*3 投資が注目を集め、大きな流れになりつつあると感じます。一方で企業のIRの現場の方たちからは、「実際に接する投資家からはESGに関する質問はあまり出てこない」といった声も聞きます。日本でもESG投資の流れは今後進んでいくのでしょうか。

北川:今年は加速すると思います。きっかけの一つは、2015年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRI(国連責任投資原則)に署名したことです。PRI署名機関にはその投資判断でESG課題の考慮が求められます。こうした要請に対応するためにそれぞれの運用機関の中で組織改革が始まっていると見ています。
米国のある大手証券会社では、アナリストにファンダメンタル分析のみならず、ESGに関するレポートも課すようになりました。長年担当している企業だからこそその企業にとっての重要なESG課題がわかるわけです。来年の今頃は、昨年に比べるとアナリストから聞かれることがずいぶん変わったと感じるかもしれません。

●今までカバーしてもらっていたアナリストがESGのレポートも書くかも知れないというのは非常に興味深いですね。

北川:これから企業のアニュアルレポートは、ESG情報と価値創造プロセスの両方をきちんと示すことが大切になります。ただ、誤解してはならないのは、企業は決して完璧を求める必要はないということです。日本企業はまじめなので100点満点、あるいはそれ以上のものを追い求める傾向がありますが、そうではなく、対話のきっかけになればよいのです。ある製薬会社のCEOの言葉を借りれば「グッドクエスチョンを引き出すようなアニュアルレポートを作ることが重要」なのです。投資家が開示情報からどれだけ企業の将来の業容についての予測がたてられるかが鍵になります。企業側からしてみると自己分析ができていて、過去に言ったことに対する成果や今後の道筋を明晰、平明にアニュアルレポートで伝えられればいいわけです。
また、レポートやプレゼンテーションに積極性が見られるのは、株価にとってはいい材料です。ただし、それがいつの株価に有効になるかは非常に難しいものです。企業にとってはよい時期もあるし、一時的に膿を出さなければならないときもあります。投資家は、きちんと膿を出したり、先行投資をしたりすることに対してはその説明が得心の行くものであれば寛容のこともあります。公表された利益だけを追いかけて、「どうしても2ケタ成長でなければいけない」という投資家ばかりではないのです。普段から対話がきちんとできていれば、投資家の考える本音について、感触がつかめるはずです。

*3 ESGとは「Environmen(t 環境)」「Socia(l 社会)」「Governance(ガバナンス)」のこと

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