災害大国日本を救う「防災DX」、
三鷹市が実証
PROFESSIONAL
- 浜名 弘明 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 Products & Solutions スペシャリストリード
災害の激甚化で政府が推進する「防災4.0」はICT利用が不可欠
これまでも災害大国と言われてきた日本だが、近年はその災害数の増加率が問題視されている。水害の被害に絞っても国土交通省の「令和元年東日本台風の発生した令和元年の水害被害額が統計開始以来最大に」によれば、過去10年でその被害額は10倍以上に増加した。気候変動がもたらす災害の激甚化に政府は「平成28年版 防災白書」でこれ以降の防災について地域、経済界、住民、企業らがそれぞれ主体的に防災に向き合い、相互にネットワークを再構築して自律的に災害に備える社会を目指す「防災4.0」を宣言した。
「防災4.0」を実現する上で、地域と住民、企業らをつなぐネットワーク形成にはICTの力が必要不可欠になる。そのためにも自治体は「スマートシティ化」を推進しており、その1つが東京都三鷹市だ。同市は「みらいを創る三鷹デジタル社会ビジョン」(2019年度策定)で、地域や行政のデジタル化による住民の利便性や満足度向上に取り組んでいる。また、2024年度には、デジタル技術を活用した誰もが暮らしやすいまちづくりの実現に向けて「スマートシティ三鷹構想(仮称)」の策定を予定している。
三鷹市を「災害に強く、安全安心なまち」へ変える「防災DX」
2019年10月に発生した台風19号の豪雨で、広範囲にわたり河川の氾濫やがけ崩れなどが発生した。当時、神奈川県川崎市中原区の武蔵小杉エリアは多摩川が氾濫し、大きな被害があったことは記憶に新しい。国土交通省の発表によると、台風19号によって関東・東北地方を中心に計140カ所の堤防が決壊し、住家の全半壊等は約3万棟、住家浸水も約6万棟という被害だった。
三鷹市も早い段階でコミュニティ・センターに自主避難所を開設、その後市内を流れる「野川」が氾濫危険水位を超える恐れがあるとして、2カ所を増設した。訓練は行ってきたものの本番での開設は市政が始まって以来だった。市内で大きな被害はなかったが約600人の市民が避難をした。
「今後、このような災害が再び起きないとは限りません。三鷹市を災害に強く、安全安心なまちにしていくためには地域防災力の向上が不可欠です」と話すのは、三鷹市の情報推進課長の白戸謙一氏と同課の水谷直人氏、長岡櫻氏だ。
「各避難所にどれだけの人が避難をしているのか、誰が避難しているのか。そういった管理は複数の避難所だと連携が難しくなってしまいます。台風19号の時、避難所で記入してもらった紙の名簿を市職員がデータ入力をしていましたが、誤字脱字や用語統一などができておらず連携の難しさを感じていました」
伴走者としてデロイト トーマツを選んだ三鷹市
そこで同市はスマートシティ推進のパートナーであるデロイト トーマツと、防災DXのPoC(Proof of Concept:概念検証)を行うことにした。プロジェクトマネージャーにはデロイト トーマツ コンサルティングの浜名弘明が立った。
「今回のPoCでは災害発生時から避難時における避難所管理と避難行動支援に係る業務をスコープとしました。デロイト トーマツ グループの都市OS 『City Connect』 の総合防災ソリューションを活用し、迅速なPoC実行を目指しました」と浜名は話す。
特に今回課題感が強かったのは、複数の避難所における連携であったため「避難所管理」について注力した。まず市民はスマートフォンの専用アプリをダウンロード、事前に個人情報を登録してもらう。災害時には避難所へ移動した際、QRコードや顔認証によるチェックインを実施する。こうすることで、避難所へ入る際の手書き登録などの作業を無くし、どの避難所に誰が避難しているのかを自治体側がデータで管理できるようになる。
白戸氏らは実証では、「実際にPoCを走らせてみて、迅速かつ正確に入所手続きができたのは良かったですね。顔認証などを端末で行うので手続き用の人員配置も最低限にできました。手があけばもっと重要な場所に人を配置できますから」と話す。「これまでリアルタイムでの情報連携はできなかったのですが、今回デジタル化することでそれが可能になりました」
人的工数とコストの大幅削減
PoCを行った結果、避難所管理システムの導入で人的工数の約70%、配置人数の約65%の削減を期待でき、避難所1カ所あたり1日51時間・約15万円、三鷹市にある全34避難所に導入した場合約520万円のコスト削減効果が期待できることがわかった。白戸氏が話すように人的工数を削減できれば、より重要な場所に人を配置できる。
一方で課題もでてきたという。白戸氏らは「やはり市民の方々に事前にアプリをダウンロードしてもらうためには、個人情報が守られていることがわかること、そして平時でも使いたくなるものでないといけない。」と話し、浜名も「平時利用は課題で、健康アプリのような形で日々の健康を記録すると何らかのインセンティブがあるなどを考えていきたい」とうなずく。
また災害時インターネットを含む通信回線が途切れてしまうこともあるだろう。この点について浜名は「現在、端末間をBluetoothで連携し、インターネットが使えない時も利用ができる仕組みを開発しています」と話す。
PoCを9週間で完了させたスピード感は都市OSの存在が大きい
三鷹市のPoCは2021年の9月から11月までの間の9週間で行われた。「アプリの開発などをゼロから着手していてはPoCの良さであるスピード感が出せません。都市OS『City
Connect』は、書かれている言語が異なるような別のシステムであっても連携することが可能です。この都市OSをベースに実施することで、迅速なPoCが実現可能になりました」と浜名は話す。
「一方でデジタル化を推進するにあたり、注意したいのは誰もが利用できるようにすること。まだスマートフォンやアプリに使いこなせていない方もいます。自治体が提供する以上、情報格差があってはいけません。私たちコンサルタントの強みは、こうした課題に対して最適解を提示できること。これがハードウェアメーカーであれば、その範囲でしか提案できませんが、私たちは全体を通じて絵を描けます。もし、スマートフォンの操作が苦手であれば、今回のような顔認証を導入することもできますし、音声操作やチャットボットを導入することもできます。平時利用のモチベーションを高めるために、保険会社などと組んで健康アプリとしてのサービスを強化することも検討可能です。これらができるのは、1つのサービスを提供するメーカーではないコンサルタントの強みといえます」
今後の展開として浜名を含むデロイト
トーマツのスマートシティ担当者たちは「災害に強く安全安心なまちを三鷹市が目指していくために、短期・中期・長期で考えていきたい」と話す。短期の部分が、今回実施したPoCの避難所のスムーズな受付・退出確認だ。ここからスマートフォンなどで確認できる3Dマップの作成などをし、スムーズな避難行動を可能とする取り組みを進め、データ分析やSNS等を活用した災害対応対策などの研究・検討を行っていくという。
持続可能なスマートシティを実現するためには、ただPoCのシステムを構築して終わりではなく、「都市とデータ」をどのように結び、それをどのように他の「結ぶ」と連携できるか考えていく必要があると、デロイト トーマツでは考えている。
OTHER
2021/04/28
デロイト トーマツ グループのスマートシティ Future of Citiies|D-nnovation|Deloitte Japan
#スマートシティ
浜名はまた、三鷹市との取り組みから、さらに他の自治体とも防災DXに取り組んでいる。
「日本のDXの中でも特に防災は遅れています。新しい技術を防災分野に適用させる、ビジネスエコシステムを構築することが難しいのが大きな理由です。そこにコンサルタントが貢献する余地があると考えています。
例えば、災害時の個々人の行動計画を立てるマイ・タイムラインという取り組みがあります。現状紙に記載しているために別居家族や自治体との共有が難しく、いざというときに無くなってしまうという課題があります。それをスマホのアプリにすることで住所を入れるだけで自宅の災害リスクを一覧にし、いざというときには河川のセンサー等と連携して危険を知らせ、避難の状況を家族や自治体に連携する取り組みを熊本県八代市で実施しています。そうした取り組みにゼネコンを巻き込むことで不動産価値を高めたり、保険会社と連携することで調査業務を削減したり、地元の中小企業が広告を出せるようにすることで地域経済を活性化する、といったビジネスエコシステムの形成で防災分野にもDX
を普及させることが可能であると考えています。
私は前職がJICAで、国際開発学会の研究×実践委員会のメンバーでもあるので、防災DXのノウハウを災害大国の日本で蓄積し、開発援助を通じて世界に普及させたいと考えています。それが今の最大のモチベーションですね」
白戸氏は今後の展望について次のように語る。「三鷹市を魅力のある町にしていきたいと思っています。そのためには今一緒に取り組んでいる水谷や長岡のような内部人材の育成はもちろん、デロイト トーマツのような外部パートナーとの連携は必要不可欠でしょう。幸い三鷹市は非常に理解のある市民の方が多く、また市側も新しいことに取り組む姿勢を多くの人が持っています。三鷹市だからこそ、この先進的な取り組みも実現可能だと考えています。そして防災DXを含めたスマートシティ、デジタル化が進んだ先には市役所にデータサイエンティストがいるような未来があるのではないかと思っています」
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