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1世紀で150万倍に増大した情報伝達力~情報の急速な伝染「インフォデミック」とは

世界中で猛威を奮う新型コロナウイルス

2019年12月に中国の湖北省武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」として確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、3か月あまりで全世界へと拡がった。2020年3月11日には、WHO(世界保健機関)が世界的な新型コロナウイルスの流行を「パンデミック(世界的流行)」であると宣言、ニューヨーク、ロンドン、パリを含む世界の主要都市では感染拡大防止のため、ロックダウン(都市封鎖)が実行された。アントニオ・グテーレス国連事務総長は、新型コロナウイルス感染症の大流行について「国連の設立以降に我々が直面する最大の試練」だと警告し、4月3日には世界の感染者が100万人を突破するに至った。

感染症の流行はその規模に応じて「エンデミック(地域流行)」、「エピデミック(流行)」、「パンデミック(汎発流行)」に分類され、そのうち最も規模が大きいものがパンデミックである。パンデミックは古くから人類に大きな影響を与えてきた。医療の発達していなかった14世紀にアジアからヨーロッパにかけて大流行したペストは、当時のヨーロッパの人口の3分の1の命を奪ったといわれている。近代に入ってからもパンデミックは発生している。例えば、1918年から1920年にかけてスペイン風邪(インフルエンザ)が全世界で流行し、死亡者は5000万人から1億人にものぼったと考えられている。最も近年のものとしては、2009年に世界的に流行した新型インフルエンザがあげられる。2002年に中国南部を中心にアウトブレイク(感染爆発)が起きたSARS(重症急性呼吸器症候群)は、エピデミックに分類される。

 

1世紀で150万倍に増大した情報伝達力~情報の急速な伝染「インフォデミック」とは(PDF,928KB)

「情報伝達力」の増大が災害時に恩恵をもたらす

これらの近代に流行したパンデミックやエピデミックと新型コロナウイルス感染症を取り巻く状況における大きな違いの1つに、情報が伝達されるスピード、すなわち「情報伝達力」が挙げられる。口コミや一部の印刷媒体(新聞・雑誌など)による情報伝達が中心だった1918年頃、すなわちスペイン風邪流行当時と、テレビ・ラジオをはじめとするマスメディアの台頭、インターネットやSNS(ソーシャルネットワーク)の爆発的普及を経た現在では、情報伝達のスピードが全く異なることに異論を唱える向きはないだろう。ここで、飛躍的に発展した「情報伝達力」が、現在のパンデミックの状況下で我々にもたらす意味合いについて考えていきたい。

まず、「情報伝達力」の向上がもたらしたメリットについては枚挙にいとまがない。この100年間でテレビやインターネットなど新たなメディアが普及したことにより、数多くの人に、より効率的に詳細な情報が伝達されるようになった。例えば、国家のリーダーのメッセージがテレビやラジオで伝えられ、かつインターネットでも後から閲覧できることにより、多くの国民に対して緊急性の高い情報を詳しく伝えることが可能となった。2020年3月18日、ドイツのメルケル首相が国民に対し、「第2次世界大戦後、これほど団結が求められる試練は初めてだ」と述べて強い危機感を示し、国民一人ひとりに感染拡大を食い止めるための行動を呼びかけた。この演説の動画及び全文はドイツ政府のHPでも公開され、有志が翻訳した各国語版なども含めてインターネット上で世界的に閲覧された。これは、100年前のスペイン風邪流行当時にはおよそ実現不可能だった情報伝達の形といえる。

加えて、スマートフォンやSNSが広く普及した現在では、誰もが場所を問わずリアルタイムに情報を把握できるとともに、情報の発信源となることも可能になった。SNSは、テレビなどのマスメディアと比較すると「同じ情報を一斉に多くの人に伝える」という点については見劣りするものの、より多数の情報を細やかに利用者に伝達するという観点では特筆に値する。パンデミックの例ではないが、2011年の東日本大震災発生時、被災地では電話が繋がりにくい状況が続き、SNSを通した情報発信や安否確認が活発に行われた。SNSが実現したリアルタイム性の高い情報伝達は、緊急時により大きな効果を生むといえる。

 

反面、危惧される誤情報・デマの拡散リスク

一方、「情報伝達力」の向上によって人々の生活に新たな危機ももたらされている。情報(Information)の流行(Epidemic)、すなわち「インフォデミック」である。インフォデミックとは、「情報の急速な伝染(Information Epidemic)」を短縮した造語で、2003年にSARSが流行した際に一部の専門家の間で使われ始めた。「信頼性の高い情報とそうではない情報が不安や恐怖と共に拡散され、人々が必要なときに信頼性の高い情報が見つけられなくなること」を指す。2020年2月2日に、WHOはレポートの中で、新型コロナウイルス流行に伴うインフォデミック発生に対する警鐘を鳴らした。MITテクノロジーレビューは、新型コロナウイルスを巡るSNSでの情報拡散を「SNSによって引き起こされた初めてのインフォデミック」であるとしている。インフォデミックに対する懸念の高まりを受け、主要SNS各社は、「誤った情報の拡散を防ぐための対策を講じる」との共同声明を発表し、WHOやアメリカ政府などとの連携を開始した。

具体的なインフォデミックの例として、「新型コロナウイルスは中国政府による人口統制のための生物兵器」であるという情報の広がりが挙げられる。いくつかのメディアがこのような論調の記事を発信し、それが世界中のブログやSNSで拡散される事態となった。新型コロナウイルスは中国で発生したことから、「アジア人がウイルスを拡散している」という情報が広がり、欧米において人種差別を引き起こしているともいわれている。

また、より身近な例として、不確実な情報がSNSを中心に出回ったことによるトイレットペーパーなどの紙製品の買い占めが発生している。SNSで「紙製品の製造元が中国であるため、今回の新型コロナウイルスの影響で輸入できなくなるのではないか」という情報や逆にそれを否定する投稿がかえって情報を広め、それが人々の不安を煽った結果、紙製品の品薄が現実のものとなった。これは誰もが情報発信の主体となれるSNSが浸透したからこそ発生した、典型的なインフォデミックといえる。

このように、「情報伝達力」の向上は、パンデミックの状況下において我々に有益な情報をもたらすと同時に、インフォデミックのような副作用ももたらす二面性を持つ。

情報伝達力は1世紀前の約150万倍に

では、各時期における「情報伝達力」は、メディアの普及や人々の生活様式の変化に伴ってどのように推移してきたのだろうか。

直近約1世紀のパンデミック・エピデミック発生時におけるメディア普及状況とメディアによる情報伝達力を指数化し、時期毎の比較を行った。

今回比較対象としたのは、スペイン風邪(1918~1920年)、SARS(2002年)、新型インフルエンザ(2009年)、新型コロナウイルス(2020年)の4つの時期。人口増加・テクノロジーの進化・生活様式の変化・普及メディアの変化等を考慮し、「①より多くの受信者に」「②より効率よく」「③より多数の情報を」「④より詳細に」伝える力を「情報伝達力」と定義した上で、これら4種類の係数について時期毎の変化を推計した。
 

近約1世紀のパンデミック発生時における情報伝達力:試算の概要
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<試算方法の詳細>

  • 各時期の主要メディアが広く普及し、情報伝達が一定程度高水準にあった地域として、4つの時期全てにおいて2020年3月末時点のOECD(経済協力開発機構)加盟国(36ヶ国)を対象として分析を行った
  • 各時期における情報伝達に寄与したと思われる主要なメディアとして、口コミ、手紙、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、固定電話、携帯電話、Eメール、SMS、インターネット(SNS(ソーシャルネットワークサービス)、動画サイト、それ以外のWebメディアの3種類に分類) を算出対象とした
    • 各時期で算出対象としたメディアは以下の通り

・スペイン風邪:新聞、雑誌、手紙、口コミ
・SARS:新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、固定電話、携帯電話、手紙、クチコミ、Eメール、SMS、インターネット(Webサイト)
・新型インフルエンザ及び新型コロナウイルス:SARS期に使用したメディア(上記)にSNS及び動画サイトを追加

<各係数の算出の考え方>

①【伝達可能人数(より多くの受信者に)】:OECD加盟国における各メディアの普及人数をメディア毎に推計した上で合計し、スペイン風邪流行時を「1」とした場合の各時期の値を算出した

  • 計算式:OECD加盟国の平均人口×各メディアの普及率
  • メディア普及率について、該当範囲のデータが入手できない場合は、普及状況が類似していると思われる地域(EU等)やOECD内の特定国(日本・スペイン等)のデータ等で代用した
  • 1918年時点の人口は各種公開情報から国別に取得。トルコ、イスラエルの1918年時点の人口は、ギリシアにおける1918年から2002年の人口増加比率と同等として算出した

②【同時伝達性(より効率よく)】:情報送信1回あたりの平均伝達可能人数をメディア毎に推計した上で合計し、スペイン風邪流行時を「1」とした場合の各時期の値を算出

  • 1対1でのコミュニケーションが基本となるメディア(電話・Eメール・口コミ等)に関しては「1」と見なす
  • テレビ・SNS等、1回の送信で多くの人数に伝達が見込めるメディアに関しては個別に算出ロジックを設計。主なロジックは以下の通り
    • 新聞:OECD加盟国の平均人口×新聞の普及率×主要紙のシェア
    • テレビ:OECD加盟国の平均人口×報道番組の平均視聴率
    • SNS:Facebook及びTwitter投稿の平均インプレッション(ユーザの目に触れる総数)をFacebook及びTwitterのユーザーを合計した場合の構成比の加重平均にて算出

③【伝達コンテンツ数(より多数の情報を)】:1人が1日に受信する、共有・拡散可能なコンテンツの数(平均)をメディア毎に推計した上で合計し、スペイン風邪流行時を「1」とした場合の各時期の値を算出

  • 受信者から第三者に対して、受信した状態のまま共有・拡散可能な情報単位を1コンテンツと見なす
  • 主な算出ロジックは以下の通り
    • 新聞:新聞1面=12,600文字(全角)とし、人が1分間に読む平均的な文字数及び平均的な新聞の読書時間を基に、1日に平均1.43面(紙面全体の3.6%)を精読するものと想定して算出(2002年以降)
    • テレビ:視聴者の平均的な視聴番組数(1日あたり)=平均視聴時間÷番組の長さ(平均30分)と想定して算出
    • 電話:平均的な通話人数(1日あたり)=1契約1日あたりの通話回数と想定して算出(固定電話・携帯電話ともに)
    • SNS以外のWebサイト:1日の平均閲覧ページ数=SNS利用分を除くインターネット平均利用時間(2009年:154分、2019年:237分)÷1ページあたりの平均滞在時間(1分と想定)にて算出
    • YouTube:平均的なYouTube動画視聴数=平均視聴時間(2019年:40分)÷平均的な動画の長さ(11.7分と想定)にて算出

④【コンテンツあたり情報量(より詳細に)】:共有・拡散可能な1コンテンツあたりに含まれる平均的な情報量をメディア毎に推計した上で合計し、スペイン風邪流行時を「1」とした場合の各時期の値を算出

  • ③と同様、受信者から第三者に対して受信した状態のまま共有・拡散可能な情報単位を1コンテンツと見なす
  • 文字・音声・画像が含むデータ量を全て byte に換算した上で推計を実施。主な算出ロジックは以下の通り
    • 新聞1紙=12,600文字(全角)×40面=1,008,000byteと想定
    • 手紙1通=1,000文字のテキストメールと同等のデータ量と見なし、17,067byteと想定
    • SNS1投稿=画像1枚(200KB)+全角140文字(280byte)=205,080bytezと想定

 

試算の結果、スペイン風邪流行時(1918~1920年)の情報伝達力を「1」とした場合、SARS流行時(2002年)の情報伝達力はその約2.2万倍、新型インフルエンザ流行時(2009年)は約17.1万倍となった。そして、新型コロナウイルスが流行している2020年現在では、スペイン風邪流行時の約150万倍にまで到達している。テレビ・ラジオをはじめとするマスメディアの普及やインターネットの登場等により、各種メディアを通じた情報伝達力がこの約1世紀で爆発的に増大したことが読み取れる。

特に、直近約20年間(SARS流行時~現在)の伸びを牽引しているのは、やはりSNSの普及である。今回の試算結果では、近年における「伝達コンテンツ数」(1人が1日に受け取るコンテンツ平均量)の劇的な増加が主にSNSによるものであり、その部分が情報伝達力の増大に大きく寄与していることが明らかになった。

利用者一人ひとりが情報の受信者であると同時に発信元にもなることができるSNSの登場で、一人の人間の目に触れるコンテンツ(情報や投稿、発言)の絶対数は今までになく多くなり、さらにそれらを手軽に「拡散」できることが現状の情報伝達スピードに繋がっているといえる。

こういったSNS等を通じた情報伝達力の高まりは、緊急時における個人間・コミュニティ間の迅速な情報共有や助け合いを可能にする一方で、既に述べた通り、インフォデミックのような事態を引き起こしうるリスクも孕んでいる。

パンデミック発生時の情報伝達力の推移
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特に投稿や共有のハードルが非常に低いTwitter等のSNSでは、「その時の危機感や不安に突き動かされ、半ば衝動的に発信もしくは拡散する」ということも起こりやすく、デマや不確かな情報が出回りやすい構造がある。

リアルタイム性と誰もが発信者になれるプラットフォーム性こそがSNSの特長だが、その利点と副作用は表裏一体の関係にあり、利用者のリテラシーがより一層求められる状況になりつつあるといえるだろう。

今までにないスピードで情報伝達が行われる現代では、企業のマーケティングや情報発信の在り方も見直される必要がある。例えば、SNSを通じて自社の商品・広告等の情報が広く拡散されることを期待する企業は多いが、SNS上の情報は、上述のような特性ゆえにコントロールが非常に難しい。仮に拡散に成功してもその「広がり方」は基本的に制御できないこと、また広がっていく過程の中でメッセージが変質してしまう(意図と異なる形で読まれたり、想定外の文脈で共有されたりしてしまう)ケースがあることにも留意が必要だ。

伝染し、拡散する「情報」の波をいかにコントロールし、乗りこなすか。企業にも、これまでにない高度なリテラシーが求められる。
 

関連リンク

情報パンデミックの拡散力、SARSの68倍 新型コロナ(日本経済新聞)
※外部サイトにリンクします

著者

矢守 亜夕美/Yamori, Ayumi
デロイト トーマツ コンサルティング
Social Impact マネジャー

A.T.カーニー(戦略コンサルティング)、Google、スタートアップを経て現職。事業戦略策定・SDGs/サステナビリティ戦略策定・人権デューディリジェンス・人権方針策定など多岐にわたるプロジェクトに従事する他、Deloitte Social Impact委員会の事務局運営も担当。
 

大久保 明日奈/Okubo, Asuna
デロイト トーマツ コンサルティング
Social Impact シニアコンサルタント

金融機関、ITアドバイザリーファームを経て現職。民間企業のサステナビリティ戦略立案や経済産業省のASEAN地域を対象とした政策立案、NPO/NGOの事業計画策定などに従事。 Deloitte Social Impact委員会の事務局運営も担当。
 

福山 章子/Fukuyama, Ayako
デロイト トーマツ コンサルティング
Regulatory Strategy チーフ通商アナリスト

経済産業省(通商政策局、産業技術環境局)を経て現職。 WTO 交渉を始めとする国際案件に従事。『稼げるFTA大全』(日経BP社:共著)、日経ビジネスオンライン『NAFTA再交渉、近代化が第一の目的』、世界経済評論『欧州・中国を中心とするデータ保護主義の現状と通商ルールの展望』等、国際通商動向に関する執筆・講演多数。

 

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