Posted: 05 Jun. 2023 5 min. read

G7広島サミットの成果から読み解く、脱炭素の新たな展開と各国政府の動向

G7主要国首脳会議

G7主要国首脳会議が2023年5月19日~21日に広島で開催された。気候変動に関係する会議としてそれ以前に、4月15日~16日にG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合が、5月11日~
13日にG7新潟財務大臣・中央銀行総裁会議が行われている。

そこでは、G7各国はもとより、それ以外の各国に対して、「2050年までのネット・ ゼロ目標に整合していない全ての締約国、特に主要経済国に対し、可及的速やかに、かつCOP28より十分に先立って2030年NDC目標を再検討及び強化し、LTSを 公表又は更新し、遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標にコミットするよう」求める、世界全体での脱炭素を推進する声明を出している。

注※NDC(国が決定する貢献)、LTS(長期低GHG排出発展戦略)

加えて、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB) を支持し、生物多様性の取り組みを推進するため、2023 年 9 月に発表予定の自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の最終版の枠組に期待するとともに、TNFD と ISSB が協力を継続することを奨励、全ての部門において生物多様性保全を主流化させるため、 「G7ネイチャーポジティブ経済アライアンス」が、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合での日本の呼びかけで設立された。

このように、G7として、各国に対しての脱炭素へのコミットメントの確立に加え、財務・非財務からのアプローチ、及び生物多様性への展開を打ち出しており、脱炭素に向けて、「より世界全体での(先進国だけではなく)脱炭素の推進」「多角的なアプローチ」の展開が行われた。

一方で、日本と諸外国との温度差が出ている領域も存在する。アンモニアの取り扱いについては、「1.5℃への道筋及び 2035 年までの電力部門の完全又は大宗の脱炭素化という我々の全体的な目標と一致する場合」という但し書きがあり、脱炭素燃料としての位置づけについて、日本と諸外国でのとらえ方が異なると考える。加えて、石炭火力の段階的廃止の期日が無い点等については、NGOや海外のシンクタンクからの日本への指摘が入っている。

このような中、日本の政策にも変化が見られた。

 

GX推進法(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)

2023年5月12日にGX推進法が可決された。2050年のカーボンニュートラルと経済発展に向けた、GX経済移行債の発行(2023 年度以降 10 年間で 20 兆円規模発行)及び、成長志向型カーボンプライシングなどが含まれる。これらは、今年2月に閣議決定されたのち、衆議院、参議院での修正を得て法律が成立している。その過程での修正に加えられた概念が公正な移行」である。

 

公正な移行(Just transition)

「カーボンニュートラル社会の実現」は、避けては通れない重要なマイルストーンだが、そこに向けた移行の仕方によっては、様々なリスクを伴う可能性がある。たとえば、大規模な設備廃棄や減損など、脱炭素化への対応により企業が被る財務上のリスクや、化石燃料産業や関連産業に従事する労働者の雇用が失われるリスク、再生可能エネルギー産業のすそ野で広がる人権侵害リスクなどが考えられる。

こうしたリスクを最小限に抑え、新たな社会課題を生むことなく、むしろ、社会全体のサステナビリティの向上に寄与する「望ましいカーボンニュートラル移行」像として、「Just Transition」が、「パリ協定」や国連の「責任投資原則(PRI)」などでも言及されており、また、2019年に欧州連合(EU)が発表した「欧州グリーンディール」においても、その考え方やメカニズムが幅広く盛り込まれている。実際、2022年10月21日にドイツの4地域においてEU「Just transition Fund」のプログラムが推進され、2045年までにカーボンニュートラル、2038までに石炭をフェーズアウトするための支援が行われている。そこでは、石炭産業から他の産業への中小企業の転換の支援、リスキリングの支援が行われており、脱炭素と雇用といった重要なテーマを資金面で支援をしている。

日本においても、GX推進法にて「公正な移行」の概念が追加されたことにより、より環境と経済が融合した形での産業の転換が推進されると考えられる。

 


カーボンプライシングの行く末

成長志向型カーボンプライシングを日本政府は掲げ、GXリーグの排出量取引(GX-ETS)が2023年4月より開始される。ここでは、Scope1を中心に脱炭素目標を設定し、その達成度合いによって排出量取引を行う。ここで重要なのはその炭素の価値、つまりカーボンプライシング(円/t-CO2)である。

欧州におけるEU-ETSでは、カーボンプライシングが日本円にして13,000円/t-CO2(87.76€/t-CO2,2023年5月23日時点)を超え、IEAのWEO2022によると2050年に先進国では250USD/t-CO2(34,000円/t-CO2)が1.5℃シナリオにおいて示されている。

一方で、米国は、インフレ抑制法(Inflation Reduction Act of 2022)が2022年8月に可決され、そこでは脱炭素への投資が含まれている。特にグリーン電力への税控除に加え、EVやヒートポンプ、グリーン水素への税控除が含まれ、俗に言うカーボンプライシングという市場メカニズムに対して、直接的なインセンティブを与える仕組みで推進している。

欧州では、EU-ETSやCBAM(国境炭素調整)などで、カーボンプライシングによる市場メカニズムによる環境価値の内部経済化を進めているが、それと米国のインセンティブを付与し脱炭素を推進する方向性は真逆であり、カーボンプライシングが二極化する可能が言われている。

その中で、日本のカーボンプライシング、炭素の価値がいくらになるかは、市場メカニズムと補助を組み合わせたハイブリッド型の日本においては不透明であり、今後の国際動向によるのではないかと考える。

 

複雑化する社会での企業の対応の方向性

このように、世界全体で脱炭素が求められる一方、各国でアプロ―チが全く異なり、企業の意思決定は一層複雑になっている。

企業の対応の方向性として、少なくとも、各国の政策、特にカーボンプライシングや規制・投資に関わる政策の最新動向の把握は必須であると考える。地域単位で異なる脱炭素へのアプローチに対して、企業として統一的なインテリジェンス機能を構築し、各国の政策動向を把握した上で、大まかな意思決定を本社で行い、各国支社で細やかな制度対応を行う、そのような企業のガバナンス体制の構築も重要となろう。

一方で、どのような技術が脱炭素に貢献するかを検討するにあたっては、産業構造の変化をとらまえて、「公正な移行」につながるか、雇用はどうなるかといった、従来のGHGの貢献のみならず、社会・雇用への貢献が求められていく。したがって、脱炭素の企業の取り組みの推進・技術開発においては、GHGのみならず、社会へのインパクトを踏まえた戦略が必要となる。

 

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丹羽 弘善/Hiroyoshi Niwa

丹羽 弘善/Hiroyoshi Niwa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

気候変動、及び中央官庁業務に従事。製造業向けコンサルティング、環境ベンチャー、商社との排出権取引に関するジョイントベンチャーの立ち上げ、取締役を経て現職。 システム工学・金融工学を専門とし、政策提言、排出量取引スキームの構築、気候変動経営戦略業務に高度な専門性を有す。気候変動及び社会アジェンダの政策と経営戦略を基軸とした解決を目指し官民双方へのソリューションを提示している。 関連するサービス: ・ 政府・公共サービス ・ クライメート(気候変動)&サステナビリティ 関連記事: ・ 地球はこのままでは守れない──デロイト トーマツが考える「環境と経済の好循環」とは >> オンラインフォームよりお問い合わせ