デロイト トーマツに聞く
SDGs「2030年へのステップ」

SDGsが掲げる「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」の原則。パンデミックにより貧困、生活環境などの格差が悪化し「分断が進む世界」で、誰一人取り残さずに経済を復興し脱炭素社会へ移行するにはどんな視点が必要なのだろうか——。

今、世界で起きていることや私たちが取るべき行動について、サステナビリティ分野を専門とするデロイト トーマツ グループ、モニター デロイト(以下、デロイト トーマツ)の山田太雲氏に、「ビジネスと人権」をテーマに活動を行う弁護士の佐藤暁子氏が聞いた。

*2021年10月4〜8日に開催されたビジネスカンファレンス「Beyond Sustainability 2021(略称:ビヨサス)」(主催・Business Insider Japan)のセッションレポートです。

「分断」が進む世界の今

「ビジネスと人権」に専門的に取り組み、日本企業へのアドバイスや政策提言を行っている弁護士の佐藤暁子氏。

佐藤暁子氏(以下、佐藤):新型コロナウイルスの世界的流行によって、数年前には予測もしていなかった社会になりました。山田さんは以前NGOでSDGsの交渉に関与した経験をお持ちですが、格差や分断が進む世界の現状をどう見ていますか。

山田太雲氏(以下、山田):格差は今に始まったことではありません。2008年の世界金融危機後、経済を復興する過程では多くの国で経済的な不平等が拡大していましたし、それに対する不満や異議申し立てもありました。

ここ数年コロナ禍と前後するタイミングで、#MeTooやBlack Lives Matter(BLM)などの社会運動がアメリカ発で全世界に広がり、その流れで女性や黒人への差別の観点だけではなく、我々が生きている資本主義社会そのものが女性や一部の人種・民族の犠牲の上に成り立ってきたのではないかという、かなり根源的な問いが発せられるようになってきました。

また、「衰退産業の労働者コミュニティの放置に対する憤り」を背景としたポピュリズムの台頭という文脈もあります。これらを受けて、世界経済フォーラムなどで「株主だけが得をする資本主義ではなく、全てのステークホルダーに一定の恩恵が行き渡るような社会(ステークホルダー資本主義)にすべきだ」と議論されていたのが2019年頃のコロナ前の状況ですね。

佐藤:コロナ禍ではもともとあった格差がさらに広がってしまいましたよね。

山田:今まで存在していても見えていなかった格差が我々の目の前に大きく広がってきたことで、何とかしなければならないという圧力が高まってきたと思います。この動きを一言で表すなら「Social justice(ソーシャル ジャスティス:社会正義)」。

世論が割れる差別問題にあえて強い見解を表明することで企業価値向上を図る「ブランド・アクティビズム」の動きや、とあるデジタル・プラットフォーム企業で起こっている、ステイホームできる従業員がステイホームできない従業員の待遇改善を経営に要求する動きなどが主な例です。

日本社会は「声が聞こえにくい」

「コロナ禍は、もともとあった問題を顕在化させた」と話すデロイト トーマツの山田太雲氏。

佐藤:日本国内の現状についてはどう思われますか?

山田:日本でも同様に、格差が広がっている構造は変わらないと思います。例えばコロナ禍で、非正規雇用や技能実習生のような日本の経済社会の中で弱い立場にいた人たちが世界の趨勢と同じように先に被害を受けています。

ただ日本の場合は大きな声を上げる人が少なかったり、そもそも声を上げることをためらう傾向が強かったりと、その歴史的背景などから社会に対する違和感が表出されにくいと感じます。

諸外国に比べて民衆の声が聞こえにくい分、日本企業は能動的に市民社会に対してリスニングやセンシングをしないと、グローバルで台頭する新たな競争軸への対応が遅れる可能性があります。

佐藤:私も、日本企業の経営者と対話すると「日本社会で多様性を考える意味とは」「日本企業なのになぜ取締役会に外国籍の人を入れなければならないんだ」などを何気なく言う方もまだいらっしゃると感じます。そういう意味で「なぜ多様性が必要で、それが私たちとどうつながるのか」をもっと具体的にしていく動きが日本でも必要だと思いました。

脱炭素社会への「正しい移行」を進めるには

佐藤:今後コロナが収束に向かったとして、2050年のカーボンニュートラルを実現するためには産業構造を含めて社会全体のラディカル(急進的)な変革が必要だと言われています。変革には痛みが伴うことも指摘されていますが、どう移行を進めていくべきでしょうか。

山田:コロナ・ショックから経済を復興する際、元に戻ればいいかというとそうではありません。その先には壊滅的な気候変動が待っている。その中で目指すべきベクトルは「カーボンニュートラル」です。

2021年8月に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次報告書では「1.5度の気温上昇が思っていたよりも早くやってくる」という発表がありました。カーボンニュートラルに向けて、経済社会の仕組みを急速にかつ大きく変える取り組みは待ったなしの状況です。

一方で、大気中の温室効果ガスの濃度など環境面だけを切り取って取り組みを進めるのは、非常に危険だと感じます。過去にもエネルギー構造を大きく変えるような大改革を行うときは、それまでの経済下で生きてきた人たちが路頭に迷うことが往々にしてありました。

山田:今回も、新たに勃興している風力発電などの再生可能エネルギー産業のサプライチェーンで人権侵害が起きる事態が発生していますし、経済格差への配慮に欠いた脱炭素化政策に世論が強い拒否反応を示す動きも起こり始めています。これらを背景に、脱炭素社会への移行はグリーンであると同時にジャスト(=公正、正義)でもなければいけないという声が出てきました。

その公正な移行を表す「Just Transition(ジャスト・トランジション:公正な移行)」という言葉が、グローバルではバズワードになっています。パリ協定にも明記されていますし、国連でも責任投資原則(PRI)の中で「Just Transitionを投資判断に入れるように」といったガイドラインも出ています。

ただ、企業でこれができているところはグローバルでもまだほとんどありません。そういう意味では、日本企業も同じスタートラインに立っています。これからカーボンニュートラル戦略を描こうとしている日本企業は、初めからJust Transitionを織り込む必要がありそうです。

気候変動と人権問題。社会にどう浸透させる?

佐藤:気候変動と人権というテーマは、一見結び付きにくいテーマです。前者は定量的な数値が出ますが人権はそうもいきません。日本でJust Transitionを浸透させていくためには、何が必要だとお考えでしょうか。

山田:私にはもうすぐ3歳になる子どもがいるのですが、夏に猛暑が続き外で遊べなくなってしまっているんです。虫捕りなど、楽しく汗をかいて外で遊ぶことは子どもの権利ですが、それが奪われつつあることに対していかんともしがたい憤りがあります。

でも私はその要因を作ってきた世代なので、子どもの権利を奪ってしまったのは自分の世代かなと感じることもあります。このように、自身に起こっている気候変動の影響とつなぎ合わせて考えてみると想像しやすいのではないでしょうか。

佐藤:日本は自然豊かな反面、気候変動による影響が大きいですよね。自分が子どものころと比較しても、気温35度といったら大変なことだったのが今や普通になっている。それが私たちの生活にどう影響しているのか、まず自分ごととして考え、その後にグローバルな視点でも考えてみる。そのような機会をもっと作れるといいなと改めて思いました。

山田:今やどこのメディアでもSDGsの企画があり、この広がりはすごいなと驚いています。広く認知されるようになったことは素晴らしいと思う一方、例えば「環境負荷が以前より少ない商品です」といった売り文句の宣伝活動も見受けられます。

その商品1ピースあたりの環境負荷は確かに減るかもしれませんが、売れるほどに地球上の環境負荷の絶対値は上がっていく。その問題をどうするのかについては言及がありません。

山田:「根源的なところから目をそらす形でSDGsが知られてしまっている」という点も少なからずあり、そこを問わないと2030年や2050年を迎えたときに大きな後悔をすることになるのではないでしょうか。

私たちは生活者、有権者、労働者、消費者といったそれぞれの立場・場面で意思表示ができます。「Wallet(財布)とballot(投票)」と言われますが、まっとうなSDGsを推進する企業や政治家などを見つけて選んでいくことが大事です。

企業側は、消費者の声が届いて市場ができ上がるのを待つのではなくその市場を自ら作っていく姿勢が必要です。まず第一歩を踏み出さないとあっという間に2030年が来てしまいます。

私たちが取るべき2030年へのステップ

佐藤: 先ほどお子さんのお話も出ましたが、グレタ・トゥーンベリさんのようなこれからの社会の中心となる世代はすごくもどかしいと思います。若者だけに任せるのではなく、そういった社会を作ってきた私たち自身がすべきこともたくさんあるでしょう。次の一歩を踏み出すために、今一番足りないことは何でしょうか。

山田:他国と比べたときに、日本は企業・政府・市民社会といったセクター間で社会がどういう未来像を目指すのかという対話の場が少ないと感じます。現在の利害調整を超えた、みんなで目指さなければいけない方向性へのドライブが弱いのです。

例えばヨーロッパでは、EUの政策を作る場をはじめさまざまなセクターのリーダーが集まって、今日明日の利害は置いておいて「このままいくと大変なことになる」ことを共有できる場があります。立場を超えて意見交換する場がプロセスの中に織り込まれているのかなと感じます。

日本においても、腹を割った話ができる場面を意図的に作らねばならないでしょう。そもそも対話がないと、例えば企業とNGO間の対話の作法も身に付きません。

持続可能な社会というのは「環境や社会が壊れない程度に経済を抑える社会」ではなく、経済活動に人々が勤しめば勤しむほど自然が豊かになるとか、格差が縮んでいくとか、人々の権利が保障されていくとか「社会資本や環境資本が豊かになる方向に進んでいく社会」を意味するのではないかと思います。

佐藤:「脱成長」という言葉も最近よく聞かれますが、みんなが我慢や無理をして生活するよりも、周りの人々、さらには身の周りにあるサプライチェーンの先にある海の向こうも含めた全ての人が、自分らしく可能性を十分に発揮できるような社会を目指していきたいですね。








山田太雲(やまだ・たくも)
モニター デロイト シニアスペシャリストリード(サステナビリティ)。大手国際NGOで12年間「持続可能な開発」の諸課題に関する政策アドボカシーに従事したのち、2015年の国連SDGs交渉に関与し、成果文書案の一部修正を勝ち取る。モニター デロイトではサステナビリティ潮流やステークホルダーの動向等についてインサイトを提供している。

佐藤暁子(さとう・あきこ)
認定NPO法人 ヒューマンライツ・ナウ事務局次長 / 国際人権NGO ビジネスと人権リソースセンター 日本リサーチャー・代表 / ことのは総合法律事務所。発展途上国の法整備支援に従事したいという思いで弁護士を目指し、弁護士登録後は一般民事・刑事事件に加え、障害者の人権擁護などに従事。現在は海外生活を経て関心を持った「ビジネスと人権」という分野に専門的に取り組み、日本企業への人権に関するアドバイスや、NGOとしてアドボカシー、政策提言などを行っている。



デロイト トーマツが考えるJust Transition(公正な移行)の具現化について、詳しくはこちら

転載元:BUSINESS INSIDER JAPAN 2021.10.18

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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