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消費財業界の環境変化を踏まえたメタバース活用の可能性

国内消費財業界は市場ニーズである「安全性」や「安定性」の上に成り立ってきたと捉えることができる。しかし昨今のビジネス環境変化やその要因を見る限り、今後も持続的な成長を実現していくためには従来からの市場ニーズに応えつつも難しい舵取りが必要となる場面が多々あるだろう。本稿では、グローバル利益成長企業がより一層重視している「消費者に寄り添う方法の模索と消費者ニーズの変化把握」を起点として、今後さらに普及と高度化が進んでいくメタバースの活用可能性について論じる。

消費財業界の状況理解

消費財業界・消費者の置かれている状況

国内消費財業界は、エレクトロニクス等の変化の速い業界と比べると「安全性」や「安定性」の上に成り立ってきたと捉えることができる。特に食品・飲料業界を例に取ると、「安全性」や「安定性」こそが市場ニーズであり、当然の経緯である。しかし、昨今の記録的なインフレ、サプライチェーン(供給網)の問題、労働力不足、世界紛争、気候変動、そして潜在的な景気後退など、個々のどれを取っても困難な問題が同時に発生するビジネス環境においては、直近数十年間で最も舵取りが難しい時期を迎えていると言える。

このような環境下において成功を手にするためには、これまで以上に、より少ない資源でより多くの成果を上げる方法を模索しつつ、消費者のエンゲージメントを向上させ続けるための投資を行い、より一層複雑になりつつある課題を解き明かさねばならない。消費財業界各社の経営陣は、自社の将来に対する危機感を抱き、日々さまざまな考えを巡らせながら自社の存続策を探求しているはずである。

またこういった変化の中で、消費者はより混乱しているに違いない。目まぐるしい環境変化に伴い、個人の購買意思決定も大きく変化している。今後も、大規模な人口動態変化、政治・外交的な変化、行動変容につながる環境意識の変化、破壊的技術の台頭、ジェンダーレスなどの文化的な成熟度のシフトが進行し、消費者の心理・行動の両面でのさらなる変化の到来が予測されている。

 

消費財企業の環境変化への対応

パンデミックの峠を越えて、世界的なサプライチェーンのストレスは緩和されたが、正常な状態に戻ってはいない。消費財企業は、必要な原材料や資材を獲得しようと悪戦苦闘するなかで、変容しつつある地政学的環境や事業環境の課題にも直面している。これには、サプライチェーンのリージョナル化(地域化)の拡大も含まれている。これらの変化に伴い、サプライチェーンプロセスの多様化、特定の国やサプライヤーへの依存体制からの脱却を進めるなど、サプライチェーンのレジリエンス(回復力)とリダンダンシー(冗長性)の強化へ向けたグローバル企業による新たな取り組みも生まれている。

日本市場を個別にみると、パンデミック関連の制限が解除されたことにより、消費を控えていた消費者の需要が解き放たれ、小売販売の大幅な増加に繋がっている。その反面、エネルギー価格と食料価格が急騰し、円安も相まって家計収入が減少し支出の増加もみられる。こういった状況に対し日本企業幹部は、「消費者は高い金額を支払う意欲が薄れている」ことと、「消費者のチャネル選択の変化が自社にとっての問題点となる」ことを喫緊の課題として挙げており、2人に1人が「価格の高騰が消費者需要にマイナスの影響を及ぼす」とみている。

 

消費財業界におけるグローバル利益成長企業が注力していること

Deloitte USは、順調に利益を成長させている企業71社に目を向け、それら企業の目覚ましい成功の潜在的な原動力を突き突き止めるべく分析を行った。その結果として、利益成長型企業と、他の企業との大きな差異として5つの領域を特定した。

1. 消費者の変化に対する受容

2. 市場シェアの獲得

3. クリエイティブな変革の実施

4. サプライチェーンを通したデータの活用

5. ESGの優先化

 

本稿では、上記5つの領域のうち、「1. 消費者の変化に対する受容」に着目したい。

利益成長型企業においては「消費者ニーズの変化を捉えることが優先事項である」と答えた幹部が93%にも上る。その解決策として、利益成長型企業は巨額のデジタル投資を行い、顧客エンゲージメントの向上とパーソナライズの促進など、「消費者の変化に寄り添う方法」を模索している。

また、消費者直販型(D2C)販路への投資や、これらのシステムを機能させるための顧客データ保護への投資も優先順位の上位を占めている。ただし、D2Cは概して利益の獲得が難しく、「D2Cモデル」という言葉に踊らされ安易な投資をすべきではないことは留意すべき点である。

利益成長型企業が消費者の変化を受容するために行っているもう1つの方法としては、進化する消費者ニーズに応じて生まれた新たな製品やサービスに対し優先度を高め取り組むことである。製品開発への投資を増やし、デジタルエンゲージメントシステムからのデータを活用して、新たな機会の特定を迅速に行っている。プレミアム化による付加価値提供を正しく行えば、価格の引き上げに対する消費者の理解を得ることができ、このような開発戦略をとる企業は昨年度から増加している。

メタバースの状況理解とビジネスでの活用の可能性

本稿では、消費財業界の成長企業が取り組みを強化している領域の中でも、とりわけメタバースとの親和性の高い、顧客起点での「エンゲージメント向上」、製品起点での「新製品開発における高付加価値化」の視点を踏まえ、将来的なメタバース活用の可能性について論じる。

 

メタバース環境の普及状況

メタバースの定義を「現実空間を超え、ヒトが活動できる仮想空間」とし昨今の動きをみると、グローバルでは大手テクノロジー企業によるメタバース環境の開発競争が繰り広げられている。国内においても、仮想空間でのコミュニケーションやエンターテインメント分野における環境の開発・提供が行われており、ライブ配信やイベントの開催、会議、学習など様々なユーザーニーズに対応した環境が存在し増加傾向にある。この先メタバース環境の数が増加するか否かは意見の分かれるところであるが、魅力的なメタバース環境が提供されることを前提としつつ、通信環境やデバイスの進化に比例し、ユーザー数やユーザーの総滞在時間の増加傾向が続いていくだろう。


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メタバース環境利用者への提供価値

人は何に価値を感じてメタバース環境を訪れるのか。それはリアルでは満たされない様々なニーズの充足や、リアルと比較しての利便性(物理的、地理的、時間的制約からの解放)、リアルとは異なる形での表現の可能性(表現の自由度)がある。また、仮想通貨やNFT活用による新たな経済活動の可能性や、アクセシビリティ観点での貢献、現実世界からの逃避先としてストレスや日常の悩みから解放されることも、メタバース環境から得られる価値として認知されている。

ここでは、今後メタバース環境の提供に関連する技術進展が大いになされるものとして考察を進める。

消費者へのタッチポイントの観点で検討すると、高品質化が進んだメタバース環境においては、リアル店舗に比べ傑出する点が多くある。以下、具体的な例を記載する。

  • 地理的な制約によりリアル店舗を訪問できない、または訪問していない消費者に「来店」してもらうことができ、リアル店舗さながらの接客を提供することができる
  • リアル店舗ではスペースの制約や在庫保持の観点で展示できていない商材についても、仮想空間であれば制約なく展示することができる
  • リアル店舗では営業時間の制約があるが、メタバース上の店舗では営業時間を拡大または、営業時間の概念を取り外すことができ、多様な生活パターンの消費者に対して店舗サービスを提供することができる
  • 外国語対応ニーズや、接客に関する個人のニーズ(例:リアルでの対面接客を好まない、リアル店舗における他顧客の存在や混雑を好まない)を充足することができる
  • 特定の地理的なマーケット(例:日本)に対して、異なる地域(例:海外本社等)から直接の店舗運営ができる
  • 視覚、聴覚、身体・運動能力、認知、等、個別のニーズに合わせた店舗体験の提供ができる
  • 商品の使用感やサービス提供イメージ等を消費者に伝える手段として、リアル店舗とは異なる手法での高度な体験の提供ができる
  • バーチャル店員(店舗サービスに特化した生成系AI)が初期的な接客を行い、顧客の趣向や要望に応じた専門家へのディスパッチを行い、極めてニッチな顧客ニーズに対しても最適な接客を提供できる
  • 接客を通じて見えてくる真の顧客ニーズをデータとして蓄積・分析し、ニーズ変化に追随した新製品を開発し、顧客に提供できる
  • (来店者が望む限りは)購買履歴や好みに関するデータを踏まえたパーソナライズされた接客をスピーディーに提供できる

 

ユーザーの特性やメタバース内のコミュニティー特性による、現実空間とは異なるユーザーの行動

  • 特定の趣味・趣向を持つユーザーが、特定のプラットフォームやコミュニティーに集っており、共同体験が重要な要素となっている
  • 利用者の仮想空間での滞在に、頻度、定期性、時間数の観点で特異性がある(毎日3~4時間にわたり仮想空間に滞在する等)
  • メタバース利用者の環境への滞在が、一日を通して断続的ながら継続的であるケースがある
  • 利用者間の交流が活発、または流動的であり、現実空間とは全く異なる人の繋がりが急速に発展するケースがあり、リアルタイムで活発な意見・情報交換が行われる(例:購買検討・購買行動の過程で「友達」や「知り合い」からリアルタイムに意見をもらう等)

 

メタバースの消費財ビジネスへの活用の可能性

2023年時点では、まだまだ通信速度やデバイスのスペックの制約が残っており、現実空間と比べるとその見た目や、感じ取れる感覚の観点で劣るメタバース環境を前提に将来の可能性を考えてしまいがちであるが、そういったハードルが取り払われることは遠い未来ではなく、これまで小売チャネルでリーチできていなかった顧客の「おうち時間」は消費財企業が直接リーチできる時間帯に変わる。消費者の変化を受容し、消費者に寄り添うことによりニーズの変化を素早く捉えることが成功要因なのであるから、これまでにないエンゲージメント施策が必要となることは当然のことである。現実空間と仮想空間との連携や統合が進められていくことで、メタバース環境が日常生活の一部としてより一層浸透していくことは、セールス&マーケティングにおいて無視できない環境変化であることは間違いない。

従来手法の小売店での販売においては、顧客の流量が多い場所に出店しているか否かが重要な要素の一つであった。道を歩いている人が小売店に入り、商品に気づき、購入し、結果としてファンになるという流れである。ECビジネスでは、お客さんが通りすがりにEC店舗またはブランドサイトに偶然アクセスすることはあまり期待できないため、注目を集めるために広告を含めた情報発信を積極的に行い、1人1人のお客さんを獲得する必要があり、如何に個々の消費者に合った広告を効率的に打てるかが重要な要素だ。

メタバース環境においては、自社がターゲットとする顧客の流量が多い仮想空間を特定し、リアル店舗やECサイトとは異なる手法を用いて顧客に新たな体験を提供し、顧客エンゲージメントを高めることがポイントとなる。

また、メタバースの活用領域としては新製品開発があり3つの視点があると考える。一点目は、新規タッチポイントとしての仮想空間の活用による顧客ニーズ変化やニッチなニーズの把握とアンメットニーズ充足の観点。二点目は、仮想空間での消費者との関わりを通じた新製品の共創。三点目は、仮想空間を流行の発信地とする文化的トレンドを現実空間の製品にフィードバックするという考え方だ。

 

最後に

メタバースでは、国・地域による境界が現実空間に比べ大幅に低く、国内産業としての安定性に頼ってきた日本企業にとってはリスクに直面しているという捉え方もできる。同業種の海外メーカーが日本人ユーザーを中心とするメタバースプラットフォームでプロモーション活動を展開し、急速に認知を獲得し、自社ECサイトに誘導して販売を展開、数日後に商品が届き、さらには効果的なエンゲージメント施策により消費者との強固な信頼関係を構築し、その消費者が日本国内で積極的にポジティブな情報を拡散する。今現在利用可能なテクノロジーで、既に起こっているシナリオである。

各企業の規模や中長期戦略に依存するところではあるが、消費財企業が自社でメタバース環境を持つことのメリットはあまり期待できない。したがって、自社ビジネスとメタバースとの親和性や、それぞれのプラットフォームとの相性、会社としての投資の合理性を判断材料として、プラットフォーマーとの付き合い方(プラットフォームの利用、協賛、提携、買収、等)を選択していくことになる。メタバース上でのイベントへの協賛は国内でも多くみられるようになってきている。また、メタバース環境にコンテンツを提供するクリエイターやプログラマーなどを支援することにより関与していく方法もあり、関わり方は様々だ。

 


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2023年現在、メタバースに関するビジネスはゲーム産業が先行しているが、長時間にわたりメタバース環境で時間を過ごすユーザーは既に世界中に多く存在し、そういったユーザーの多くはメタバースの発展を望んでいると思われる。また、NFT含むテクノロジーの進化により安全性が向上し各分野のクリエイターが安心してコンテンツを制作・提供する環境が整いつつある中で、メタバース環境を将来のセールス&マーケティングの場として捉えずに留まることは、消費者の変化を受容し、消費者に寄り添うための道筋を自ら断ってしまう結果にならないだろうか。

メタバースは、D2C(消費者の個別ニーズに応え、エンゲージメントを高め、LTVを最大化する)を成功させる手段の一つとして、突破口にもなり得るものである。顧客それぞれの趣味・趣向や、行動特性に寄り添いエンゲージメントを向上させるためには放置できない顧客接点の一つであって、近い将来のタイミングで投資を加速させる経営判断が必要になる領域であろう。

 

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