Posted: 22 Apr. 2024 3 min. read

AIの活用による製薬の研究開発、生産性の向上~生成AIの本格活用(4)

製薬業界において、研究開発だけでなく営業や流通・製造領域でも、生成AIの活用による生産性向上が期待されている。今後は製薬向けLLMの活用・開発に加え、製薬業界に関わる全員がデジタル活用への意識を高め、AIを活用できる環境を整備することが重要だ。

製薬業界は革新的な薬剤開発と生産性向上の両立を迫られている。社会の高齢化が進み、罹患(りかん)者が増えているがんや認知症に加え、希少疾患の創薬が期待される一方で、研究開発の複雑性や難易度は増している。製薬企業の研究開発の生産性は2014年以降低下傾向にあり、抜本的・継続的な生産性向上のため生成AI(人工知能)の活用が急がれる。

製薬に生成AIを活用した場合、1社当たり今後数年で最大50億ドル(約7400億円)以上の価値創出・効率化の効果をもたらすと、当社では見込んでいる。

研究開発の分野では生成AIの期待が大きい。短期的な成果には、AIの文書要約機能による科学論文の調査や読み込みの効率化が挙げられる。AIは人より圧倒的に多くの論文を迅速に学習するため、創薬にかかる時間を短縮し成功確率を高められる。中長期的な成果には、AIの文書生成機能による医薬品の分子構造の設計や、薬効の別の疾患への適用「リパーパシング」の可能性の探索が考えられ、新薬の種を創出することが期待できる。

臨床開発では、開発や承認に関わる多くの文書の作成や確認の効率化、社内知見の蓄積と共有による患者への個別アプローチ、患者が治験参加を途中でやめる治験脱落率の低減効果が挙げられる。生成AIを複雑化する規制動向の把握や理解の支援に活用することで、承認申請書類の作成効率化が促進できる。

これらを実現するには、汎用的なLLM(大規模言語モデル)の活用に加えて、社内データの取り込み、製薬に特化したLLMの活用、創薬特化LLMを独自開発する取り組みも必要となる。

製薬特化LLMには、米グーグルの医療用LLM「Med-PaLM 2」があり、導入する製薬会社もある。Med-PaLM 2は、医療に関する質問に正確かつ安全に回答できるように調整されたLLMで、米医師国家試験形式の問題で構成するMedQAデータセットで正答率86%と専門家並みの成績を収めた初のLLMだ。

自然言語でのやりとりによる治験関係文書の検索・処理の迅速化、臨床試験計画に必要な情報の抽出、文書作成の代行による臨床試験計画の作成の時間短縮が可能になるとみられている。

創薬LLMの開発については、日本の大手商社が生成AIやシミュレーションを活用した創薬を支援するサービスを開発しており、複数の製薬会社が参加を表明している。

生成AIの活用により、研究開発だけでなく、営業や流通・製造領域でも生産性向上が期待されている。ここで成果を生み出すには、製薬向けLLMの活用・開発といった中長期的な取り組みに加え、製薬業界に関わる全員がデジタル活用への意識を高め、既存の生成AI機能を余すところなく活用するような環境を整備するチェンジマネジメントも重要だ。

本稿は2024年3月13日付の日経産業新聞の「戦略フォーサイト」欄に掲載されました。

 

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