生き残る日本企業の「経営」はこう変わる。

DX、働き方改革、カーボンニュートラル──企業経営は、自社のビジネスの変革はもちろんのこと、地球規模の課題にまで向き合わねばならない時代に突入している。

企業経営には、これまでとは異なる“変化する力”をもたらし、企業ひいては社会の“希望”へと繋げるための戦略が必要だ。

待ったなしの企業変革を進める上で、新たに獲得すべき「第5の経営資源」について、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下、DTC)代表執行役社長の佐瀬真人氏が提言する。

※本記事は2022年10月24日〜25日に開催されたイベント「CHANGE to HOPE 2022」でのセッションをもとに構成しました。

佐瀬 真人 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 代表執行役社長 2019年6月に現職就任以来、COVID-19感染拡大などの経営の難局において、クライアント企業へのコンサルティングに加えて、自ら経営者として改革をリード。専門は、自動車/製造業を中心とした事業戦略立案、マーケティング戦略立案、技術戦略立案、組織・プロセス設計。共著に『モビリティー革命2030自動車産業の破壊と創造』(日経BP)がある。

急成長のコンサル市場と、停滞する日本経済

佐瀬 私たちDTCは、総合コンサルティングファームとして、経営課題にお応えすることをビジネスとしています。

企業にとっての「課題」「イシュー」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?

自社内なら、働き方改革やDX。グローバルな社会課題なら、エネルギー危機やSDGs、カーボンニュートラルなど、さまざまな問題が混ざり合う時代を迎えています。

企業の課題を一緒に解くコンサルティングは、近い将来に2兆円規模に成長するともいわれる業界です。

しかし、日本経済の先行きは決して明るくありません。

GDP成長率を見ると、新型コロナの感染拡大が落ち着きつつある2022年は前年比2%超に回復が見込まれますが、この先は1%台へ落ち込んでいく。マイナスになるという予測も出ています。

日本経済が停滞するなかで、コンサルティング業界ばかりが成長する状況は、決して健全ではありません。日本の企業や社会に貢献できなければ、私たちの存在意義もない

この悲観的な状況を突破するためのヒントを、みなさんと一緒に見つけていきたいと思います。

グレート・トランジションに立ち向かうための「2つの力」

2021年のダボス会議で提唱された「グレート・リセット」という概念があります。

このとき、DTCとWorld Economic Forumではその対象として4つのキーワードを定義しました。

「グレート・リセット」とは…現代社会が抱えるさまざまな問題の解決やより良い社会の実現のために、従来の経済・社会システムをリセットして再構築すること。世界経済フォーラム(WEF)が、2021年に開催予定だったダボス会議のテーマとして発表した。 「リセットすべき4つのもの」意識、経済、企業文化、グローバルな連携・協力のフレームワーク。

ただ、リセットと言っても、世の中はそう簡単には変わりません。長い時間をかけて変化していく「グレート・トランジション」と捉えるべきです。

では、グレート・トランジションに立ち向かうために、企業に必要なものとは何か? 私は「信頼」と「変化する力」だと考えています。

企業は信頼という“軸”があって初めて、遠心力を思い切り利かせて変化できます。信頼がなければ、企業は変化に耐えきれず崩壊してしまうかもしれない。

だから、「信頼」と「変化する力」の両立が重要です。

みなさんにお配りしたDTCの書籍『パワー・オブ・トラスト -未来を拓く企業の条件-』でお伝えしているのが、この「信頼」についてです。

企業の実例を多数収録し、60点におよぶ図表とともに、リアリティある“経営の解”を提示。コンサルティングの仕事やDTCのビジョンについても、より深く知れる1冊だ。

信頼は日々アップデートされ、その「対象」や「次元」「時間軸」はどんどん変わりつつあります。

たとえば、これまで企業が信頼を得る主な「対象」は、顧客と株主でした。

ところが今では、より広いステークホルダーからの信頼を獲得する必要があります

サプライチェーン全体をカバーする取引先、自社の従業員。社会課題を解決するには、政府や行政機関、学術研究機関、最近力を持ち始めているNPOやNGOとの信頼関係も欠かせません。

信頼の「時間軸」も同様です。企業の向き合う課題が複雑化し、より長期的な信頼を得なければ、課題解決が難しくなっています。

「中期経営計画」が日本企業の呪縛になってしまっている

日本の企業経営は変わる必要があります。どう変わればいいのか? 「メガトレンド」と「ボラティリティ」の双方に対応できるように、です。

多くの日本企業の経営は、3年〜5年の「中期経営計画」がベースとなっていますよね。ところが、メガトレンドの出現は10年スパン。一方で、ボラティリティは1年単位でやってくる。

つまり中期経営計画は、計画のサイクルとしては非常に中途半端。中計は今、日本企業にとってある種の“呪縛”にさえなっているのではないでしょうか。

従来の中期的な視野から、長期・短期双方の視点による経営モデルへとシフトすれば、当然ながら企業の変化の「対象」「起点」「経営資源」も変わっていきます。

変化の目的:競争優位性を持続させる → 一時的な競争優位性を作り続け、連鎖させる。変化の時間軸:3〜5年の中期 → 長期(10年超)+短期(6〜12カ月)の複合。変化の対象:企業(社内)変革 → 社会・産業の変革。変化の起点:トップダウン → ボトムアップ(自律分散型・個)。変化を起こす経営資源:ヒト、モノ、カネ、情報 → +コミュニティ

そこで今日みなさんにお伝えしたいのは、変化を起こすための「第5の経営資源」についてです。

従来のヒト・モノ・カネ・情報に加え、第5の経営資源として「コミュニティ」の重要性が増していきます。

変革は、社内だけでなく「社会」からも

これから企業が変革すべきものは、自社の範囲にとどまりません。大きな課題を抱え、衰退する産業や社会それ自体を変革する。

自らを取り巻く環境の改善こそが、企業の成長や価値向上につながっていくのです。

ただし、いち企業の力で産業や社会を変革し切るのは不可能。公的機関やソーシャルセクター、学術機関らと手を携え、マルチステークホルダーで取り組んでいきましょう。

実際にこういった共同での研究や実証実験は急激に増えています。代表的な事例をご紹介しましょう。

私たちDTCが千葉市で取り組んでいる「医療MaaS(※)」の実証実験です。

※Mobility as a Serviceの略。公共交通やカーシェアリング等の移動サービスをデータ統合し、最適な移動を支援する概念。移動の利便性向上だけでなく、観光や医療等との連携による地域の課題解決の手段としても注目される。

日本の地域社会で今、多くの高齢者が移動手段の課題を抱えています。

特に慢性疾患などで定期的に通院が必要な方にとっては切実で、医療とモビリティが掛け合わさった大きな問題となっています。

この解決を、病院あるいはモビリティ事業者だけに任せればいいかと言えば、そうではありません。

そこでDTCが中心となり、東京海上日動火災保険や地元のタクシー事業者などの9社団体と自治体が連携し、医療に関するサービスをワンストップで提供できるようなプラットフォーム構築を目指すプロジェクトがスタートしました。

デジタルアセットだけの仕組みなので、千葉市で実現できれば、同じ地域課題を抱える他の自治体にも展開していけるでしょう。

そして人材育成においても、社内から社会へと目を向けるべき時が来ています。その一例が、「Women In Tech」です。

キャリア層から中高生までを対象に、テクノロジー領域での女性活躍を支援する取り組みです。

理系に女性が少ない構造的な問題を、コンサルティングファームならではの総合力を活かしたコンテンツで支援しています。

人材育成のもう一つの事例は、「神山まるごと高専」ですね。約20年ぶりに新設される高等専門学校として開校予定のこの高専に、DTCはスカラーシップ・パートナーとして参画しています。

次世代の起業家を育成していこうと、多数の大手企業が支援する。

地域と学校と企業、さらに大企業とベンチャーとの連携という意味でも、将来の日本にとって、非常に意味のある取り組みだと思っています。

経済合理性を“リ・デザイン”する

このように社会変革を進めていく上で、DTCが提唱している重要な概念が「経済合理性のリ・デザイン」です。

社会課題がなくならない原因を突き詰めると、そこには一定の経済合理性がある。

であれば、この経済合理性を変えて、社会課題を生むとコストが掛かり、反対に社会課題を解決しながら儲けられる世界をつくろう、ということです。

すでに進めている取り組みに、「チョコレート生産における児童労働問題」があります。原料になるカカオの生産は、コストの低い児童労働で支えられている産業です。

そこにたとえば、児童労働で作られたカカオには高い関税を課して、生産者サイドの経済合理性を変えたり、あるいは児童労働の有無を製品に明記することで、消費者の意識を変えたりするのも重要です。

そのためにはサプライチェーンに児童労働を伴わないことを明示して、そうした製品を選ぶ消費者を増やしていくことも欠かせません。

現在はブロックチェーン技術を用いた実証実験の取り組みを支援していますが、将来的に共通の目的でつながるコミュニティが生まれ、経済合理性のリ・デザインが実現できるのではないかと考えています。

第5の経営資源「コミュニティ」の本質

変革の現場に入り込んで、社会変革をしていく。そして、企業と共に成長していくのがDTCのコンサルティングスタイルです。

そのほかにも、ここ丸の内では「TMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)」という、イノベーション創出支援プラットフォームに参加・支援しています。

大手町・丸の内・有楽町エリアの130ほどの企業・団体から、「社会を変えたい」という熱い思いを持ったメンバーが集まり、今まさにいろんな成果が出始めています。

コミュニティは、利害関係のある企業同士が組むエコシステムでもなければ、協定書を取り交わして発足するコンソーシアムでもありません。

企業とマルチステークホルダーとの間にある余白を埋め、パーパスと知識・ノウハウを共有しながら、よりスピーディに物事を進めていける柔軟な関係性の上で成り立つものです。

従来のヒト・モノ・カネ・情報に、新たにこの「コミュニティ」が経営資源に加わることで、今までなしえなかった新たな価値の創出の可能性が広がっています。

さらに解像度を上げてTMIPを見てみると、社会変革の志を持った個人と個人の間にケミストリーが起こって「コミュニティ」が立ち上がり、社会を動かす変化を生み始めていることがわかってきました。

それを踏まえると、「第5の経営資源」であるコミュニティの本質とは、個人の志なのだと感じます。

DTC自体もコミュニティを起点に、新しい経営スタイルにシフトしていこうと、「DTC value2030」という方針を掲げ6月から動き始めました。

ここまでお話ししてきたような社会変革を実現するため、新たなコミュニティという資源を活用する取り組みにチャレンジしている最中です。

変わっていくことに希望の光を見出す──まさに「CHANGE to HOPE」のお話をさせていただきました。日本の未来をより良くしていく取り組みを、みなさんとご一緒できればと思っています。


執筆:横山瑠美
撮影:小島マサヒロ、森カズシゲ
デザイン:久須美はるな
編集:中道薫

NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2022年11月28日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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