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Industry Eye 第17回 マニュファクチャリング(自動車セクター)

自動運転技術の開発に関する自動車業界の現状と今後の動向

2016年1月、国土交通省は公道における自動運転システム利用を初承認しました。日本の自動車業界では、完全自動運転の実現に向けた技術開発が急務であり、不足するリソースを補うための再編加速が予測されます。そこで、自動運転技術開発の現状と今後の動向について考察します。

I.はじめに

2016年1月15日、国土交通省は、テスラモーターズが開発した自動運転システムに対し、日本国内における公道利用を承認した。今回、同社よりロールアウトされた自動運転システムは、利用が高速道路・自動車専用道路に限られるなど、限定的な機能に止まっているものの、公道利用に対して認可が下りたことは、エポックメイキングな出来事といえる。今後は、国内における自動運転システムの搭載と公道利用による実用化が加速し、そのための完全自動運転技術の実現に向けた研究開発も進展して行くものと予想される。

自動運転技術の開発では、ハードだけではなく、ソフトに関する技術開発の重要性が高まるため、今後は、自動車、自動車部品メーカーが、ソフトに関する技術の獲得・強化を企図して、電機・IT系企業との提携や買収を進める可能性がある。また、ソフトに関する技術開発の重要性も高まることにより、自動車、自動車部品メーカーにかかる負担はこれまで以上に重くなることから、技術開発に必要な体力の獲得を企図した業界再編に繋がる可能性もあると考えられる。

そこで本稿では、自動運転技術開発の現状を整理し、今後の動向について考察したい。

II.自動運転に関する定義の確認

自動運転の技術開発動向に入る前に、自動運転に関する定義を確認したい。確認する定義は、「自動化レベル」と「自律型と協調型の違い」の2点である。
 

1. 自動化レベルに関する定義

自動化レベルの定義は幾つかあるが、日本では、一般的に米NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration:運輸省 道路交通安全局)による定義が用いられている。具体的な定義を(図表1)に示すが、本稿においても、自動化レベルの定義はこのNHTSAによる定義を用いる。

この定義に基づくと、上述のテスラモーターズの自動運転機能や、スバルのアイサイト ver.3(共に実装済み)がレベル2、Google Car(公道走行試験中)はレベル3に相当する。

(図表1)自動化レベルに関するNHTSAの定義 参照

(図表1)自動化レベルに関するNHTSAの定義

出所:NHTSA資料よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

2.自律型と協調型の違い

自動運転には、自律型(図表2)と協調型(図表3)の2つの方式があり、それぞれ開発が進められている。

自律型は、GPSと地図・交通情報の取得を除き、基本的には外部との通信を行わず、当該車両に搭載されている車載カメラ・レーダー・センサのみで周囲の状況を把握・判断し、アクセル・ブレーキ・ステアリング等の操作量を決定して自動で走行する方式である。この方式を用いた場合、通信環境が不安定な状況や、十分なインフラが整っていない地域であっても、自動走行が可能となる。

一方、協調型は、当該車両に搭載されているカメラ・レーダー・センサの情報と、GPSや地図・交通情報の取得に加え、他の車両や信号機、歩行者等と双方向的に通信を行うことで周囲の状況を把握し、操作量を決定して自動で走行する方式である。この方式を用いた場合、当該車両からは認識できない情報(例えば、物理的な死角から接近する車両の存在等)も利用できることから、より安全で効率的な自動走行が実現できる。

(図表2)自律型の自動運転車イメージ 参照

(図表3) 協調型の自動運転車イメージ 参照

両方式には、それぞれメリット・デメリット(図表4)がある。日系自動車メーカーで比較しても、日産は自律型の開発に、トヨタとホンダは協調型の開発にそれぞれ注力しており、今後規格競争が生じるとの見方もあった。しかし、足許では、自動運転の実用化に向け、自律型と協調型を融合させ、状況や環境に合わせた自動運転を行うシステムの開発が進み始めている。

(図表4)自律型と協調型のメリットとデメリット 参照

(図表2) 自律型の自動運転車イメージ

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

(図表3) 協調型の自動運転車イメージ

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

(図表4)自律型と協調型のメリットとデメリット

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

III.自動運転技術の開発動向

自動運転自動車では、通常の自動車に求められる基本機能(走る・曲がる・止まる)に加え、これまでドライバーが担っていた認知・判断・操作に関する機能と、それを実現するための技術が必要となる。ここでは、これらの機能と要素技術をそれぞれ確認し、その関係を整理することで、自動運転技術の実現に向けて、現時点で実現できていることと、これから取組まなければならないことを確認する。

1. 自動運転実現に必要な機能

自動運転を実現するために必要な機能は、大きく「認知・判断系機能」と「操作系機能」に分類できる。この2つに関し、具体的に必要な機能を(図表5)に示す。
車間距離制御や車線維持支援、衝突被害軽減ブレーキ等の一部機能については、既に実用化され、市販車にも搭載されている。これらは先進運転支援システム(advanced driver assistance system:ADAS)と呼ばれ、事故の抑制や被害規模縮小等の効果を上げている。 

(図表5)自動運転車に必要となる機能 参照 

(図表5)自動運転車に必要となる機能

出所:各自動車会社のHP、発表資料等より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

2.自動運転実現に必要な要素技術

自動運転実現に必要となる技術は、大きく「認知するための技術」・「判断するための技術」・「操作するための技術」の3つに分かれる。この3つの技術を要素技術に細分化し、整理したものを(図表6)に示す。

下線の箇所は、必要となる12の要素技術のうち、未だ開発が不十分であり、今後の自動車業界にて開発・獲得を望まれている技術である。

(図表6) 自動運転を実現するために必要な要素技術 参照
 

3. 自動運転技術の開発動向

自動運転自動車に求められる各機能に対して、どの要素技術が必要かを(図表7)に示す。同資料によれば、「操作系機能」は、右折左折機能を除けば、現時点で自動車業界が保有する要素技術により実現可能と分かる。実際に、個別機能または複数の機能を組み合わせたシステム(ADAS) が市販車に搭載されていることからもこれが確認できる。

一方で、「認知・判断系の機能」については、高精度地図・通信・情報セキュリティ・AIが必要となるため、現段階では技術の実現に至っていないことが理解できる。これらの機能を実現し、システムが主体となって状況を認知・理解した上で、操作量の決定や操作系機能の選択・切替を、十分な精度で実行可能とすることが、自動運転実現に向けた現状の課題である。

(図表7)自動運転実現のために必要な機能と要素技術の関係 参照

(図表6)自動運転を実現するために必要な要素技術

出所:情報通信審議会資料「交通事故死傷者ゼロに向けた自動運転・通信技術」等より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

※下線の箇所は、必要となる12の要素技術のうち、未だ開発が不十分であり、今後の自動車業界にて開発・獲得が望まれている技術である。

(図表7)自動運転実現のために必要な機能と要素技術の関係

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

IV.自動車業界において予想される今後の動き

上述のとおり、自動運転技術を実現するためには、高精度地図・通信・情報セキュリティ・AIに関する技術を獲得し、認識・判断系の機能を確立する必要がある。一方で、日本政府が2020年東京オリンピック会場周辺での自動運転技術実用化を目標とするなど、業界における自動運転実用化に向けた動きは今後さらに加速するものと思われる。現状不足している全ての要素技術を補いつつ、過熱する開発競争を生き抜くには、自動車業界という枠を超えた協調が必要になるものと予想される。

図表8では、直近の自動運転技術開発に関する業界の動きをまとめている。前述のとおり、自動車および自動車部品メーカー各社が、自動車業界の枠を超えて異業種企業との提携や買収を進めている様子が窺える。

(図表8) 自動運転技術開発に関する最近の主な動き(提携・買収、再編、社長コメント等)参照

図表8を見ると、自動車業界の枠を超えた協業の動きには、以下の2つの特徴が見受けられる。


(1)業界の枠を超えた協業は海外が先行

これまで異業種企業との業務提携を積極的に進めてきたのは主に海外メーカーであり、国内メーカーの動きはやや出遅れていたかのように見受けられる。

例えば、自動運転化に欠かせない地図技術の分野では、グローバルプレイヤーが大手4社(Google・Apple・Here・TomTom)に限られることもあり、海外の自動車・自動車部品メーカー各社は、争奪戦ともいえる積極的な提携・買収の動きを見せている。典型的な例がHereのケースである。同社は、Continentalが共同開発を発表(2014年1月)していたが、その後BMW・ Audi・ Daimlerが3社が共同で同社を買収(2015年8月)している。

一方、国内における地図技術の分野では、トヨタが「地図自動生成システム」を開発するなど、これまで自動車メーカーが個別開発で対応してきたが、足元では各社とも「地図は協調領域」との認識の下、関係省庁と地図メーカーとも協調して開発を進める動きが出てきており、今後、我が国においても業界の枠を超えた提携が増加すると思われる。


(2) 業務提携から資本提携へ

これまでは、開発を急ぐ姿勢から資本関係を伴なわない業務提携が大部分を占めたが、今後は、技術の囲い込みや技術の優位性獲得を企図し、資本提携・買収・JV化といった資本関係を伴う提携の動きが加速するものと考えている。
特に、自動車の特性や自動化レベルに応じた組み込みソフト等の設計・開発を進めて行く必要のある通信および情報セキュリティの分野については、自動車業界が主導し、それぞれの技術を強力なイニシアチブの元で融合させることが業界にとって有用と考える。

また、前述の地図やAIなど、自動運転システムに要求される性能や規格がまだ明確化されていない技術については、市場が向かう方向を慎重に見極めつつ、要求性能の明確化・規格の策定を業界全体で取り組む必要があり、その流れの中で異業種間の再編が発生する可能性があると考えている。

参考:(図表9)国内・海外別および資本関係別にみる再編の動きIV.自動車業界において予想される今後の動き

(図表8)自動運転技術開発に関する最近の主な動き(提携・買収、再編、社長コメント等)

出所:各社ニュースリリース、Bloomberg、日本経済新聞朝刊等より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

(図表9)国内・海外別および資本関係別にみる再編の動き

出所:各社ニュースリリース、Bloomberg、日本経済新聞朝刊等よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

V.おわりに

ここまで確認してきたとおり、自動運転技術は、広範な領域を開発・獲得したうえで、自動運転の実現という目的のために1つのシステムとして組上げる必要がある。このため、自動運転の実現に向けては、グローバル大手の自動車・自動車部品メーカーにとっても相応の資金的・期間的な負担が求められるものと推察される。

さらに今後は、協調型自動運転実現に向けてV2V ・ V2X に関するインフラ整備や国際規格の制定に向けた動きが生じる可能性も高く、負担の分散と規格化を有利に進めることを目的として、電機・IT系企業との提携・買収と、自動車業界の再編が同時に進むと予想される。

かかる状況下、日本の自動車および自動車部品メーカーが、新規参入も含めた競合に対し、優位性を維持・強化して行くためには、自動車業界という枠を超えた協調体制を構築し、確たる戦略と、それを実現するための明確な計画を策定した上で、スピード感を持ってこれを実行して行くことが肝要であると考えている。

(図表10)自動運転実現に向けた国内異業種提携イメージ 参照



本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
 

(図表10)自動運転実現に向けた国内異業種提携イメージ

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マニュファクチャリング(自動車セクター)担当
シニアアナリスト 平林太郎

(2016.4.26)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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