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MaaSにおける知的財産戦略

MaaSオペレータの台頭、ソフトウェア・サービス特許の重要性

近年、ライドシェアやマルチモーダルアプリに代表されるような、MaaSの発展が進んでいる。従来は完成車メーカーがメインプレイヤーであった車業界も、MaaSの拡大により、ソフトウェア・サービス・通信といった様々な要素が絡む複雑な領域へと変化しており、それに伴い様々なプレイヤーの参入が進んでいる。こうした成長と環境変化の中で、MaaSの知財戦略をどのように考えどのような特許出願を行ってゆくべきか、事例を交えながら解説する

MaaS概要

MaaS(Mobility as a Service)は、ICT を活用して交通をクラウド化し、バスや電車、タクシー、飛行機などの全ての交通手段によるモビリティ(移動)を 1 つのサービスとしてとらえ、ルート検索から支払いまでをシームレスにつなぐ新たな「移動」の概念である。市場レポート(Global Mobility as a Service Market)によると、MaaSのグローバル市場は2018年から2028年にかけてCAGR49.5%と大きく成長していくことが予測されている。米国や欧州、中国等では政府によるMaaS推進に向けた規制緩和やMaaS関連技術の実証実験も進められていること、新興国や途上国など自動車の個人所有が進んでいない国々ではライドシェア(相乗り)への抵抗感が少ないこと、また、若年層を中心とした「所有するもの」から「シェアするもの」へのクルマに対する意識の変化といった要因により、市場成長が見込まれている。

図表1:MaaSのサービス別グローバル市場規模
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従来の自動車ビジネスにおいて中心となっていたプレイヤーは車メーカーであるが、MaaSではサービスがユーザーとの接点となることから、サービス領域の事業者の参入と、ビジネスモデルの変化が起こっている。本稿では、そのMaaS領域におけるビジネスモデルと知財戦略の在り方について解説する。

 

MaaSプラットフォーマーの出現

MaaSはサービスの統合段階に応じて下図のようにレベル0-4の5段階に分類することができる。

図表2:MaaSのレベル分類
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レベル0では交通機関・輸送サービス、レベル1ではモビリティの所要時間や料金等の情報を統合したアプリ等のサービスといった、現時点でも日常的に私たちが使っているようなサービスがあてはまる。

レベル2は輸送サービスに加え予約や決済などのサービスが統合された段階であり、近年UberやDiDiをはじめとして世界的に活発となっているサービスを指す。具体的にレベル2のサービスには、登録を行った会員間で特定の自動車を共同使用するカーシェアリングサービス、一台の乗り物に複数人数が一緒に乗り合わせるライドシェアリングサービス、Uberなどが提供する自動車による送迎サービスであるライドヘイリングサービスなどが含まれる。

レベル3は、各モビリティ・事業者間で統合されたサービスやサブスクリプション方式による料金体系サービスの提供の段階である。フィンランドのMaaS Global社は、目的地を入力するとタクシーやシティバイクといった複数の公共交通機関等を組み合わせた最適な移動経路を提示し、かつ決済まで対応するアプリ「Whim」を提供している。Whimでは様々な輸送サービスの提供および移動経路・決済サービスを統合させることで、ユーザーに乗り物を提供するだけでなく、目的地にたどり着くための最適な経路の提示や都度払いに加え、サブスクリプション方式により従前のサービスごとに決済を行う煩わしさを解消することで、高い価値を提供している。

なお、レベル4については事業者を跨いだモビリティサービスと行政が一体になり都市計画や交通政策を実現する段階であるが、将来的にはレベル4の段階を目指して企業は事業を展開していくと予想されている。

 

レベル2以降のMaaSは輸送サービスとその他のサービスが統合された形態をとっていることから、サービスを統合するための基盤となるサービスやソフトウェアプラットフォームが必要となってくる。現在はUber等のサービス企業やGoogle等のIT企業などがプラットフォーマーとして進出している(これらのプレイヤーを本稿ではMaaSオペレータと呼ぶこととする)。また、将来的にはレベル3や4のようなMaaSプラットフォームを活用したエンドユーザーへの高付加価値サービスの提供が主流になると予測されている(同サービスを本稿ではBeyond MaaSと呼ぶ)。

現在様々な事業レイヤーに位置する大企業やスタートアップが、Beyond MaaSのプレイヤーを目指し、重要となるサービス関連における特許出願を始めている状況である。これについて次の章で詳しく解説する。

 

特許出願動向

MaaS関連の特許出願は米国と中国を中心に数多くなされている。米国ではライドシェアリングや配送等のサービス関連技術の出願が多い。GMやFordといったOEMメーカーだけでなく、シェアリングサービスを提供するUberのような企業の出願が伸びていることが出願増加の要因となっている。自動車業界以外での上位出願企業では、Walmartが駐車場など利用可能施設の通知システムや商業施設内での顧客輸送システムに関連する技術、IBMがライドシェアのスケジューリング・運賃算定関連技術、Amazonが自立走行車による商品配送関連技術等でMaaS関連の出願を行っている。一方中国では、カーシェアリング・ライドヘイリング・予約サービス関連技術といったサービス領域の出願が多い。中国のカーシェアリングでは、米国と同様GMやトヨタのようなOEMメーカーに加え、HuaweiやZTEといった中国の通信企業が出願上位にランクインしている。予約サービスではDIDIなどのMaaSオペレータに加え、HuaweiやZTE等の通信企業、完成車メーカー複数社が上位出願している。また、グローバルにみても決済や地図サービス等のソフトウェア関連技術の出願も増加傾向にあることから、MaaSオペレータとして事業を行うことを狙った特許出願が増えていると推察される。次章では、出願上位にランクインしており、かつ事業においても特徴的な動きを見せている企業として、MaaSオペレータであるUberと、OEMメーカーであるDaimlerの事業・知財戦略について解説する。

図表3:各国の技術別出願件数(出願年:2014~2019年)、図表4:主要国*1におけるMaaS関連出願件数の推移
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図表5:米国・中国・ドイツにおけるMaaS関連サービスに係る上位出願企業(出願年:2014~2019年)
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主要プレイヤーの事業・知財戦略(Daimler)

Daimlerは2015年頃より、目的地までのルートや移動手段を検索し、料金の支払いや予約まで全てを行うことができるマルチモーダルサービスアプリを提供している。同サービスの提供の中で決済等も含めた一連のサービスを強化しているため、MaaSのプラットフォーム構築を狙っていると推察される。特許出願ではハードウェアを強みとする一方で2016年頃よりサービス関連の特許も出願し始めており、またサービス関連出願のほとんどは配送サービス関連の出願となっている。全体の出願数の比率としては6割弱をハードウェアが占めているものの、サービスに関連する出願数も近年堅調に増加していることから、技術開発の観点でもサービス領域の強化を図っていることが推察される。

出所:Derwent innovationによる調査結果に基づきデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成
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また、Daimlerは自社で特許出願を進める一方で、2016年頃よりカーシェアリングや決済サービスといったMaaSサービス関連の企業を多数買収しており、ハードウェアを強みとしつつも自社開発だけでなく買収・アライアンスにより、サービス領域の強化を図っている。また、カーシェアリングサービスにとどまらず、2017年には電子決済サービス企業を買収していることから、決済なども一気通貫して行えるMaaSオペレータとしての地位を目指しており、Beyond MaaSの世界を見越した事業・知財戦略を行っていると考えられる

主要プレイヤーの事業・知財戦略(Uber)

様々な配車サービスを提供するUberはMaaSサービス事業者の代表格といえる。Uberは医療機関などとも連携し、生活の様々な場面と連携したBeyond MaaSに向けた展開を行っている。

Uberは特許出願を全領域で出願しているが、近年では自動運転関連ハードウェア領域での出願が増加している。一方、自動運転のハードウェア関連企業の買収も多数行っており、技術とともに特許も獲得している。サービス関連の出願は、全体の2割程度の割合ではあるものの従前から安定して出願を行っている。ライドシェアリングの出願がほとんどを占めているが、2017年以降は配送サービス関連の出願も徐々に伸びている。以上から、従来から技術開発を行ってきたサービス領域を主軸としながらも、自社開発および買収・アライアンスによりハードウェア面も強化することで、Uberは完成車メーカーに代わる新たな顧客接点となる企業を目指し、MaaSオペレータとしての地位を築きつつあるといえる。

 

今後の知財戦略に関する考察

従来のビジネスモデルでは、ユーザーに対して完成車メーカーが自動車を提供することに価値が置かれていたため、ハードウェアに関する知財の取得が重要であった。しかしビジネスモデル構造の変化に伴い、MaaSの時代におけるユーザーへの提供価値は、ハードウェアの性能等とは別にサービスの内容や利便性という観点が生まれつつあるため、サービスを提供するMaaSオペレータが完成車メーカーに代わって顧客への直接的な接点として重要な役割を担う可能性がある。そのため、知財についてもソフトウェア特許・サービス特許取得の重要性が増してゆくことが予想される。将来的なBeyond MaaSの時代においては、より多様なサービスに関する知財をおさえ、MaaSプラットフォームを活用したエンドユーザーへの高付加価値サービスを提供することができる企業が、MaaSオペレータとしてビジネスの強者となるという姿が実現することも考えられる。

 

図表9:MaaS時代におけるビジネスモデル構造の変化
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おわりに

MaaS市場においては、ビジネスモデル構造の変化により、企業で必要とされる特許も変容してきている。今後はBeyond MaaSに向けたソフトウェア特許・サービス特許の重要性が増していくものと考えられ、既に一部の大企業やIT企業などのMaaSプレイヤーはMaaSプラットフォームの利用という観点で差別化を図るためのサービス特許を押さえ始めている。MaaSという事業構造の変化の中で必要とされる特許に加え、ビジネスモデル上重要となるサービスに関する特許を、ユースケースも意識しつつ早めに取得していく必要があるだろう。

(参考)

図中で使用した特許分析の検索式は以下の通り

MaaS関連の各国の特許出願動向

シェアリング :筆頭IPC=G06Q and 抄録=((share or sharing) and mobility関連キーワード)

ライドヘイリング:
筆頭IPC=G06Q and 抄録=(hailing and mobility関連キーワード)

配送:
筆頭IPC=G06Q001008 and 抄録=自律走行関連キーワード

予約:
筆頭IPC=G06Q001002 and 抄録=mobility関連キーワード

決済:
筆頭IPC=G06Q0020 and 抄録=(pay* and mobility関連キーワード)

認証:
筆頭IPC=H04L000932 and 抄録=mobility関連キーワード

地図:
筆頭IPC=G06T0011 and 抄録=(map* and mobility関連キーワード)

ルート案内:筆頭IPC=G01C0021 and 抄録=(navi* and mobility関連キーワード)

自動運転:
筆頭IPC=(G05D not B64) and 抄録=自律走行関連キーワード

無人飛行機:
筆頭IPC=B64 and 抄録=自律走行関連キーワード

mobility関連キーワード=car or vehicle or automotive or ride or taxi

自律走行関連キーワード=unmanned or autonomous

Daimler_MaaS関連の特許出願動向

サービス:
筆頭IPC=G06Q001002 or G06Q001008 or G06Q005030 or G06Q003006 or G06Q005010

ソフトウェア:
筆頭IPC=H04L000932 or G01C or G01S or G06T0011 or G06T0017 or G09B0029 or G06F001730 G06Q001000 or G06Q001006

通信:
筆頭IPC=H04

ハードウェア:
筆頭IPC=G05D or G08G000116 or B60 or B62 or B64

センサ:
(筆頭IPC=G01 or G02 or G 05 or G06) and センサ関連キーワード

インフラ:
筆頭IPC=G08G or (筆頭IPC=H02 and 充電関連キーワード)

配送:
筆頭IPC=G06Q001008

保険:
筆頭IPC=A99

カーシェアリング:
筆頭IPC=G07F001700 or H04W0052

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