トランプ襲来! NAFTA再交渉 迫られるサプライチェーン見直し

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通商拡大法はトランプ氏の焦り 鉄・アルミ輸出国への影響大

通商拡大法232条に基づく輸入制限措置を発動するまでのハードルは高い

米国のトランプ大統領は通商拡大法232条に基づき、鉄鋼製品やアルミニウム製品の輸入が米国の安全保障に与える影響の調査を米商務省に指示した。是正措置が発動されれば貿易相手国に与える影響は大きい。果たして是正措置は発動されるのか。そもそも232条とはいかなる条文か。デロイト トーマツ コンサルティングの通商専門家である羽生田慶介、福山章子が解説する。(週刊エコノミスト2017年9月5日号に寄稿した内容を一部変更して掲載しています)

米商務省は、トランプ大統領の指示を受け、鉄鋼製品やアルミニウム製品の輸入が米国の安全保障に与える影響についての調査を実施した。調査は、米通商拡大法232条に基づくものだ。同条項は、この調査の結果、対象製品の輸入が「米国の安全保障に対する脅威」として判断された場合に、大統領権限によって「是正措置」を発動できると規定している。

トランプ大統領は、指示に当たり、輸入によって戦闘機や軍艦の製造を行う米国メーカーの生産力が落ち、雇用が奪われることで安全保障上の脅威になると主張した。

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「恣意的な発動」が可能

仮に是正措置が発動されれば、貿易相手国に与える影響は大きい。トランプ氏は是正措置について、鉄鋼とアルミ製品に対する関税の引き上げと、関税割り当ての導入の双方を実施すると発言している。米国の鉄鋼およびアルミ製品の輸入額は、年間約748億ドル(約8.2兆円)に上る。中国、カナダからが最も多く、共に全体の約20%を占める。続いて、メキシコ(8%)、韓国(5%)、日本(5%)、ドイツ(4%)、ロシア(4%)の順だ(図)。

図:米国の鉄鋼及びアルミ製品の輸入額の推移
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脚注:HSコードとして72類、73類、76類を使用
出所:UN Comtrade

トランプ大統領は是正措置にあたって税率20%程度の関税を課すと報じられており、単純に計算しただけでも、輸出国には計1兆6,000億円規模の影響がおよぶ。日本企業への影響も当然ある。輸出企業にとどまらず、米国への輸入品を使って米国内で生産を行う企業も同様だ。特に自動車産業は、米国内での製造が困難な高付加価値の特殊鋼材などを日本から輸入していることが多い。米国製品で代替できなければ、生産コストが上がる。2016年の米国における自動車生産台数約1,219万台のうち、日系メーカーの生産台数は約397万台に達する。

トランプ氏がターゲットとするのは、主に中国だ。米国はこれまでにも、中国に対して世界貿易機関(WTO)協定に基づくアンチダンピング(不当廉売への対抗)措置を発動してきた。中国の過剰な鉄鋼生産によって安価な製品が流入し、米国内の投資や雇用を阻害していることが理由だ。

しかし、今回の232条に関する調査開始にあたり、トランプ大統領が出した覚書では「アンチダンピング措置では米産業に与える悪影響を軽減できない」と主張する。つまり、トランプ氏はWTO協定に基づく措置では物足りないと考えている。WTO協定のアンチダンピング措置は、輸出国の国内価格よりも安い価格で輸出された製品が、輸入国の国内産業に打撃を与えた場合、ダンピング価格と適正な価格との差額に相当する範囲内で関税を課すものだ。輸出国側の企業の価格調査を行うには多大な労力が必要なのに加え、相手国から調査結果に対して疑問を呈される可能性もある。

これに対し、米通商拡大法232条に基づく是正措置は、もっぱら米国の国内法に基づくものだ。そのため、輸出国企業によるダンピングの事実認定が必要なWTO協定のアンチダンピング措置とは異なり、米国内の状況を調査するだけで発動条件を満たすことができる。WTO協定に基づく輸入制限措置には、特定品目の輸入が急増した場合に一時的に関税を課したり、輸入数量を制限したりするセーフガード(緊急輸入制限)措置もある。232条に似た面もあるが、「輸入の急増が国内産業に損害を及ぼしている」ことを証明する必要がある。232条は、単に「輸入の量」あるいは「輸入の状況」が「米国の安全保障に脅威をおよぼしている」ことを米国自身が証明するだけでよい。この「安全保障上の脅威」については明確な定義がない。

つまり、232条に基づく是正措置の発動は、WTO協定に基づく輸入制限措置に比べて米国の恣意(しい)的な意向が働きやすいと言える。

そもそも、通商拡大法が成立したのは1962年だ。米国は当時、国際収支の悪化に苦しんでいた。中でも、58年に発足したばかりの欧州経済共同体(EEC)が脅威だった。同法は米国の国際収支や貿易収支の抜本的な改善が目的だ。米通商拡大法の成立以降、米国は現在までに232条に基づき26件の調査を実施している。このうち、「米国の安全保障に対する脅威」だと認定されたのは8件にすぎない。その全てが石油関連製品だ。例えば78~79年の調査の結果、石油の輸入に対し「保護税(Conservation Fee)」を課したことがある。ただし、この保護税はその後、違法であるとして撤回されている。米国もWTO協定に参加している。同協定では一般的に、一方的措置の導入を禁じている。このため、米国が仮に232条に基づく是正措置を発動すれば、協定に違反するとして、各国から紛争を申し立てられる可能性が高い。

米国内外に批判

実際に今回の米国の動きに対し、世界中で批判が高まっている。中国は、2017年6月30日のWTO会合で「232条に基づく関税は国家安全保障上の理由で正当化されない」「安全保障の名目で貿易に障壁を設けるべきでない」と強調した。 中国と並び米国による鉄鋼製品の輸入量の多いカナダも、米政府に対し、「現在の自由でオープンなサプライチェーン(供給網)の混乱は米加両国の製造業に悪影響を与える」とした意見書を出したと報じられている。

実は米国内にも、232条に基づく是正措置の発動に反対する意見が少なくない。象徴的なのは、米大統領経済諮問委員会の歴代委員長のほぼ全員が連名でホワイトハウスに宛てて書簡を出したことだ。書簡では「232条に基づく措置が発動された場合、カナダ、EU、ドイツ、オランダなどの友好国との関係に悪影響を与える」として是正措置の発動に反対の姿勢を示した。現地報道によれば、米閣僚のほぼ全員も、232条の調査に基づく関税引き上げ措置の実施に反対だとされる。米通商拡大法では、調査開始から270日以内に大統領に結果を報告・提言するよう求めている。4月に調査を指示したトランプ氏は、米商務省に対し、「30日から50日、またはそれ以上に早いタイミング」で結果を出すよう要求した。トランプ氏の求めた期間を過ぎてもなお、調査結果が提出されていないのは、国内外の調整が難航していることなどが理由だ(注:当該記事の寄稿後、2018年1月に調査結果が提出された)。米国が是正措置を発動すれば、世界中に報復措置が広がり、混乱が混乱を呼ぶ事態が予想される。それでも、米国がこうした高いリスクを招く手段を掲げる背景には、トランプ大統領の焦りが見え隠れする。

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの脱退や、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉など、既存の貿易協定に対して賛否の姿勢を示すのは簡単だ。だが、中国やメキシコなど特定国を狙い撃ちした関税引き上げ措置や複雑な国境税の新設といった大統領選で掲げてきた取り組みは、国際ルールに抵触したり、税関など実務面の制約があったりするため容易に実現できない。つまり、公約を実現するための手段は意外と限られているのだ。トランプ大統領が今回、関係者でさえ忘れかけていた232条という懐かしい手段を持ち出したのも、支持者をつなぎとめるため苦し紛れに模索した結果だと言えるかもしれない。

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