最新動向/市場予測

ヘルスケア分野におけるビッグデータ・人工知能の活用

~医療・健康情報の活用に向けて~

人工知能に大きな注目が集まり人工知能ブームといわれる状況かと思います。世界最強のプロ棋士と言われる韓国の李世ドル氏に4対1で人工知能が勝利するなど発展が目覚しい人工知能ですが、ヘルスケア分野での活用も検討されており、その実用化に向けた取り組みも始まっています。今回は、その政策動向とともに、皆様が検討すべきことをお伝えしようと思います。

なぜ人工知能ブームなのか

いま、なぜ人工知能ブームともいえる状況にあるのでしょうか。これは、ディープラーニングといわれる技術が実用段階に至ったことによります。この技術は、大量のデータをコンピュータが学習することにより、自ら事象の特徴を捉え、他の事象と分けて理解できる技術とお考えいただいてよいと思います。例えば、赤ちゃんは、お母さんとお父さんの特徴を特段教えなくても、自ら特徴を学習し、他の人と分けて認識できるようになりますが、それと同じようなことが人工知能を活用することで実現できます。ある人工知能を活用したスマートフォンのアプリでは、撮影した写真に人間がラベリング(区分)することなく、人工知能が写真の被写体の特徴を学習し、他の写真と分けてくれます。例えば、「海」と日本語で検索をすれば、海を被写体とした写真を抽出してくれます。ただし、間違って湖や川の写真も抽出されることがあり、人間が湖や川を海と間違えて稀に認識するようなことが起こります。

一方、これまでの人工知能は、その事象の特徴を人間が構造化し、それをコンピュータに記述する必要がありました。単純なものであれば良いですが、複雑に入り組んだ事象の特徴を記述しようとすれば気の遠くなるような作業であることは容易に想像できます。例えば、糖尿病などの疾患を人工知能で診断させようとした場合、その特徴について構造的に記述する必要があります。

つまり、これまで極めて大きな労力を割いていたコンピュータの学習が、ディープラーニングにより大幅に効率化できました。さらに、ビッグデータ化が進み学習するための素材が比較的容易に入手できるとうになったことや、開発環境の構築費用も大幅に下がったことなどが、人工知能ブームの要因になっているものと考えられます。

人工知能の活用に向けた政府動向

2015年6月に閣議決定された「日本再興戦略」改訂2015で、「IoT ・ビッグデータ・人工知能等による変更は、従来にないスピードとインパクトで進行」 との政府認識が示されました。その上で、経済産業省に産業構造審議会が設置されましたが、その中間整理にて人工知能による産業構造の進化を第4次産業革命として、「全ての産業における革新のための共通の基盤技術」であるとして、健康・医療分野での活用も方針として示されました。厚生労働省では、こうした方針を受けて保健医療分野におけるICT活用推進懇談会にて、2019年度において「AIを用いた病理診断の技術を確立」することや、2020年度には「最新のエビデンスや診療データをAIを用いながら分析し、保健医療現場を支援する仕組みを整える」ことを提言しており、今後取り組みが本格的になることが想定されます。

図1「次世代型保健医療システム」の構築に向けた工程表

出所:「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会 提言書」(厚生労働省)(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000140201.html)(平成28年10月19日)より、提言書PDF 8頁(「次世代型保険医療システム」の構築に向けた主なアクション・工程表)抜粋

個人情報保護法の改正と要配慮情報

人工知能を活用するためには、ビッグデータの蓄積が必要になります。しかしながら、ヘルスケア領域で利用するデータの多くは機微性が高く慎重な取扱いが必要になるのはご認識のとおりです。このような背景の中、2015年9月3日に個人情報保護法が改正されました。2003年の制定以来、初の本格的な改正です。この改正により、個人情報の中でも特段の配慮が求められる「要配慮個人情報」という新たな概念が誕生しました。

要配慮個人情報については、改正法にて「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他その本人に対する不当な差別、偏見その他不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報」とされています。ヘルスケア分野においては「病歴」に着目する必要があるかと考えますが、その内容について2016年6月に個人情報保護委員会から方向性が示され、病歴に準ずる情報として「診療情報、調剤情報」、「健康診断の結果、保健指導の内容」、「障害」、「ゲノム情報」が挙げられました。前段でお示ししたような「AIを用いた病理診断の技術を確立」には、これらの情報は極めて重要な役割を果たすと考えられ、人工知能の活用を考える上では、要配慮個人情報の動向を注視していく必要があると考えます。

さて、要配慮個人情報を扱う場合、どのような特段の配慮が必要になるのでしょうか。改正法では要配慮情報について、「本人同意を得ない取得の原則禁止」と「本人同意を得ない第三者提供の禁止」を規定されています。つまり、要配慮情報を活用したい場合には、明示的な本人同意が必要ということになります。しかしながら、ビッグデータとして「病歴」情報を利用し人工知能やその他分析で活用していくことは社会的な要請であり、要配慮情報として取扱いつつも情報の流動性を担保することが求められています。

そこで、その流動性を担保する仕組みとして代理機関が検討されています。代理機関とは、「複数の医療機関等から個人情報を収集し、医療機関等に代わって匿名加工処理や分析を行い、匿名加工情報や分析結果・開発成果(個人情報は含まない)を医療機関や大学、製薬企業等に提供する」(※)機関とされています。また、医療機関にとって第三者にあたる代理機関への要配慮個人情報の提供に限っては、オプトアウトによる提供ができるよう立法措置をしてはどうかとの議論がなされています。個別の医療機関同士や他機関への提供については、厳格な運用が求める一方、代理機関への提供のみを緩和することで、「病歴」情報の流通を止めない仕組みと考えられます。
(※)内閣官房IT総合戦略室 情報通信技術(IT)の利活用に関する制度整備検討会中間整理(案)(平成27年12月)、P8

人工知能の活用に向けて

人工知能の活用を検討する際に、はじめに取り組むべきことは、既存データの調査です。人工知能は、データを学習することで活用できるものです。従って、どのようなデータをどの程度を保持しているかによって、人工知能による学習の内容と深度が決まってきます。医療機関には、電子カルテ、部門システム及び画像システムのデータのほかにも、ナースコールやインシデントレポートなど多種多様なデータが存在していますが、その全体像を理解している方は少ないのではないでしょうか。人口知能の活用を考えている場合、それらのデータを一度棚卸しする必要があります。

次に、データサイエンティストと呼ばれるデータ分析の専門家とともに活用方法を検討し、人工知能などで、何ができるのかを具体的にしていきます。また、データの精緻さなどについてもデータ入力時の状況などから分析を行うなどデータ整備に向けた検討すべき課題を整理します。

その上で、パイロット(試用)として人工知能などを活用したデータ分析を行い、十分な成果が得られる取り組みとなるのか、さらに高度化するのであれば、どのようなデータが必要なのかを検証し、活用方法を更に具体化していきます。以上のような方法で、人工知能の活用に向けて、取り組むのが有効と考えます。

図2「データ活用方針の策定に向けたイメージ」

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