単一のブロックチェーンから複合型ブロックチェーンへ

Deloitte Insights

単一のブロックチェーンから複合型ブロックチェーンへ

ブロックチェーンの広範な適用と統合が現実的に

ブロックチェーン技術は概念実証の段階から実用段階へと移り、先進企業は範囲・規模・複雑性を増大させた事例を模索するなど、より広範な適用に向けて着実に進んでいる。特に、イニシャルコインオファリングやスマートコントラクトは、ブロックチェーンのエコシステムの中でより多くの活用方法が模索され、多様性を持ちつつある。今こそ、企業は将来のブロックチェーン戦略を推進する技術、スキル、プラットフォームを標準化すべき時である。

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Tech Trends 2018 | Deloitte Insights

日本のコンサルタントの見解

ここでは、我が国におけるブロックチェーンの取組みの変遷とデロイト トーマツ コンサルティングの取組み、そして今後の展望について紹介していきたい。

実用化に向けた取組みが広がったブロックチェーン

1.国内3大メガバンクと共同で進める、本人確認(KYC:Know Your Customer)高度化プラットフォームへのブロックチェーン技術の適用に向けた取組み

デロイト トーマツ グループは、国内3大メガバンク(みずほフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ)と共同で設立した「ブロックチェーン研究会」で、KYC高度化プラットフォームにブロックチェーン技術を適用する実証研究を進めている。研究においては、通常各金融機関で行っている本人確認事務手続の一部を共同運営機関(コンソーシアム)で行い、他の金融機関で実施した本人確認結果を利用することで、本人確認手続を簡素化する仕組みを設けることを想定している。この研究は、金融庁が設置した「FinTech実証実験ハブ」として支援が行われる初の取組みとなる、第1号案件として認められたものである。

ブロックチェーンのプラットフォームを活用したスマートコントラクトを実現する上での課題は、契約成立の解釈が明確になっていないなど、法整備ができていないことである。そのため、ブロックチェーンのプラットフォームを広く活用するためには、業界の主要プレイヤだけでなく、金融庁などの法整備を検討する組織の参画が望ましい。

KYC高度化プラットフォーム構築は、金融庁も参画した取組みであり、デファクトスタンダードになり得るものとして期待されている。

2.ICO(イニシャルコインオファリング)の理解と拡大に向けた取組み

デロイト トーマツ コンサルティングは、国内3大メガバンクや多摩大学など20社・団体とICOビジネス研究会の立ち上げを行った。ICOビジネス研究会では、ICOが健全かつ信頼性のある資金調達手段として普及することを目指し、資金調達を希望する事業者、投資家それぞれにとって安心で意義のある、商品設計や法務要件などの検討を行うとともに、ICOが持続的な資金調達の手段として確立することを目指したルール作りを開発支援する取組みを行っている。

ICOは、IPO(株式公開)に比べて資金調達を圧倒的に早く実現できるため、IPOに代わる新たな資金調達方法になる可能性があると注目を浴びている。しかしICOは、秩序ある市場形成のための法整備が不十分、ICOに対するデューデリジェンスが困難などの課題も多く、現状の法律下で実施する場合、詐欺などのリスクを防ぎきれない。

ICOビジネス研究会は、リスク低減のために必要な施策や法整備を政府に対して投げかけることを目的としており、銀行などのリスク管理に実績がある企業や組織が参加して議論することで、安心・安全な仕組みになり得ると期待されている。

ブロックチェーンの実用化に向けた課題と対応

ブロックチェーンの研究は日進月歩で進んでおり、2018年も留まる気配は無い。反面、技術が発展途上であるがゆえに、導入の難易度は高い。国内でも豊富な検証実例が見受けられるが、実用化に向けてどのような課題があるか紐解いていこう。

1.技術を理解し、「なぜブロックチェーンなのか」に解を出せる人材の不足

ブロックチェーンは単一の機関に属さない開発者達により驚異的なスピードで進化を遂げている技術である。一方、発展途上であるがゆえに、プロトコルなどの標準技術は将来的に改修が見込まれ、各企業は最新情報を追いかけながら導入することを求められる。現状、国内において技術革新の動向を海外から常に吸い上げ、ソリューションへ落とし込める人材が不足している。

さらに重要となるのが、ソリューションが本当にブロックチェーンであるべきか明確に定義できる人材である。例えば、国内には製造業をはじめ、多数の下請け業者を含む巨大で複雑なサプライチェーンが見受けられ、さらに、仕入先毎に細かい納品や支払契約を結んでいるなど、業務の管理や履行に膨大な人員と費用が必要とされているケースが多い。これに対して、ブロックチェーンやスマートコントラクトを活用することで、複雑な契約パターンを自動化し、購買、支払、契約履行、資産共有に要するコストの削減が期待できる。着眼すべきは、ブロックチェーンを1社に導入するより、サプライチェーンに浸透させる方がはるかに大きな効果を発揮するという点である。これはブロックチェーンには業界構造を平等化し、信用を安価で構築できるというブロックチェーンの強みを理解することで、たどり着くことができる答えである。

このように、技術と強みを理解した上でソリューションの範囲、領域や方向性を定めると、ブロックチェーンの必要性が明確になる。実用化を後押しするために不可欠なプロセスであるため、社内で人材が不足している場合は外部専門家の利用も検討し、必ず明示することを推奨する。

2.既存システムをブロックチェーンに置き換えるリスク

日本企業は海外に比べて、技術が成熟してから使う傾向があると言われており、特に企業規模が大きくなるほどその傾向が強い。しかし、技術が未成熟であることを理由にブロックチェーンを導入することをためらうことで、成熟した頃には後発の参入となり、海外から大きな遅れを取る可能性がある。これはブロックチェーンの国内普及におけるリスクである。

では、なぜ大企業は技術が未成熟という理由で導入を控えることが多いのだろうか。最大の理由は自社サービスがミッションクリティカルであり、フェール時のインパクトが大きいからである。既存の全銀システムをブロックチェーンに移管するというアイデアを誰かが唱えた場合、金融界の人間で無くともそのリスクが想像できる。ブロックチェーン化が進まない理由は、技術が未熟なことに加え、とてつもないリスクを背負って既存インフラを変える必要があるからである。

ではどの領域にブロックチェーンを検討すれば良いのか。まずはブロックチェーン技術の信頼度が高く、業務影響の低い、特に資金取引に直結しない領域を推奨したい。これに最もあてはまるのは情報管理である。

ブロックチェーン技術の中で最も信頼度が高いのは改ざん耐性であり、かつ、社内に限定すればほとんどのケースで資金に直結しないからである。例えば、社内データベースの改ざん操作によるコンプライアンス問題対策や、サプライチェーンを飛び交う資産(製造業の部品など)の取引履歴情報を正確に記録するシステムなどへの利用である。

また、既存システムでは無く、新規サービスとして導入することを検討したい。先述の通り、既存システムはすでに何らかの業務プロセスを担っており、置換のリスクが高い。反面、新規サービスであれば現存しないサービスが対象であるため、影響リスクを最小限に抑えることができる。

前項で述べた通り、ブロックチェーンが発展途上である点も考慮しながら、まずは情報管理やサプライチェーンからの導入を進め、技術の理解や実績を積み上げていくことが重要といえる。

ブロックチェーンの拡大に向けて

技術面で課題が残るブロックチェーンが注目を浴びるのはなぜか。ここでは、国内におけるブロックチェーン拡大に必要な取組みを考察する。

1.社会課題の解決に向けたエコシステム構築とブロックチェーン

我が国では第4次産業革命の一環として、AI、IoT、ビッグデータなど、テクノロジーを活用したスマート社会の実現、エコシステムの構築、並びに社会課題の解決に向けた取組みが検討されている。

テクノロジーを活用した社会課題解決の具体例として、宿泊サービスを見てみよう。宿泊サービスの提供者として参入するためには、設備、ノウハウ、人材など多額の投資と時間が必要であり、日本は近年の急激な海外渡航者増加や東京オリンピックなど、大規模イベントに求められる宿泊設備の整備に出遅れた。しかし、この課題はAirbnbのようなサービスにより、解決の足掛かりができた。安価かつ簡易なインフラを提供することで、個人が低い初期費用と短い時間でサービスを利用できるようになり、利用者は豊富な選択肢の中から時間を選ばず宿泊設備を確保できるようになった。それまで高かった参入障壁が、テクノロジーにより緩和され、利用者と提供者の間に存在しなかった価値を生み出した。そして、それが拡大することでエコシステムとなり、社会課題解決を促進させた。

ブロックチェーンに期待されているのは、上記例のようなエコシステムの基盤となることである。技術が持つ改ざん耐性、高可用性、耐障害性などの利点が、エコシステムに求められる信頼性、安定性、セキュリティ要件と高い親和性を持つ。さらに、サービス提供者は、サーバがあればサービスネットワークに参加できるため、参入障壁と利益を生み出すための損益分岐点を大幅に下げ、利用者へこれまで無い価値を提供することができる。

エコシステムを社会課題解決に活用するためには、相応の規模となる課題を多方面の業界で定義するところから始まる。これには各業界に深い経験と知識を有し、課題解決に精通する人材とナレッジが必要となる。また、業界間の情報連携をスムーズに行うことで、エコシステム間をつなぐ新たなソリューションを生み出し、より大きな課題解決に目を向けることもできる。あらゆるインダストリーのエキスパートを持つ我々デロイト トーマツ コンサルティングとしては、その知見を活かしながらブロックチェーンを拡大することで社会課題の解決に貢献できると考えている。

2.非金融分野での取組みの拡大

我が国では、ブロックチェーンの研究や実験は、金融分野とりわけ銀行で活発に行われており、海外と比較しても進んでいるといえる。しかし、非金融分野はあまり活発でなく、海外と比較しても遅れており、今後さらに遅れていく懸念があることは否めない。我が国においては、非金融分野でのブロックチェーンの研究や実験が遅れていくことがリスクになる可能性がある。

なぜリスクになるのか。ここで考えるべきことは、再びエコシステムである。金融分野でブロックチェーンを用いてエコシステムを構築することができたとしよう。それを非金融分野にも拡大しようとすると、研究や実験の遅れによって、非金融分野ではブロックチェーンが適用されず、結局、金融分野以外に拡大せず、スマート社会を実現できるような大きなエコシステムの構築につながらない可能性がある。

金融分野に留まったブロックチェーンは、技術革新に時間がかかり、かつ広範なサービスに拡大する機会を失うことになる。それは、社会課題の解決や、スマート社会実現に向けた取組みの機会損失につながるリスクがある。

第4次産業革命の取組みが世界中で推進される中、ブロックチェーンは、社会課題の解決やスマート社会の実現に寄与する技術の核になり得るものとして期待されている。我が国が、第4次産業革命の取組みで主導的な役割を果たす立場に居続けるためには、ブロックチェーンという大きな可能性を秘めたテクノロジーの技術を成熟させることは、非常に重要なテーマである。ブロックチェーンの未成熟な技術を成熟させ、技術革新を進めるためには、非金融分野での活発な取組みが必要ではないだろうか。

単一のブロックチェーンから複合型ブロックチェーンへ(全文) Tech Trends 2018 〔PDF, 2.01MB〕

執筆者

渡辺 馨 シニアマネジャー

外資系パッケージベンダ、外資系コンサルティングファームを経て現職。金融業界、特に銀行向け業務パッケージ導入、システム化計画策定・実行支援を多く手掛けている。会計および決済システム全般におけるシステム構築に強みを持つ。

 

 

 

監修

荻生 泰之 執行役員 ディレクター

外資系戦略コンサルティング会社を経て20年ほど戦略コンサルティングに従事。主に金融機関における事業戦略、マーケティング戦略等を得意としつつも、ITや最新技術にも精通しておりデロイト トーマツ グループのFinTech・ブロックチェーンのリーダーを務める。

企業個別のコンサルティングを行う傍ら、政府に対してFinTech・ブロックチェーン分野での政策提言を行うとと共に、中央省庁や業界団体等において数々の委員を歴任。また、社会課題解決の観点から業界内・業界横断・政官民でのエコシステム形成・運営に寄与している。

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