Posted: 29 May 2024 5 min. read

デロイト トーマツ サイバー 上原 茂が訊く 日本での自動運転の社会実装はいつになる?【後編】

最もニーズがある領域、本当に議論すべきテーマとは

自動運転を社会実装するためには、法整備や安全性評価はもちろん、社会受容性の醸成も重要なポイントです。「モノ作り日本」の強みを生かしつつ、着実に社会実装を進めていくには何が必要なのでしょうか。後編では、自動運転のサイバーセキュリティや実装領域の順番などを取り上げます。

(2024年4月4日収録。各登場者の肩書は当時のものです)

【前編はこちら】

【登場者】

・株式会社サムズオフィス代表取締役社長
葛巻 清吾 氏

京都大学工学部航空工学専攻・修士課程修了。1985年にトヨタ自動車入社。2003年より車両技術開発部の車両安全機能主査として技術企画と技術開発を担当。2014年からSIP「自動走行システム」(SIP-adus)プログラムのサブプログラム・ディレクターを務めた後、2016年にプログラム・ディレクターに任命され、その後7年間プロジェクトを推進。2023年に同社退職後にサムズオフィスを設立し、自動車関係の技術戦略の策定・研究開発プロジェクトの支援などを行っている。

・デロイト トーマツ サイバー合同会社 シニアフェロー
上原 茂

長年、国内大手自動車メーカーに勤務。国内OEMで電子制御システム、車両内LANなどの開発設計および実験評価業務に従事したほか、近年は一般社団法人 J-Auto-ISACの立ち上げや内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)adus Cybersecurityの研究リーダーを務めるなど、日本の自動車業界におけるサイバーセキュリティ情報共有の枠組みを構築。欧州駐在経験もあり、欧州自動車業界の動向などへの理解が深い。

(以下、敬称略)


 

自動運転のサイバーセキュリティで最も深刻なのは個人情報漏えい
 

上原:現在、モビリティDX検討会(旧自動走行ビジネス検討会)**1やRoAD to the L4などにおいて、安全確保に関する議論がなされていることは承知しています。しかし、同検討会ではV2X技術を考慮した安全性評価は、これまで議論されていませんでした。V2X技術の安全性を適切に評価する基準がなければ、技術の実用化や普及に影響を及ぼす可能性がありますよね。

この課題に対応するため、2023年度から安全性評価戦略サブワーキンググループ(旧安全性評価環境づくり検討ワーキンググループ)*2において、V2X技術に対応した安全性評価基盤の検討が開始されたと伺っています。自律走行での自動運転車の完成度が上がり、協調型自動運転までレベルアップしたことで、一段階上の安全性評価が可能になったことを示唆していると捉えています。この点、葛巻さんはどのようにお考えですか。

 

葛巻:V2Xを活用する協調型自動運転には、期待してよい面と期待しすぎてはいけない面があると考えます。SIP-adusの東京臨海部実証実験では、V2I(Vehicle-to-Infrastructure)による信号情報配信や、V2Nによる渋滞末尾情報提供を実施しました。その結果、多くの参加者が「これらの情報でスムーズな走行ができる」と有用性を認めた一方で、「実用化される時には危険な場所だけの情報配信では不十分だ」という意見も多数寄せられました。つまり、危険な場所という「点」だけでなく、一般的な交差点や横断歩道などの「面」の情報提供も必要だというのです。これを実現するには、かなりハードルが高くなります。

 

上原:どういうことでしょう。

 

葛巻:「インフラからの情報なし」を前提に車両開発するには、車両自体が自律的に安全性を確保する必要があります。ですから人流や物流のMaaSを提供する事業者は、サービスを提供するすべての範囲で情報配信を行うことを念頭に、事業計画を立案しなければなりません。さらに言えば、通信途絶やハッキングなどのリスクも考慮する必要があります。これらを理解したうえで、通信技術をどのように活用するかを慎重に検討することが求められます。

 

上原:おっしゃる通りですね。V2Xを実装するのであれば、サイバー攻撃のリスクを考慮しなければなりません。私自身、第2期SIP-adusのCybersecurity研究リーダーとしてこの課題に取り組んできましたが、これはコネクテッドカー全般に関係する重要な課題です。自動運転の社会実装に向けたサイバーセキュリティ対応は、どのような状況だと見ていらっしゃいますか。

 

葛巻:サイバーセキュリティはすべての車両が通信でつながる時代を見越し、自動車の基本性能として取り組むべき課題です。サイバーセキュリティ技術は攻める側も守る側も日進月歩で進化しているため、「これだけ対策を講じたから安心だ」とはなりません。

とはいえ、実際に重大なインシデントが発生し、甚大な被害が出る以前から業界が自発的に取り組んでいることは心強いです。今後も自動車業界は、他業界との情報共有を進めながら、攻撃者に先んじて継続的に対策を講じることが重要だと考えます。

 

上原:少し視点を変えますが、自動運転車とコネクテッドカーのサイバーセキュリティ問題では、事故につながるサイバー攻撃よりも、個人情報漏えいのほうが大きな社会問題になるのではないかと感じています。

日本では免許証や保険証などをマイナンバーカードで一元化する動きがあります。ガラケー利用者がいなくなり、スマートフォンがマイナンバーカードの代わりとなるのも、それほど先のことではないと思われます。その場合、スマホと自動車のインフォテインメントシステムを連携させると、エンジンをかけた瞬間に、自動的にスマホがインターネットに接続されます。そうなると例えば、インフォテインメントシステムを“介して”クレジットカード情報などが盗まれる危険性もあります。自動運転車の走る・曲がる・止まるを攻撃されることも非常に深刻な事態と言えますが、攻撃者にとって比較的容易な個人の機微な情報盗取のほうが発生確率が高く、より深刻な事態と言えるのではないでしょうか。

 

葛巻:その通りだと思います。現在自動車に対するサイバー攻撃は、セキュリティ研究者やリサーチャーと呼ばれるセキュリティのプロフェッショナルが「どのようなアタックが想定されるか」「この脆弱性はどのようなリスクとなり得るのか」といった視点で攻撃手法を研究しています。しかし"真の攻撃者"の目的は、そのほとんどが金品盗取ですから、インフォテインメントシステムから盗取できる個人情報は格好の餌食です。将来的にはこうしたシステムの脆弱性を人質に、「攻撃されたくなかったら金を払え」といったランサム攻撃を仕掛けてくる輩が出てくるかもしれません。

自動運転が社会に浸透していく過程では、日本もGDPR (EU一般データ保護規則)のような措置を講じる必要があると考えます。とはいえ「あれもダメ」「これもダメ」としてしまうと、競争力を失ってしまう。何を強みとするかを見極めながら、ビジネスモデルを確立していくことが大切です。

 

葛巻 清吾氏(株式会社サムズオフィス代表取締役社長)

 

 

物流業界が先陣を切る?社会実装される順番は
 

上原:前編で、自動運転は「移動したいけどドライバーがいない過疎地」など、ニーズの高いところから実用化が進むのでは、とのお話をいただきました。加えて、2024年問題と言われるように日本では物流の担い手不足が深刻です。こうした社会問題への対応策としても、自動運転は有効ではないでしょうか。

 

葛巻:そうですね。安全性を第一に考える「積み上げ型」の日本では、まず走行経路が決まっている路線バスや鉄道の代替手段としての実装が進んでいますが、過疎地の移動の足としてよりも、物流業界での実装のほうが早いかもしれません。なぜなら、過疎地のバスを自動運転化しても、そもそも採算が合わないからです。一方、物流業界は自動運転化することで経済的メリットが大きいので、投資が集まりやすい。

 

上原:採算を考えると、ある程度の利用が見込める長距離高速バスなどは自動運転化が進みそうですね。過疎地域以外のバスやタクシーについてはどのように見ていらっしゃいますか。

 

葛巻:米国で進んでいるロボタクシーのように、日本でもタクシーの自動運転化には一定の需要があるでしょう。ただし、ロボタクシーが事業として成立しているかと言えば、必ずしも成功しているとは言えない状況です。その理由の一つとして挙げられるのが、技術的なハードルです。タクシー需要が多い地域は人が密集しているため、障害物が多く、緻密な運転が要求されるのです。

一方、過疎地では技術的なハードルは人口密集地域よりも下がりますが、人がいない過疎地を走る自動運転車でも、安全性は確保しなければなりません。したがって、自動運転車を利用した事業が成立するには、車両のコストが相当下がってからでないと難しいと考えます。

 

 

モノ作りの面白さをアピールしてソフトウェア開発者不足の解消を


上原:自動運転の普及は、ドライバー不足の解消や交通事故の大幅減少、渋滞緩和など多くのメリットをもたらすと考えられます。さらに、日本がBEV(Battery Electric Vehicle)に加え開発に力を入れる水素自動車や燃料電池車が自動運転車両として一般的になれば、有害ガス・CO2排出ゼロも実現できます。こうした分野で日本がイニシアチブを握ることができれば、産業の国際競争力強化や関連産業の収益向上の起爆剤になると期待されています。

一方で、これにより大変な状況に陥る可能性のある人たちがいます。それはOEMやサプライヤーのソフトウェア開発者です。新技術への対応や複雑なシステム設計、膨大なデータ処理といった技術的な部分はもちろん、大規模なテストや検証といった作業のほか、安全性に対する厳しい法規要件にも対応しなければなりません。

自動車業界に限りませんが、ソフトウェア開発者の人手不足は深刻です。葛巻さんはこの課題をどのように捉えていらっしゃいますか。

 

葛巻:ご指摘の通り、ソフトウェア開発者の育成は喫緊の課題です。人材育成は一朝一夕では叶いませんから、長期的な視点で取り組む必要があります。現在はICT企業やベンチャー企業が自動車産業に参入していますが、そうした企業は多くのソフトウェアエンジニアを擁しています。自動車業界ができることは、彼らにモノづくりの面白さや魅力を伝えて、まずは仲間になってもらうことです。自動車に搭載されるソフトウェアとICTのソフトウェアの開発の仕方の違いを理解し、ICT業界のやり方やよいところを学びながら、ソフトウェア開発者が働きやすい環境を整備していく必要があると思います。

 

上原:現在は自動車メーカーが合同でソフトウェアエンジニアを募集するなど、前代未聞の対策を講じていますよね。

 

葛巻:自動運転を手掛けるベンチャー企業には、自動車自体に関心を持ち(ベンチャー企業に)入社するエンジニアも多いと聞きます。自動車OEMとベンチャー企業の壁も取り払い、共同開発を進めていくといったアプローチもあるでしょう。

私は所属した公益社団法人自動車技術会において、「自動運転AIチャレンジ」*3という競技大会を立ち上げました。これは自動運転におけるAI技術を競う国際的な競技会で、自動車業界を牽引する技術者の発掘育成に向けた新たな取り組みです。具体的には仮想シミュレーション上で車を安全に競争させて、優秀なソフトウェアを開発させるというものです。そして、そのソフトを実際の自動運転車に搭載して走らせるのです。

自動運転AIチャレンジは2024年で7回目を迎えますが、参加者からの評判も上々です。特に大学生にとっては自分たちが作ったソフトで実際にハードウェアを動かす体験は貴重なようで、興味を持ってくれます。自動車業界はこうしたモノ作りの面白さをもっとアピールすべきだと思います。
 

上原 茂(デロイト トーマツ サイバー合同会社 シニアフェロー)


 

自動運転の社会実装の前に私たちがやるべきこと
 

上原:便利で安全で環境にも優しいと考えられる自動運転車ですが、自動車に「Fun to drive(運転する喜び)」を求める人もいますよね。安全な運転を完全にお任せできる高性能な自動車を「よい自動車」と考える人もいれば、「運転する楽しみがない、つまらない自動車」と感じる人もいるかもしれません。自動運転車の利用者が何を「豊かさ」だと実感するかは、実際のところ人それぞれでしょう。ステアリングが無いような完全な自動運転専用車と、自動運転機能を搭載していてもその機能を使わず自ら運転することを選択できる自動車の両方が必要ということでしょうか。

 

葛巻:私は現実主義的なところがあるので、今走っている車がすべて自動運転車になる社会はイメージできません。ただし、すべての自動車に自動運転技術(先進運転支援技術)が搭載される社会は、早急に到来すると想像しています。

ガソリン車が発明されてから140年足らずの間に自動車は急速に広まり、人々の暮らしは大きく変わりました。今や自動車は1日たりともなくてはならないものです。この社会生活を止めることなく課題を解決し、新たなニーズに対応していくためには、少しずつでも着実に変わっていく必要があると思います。

自動運転は「手段」であって「目的」ではありませんが、技術自体にはさまざまな社会課題の解決に貢献できる大きなポテンシャルがあります。重要なのは「自動運転技術をどのように活用するか」です。

高齢化社会が進む中、運転能力が低下しても運転し続けるようになると、ペダルの踏み間違いや逆走などの事故も増加するでしょう。すべての車が自動運転車に代わる前に、自動運転技術がそれらの事故を未然に防止する運転支援システムに応用されていくと思います。

一方で、人流や物流におけるドライバー不足という課題に対しては、さまざまな条件で制約を加えつつ、車と人と交通環境の三位一体で安全を確保しながら、自動運転の実用化が進んでいくと考えます。自動運転に対するニーズが高まり、さらに技術も進化して手ごろな価格で購入できる汎用車として自動運転車が登場すれば、自動運転は徐々に広まっていくかもしれません。

ただし、同時にシステムの故障や誤作動に備える必要もあります。自動運転車が正常に動いているかどうかを監視するような遠隔監視システムもセットで考えていく必要があるのではないでしょうか。

 

上原:なるほど。では最後にあらためてお聞きします。具体的にいつから、どういう形態で、どのレベルの自動運転が社会実装されるのでしょうか。

 

葛巻:自動運転の実装には技術面でも社会受容性の醸成という面でも多くの課題があり、皆さんが期待するような自動運転社会の実現には時間がかかると思います。

私が問題だと感じているのは、自動運転の実装を他人事だと思っている人が少なくない印象を受けることです。物が届かなくなったときに自動運転で解決できるのではないかという議論をしたり、自動運転車の性能がどの程度なら許容できるかを判断したりすることは重要です。社会全体で関心を持ち、「自動運転が自分たちの生活にどのような影響をもたらすか」を考えることが、より早い社会実装につながると考えます。

もちろん、実装の過程では失敗もあるでしょう。しかし、過度に心配するのではなく、ある程度楽観的なマインドを持って受け入れることも大切だと思います。

 

上原:大切なのは、自動運転の普及を過度に急がず心配せず、本当に必要なところからじっくりと実装し始めること。そして、われわれ利用者は受け身ではなく自分のこととして考える、つまり当事者となって一緒に育てるマインドを持つということですね。そうすることで自動運転が「よりよい社会基盤」として幅広く着実に普及していくと確信しました。本日はありがとうございました。

 

*1:「モビリティDX検討会(旧自動走行ビジネス検討会)」(経済産業省)
*2:「安全性評価戦略サブワーキンググループ(旧安全性評価環境づくり検討ワーキンググループ)」(経済産業省)
*3:「自動運転AIチャレンジ」(公益社団法人 自動車技術会)

 

プロフェッショナル

林 浩史/Hiroshi Hayashi

林 浩史/Hiroshi Hayashi

デロイト トーマツ サイバー合同会社 パートナー

シンクタンク、公的機関などの研究員を務めた後、IT機器メーカーやセキュリティベンダーなどで医療IT、車両の電気電子システムの開発や車両サイバーサイバーセキュリティのコンサルティングなどに従事した。 現在は、コネクテッドカーや自動運転車両などのサイバーセキュリティ関連業務を中心に、自動車業界のサポートを行っている。 また東京電機大学総合研究所研究員として、サイバーセキュリティの研究にも従事している。 主な著書:「インテルParallel Studioプログラミングガイド」(カットシステム)