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新たなバリューを創出する共創型のカスタマーエクスペリエンス

~多様化する価値観を着実に捉える、自動車業界の取り組みに学ぶ~

情報アクセスチャネルの拡大から幅広い選択肢を持つに至った生活者は自らの価値観に適う商品を志向し、各メーカーではカスタマーエクスペリエンスを重視した新たなアプローチの仕組みを模索している。そのシフトが最も加速する自動車業界において、顧客と企業を繋ぐ新たなバリューを見出す“共創型のカスタマーエクスペリエンス”実現への取り組みを、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員Deloitte Digital Strategy Consulting Leader 岩渕匡敦氏とインダストリーグループ 自動車セクターシニアマネジャー 井出潔氏がレポートする。(※本記事は、日本オラクル株式会社制作のインタビュー記事から、同社より許可を得て転載したものです)

コネクテッド化の実現と価値観の多様化を反映し自動車産業で加速するカスタマーエクスペリエンス変革

顧客満足度を高めるために、商品開発やマーケティングの現場で交流や対話などの「カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)」を重視する取り組みが各業界で加速している。

特に、高額耐久消費財であるため消費者が選択に時間をかける自動車業界では、ディーラーにカフェが併設されたり、日産自動車では軽自動車「DAYZ」を女性ユーザーに30日間貸し出し、その体験をオンラインで共有するなど、顕著となっている。この背景を、自動車業界に深い知見を有する井出氏は次のように解析する。

「自動車業界は現在、3つの大きな変化の軸を視野に捉えている。1つは、所有することから利用することに価値を求めるユーザーの意識の変化。2つめにコネクテッド化をはじめとする周辺技術の進化による、車から得られる体験の多様化。3つめに、走行中に排気ガスをまったく出さないゼロ・エミッション・ビークルを志向する社会的な価値観の変化。更に将来的に完全自動運転が実現すれば世界は様変わりする。私たちはこうした変化を視野に入れ、15年先の車社会を見据えた提案を行っている」

自動運転技術の実現やゼロ・エミッション・ビークルへの希求は自動車業界特有の事情となるが、価値観の多様化は個人向け消費財を扱う全ての企業が直面する課題となる。ユーザーの意識が変化してきた背景を、クロス・インダストリーでのデジタル戦略展開を専任する岩渕氏は以下のように分析する。

「価値観が多様化してきた背景として、デジタル社会の成熟がある。SNSやスマートフォンの普及により、ユーザーはオンライン上から自在に商品の機能や評判などの情報を収集できるようになり、ブランド選択の基準は、その商品を持つと自分の生活がどう変わるのかといったエモーショナルなものへとシフトする。これにより、これまでメーカーが主導していた一方的な情報発信は成立不可能なものとなり、ユーザーにも生活のイメージが大きく変わることを想起させ、そこでどんな体験ができるかが明確にわかるブランドコミュニケーションが求められるようになった」

潤沢な情報と選択肢から、ユーザーは購入の意思を固めてから最終確認のために販売店を訪れるようになり、欧州では顧客が車両購入に至るまでの販売店訪問回数がわずか9年の間で7回から1.5回へと激減したケースも報告されている。これにより自動車業界では、購入前の重要な接点である自社サイトで感情的な価値観をしっかり提供し、ディーラーには女性や家族の意思決定を促すようにカフェの併設など感情面に配慮した設計をしている。

 「これまで自動車の購入判断においては、男性の嗜好や希望が強く反映されていたが、次第に女性や家族の意思が尊重されるようになり、優れた機能の訴求よりもレジャーや利便性、快適性などの細分化されたライフスタイルへのアプローチが効くようになっている。これは自動車業界に限らず、家電などの業界においてもきめ細やかで人間の感情や生活に合わせた商品設計が求められており、カスタマーエクスペリエンスの向上はB to C ビジネスを展開する全ての企業の共通課題となっている」(岩渕氏)

先行する自動車業界の実例から学ぶカスタマーエクスペリエンス確立の5つのステップ

それでは、きめ細やかで人間の感情や生活に寄り添うカスタマーエクスペリエンスを実現するために、個人向け消費財メーカーはどのような取り組みを進めれば良いのだろうか。

特に、自動車のOEM(自社ブランド製造メーカー)は、グローバルにビジネスを展開し、多様な国籍・価値観・行動様式を持つ顧客層に対し、系列販売店や独立ディーラー、Webサイト、SNSなどの幅広いチャネルからユーザーに働きかける。多様な顧客層を対象に複層化した顧客接点で独自のカスタマーエクスペリエンスを展開してきた各OEMの取り組みから学ぶべきことは多い。

国内外のOEMと協働して先行的な事例を先導してきた二人が、全ての業種に適用可能な5つのステップに整理して、自動車業界での取り組みを紹介する。

1. 多様な価値観を前提とする視点への変換

「単一商品、一律のコミュニケーションやサービスで、世界中のユーザーのニーズを満たすことは不可能。多様な価値観があることを受け入れなければ、はじめの一歩を踏み出すこともできない」(井出氏)

価値観の多様化を前提に考えれば、顧客の行動パターンによってブランド選択の機会は変化し、販売エリアの文化や宗教によって顧客が共感する価値も全く異なることが見えてくる。一方的な顧客アプローチが成立した時代の成功事例に囚われず、自社が向き合う顧客の行動特性、趣味・嗜好、SNSやWebサイトの活用頻度などを全方位的に観測・評価・分析して、顧客アプローチの手法を再構築していく必要性を二人は強調する。

「格好良いCMを打てば、商品が売れる時代ではなくなっている。面倒な作業も厭わず、組織としてお客様をきちんと理解し、その価値観にしっかりコミットメントしていこうという意志決定と意思決定と社内の体制構築が、カスタマーエクスペリエンスに取り組む最初のステップになる」(岩渕氏)

2. 自社のバリューの発見と絞り込み

「ただし、全ての顧客に最高のカスタマーエクスペリエンスを提供することはやはり経営効率の面では無理がある。対象とする顧客や展開するエリア、メッセージとして発信するバリューを絞り込み、商品開発やコミュニケーションのあり方を総花的なものから一点に集中させていくことが、次のステップで求められてくる」

後発で発展した韓国系OEMなどは訴求価値尾と顧客対応領域を戦略的に絞り込むが、フルラインアップをグローバルに展開する国内メーカーはここに一番苦戦すると岩渕氏は語る。プロダクト思考から顧客視点の価値観に転換するため、Deloitte Digitalは顧客の動向を科学的に分析し投資対効果を明確に経営層に訴求することで、OEMの経営改革をサポートする。

「今の時代は、市場のポジションや競合の動向に振り回されるのではなく、ユーザーや社会の求める価値を踏まえ、自社の企業哲学に添った絞り込みの軸を見出すことが求められている。その際、自社の思い込みではなく、客観的にユーザーの“ホンネ”を取り入れることが支援のポイントになる」(井出氏)

3. クロスファンクショナルなアプローチの設計

「軸を絞り込んだうえで、施策を実行に移していく。そのためにクロスファンクショナルで柔軟な体制と意思決定が必要になる」(岩渕氏)

グローバル規模での顧客接点を持つOEMに対し、Deloitte Digitalは「カスタマージャーニー」(顧客が自社の商品を購入するまでに辿るプロセス)のグローバル共通版と各国・地域版を定義しフォーカスエリアを確定した上で、そのエリアの事情に合わせて顧客満足度向上のために集中すべきプロセスを特定する。

「クロスファンクションな取り組みの前提として、企業としての顧客対応のビジョンやミッションを定義することがまず重要となる。それに加えて、販売戦略を加味しながら商品構成や機能のあり方を変えることを経営陣に訴求し、現状とあるべき姿のギャップを埋めるために投資効率の良いデジタル活用を検討する」(岩渕氏)

4. カスタマーエクスペリエンスを推進するデジタルな仕組みの構築

グローバル企業ではKPIの管理とその前提となるインプットデータは基幹系、Web系など地域や機能を跨って複雑化し統一的なコミュニケーションや効果測定の難易度が上がっている。クロスファンクショナルなカスタマーエクスペリエンスを実現するためには、膨大な顧客接点を同一のシステムで一元的に管理し、顧客の属性だけではなく行動様式やニーズまで正確に捉え、個人向けにカスタマイズされたコミュニケーションを行う必要がある。

「複雑さが増す中で、カスタマーエクスペリエンスを支えるシステムには、安定性に加え、様々なソリューションを素早く取り込むスピードも求められる」(井出氏)

「提供ソリューションの幅の広さと先進性を併せ持つIT会社とのパートナーシップを重視し、Deloitte Digitalはオラクル社ともグローバルでのアライアンス契約を結んで、バリューチェーンの最適化とカスタマーエクスペリエンス改革を支援している」(岩渕氏)

5. 一貫したカスタマーエクスペリエンスの実現

バリューチェーン全般を視野に置いたカスタマーエクスペリエンスの実現に向けて、車種ごとに訴求する価値観の明確化やラインナップの最適化に加えて、販売段階や購入後の対応を強化することが重要課題と二人は分析する。

「1台の車を開発するためには多大な労力が必要なため、ラインナップを増やすことで、価値観の多様性に応えることには限界がある。その一方で発信するバリューを受け取る側の感性はやはり多様化されている。したがって、コミュニケーション段階で同じ商品であっても、活用する生活シーンやベネフィットに多様性を持たせて訴求する工夫が求められる」(井出氏)

IoT技術やクラウド技術の進化により従来はディーラーを経由してしか取得できなかった顧客の行動特性データがよりダイレクトに取得できるイノベーションが成立した現在、自動車業界では購入後の顧客行動を的確に把握し、リピートやサービス需要、商品開発へのフィードバックへと結びつける取り組みが加速する。独立系ディーラーのサイトをOEMメーカーが設計するなど垂直統合的にコミュニケーションを一貫させていく試みとともに、メディアや通信モバイル、飲食業などのライフスタイルに密接に関わる会社と連携して、新たなカスタマーエクスペリエンスの仕組みを模索する動きも活発化している。

「全てのバリューチェーンにおいて一貫したカスタマーエクスペリエンスを実現していくためには、多様化する消費者の価値観を的確に捉え、企業のビジョンや商品の価値と擦り合わせて新たなバリューを見出した上で、スピーディーに顧客対応やデジタル施策に反映する体制構築が必要。これには、データに基づいたインサイトと自社が訴求したいブランドバリューを両立させ、迅速にデジタル施策に反映する力のあるパートナーが不可欠であり、当社は、クライアント企業との「共創」によるカスタマーエクスペリエンス実現を支援している。」(岩渕氏)

カスタマーエクスペリエンスの進化は持続可能な社会実現への新たな価値を創出する

未来社会への深い洞察力から提供される“共創型のカスタマーエクスペリエンス”は、グローバルなOEMの経営戦略と多様化するユーザーの価値観を融合させ、持続可能な社会と共生する新たなバリューを創出する。現在、自動車業界では、エネルギー系の会社と協働してよりクリーンな次世代エコカーを発表するなど、産業の垣根を超えたカスタマーエクスペリエンスの構築が加速する。

「自動車という単体を超えて街づくりや社会インフラの拡充も含めた仕事が増えている。これから数年の間に自動車に求められる価値が大きく変わり、多様なモビリティを対象としたカスタマーエクスペリエンスが追求されてくる。持続可能なモビリティ社会の実現のために、どんな価値を提供し、それをどう次世代へと紡いでいくべきかを考え、自動車を取り巻く未来の環境づくりに貢献していきたい」(井出氏)

「Deloitte Digitalは、深い知見や洞察力を持った経営戦略のエキスパートと各インダストリーの課題に精通したスペシャリストがチームを組み、経営視点に基づく「ビジネスドリブン」のデジタル化支援を提供する。起点には必ず経営課題の解決があり、それを実効化できないITシステムは不要とみなす選択肢さえ存在する。グローバルな視野から企業価値の向上をもたらす“共創型のカスタマーエクスペリエンス”のパートナーの役割を果たしていきたい」(岩渕氏)

創造力とテクノロジー、人間のインサイトを独自に融合し、Deloitte Digitalはカスタマーエクスペリエンスのさらなる進化に未来を拓く新たな価値を見出していく。

 

インタビュイー紹介

写真右:岩渕 匡敦

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
Digital Strategy 担当

写真左:井出 潔

デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー
インダストリーグループ 自動車セクター

 

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