GXに不可欠、COP27で注目の「公正な移行」は、新たな機会創出に繋がる

第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)では、温暖化が関係するとみられる豪雨や熱波などの異常気象への適応対策に手を緩めない認識で一致した。一方で、脱炭素社会への移行に伴う副作用である雇用や人権におけるリスクを最小限に抑え、社会のサステナビリティ向上に寄与する「公正な移行」(Just Transition)が、誰一人取り残さない脱炭素社会の実現に欠かせない点も強調された。

2022年12月6日にデロイト トーマツ グループは「カーボンニュートラル実現で問われる『公正な移行(Just Transition)』 ~円滑な脱炭素移行の成否は “S”視点(格差・人権)の統合~」と題して、ウェビナーを開催した。

誰一人取り残さない2050年カーボンニュートラルに向けて、日本政府や日本企業はどのようにTransition(トランジション:移行)に取り組むべきか。果たすべき役割、機会、そしてリスクは何か。デロイト トーマツ グループの気候変動や人権の専門家が、外部有識者たちと議論した。

今回はウェビナー後半で行ったパネルディスカッション「誰一人取り残さないカーボンニュートラルを日本は実現できるか?」を詳しくレポートする。

パネルディスカッションのモデレーターはモニター デロイト パートナーで気候変動、及び中央官庁業務に従事し、「GX グリーン・トランスフォーメーション戦略」(日本経済新聞出版)の監修のリードである丹羽弘善。パネリストは東京大学 公共政策大学院 城山英明教授(以下、城山教授)と、日本政策投資銀行 設備投資研究所 エグゼクティブフェロー 竹ケ原啓介氏(以下、竹ケ原氏)。そして、デロイト トーマツ からモニター デロイト スペシャリストリードの余田乙乃と、有限監査法人トーマツ マネジャーの徳永莉紗の4名だ。

カーボンニュートラルに向けて「公正な移行」がなぜ必要なのか

最初のテーマは「カーボンニュートラルに向けて『公正な移行』がなぜ必要なのか」。丹羽が「カーボンニュートラルに向けて官民の施策が推進される中、適切なトランジションを描けないことによるカーボンニュートラル未達成への懸念、また、ESGのうちSの社会領域への影響も心配され、実際に失業や経済成長鈍化等の課題も顕在化しつつある」と話し、城山教授に政府や公共政策が果たすべき役割について問いかけた。

モニター デロイト パートナー / 丹羽 弘善

「エネルギーシステムの転換では、その影響が様々な価値に関わる事になり、多面的なトランジションが重要になります」

城山教授はこう話した上で、現在はトランジションを企業が個社ごとに処理していくのか?公共政策も含めて大きく捉え推進していくのか?という選択に迫られている状態だと説く。

東京大学 公共政策大学院 教授 / 城山 英明氏

「本来的には大きく捉えていくべき。その理由として、たとえばガソリンスタンドは単なる化石燃料のディストリビューターとしての機能だけでなく、地域コミュニティや防災上の役割を担っているケースも多い。そのトランジションを行うには、企業だけではなく地元の人々や自治体の参加も必要となってきます」

日本のガソリンスタンドも、現在はサービスステーションと呼ばれるように、ガソリン以外の物品やサービスも提供しているほか、大規模災害における給油不能を防ぐために停電時における給油を持続可能とする給油所も存在する。しかし、ガソリンを使うことが推奨できなくなった場合、これら拠点はどうなるのか?Eへの対応策がこのようにSに影響を及ぼす可能性を1つひとつ考えていく必要がある。

竹ケ原氏は、こうした状況において「EとSの組み合わせの重要性」を説く。

日本政策投資銀行 設備投資研究所 エグゼクティブフェロー 副所長 / 竹ケ原 啓介氏

「ESGの次のフェーズとされるインパクトファイナンスが定着するにつれ、対象プロジェクトがもたらすインパクトをポジティブ、ネガティブ両面から評価し、ファイナンスの可否を判断する流れになっていくでしょう。カーボンニュートラルへの移行は、産業構造の変化を伴い、周辺サプライチェーンも含めてネガティブなインパクトを不可避的に生じます。これを、どれだけ見通せるか。つまりEの変革(GX)によってSがどのような影響を受けるのかも組み合わせて考えていかなければならない。そしてこの影響については、公共政策側がある程度ルール化し、企業側が目線を整えられる状態にする必要があるでしょう」

丹羽は二人の話を受けて「影響を見える化・定量化していくことが重要と捉えました。まずはルール作りからスタートしSの概念を浸透させていくことが求められますね」とまとめ、余田に国内外のケースから読み解くすべはないかと問いかけた。

「脱炭素化においては過去の炭鉱閉鎖にもあったような事業閉鎖による失業、地方財政の悪化、燃料費高騰による低所得世帯の家計の圧迫が起こる可能性もあります。それだけではありません。排出量の多い鉱物燃料が主要輸出品目となっている国では一国の経済基盤を揺るがすこととなってきます」

余田はこのように話し、その国の経済構造や人口、社会特性によって「公正な移行」の課題は違ってくると指摘。それらに鑑み、GX政策とそれに並行して走る「公正な移行政策」を設計しなくてはならないと述べている。

「欧米では様々な政策が既に打ち出されています。EUではグリーン・ディールに公正な移行のJust Transition Mechanism が一角を占めていますし、アメリカのバイデン政権でも石炭地域コミットメントや超党派インフラ投資雇用法など数々の施策が出ています。日本国内では多くの先進国と同様に、まずは雇用と燃料費高騰に関する課題が注目ポイントとなるでしょう。すでに試算されている定量的な情報をみると、火力発電所が脱炭素化ですべて閉鎖となった場合でも直接的に失われる雇用は約1万人(エネルギー庁)と限定的です。しかし、間接的な雇用への影響も見ていくとこの数では収まりません。約552万人が就労している日本の自動車産業だけでも70万〜100万の雇用に影響が出ると言われています。これだけの数となると、企業単体だけでは難しく、EUやアメリカと同じように政府も一体となって事業内容再編への後押しとサポート、そして労働者に再訓練と労働移動を促すことが必要となるのではないでしょうか」

日本経済は鉱物などの一次製品の輸出に頼っていないのでマクロな影響はさほどないと思われがちだが、産業集積などによって脆弱な立場に立たされる特定の地域もある。リスクの高い産業、地域を特定し、産業政策、地域政策、及びリスキリングと労働移動の複数の施策のポリシーミックスを最大限良い結果がもたらせるように設計していく必要があるのだ。

企業が「公正な移行」に取り組む意義とは

次のテーマとして、丹羽が「企業が『公正な移行(Just Transition)』に取り組む意義とは?」を掲げた。

「先ほどの議論にあったように、ESGのうち、Eの環境領域にあたる脱炭素施策の推進が、Sの社会領域の人権や雇用等の課題とトレードオフとなるリスクが懸念されています。一方、EとS同時に取り組めば、労働者の脱炭素に向けたスキル獲得を後押しする『グリーンリスキリング』による人材の活用、ステークホルダーの権利に配慮したカーボンニュートラルの達成、企業価値の向上等、様々な機会の獲得にも繋がると言われています。まず、竹ケ原様に投資家の視点から、企業への期待を伺いたいと思います」

これを受けて竹ケ原氏は企業に対して次のような期待感を話した。

「脱炭素社会への移行プロセスを、企業はビジネスモデルを修正しながら進めて行きます。そこで生じ得る不可避的なネガティブインパクトを「適切に管理」するだけでは、リスク回避だけになってしまう。投資家の観点としては、もう少しそこを超えて、移行に伴うSの領域への対応が、企業の価値創造にもつながるというロジックを示して欲しいところです。これを企業単体に留まらず、サプライチェーンや地域社会に延伸させる場合も、やはり関係資本を守るということだけでなく、一体となって成長できる絵を描けることが大事ではないでしょうか」

城山教授もうなずき、企業の価値創造を後押しするために政策側の後押し策について次のように提言する。

「政策側の面でいうと、企業の取り組みを後押ししなければいけない。リスクはチャンスなので、公共・行政はそれを促進できるシグナリングやルール作りが求められます。ウクライナ危機による燃料危機において、日本はガソリン補助など後ろ向きの議論が多い印象です。

本来GXが命題としてあるなら、燃料価格が上がることはむしろGX促進ファクターになるはず。余田さんの話したバイデン政権の大規模投資促進もまさに促進を狙っている。こうしたシグナリングを社会に発信していくべきでしょう。そして、促進させるためにはルールが必要になります。日本の政策では自主的な基準にゆだねられることが多いのですが、これは良い面もありますが、競争条件の不均等化につながりかねません。ルールを決めるべきところは決めて促進させるのは政府の仕事といえるのではないでしょうか」

丹羽は二人の話を聞いたあと「トランジションの政策はあるが、ジャスト(公正)がついたときのルールはまだ見えていないものが多い。どこを目指すのか、どこを定量化すべきなのかが求められているのでしょう。一方でS(人権)の領域はルール化が進んできているので、Sの視点からEを組み合わせで捉えると、企業側も取り組みやすいのではないか」とうなずき、企業の人権の取り組み推進を支援する有限監査法人トーマツの徳永に人権面からの知見を求めた。

「おっしゃる通り、ビジネスと人権に関する指導原則では『企業の人権尊重責任』が明確にうたわれました。そして、企業には人々に与える負のリスクを特定・評価し、顕在的/潜在的にリスクがある場合にはそれらを予防・軽減し、有効性についてモニタリングする、そしてその過程を情報開示する、という一連のプロセス、いわゆる人権DD(デューデリジェンス)が求められています」

2022年9月には経済産業省より「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」が発表され、各企業の人権DDの取り組みは加速を見せているのが現在地だ。ただ、と徳永は続ける。

「人権DDでは今あるリスク、起こり得るリスク、ということでどうしても近視眼的なものの見方になりがちです。もちろん今あるリスクを明らかにし対処していくことは大切ですが、中長期的な脱炭素化への動きが進んでいる中、『人権』目線でも中長期のリスク評価が大切になってくると考えます。また、非財務情報開示の観点からもJust Transitionは重要性を増していきます。現在、グローバルでは米国SEC、IFRS財団のISSB、EUのCSRD等、相次いで非財務情報開示の義務化をする動きが進んでいます。この背景には、サステナビリティ関連の情報が財務に与える影響が見過ごせない大きさになっており、投資家の投資判断にも重要な影響を与える、という意識が高まっていることに他なりません。人材のリスキルや新たな雇用の創出など、Just Transitionの観点を入れ込むことも企業にとって重要になってきているのではないでしょうか」

日本の「公正な移行」実現、どのような取り組みが必要か

最後のテーマは、「日本における『公正な移行(Just Transition)』を後押しするために、どのような取り組みが必要か?」だ。丹羽が口火を切る。

「ここまで議論したように、公正な移行を後押しするためには、官民それぞれの役割、ひいては、さらなる官民連携が欠かせません。誰一人取り残さない脱炭素社会の実現に向けて、我々に求められる取り組みは何でしょうか。最初に城山教授に政府や公共政策の視点でのご意見を伺いたいと思います」

城山教授は「先ほどお話をしたルールとシグナリングに加え、もう一つ政策ができることとして『繋ぐ』ことがあります」と話す。「一例として富山市が中心市街地活性化計画を行い、自動車依存から公共交通機能強化へ舵を切ったケースが挙げられます。富山市は中心市街地の人口減少と自動車依存拡大の懸念があり、中心市街地居住の促進とライトレール(LRT)建設を公民連携で進めていきました。結果としてコンパクトシティが形成されていったわけですが、このまちづくり政策が健康・福祉政策へのスピルオーバー(拡散効果)を実現させたのです。具体的に市民に公共交通機関の利用を促すことで、高齢者がライトレールに乗り、結果として徒歩や外出の時間が増え健康促進につながった。このように『まちづくり』『健康・福祉』といった一見異なるもの同士を繋いでいく。そして組み合わせて相互補完的に考えていくことも政策の役割です」

竹ケ原氏は城山教授の話を受けて「政府はマクロ的な観点から特定の産業が総体としてたどり着ける道筋を示し、企業は、それを踏まえて個社ごとに独自のロジックを構築して投資家と向き合う流れになるでしょう」と予測する。「しかし、道筋を示されるまで待っているのはもったいない。『公正な移行』が『当たり前』や『義務』になる前に早く取り組んだ企業ほど競争優位という点でも大きな企業価値を得られると思われます」

竹ケ原氏は、現在予見されている技術が計画通り実装されていけば産業全体としてカーボンニュートラルのゴールにはたどりつけるというマクロ的な整理を活かしつつ、企業ごとに独自の戦略・ロジックを展開することになるが、Just Transitionという観点から見れば、急なカーブではなく緩いカーブの方が好ましいと評価される可能性もあるだろう、と話す。

企業が取り組んでいくためには、難しさもある。実際に支援をしている徳永が、企業の悩みどころについて指摘する。

「企業の人権DDをご支援する中でよく直面する課題の1つとして、社内での推進体制確立の難しさが挙げられます。サプライチェーンを含めた人権に関わる取り組みとなると、サステナビリティ管轄部署に加え、人事部、総務部、調達関連部門、その他事業部等、多くの関係者を巻き込んで部門横断的に取り組みを進める必要があります。誰が主体となって進めるのか、どのように横の連携を図り、社内に報告し進捗を監督するのか……。私たちはそれぞれの企業の現在困っていることや見えている課題を足がかりに、どのような取り組みが必要かをご提案しています。そこから『公正な移行』の取り組みにも進めていくことがファーストステップと考えています」

「最後に、国内外の動きを鑑みて日本の官民が取れるアクションエリアなどのご意見を伺いたいと思います」と丹羽に促され、余田が締めくくる。

「GXには相乗効果と言える経済、社会におけるポジティブな側面もあります。日本は再生エネルギー産業の仕事だけでも2019年から2030年までで33万から95万7000に増えると試算(IRENA:国際再生可能エネルギー機関、2022年)されており、その他の産業におけるグリーンジョブの増加はそれの何倍も大きくなると考えられています。日本は長く続く低成長、低賃金打破という観点からの生産性向上ということで、DXへの取り組みと人的資本への投資が推進されていますが、GXにおける『公正な移行』も単なるリスクではなく構造転換による生産性向上を目指すチャンスや機会と捉え、少子高齢化を見据え質の良い生産性の高いディーセントワークを生み出す政策のグランドデザインを創造すべきです」

COP27と同時にローンチされたDeloitte Global のレポート『Work toward net zero』では、GXにおける積極的な施策によって2050年までに約3億のグリーンジョブが世界中で生み出される可能性があると試算されている。

「『公正な移行』を今から視野に入れることは企業価値が高まるポジティブな機会になり得ます。ESG投資のSは人権や『公正な移行』を含む社会課題を指していますがESGのSの定義や基準設定プロセスはEUサステナブルファイナンス開示規制(SFDR)や企業サステナビリティ報告指令(CSRD)などにおいてヨーロッパなどではすでに始まっており、その波は日本にも近い将来波及してくるでしょう。これからE(環境)だけでなくS(社会)にも対応しなくてはいけない世界で、今から両方同時進行で考慮し始めることによってよりシナジーの取れた、効率的且つ効果的な対策方法を設計し押し進めることができます。今がまさに世界と日本にとって『the moment of truth』正念場、決断の時なのです」


【ウェビナー登壇】
東京大学 公共政策大学院 城山 英明 教授
日本政策投資銀行 設備投資研究所 エグゼクティブフェロー 竹ケ原 啓介 氏
モニター デロイト パートナー 丹羽 弘善
モニター デロイト シニアスペシャルリード 山田 太雲
モニター デロイト スペシャリストリード 余田 乙乃
監査法人トーマツ マネジャー 徳永 莉紗

【司会進行】
デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント 長澤 祐佳

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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