日本は森林のポテンシャルを「活用しきれていない」。デロイト トーマツが挑む林業再興

日本は、国土の約3分の2を森林が占める世界でも有数の「森林国」だ。古くから森林資源とともに歩んできた歴史を持ち、世界最古の木造建築である法隆寺金堂、住まいや生活道具、そして工芸品に至るまで、木の特性を熟知しながら技術を磨き、資源を活用してきた。これは世界に誇るべき日本の文化だ。

しかし、森林との共生を探り始めたいま、日本の林業は持続可能なビジネスになっていない現状がある。

森林資源を最大限に活用し、林業を “持続可能なビジネス”へと変えるにはどうすればいいのか──? 林業が持つポテンシャル、そして日本の未来のためにいま取り組むべきことを、デロイト トーマツ グループ(以下、デロイト トーマツ)の3人のスペシャリストに聞いた。

欧米では、「森林資源」への投資が進んでいる

国内のCO2排出量に対して、3~5%の吸収ポテンシャルを持つと言われる森林資源。世界的な課題でもある生物多様性や、台風・豪雨などの災害から生活を守る防災の観点からも、いまや森林の保全と活用は避けて通れないテーマだ。

「森林は、多面的な機能を持つ貴重な資源です。日本は降水量が豊富で、地形的にも多様な木が育ちやすい。

保全とともに、森林を有効活用する循環型の仕組みを各地でつくり、ひいてはそれを日本全体の活性化につなげていくことが、次の50年、100年を見据えた上では重要です」(デロイト トーマツ 北爪雅彦氏)

森林の主な働き
作成:Business Insider Japan

すでに海外では森林資源の重要性に注目が集まっていて、ESG投資の一種であるインパクト投資(社会や環境へのインパクトと収益を両立させる投資)の対象となっている。

特に欧米では、「森林ビジネスなどに投資する『森林投資市場』が拡大している」とデロイト トーマツの北爪雅彦氏はその動向を話す。

森林への資金流入が加速
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「海外では、森林を経営し、その収益を投資家に分配する林地投資経営組織(TIMO)も広まっています。

投資家の中心は年金基金などのアセットオーナー。長期での安定的なリターンを求めているため、伐採して終わりといった“資源収奪型”ではなく、長期的な目線で再造林していく“循環型”のビジネスがTIMOで成り立っていて、それが森林保全にも貢献しているのです」(北爪氏)

※TIMO:Timber Investment Management Organization

日本は森林のポテンシャルを「活用しきれていない」

では、国土の約3分の2を森林が占める日本はどうなのか。北爪氏は「残念ながら、現時点では収益性が低く、森林資源は投資対象になっていない」と話す。

日本の森林は、人の手が入っていない「天然林」と、木材の生産を目的として人の手で育てられた「人工林」から成っている。その比率はおよそ6:4と、世界規模で見た際の比率 9:1と比較すると人工林の比率が高いのが特徴だ。

日本の森林区分
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人工林は、基本的には人の手で管理され、木を育成し、成長したら伐採して木材として活用するための森林だ。しかし、日本の人工林には固有の事情もある。

「日本では、戦後復興の際に大量に伐採された森林を回復するために、補助金などの政策的な支援を受けながら長期に植林を続けてきました。それがいまは伐採適齢期の木に育っているのですが、一方で林業そのものの生産性向上への意識が薄れてしまった面もあるかもしれません。

実際に現在、生産性も収益性も低い人工林は多く、植林から50年を過ぎて伐採適齢期を迎えても、伐採されずに放置されているところも少なくありません。

またここ10年ほどは、比較的搬出コストが低く優良な森林から伐採されてきましたが、伐採後に再造林されたのは3割強にとどまっていて、7割近くは再造林されることなく林業地としての価値を喪失している状況です。優良でポテンシャルの高い林業地が放置されたままになっていることに、大きな危機感を抱いています」(デロイト トーマツ 鈴木秀明氏)

日本の人工林の齢級別面積
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脱炭素の観点から見ても若い森林の方がCO2の吸収量は高く、現在の3〜5%の吸収率を維持していくためにも再造林は重要だ。また、木は育ち過ぎると、山から木を伐り出すコストが高まり、製材工場での加工も難しくなるなど、木材の付加価値が低下してしまうと言う。

「湿潤な土地で、世界的にみても樹種が多い日本の森林。その森林が支えてきた豊かな生物多様性を維持・回復していくためにも、人工林として経済に活かせるところは再造林を通じて徹底的に活用しつつ、それ以外は天然林に返していくべきだと考えています」(鈴木氏)

では、一体何が再造林を阻んでいるのか。かねてから指摘されているのは、個々の森林所有者が持つ森林面積の小ささだ。

森林面積の内訳
作成:Business Insider Japan

「効率的で収益性の高い林業経営モデルを確立するには、『規模のメリット』が重要です。

そのためには、隣やその隣の林地まで含めて広範囲に集約・連携できるようにすることが必要なのです。これまでの森林所有と利用に関わる制度の見直しにも、緊急性をもって取り組まなくてはなりません」(鈴木氏)

計画的に伐採して再造林し、収益性を高めて次世代につなぐといった森林資源の循環を実現することが、林業を “持続可能なビジネス” に変えていくための鍵となりそうだ。

業界内で閉じていては、課題は解決できない

写真左から)有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部で林業の再興に取り組む藤浪友梨氏、北爪雅彦氏、鈴木秀明氏の3人。構造的な問題も多く、着手すべきことは山積みだ。

では実際に、林業を“持続可能なビジネス”にするためには何に着手すればよいのか。

北爪氏らは、「持続可能なビジネスを実現するには、林業界に閉じた取り組みでは難しく、領域を超えて多様な人を巻き込んだエコシステムを作っていかなければならない」と課題意識をもち、デロイト トーマツ内に林業チームを立ち上げた。

間もなく鈴木氏も参画、林業チームとして林業分野のアドバイザリーの実績を積んできた。

現在は宮崎県で、欧米のTIMOのように、自立した森林経営を行う新組織を段階的につくる構想を念頭に置きながら、県とともに現状の課題の可視化に取り組んでいる。

「林業界を取り巻く現状のさまざまな問題は、単独の取り組みで克服できるものではありません。宮崎県は国内でも再造林の取り組みが進んでいる地域ですが、行政側も誰かが中心的なプレイヤーとしてリードしていかないと持続可能なビジネスを構築できない、と強い問題意識を持っています。

そこで、県内の各地域で問題意識をもつプレイヤーの方々と、自立的な林業経営を行う仕組み形成の検討を進めています」(鈴木氏)

林業界内部の変革に閉じずに、行政、さらにはサプライチェーン全体を巻き込み、木材を無駄なく使い切る。その利益が山に還元され、地域が潤っていく……といった持続型林業の実現に向けて走り出しているのだ。

2050年から「バックキャスト」で林業を考える

多様な人を巻き込んだエコシステムをつくるには、共通のビジョンがなければまとまらない──そうした思いから、2021年7月、デロイト トーマツの有志メンバーが中心となり「2050年の日本の森林・林業ビジョン構築」及び「ビジョン実現に向け、バックキャスティング思考で林業の再生と、それを通じた新たな事業創出を図ること」を目標にした「Japan Forest 2050」プロジェクトを立ち上げた。

「長期目線で林業経営を推進する際に必要となるのが“共通のビジョン”です。

今植えた木が伐採適齢期を迎えるのは、約30年後、つまり2050年頃です。その2050年を見据え、『森林・林業のありたい姿』を描き、将来どこへ向かうのかについて一体となって考え、コンセンサスを得る=“共通のビジョン”ができれば、ポジティブな社会価値を生み出すことができると考えています。

生産された木材は、多くのプレイヤーの方の手を経て社会的に利活用されています。人が森林との共生を目指すいまだからこそ、共通のビジョンからバックキャストでそれぞれが自律的・戦略的に行動を起こしていくことが重要。

その仕組みを林業界だけでなく、各プレイヤーのみなさんと一緒に構築したいと考えています。現在は、多くの方の協力のもとにビジョン作成を行っているところです」(北爪氏)

また、共通のビジョンを実現する上で、最先端のテクノロジーを活用したイノベーションの推進も欠かせない。林野庁から受託した、林業関連の新技術開発やイノベーションを進めるためのプラットフォーム「林業イノベーションハブ(通称:森ハブ)」の構築事業で事務局を担う藤浪氏は、活動内容を次のように明かす。

「近い将来、林業に適用できるイノベーティブな技術を整理しています。

例えば、電波の通じにくい山中での通信環境の構築技術や、機械の遠隔操作技術、木材由来のプラスチックに代わるような汎用的な素材の開発など、林業の課題を解決する技術をリストアップしています。

また、新しい技術の開発やそれを活かしたビジネスの創出には、異分野技術を活用しつつ、林業界のプレイヤーをつなぎ新規事業創出を支援できるコーディネーターが必要。林業にイノベーションをおこすコーディネーターと地域をマッチングし、総合的にサポートすることで、各地域にイノベーションエコシステムを作り出すことを目指しています」(デロイト トーマツ 藤浪友梨氏)

林業改革のチャンスは、「今」

共通のビジョンの下で多様な関係者を巻き込んだエコシステムを作り、そこに人が集まることでイノベーションが生まれ、「林業経営の収益化」の実現可能性が見えてくる──そういった大きな流れを実現できれば、欧米のように資本市場から林業にESG投資を呼び込むことも夢ではないはずだ。

「宮崎県とともに取り組んでいるのがまさにそのファーストステップです。

世界的には、気候変動の影響で山火事やかんばつなどの自然災害リスクが大きくなっていますが、日本の森林地域は比較的降水量も多く、山火事のリスクも低い方だと言えます。

この恵まれた国土の優位性を活かし、持続可能な林業の実現に加えて、森林クレジットや生物多様性の保全の面でもポジティブな社会的価値を生み出していくことができる。そんな高いポテンシャルが日本の林業にはあると考えています」(鈴木氏)

「ブログで森林へのESG投資について発信したところ、多くの反響があり、海外のベンチャーキャピタルからも問い合わせがありました。日本林業への投資家側の注目度は高まりつつあると感じています」(北爪氏)

生まれ変わろうとしている日本の林業。北爪氏は、最後に林業にかける思いを語った。

「伐採適齢期を迎えた人工林が過半を占める一方で、将来の活用が見込まれる1~5齢級(25年以下)の木を擁する人工林は圧倒的に少ない状況です。

いま伐採適齢期にある木を資金に代え、その資金を活用することで、適地での再造林化を進めることはすぐに取り組まなくてはなりません。

さらに、今後の再造林では30年程度の短期の伐採を目指し、より短期での資金回収が可能となるようなサイクルの確立にチャレンジしていくことも必要です。

“数年後”では好機を逸してしまう。次の世代のために“今”を最大限に活かして動いていきます」(北爪氏)

林業を、自立した持続可能な産業に変えていくには、まさに“ジャストインタイム”。

少しでも早くアクションを起こし優良事例をつくることは、持続可能な林業だけでなく、地域の木材産業、ひいては活力ある地域の持続可能性にもつながっていくだろう。 「Japan Forest 2050」のように、さまざまな活動を通じて林業が持つポテンシャルを引き出し、地域の活性化を促す。それが日本のありたい姿を実現するための大切な第一歩となるだろう。

デロイト トーマツ グループの「林業アドバイザリーサービス」について、詳しくはこちら。

転載元:BUSINESS INSIDER JAPAN

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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