Deloitte Digital Cross/デジタル時代を支える AI 産業の人材論
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5月18日、オンラインイベント「Deloitte Digital Week」の「Education AI」セッションが開催された。セッションは日本ディープラーニング協会理事長の松尾豊氏によるプレゼンテーションと、それを受けて、Deloitte Digital 森正弥との対談の二部構成で行われた。
第一部では松尾豊氏が、デロイト トーマツ グループが2020年5月より、その活動に賛同しPLATINUM賛助会員として連携をおこなっている日本ディープラーニング協会の取り組みとその狙いについて解説した。その内容を紹介しよう。
DXとディープラーニングの関係性
私は東京大学で約25年間、人工知能の研究を続けてきました。2017年には日本ディープラーニング協会を作り、現在、その理事長を務めています。
日本ディープラーニング協会の目的は、ディープラーニングを中心とするAI技術によって国内産業の競争力を上げていくこと。会員のみなさまからのご支援をいただきながら、さまざまな活動をしています。その中で特に重要なテーマが「人材育成」です。
その施策として行っているのが、ディープラーニングの知識を有し、事業活用する人材(ジェネラリスト)向けの「G検定」と、ディープラーニングを実装する人材(エンジニア)向けの「E資格」という2つの検定・資格試験です。2021年5月6日には、AIの基礎を学びたいすべての人に向けて「AI for everyone」を開講しました。
最近はディープラーニングに加えてDXの重要性も高まってきているので、ディープラーニングとDXの関係についても、きちんと整理しておかなければなりません。たとえば、ディープラーニングの導入によって、DXで何が起きるのか。私は、ディープラーニングによってDXの選択肢が増える可能性があると考えています。
従来のデジタル活用は、デジタル情報を分析し、その結果を基に戦略を立てたり活動をしたりすることが多かった。たとえばPOSのデータを集めて分析したり、GPSやインターネットのアクセスログを使ってリコメンドしたりといったことは、以前から行われていました。一方、顔や手書き文字、空間などリアルな情報はデジタルに置き換えることが大変で、情報の分析や活動などには使われていませんでした。そのようなリアルな情報もディープラーニングによってスムーズにデジタルに置き換えることができます。それによって、リアルな情報をより活用できる環境が整います。
また、ディープランニングを使えば従来から行われてきた「予測」や「異常検知」、「推薦」、「検索」などの精度を向上させることも可能になります。つまり、ディープラーニングという技術を使うことによって、インターフェース、処理、アウトプットといった選択肢が広がっていくのです。
最終的には「人」や「モノ」すべてにIDが付与され、どんどんデータが扱いやすくなっていくでしょう。そうなると、マクロ的な視点で自動化が加速度的に進んでいくことになる。その結果、サプライサイドとデマンドサイドの距離が縮まっていくことになるでしょう。ユーザーにとっては各サービスが「早く」「安く」なる上、パーソナライズが進み、より使いやすくなる。このように、これまでは実現不可能と諦めていたようなことがどんどん実現され始めるでしょう。
いかがでしょうか。データを使ったAIやディープラーニングの活用がいかに日本の産業全体にとって重要な変革となるかということが、お分かりいただけたでしょうか。
育成が急務な「デジタルを使う人材」
日本ディープラーニング協会では、これまでジェネラリストやエンジニアなどのAI人材を育成するために、G検定やE資格といった検定試験を実施してきました。プロジェクトを企画する人材とそれを実装する人材の双方にAIに関する幅広い知識を身につけてもらうことで、AIやディープラーニングを活用しやすくなると考えたからです。
しかし、プロジェクトに直接関わっていない部署にAIやディープラーニングの知識が必要ないのかというと、そうではない。誰でも一定程度の知識は持つ必要があります。今後は、AIやディープラーニングの知識なしでは「会社内で起きていることがよくわらからない」という状況になっていくからです。
そこで、より多くの人を対象とした講座「AI for Everyone」を実施することにしました。この講座では、社会全体のAIやディープラーニングに関するリテラシー向上を狙っています。
「AI for Everyone」は、グローバルで使用される標準的なAI学習コンテンツ。エンジニア以外のビジネスマンは、このコンテンツでAIを学んでいます。そのコンテンツを日本語化し、日本特有のコンテンツを追加して提供しています。
機械学習でできること、できないことを学ぶコンテンツや、機械学習プロジェクトのワークフローなど、実務的な内容や社内にどうやって導入していくのかを学ぶといった事例もあります。
現在、「デジタルを作る人材」だけでなく「デジタルを使う人材」の育成が急務とされています。その中には、ディープラーニングだけでなく、データサイエンスや従来のIT開発をしている人も含まれます。そこで、日本ディープラーニング協会とデータサイエンティスト協会(DSS)、情報処理推進機構(IPA)が連携し、DX時代にビジネスパーソンが身につけるべき知識スキルっていうのは何かということをしっかりと定め、官民が連携しながら新しい体制を作っていこうとしているのです。
後塵を拝した日本に残された道
――ここからは、Deloitte Digitalの森正弥とモデレーターとして私(同メンバー若林理紗)も参加させていただきます。さっそくですが、AI for everyoneを実施する狙いについて教えてください。
松尾:ディープラーニングの技術が登場した2012年、私は「AIは単独でも世界を変える可能性がある。日本の産業界もすぐにこの技術を導入しなければ」と考えました。そこで、まずビジネスパーソンの育成から始めることにしたんです。
この取り組みで、AIに関する専門的な知識を持つビジネスパーソンの育成には成功しましたが、あまり知識を持っていない人とのレベルの差が広がってしまう結果になり、頭を悩ませました。AIは、経理や法務と同様、すべてのビジネスパーソンがある程度の知識を持つ必要があります。
そこで、AI for Everyoneという講座を提供することにしました。AI for Everyoneを受講するには、前提知識など必要ありません。AIの講座とはいえ、「数式」はほとんど出てきません。AIは何に対してインパクトがあるのか、何ができて何ができないのかといったことを説明する内容となっています。
森:デロイトでも、高校生向けにAI講座を開催したことがあります。AI for Everyoneを見て、そのとき用意したコンテンツと重なる部分が多いと感じました。
AIは、我々の身近なところで使われつつある。AIをどう活用して社会を変えていくのかという部分にフォーカスされはじめていると感じます。ここ数年で多くの企業がAIを活用すべく様々なトライアルを行いましたが、なかにはうまくいかないケースもありました。彼らが失敗した原因は、従来のIT活用の手法をそのまま適応しようとしていたため。AI活用では、従来のIT活用の手法が有効でないケースが少なくありません。このことに気づくためにも、AI for Everyoneのような取り組みは重要だと思います。
前職で9年前にディープラーニングを使って倉庫の荷物の認識を行ったことがあります。そこで発見したのが、その倉庫における荷物の認識のケースでは、きれいに整えたデータを学習させるよりも、生の画像をそのまま学習させた方が精度が高いということでした。これは大きなポイントで、例えばそのような場合だとデータをきれいに整える必要がなくなるので、画像処理における業務プロセス自体が大きく変わります。これまでの知識や考え方では対応できないと実感しました。
松尾:AIの特長などの基礎知識をつけていくことがとても重要だということが分かる事例ですね。私自身、ディープラーニングによって日本の産業は後塵を拝したと感じています。実は、「顔認証のシステム」分野において日本は研究の歴史も長く、技術的に優れていました。自動運転や医療画像の分析など高い技術を有していたんです。本来であれば世界を席巻する立場でした。
しかし、現在この分野をみると、日本企業は全く登場していません。スピードが遅いため、他国に遅れをとってしまったのです。
――日本が遅れを取ってしまった原因は、ほかにも考えられるでしょうか。
森:AIを「性能がいいIT」だと誤解している人が多いことも問題かもしれません。従来の仕事の仕方をそのまま維持し、ある特定の部分をAIに置き換えたらそこの性能がよくなるのではないかというような部分適用の考え方では、AIの本当の価値が活かせないんです。
たとえば「生データのままの方が精度が高くなる」というケースを見れば、データの整備の仕方を変えてプロセスを変えていくことが必要だとわかります。同じようにAIを使うことの本当の価値は、仕事の仕方やビジネスを変革し、次のモデルを考えていくことで初めて発揮されるんです。それができないから停滞してしまうんです。
松尾:個人的には「第一回戦は負け」で、もう追いつくことはできません。これは仕方がないことです。しかし、第二回戦の戦いはこれから始まります。今度こそ、戦略を考えていかなければならない。AIやディープラーニングは当たり前ですが、さらに「総合格闘技」として戦う必要があると思います。
いま、建設業、農業、物流業などの「リアルな産業」において変化が起こっています。そこで「どうやって勝つか」がとても重要。このような領域では、すべての情報にIDを割り当て、デジタル化を進めていく必要があるでしょう。インターネットの技術やAI、さまざまなセンサーの技術を使ったイノベーションを起こす。このような総合力が第二回戦の戦い方になるでしょう。
森:まさに、従来の戦い方を変えていかないといけないですね。ステークホルダー全員が同じテーブルにつき、AIを使ったら何がどう変わっていくのかを議論する場も必要になる。新しいビジネスプロセスを描き、新しいビジネスモデルを構築しパートナー企業も巻き込んでいく。そういったことができるかどうかが重要ですね。
――その機運は、いまの日本にあるのでしょうか。
松尾:新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、「社会全体が変わっていかなければならない」という雰囲気が醸成されています。デジタル庁が発足されるといった動きを見ても、デジタルが重要だということに気がつき始めていることがわかりますね。
ただし、GAFAといわれる企業を牽引しているのは30〜40代という若い世代。これらの企業との間でリテラシーに圧倒的な差が出てしまうと、もうひっくり返すことができません。だからこそ、リテラシーを上げていく必要がある。その上で、企業が進むべき方向に思い切って舵を切ることができれば、そのときはじめて同じ土俵に上がることができるのです。
森:緊急事態宣言などで一気にデジタル化が進んだものの、現実を見ると「一部のデジタルが得意な人が快適になっただけ」という状況もあります。今回の学びによって、強制的にデジタル化を進めてもうまくいかないということもわかりました。「AIを使うことで自分たちのキャリアがどう強化されるのか」ということが理解できない限り、現場で浸透することはないかもしれません。そういった意味で、変革の機運はあるものの、AIとの付き合い方は難しい問題だと思っています。
たとえば、「オペレーター」の仕事はAIでの代替が進むでしょう。そういった分野ではなく、「コミュニケーター」や「イノベーター」として社会の問題を解決するところを目指していく必要がある。このような軸を持ってAIと付き合っていく中で、「自分を変革させていこう」というマインドセットが重要になると思っています。
松尾:「変化の激しい時代では、その場にとどまるにも全力で走り続ける必要がある」ということでしょう。穏やかな時代なら、あまり変化しなくてもいいかもしれません。しかし現在は、様々なプレーヤーが切磋琢磨しています。そのような中で、同じポジションに居続けるためには、変改しつづける必要があるんです。
日本は、これまでも多くのイノベーションを起こして変化し続けてきました。「AIによって仕事がなくなる」と思うのか、「新しい仕事がたくさんできるからチャンスだ」と思うのかは考え方次第だと思います。僕自身は「チャンスしかない」と思っています。今は、変化できる環境が整ってきつつあります。松尾研周辺だけでも、たくさんのスタートアップが登場し、チャンスに食い込もうと頑張っています。
Deloitte AI Instituteを発足
森:デロイトは、日本ディープラーニング協会をはじめとした多くの企業や団体と連携を強化し、日本企業のイノベーションの支援をしていきたいと考えています。そのためのAIに関する実践的研究組織として、2021年6月1日付けで「Deloitte AI Institute」を立ち上げます。
たとえばAIのガバナンスという観点では、「処理した時になぜその判断をしたのか分からない」という、いわゆるAIのブラックボックス問題があります。商品のお薦めでは特に問題にはならないかもしれませんが、クレジットカードの審査といった用途では、AIが判断をした理由は確認され検証されるべきです。AIの透明性やプライバシー保護という話はますます重要になります。それらを踏まえ、同時に企業はビジネスの変革を成し遂げ、持続的なオペレーションを構築していく必要があります。「Deloitte AI Institute」では、戦略的活用とガバナンスの両輪をもって、人間中心で社会から信頼されるAIというビジョンを実現していくために活動をしていこうと考えています。
デロイトグループは多様なAI人材を抱えていますが、このようなビジョンはデロイトだけでは達成できません。そこで、学術組織やスタートアップ、ベンチャーキャピタル、AIのソリューションを提供している会社などとの連携を通じて、AI を使った社会価値の創出を実現していこうと思っています。
松尾:AIの技術は、単独で「価値」に結びつけることが難しく、戦略的な思考と合わせることで価値に結びつけることができると感じています。また、戦略的な思考というのは、アカデミアや業界、サプライチェーンなどの大きな枠組みが必要だと思います。そういう意味でも、Deloitte AI Instituteの取り組みは、潜在的に大きな可能性を秘めている。
ガバナンスという観点も、本当にわくわくします。新しいプレーヤーもどんどん参入してくるでしょう。スタートアップやベンダーとの連携や、デロイト のグローバルチームとのAI人材の連携などで、可能性は大きく広がります。
森:コミュニティをどうやって作っていくのかということも重要と思っています。コミュニティに参加することで、ベストプラクティスが学べたり、機会を共有したりすることができます。その上で、社会の価値を実現していくという場を用意することができれば、Deloitte AI Instituteの試みは推進していくでしょう。コミュニティを作るという点では、日本ディープラーニング協会では「合格者の会」という大きなコミュニティを擁していますよね。
松尾:僕自身は応援と期待をするばかりですが、合格者の会は熱量が高いので……。ただ、AIの組織を牽引するリーダーに必要なのは、(1)明るいこと、(2)細かいことをあまり言わないこと、(3)調整はきちんと行うことの3つ。この3つの条件をクリアできるリーダーがいれば、組織は回るし、人も集まってくる。森さんはこの3つを備えているので、Deloitte AI Instituteの成長が楽しみですよね。
森:ありがとうございます。AIをどういう風に活用していくのか、社会の価値に変えていくのかという事を考えると、さまざまな方法論や知見を組み合わせていく必要があると思っています。様々な専門家や当事者が参加し、それぞれの能力と熱量を組み合わせて連携し、結果が出せれば、もっと大きな変化が起きるはず。そういった意味では、ファシリテーション力が問われる場になるかもしれません。そこは頑張りますので、ご興味のある方は是非Deloitte AI Instituteに参加してください。
PROFESSIONAL
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デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員
外資系コンサルティングファーム、グローバルインターネット企業を経て現職。ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みをもつ。2019年に翻訳AI の開発で日経ディープラーニングビジネス活用アワード 優秀賞を受賞。企業情報化協会 AI&ロボティクス研究会委員長