宇宙ミッションと企業ビジョン実現の共通点|Deloitte AI Institute Spirits #6 ブックマークが追加されました
近年、人類が対峙すべき課題として、ますます大きな注目を集める地球環境問題。この先も企業が社会に認められるには、生物多様性を尊重した、持続可能なビジネスモデルの構築が必須です。しかし、地球環境に十分に配慮しつつ、同時にビジネスとしての成功を得るのは、決して容易なことではありません。AIやデータアナリティクスによるファクトに基づいた分析は、このようなビジネスモデルを生み出す際に、非常に大きな武器となります。
デロイト トーマツ グループの Deloitte AI Institute には、人とAIが協調する社会「The Age of With」の実現に向けて、日夜精魂を傾けつづける先駆者たち「AI Spirits」が多数在籍しています。このインタビューシリーズでは、そんなデロイト トーマツの「AI Spirits」1人ひとりに焦点を当て、AI導入の最前線とその魅力についてお伝えします。
第6回は、自然言語処理の専門家としてコンサルティング業務に従事する傍ら、宇宙、地球といった大きな存在と真摯に向き合い、気候変動や生物多様性といった地球環境の課題にデータアナリティクスのスキルを駆使して立ち向かう有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクス シニアマネジャー兼スペシャリスト・リードの毛利に話を聞きました。
― 自己紹介をお願いします。
有限責任監査法人トーマツ、デロイトアナリティクスに所属している毛利研です。DAII(Deloitte AI Institute)でAI研究活動に従事しています。
― デロイト トーマツに入社した経緯や動機を教えてください。
前職ではインターネット企業の研究開発部門でプロダクトマネージャーとして機械学習、特に自然言語処理技術の研究およびプロダクト開発をリードしていました。研究開発のほかに、最新技術をビジネスモデルのコアとするベンチャー企業への投資事業も経験しました。
私は幼いときから、人類がどのような資源を持ちどのようにイノベーションを起こしてきたかに関心がありました。現在、人類は少子高齢化や労働不足に直面し、都市の集中化、環境問題、人権尊重といった課題があります。こうした社会経済政治の構造的な問題は1つの企業では解決できません。これを成し遂げるには様々なセクターをまたいだエコシステムが必要です。
デロイト トーマツのプロフェッショナルはより良い未来を創ることを使命としており、ファクトに基づく未来像とビジョンを、説得力があるストーリーとともに提示する必要があります。ここでデータとアナリティクスのテクノロジーは強力なツールとなります。
グローバルでは、デロイトは AIの世界をリードするプロフェッショナルファームであり、AIを活用した組織作りにも早くから取り組んでいます。私も以前からそうした点でデロイトに注目しており、デロイトのプロフェッショナルのように社会と関わっていきたいと思っていました。
― 現在はどのような分野・業界におけるどのような課題に取り組んでいますか?
フォーカスしている分野としては地球環境で、その課題解決を通じた事業開発が専門です。地球環境の問題、例えば気候変動対策や異常気象に対するリスクは世界経済フォーラム年次総会(通称「ダボス会議」)で世界の経営者が議題にするビジネスにおける重大な課題です。
気候変動、異常気象の前提となるのが地球温暖化です。温室効果ガス排出量などを見積もると、このままではさらなる温暖化が避けられないことは世界の共通見解です。温室効果ガスの取り込みも吐き出しも生物の関与が大きいため、生態系を保護することが気候変動を止めることにつながります。また人類は生物が生産した資源を消費して生きていますが、現在は消費が生産を上回っています。我々の子孫や将来の人間社会を考えると、持続的なサプライチェーンを構築することが私たち世代の課題となっています。
企業単体で見た場合でも、どの企業も何らかの生物資源、環境資源を活用することでサービス・プロダクトを提供しています。つまり、どんな企業であっても、例えば水、空気、森林などを何らかの形で破壊している可能性があるということです。このような破壊を避けて、多様性を保護しながら、その上でこれらの資源を活用することが、企業にとって重要なチャレンジであり、リスクテイクとなるのです。
気候変動も生物多様性も、まだ研究段階のテーマが数多く存在します。一企業や一組織でこれらに取り組むのは容易ではありませんが、ビジネスとアカデミアが一緒になり、経済的価値と社会的価値を両立させたビジネスの確立を目指す活動が、今後の企業の信頼性獲得にもつながると思います。
― 地球環境の課題にデータ分析やAIがどのように貢献できるのでしょうか?
生物多様性に限定するものではないのですが、私のチームでは、いまだ市場がない分野など、誰も答えがわからない状況のなかで、仮説を立てて答えを見出すためのフレームワークを開発しました。このフレームワークは3段階のアプローチとなっており、1段階目のアセット、2段階目のプラットフォームは私たちが開発し、3段階目はデロイト トーマツのアセットを活用したものとなります。
1段階目のアセットでは、世の中のトレンドや社会動向を高度自然言語処理で読み解きます。例えば「ブルーカーボン」という単語に着目するとします。これは海藻や藻などが二酸化炭素を吸収することによって海洋生態系に取り込まれた炭素を指す言葉です。このような生態系を豊かに保つことができれば、二酸化炭素を吸収できるだけでなく、タンパク質などの副産物ができて、人間がそれを食物や資源として利用できるので注目されています。
過去の文献などをマイニングすることで、この単語が「いつごろ登場して、どのような文脈で使われてきたか」といった定性的な情報を定量的な情報として可視化できるようになります。そして、こうして取り出した情報を、企業や業界をまたぎ掛け合わせていくことで、社会的意義のあるビジョンやストーリーを作ることができます。
2段階目のプラットフォームは、前段階で作ったビジョンを時系列的、空間的にAIを用いたシミュレーションを実施、戦略やリスクを見立てるためのものです。例えばドローンや自動配送ロボットであれば、2030年、2040年、さらに先、どの地域でどのくらいの量の荷物を運ぶか、それによってどのくらいの二酸化炭素が削減されるか、その市場はどのくらい成長するかなどを推定します。加えて新技術に対する社会の多様な認識や価値観に基づく許容度も考慮する必要があります。画期的な方法で二酸化炭素を削減できる技術があっても、二酸化炭素を減らそうという意識そしてその技術をみなで支えなければ、社会には浸透しません。
このプラットフォームでは、市場の勃興、規制、新技術に対する社会の許容、経済波及効果などを時系列や空間的に見て、評価、議論できるようにします。ここで重要になるのがセンシングです。近年小型衛星からのデータが充実してきており、これらを分析することで、「いつどこで、どんなことが起きているか」がリアルタイムかつグローバルにわたって確かめることができるため、将来の仮説を立てるのに役立ちます。さらに、プラットフォームを進化させるために「物理方程式を用いたAI技術」に着手し始めております。OpenAIのGPT-3.5 ファミリーの言語モデルを基に構築された対話型AIチャットボット「ChatGPT」にて、私たちはAIの進化を目の当たりにしました。しかし、私はAIがまだまだ進化すると考えております。AIは人類がまだ発見できていない未知の方程式と「変数」を用いて、法則を理解する可能性があるのです。
3段階目はデロイト トーマツのアセットを用いて、組織が非連続的な成長を遂げるようにアドバイスしていきます。過去の延長で成長するのではなくデータを用いて拡大していく組織を、我々は IDO(Insight Driven Organization)と定義しています。戦略、人材、組織、プロセス、データ、テクノロジーなどの領域で中長期のロードマップや戦略を策定して、組織の成長まで一貫してアドバイザリーを行っていきます。これにより、新組織立ち上げや制度・規制改革といった困難を伴うミッションを我々は伴走者としてチームを支えることができるのです。
― 地球環境に着目するようになったきっかけはどのようなものでしたか?
私が小学生のころ、父が日本人で初めて宇宙飛行士となり、スペースシャトルで地球を飛び立ち、人間が生きるための最低限の環境で生活して帰ってきたのを目にしました。父が教えてくれたことの1つは、科学技術の進歩においては、それを扱う人間の文化や哲学、宗教観なども大事であるということです。このような自然、社会、人間を俯瞰する大きな視点に触れた結果、この世をつかさどる森羅万象に興味を持つようになり、学生時代は地球惑星科学、特に、大気海洋物理学を専攻しました。
宇宙飛行士というのは特殊部隊に近いところがあります。敵地に潜入してミッションをこなし、自力で帰還する。有名な話だと、アポロ13号があります。事故で宇宙船が損傷し、地球に戻れない危機に見舞われました。月の裏側を飛行している時は地球からの無線が通じず、孤独を感じたはずです。そんなときでも宇宙飛行士たちは帰還を諦めず、はしゃぎながら写真を撮っていたというのです。すごくポジティブで強い精神力だと驚きました。
でも、実は個人的にあこがれているのは、(宇宙飛行士より)アポロ13号計画で全体を指揮していた管制官のジーン・クランツなのです。宇宙飛行士たちを地球に帰還させるために地上で尽力した人物です。管制官という仕事は、我々の業務に重なる部分があると思うんですよ。
― 子どものころから目にしていた宇宙ミッションとデロイト トーマツでのデータ分析の仕事に通じるところがあるのですね?
管制官は、実際に宇宙に飛び出すのではなく、地球からミッションを提示し、数値計算を行い、その結果をもとにリスクを判断して限られた資源をアロケーションする役割を果たします。コンサルタントは(顧客企業の)ビジョンを扱いますが、こちらも実現に向けてシミュレーションを行い、そのための資源をアロケーションします。アポロ計画ではFORTRANを使い、厚紙のパンチカードでプログラミングしていましたが、計算という部分では、まさにいま我々がやっていることなんですよね。プログラミング言語やコンピュータの処理速度は違いますが、俯瞰して見ると同じ手順を踏んでいると感じることがあります。
― 宇宙プロジェクトの一員となった気分ですね
デロイト トーマツのプロフェッショナルは、お客様の組織だけでは実現できない、または解決できない課題を扱います。そうしたプロジェクトやミッションでは、必要最低限の資源(フレームワークやデータなど)でお客様と一緒に未来を創っていきます。
私は、仕事に極度に集中すると、まるで薄い酸素の中を歩くような感覚に見舞われることがあるんです。低酸素のなかを突き進み、頂上にたどり着くとき、最後は頭の優劣、経験、スキルなど関係なくなります。そこでは仲間が団結し、それぞれの価値観や哲学がかけ算のように組み合わさり、新しいものができあがるのです。
デロイト トーマツでは他部門の人と働くことが推奨されています。ある人は数理科学、別の人はビジネス開発を得意としていて、そうした異なるスキルや経験を持つ仲間が団結すると、化学反応が起きて想像を超えたものができあがります。知能、資格、出身大学、体力など関係なく、顧客からの信頼を獲得して周囲を巻き込んでビジョンを示し、自律的に動こうとする仲間がいて、助けられています。
― 自律的に動ける人が多いのですね
ポジティブな人が多いですよ。そういう人たちはセルフマネジメントができています。何のために仕事をしているか、何に喜びを感じるか、そうしたことを明確に自覚できています。だから頑張れるのです。
― 地球環境は人類全体の課題ですが、不確実性が高いです
2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指し、企業は事業構造やサプライチェーンの見直しを進めています。とはいえ、外交上または安全保障上の緊張が世界各地にあります。
今後3年後、5年後に何が起こりうるか。パンデミックは収束し、景気後退が起きると予想されています。しかし、来年である2024年のことすら誰も予測できません。そんなときにリスクばかり気にして、リスクテイクやチャレンジを避けていては、人も企業も成長しません。ではどのようにリスクテイクするかというとのが問題になるのですが、デロイト トーマツでは最近、それを一冊の本に体系化しました。
― ぜひ本の紹介をしてください。
デロイト トーマツに所属する「リスクの専門家」の英知を結集した『リスクマネジメント―変化をとらえよ』(デロイト トーマツ リスクアドバイザリー著、日経BP)という本を出版しました。ビジネスで何かにチャレンジするとき、どのように俯瞰的に状況を見ていけばよいのかを記してあります。企業経営に興味がある方、現場で意思決定やマネジメントをしている方が読めば、リスクマネジメントについてよく理解できるのではないでしょうか。
私が担当したのは6章「体系的に情報を集め意思決定を高度化する」のなかで、公開情報の活用について言及している箇所です。軍事用語ではオシント(OSINT:Open Source Intelligence:オープンソースインテリジェンス)と呼ばれており、例えば、株主に対する説明責任を果たすために開示される有価証券報告書なども公開情報ですが、こうした公開情報から脱炭素や生物多様性の動向なども調査できます。このあたりについて、書籍ではもう少し俯瞰的に述べています。
私は公開情報のなかでもWebサイトやSNSを活用する機会が多いのですが、実際の現場において、WebサイトやSNSをどうやってセンシングするか、どういったことがリスクになるか。リスクにはプラス面もマイナス面もあり、機会(チャンス)と脅威のようなものですが、では機会となるのは何か、脅威はどう分析すればよいのか、といったことをまとめていますので、ぜひご一読ください。
― プライベートではどのようなことを楽しんでいますか?
家族と過ごす時間が一番の安らぎですね。私には小学生の娘と息子がいまして、一緒に国語や社会の勉強をすることがあるのですが、教科書を見ると「今はこんなことを勉強しているのか」と驚かされます。私が勉強した時とは社会のとらえ方などが違うのです。それで「昔はこうだったんだよ」と教えて、話し合う。そういう時間がとても楽しいです。遠出して子どもに自然を見せたりするときもあります。あと恥ずかしながら趣味でサーフィンをしています。
デロイト トーマツ グループは、トムス (TOM‘S) とジュリアーノ・アレジ選手のレーススポンサーおよび佐藤琢磨選手やREAL RACINGチームとのテクニカルパートナー、SUPER FORMULA NEXT50のトップパートナーおよびストラテジーパートナーを務め、協業を推進している
― 最後に読者にメッセージをお願いします。
私たちデロイトアナリティクスは社会課題を解決する手法を常に変化させて、スケールを大きくするために頑張っています。そのため、アナリティクスの知見をもつ人たちだけではなく、ビジネスのスキルを持った方も歓迎しております。一緒に大きな夢を叶えませんか。