社員エンゲージメント15%アップ。
デロイト トーマツは何をしたか

VUCAと称される変化の時代にあって、コロナという想定外の変化も加わり、組織運営に悩む企業は多い。経営学者・田中聡氏も「放っておくとどんどん人が組織から離れていってしまう」と警鐘を鳴らす。
そんななか、働く人の「幸福」に焦点を当てた組織改革で結果を出しているのがデロイト トーマツ コンサルティング合同会社だ。お題目ではない本気の「メンバーファースト経営」によって、今期、コロナ禍においても、高い業績を達成した。
変化の時代の組織運営に正解はあるのか。経営学者・田中聡氏とデロイト トーマツ コンサルティングChief People Empowerment Officer(CPEO)の長川知太郎氏の対談から探る。

従業員の「幸福」の追求には「経済合理性」がある

田中聡氏(以下、田中) 日本企業が従業員の幸福やウェルビーイングに着目し、幸福経営に注力しはじめたのは、2010年台半ば頃からです。

 リーマンショック以降、行き過ぎた短期業績志向・合理主義経営に対する批判が強まり、長期的な視点に立って健全な経営をすること、そして、その基盤となる「人と組織」を支援することに経営の関心が向けられるようになりました。

 なかでも、大きな追い風になったのが「人手不足」です。2014年には有効求人倍率が1倍を超え、日本は超人手不足時代に突入しました。2018年に行われたパーソル総研と中央大学の共同研究では、2030年には人手が644万人足りなくなるという結果が出ています。

 この頃から、「人を選ぶ会社」から「人に選ばれる会社」への転換を図ろうとする一部の企業を中心に、「従業員の幸せ」というテーマが経営課題として扱われるようになったのです。

パーソル総研と中央大学の共同研究による(2018年)

 とはいえ、今はまだ一部の先進的な企業に見られる動きであるのも事実です。ただ、今後は採用競争力の高い人気企業であっても無視できなくなり、あらゆる企業が従業員の幸せを本気で追求していく時代になっていくのだと思います。

長川知太郎氏(以下、長川) 耳の痛い話です。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下、DTC)が「メンバーファースト経営」を掲げたのは現CEOの佐瀬が着任した2019年。

 コンサルタントを志望する人材は過去から現在において非常に多く、当社も、メンバーの幸福について本気で考えはじめたのは、後発組です。これまでは世の中をよりよくするために「クライアントファースト経営」でやってきました。

 バリバリ働くことが楽しいと感じる人がいる一方で、燃え尽き症候群になる人もいたし、辞めていく人もいた。ある意味それを当たり前として続いてきたのが、コンサルティングの世界だと思います。

田中 最近ではコロナ禍の影響で、多くの企業がリモートワークを導入しています。物理的にひとつの場所に集まって仕事をする機会が減り、組織や職場に対する帰属意識が低下したという声をよく耳にします。

 また、それ以前から少しずつ広がっていた兼業・副業の働き方がここにきて一気に加速しています。つまり、放っておくとどんどん遠心力が働いてしまう。そんな状況になりました。人手不足は進行しているので、これからの採用はより困難になる。

 さらに、働く環境が大きく変化し、一時的に時間の余裕が生まれたことで、多くの人が「なぜ自分はこの会社にいるんだろう」「なぜこの仕事をしているんだろう」と考えるようになりました。

 金銭的な報酬だけでなく、その会社に固有のビジョンやミッションといった非金銭的な魅力の重要性に気づいた人も多いはずです。言うまでもなく、金銭的な報酬だけでは人のエンゲージメントを長期的に高め続けることはできません。

長川 最近入社したメンバーが、「コロナがなかったら転職していなかった」と話していました。今まで以上に人材が移動しやすくなった社会状況を見ていると、メンバーファースト経営へと舵を切ったタイミングは間違っていなかったと感じています。

 当初は「メンバーのわがままが爆発するのでは」「顧客に迷惑をかけるのでは」と懸念する声が社内にありました。

 ところがふたを開けてみると、好業績を記録。もちろんそれ以外の要因もありますが、メンバーファースト経営には経済合理性があったということです。

 また、エンゲージメントを調査したところ、メンバーファースト経営前後で、「満足して働けている」と回答したメンバーが15%も増えていました。

田中 「従業員のウェルビーイングを追求して、果たして本当にパフォーマンスは上がるのか」という問いは、多くの企業が抱く疑問でしょう。でも御社のように真摯に取り組み続ければ、少しずつであっても着実に成果が表れていくものです。

 従業員が「この仕事は社会にとって意味がある」「顧客にとって価値がある」と本気で感じて提供しているサービスは、やはり受け手にも伝わります。

 商品・サービスの総量が飽和している現代においては、機能的な価値だけではなく、情緒的な価値も含めて、いかに訴えていくかがカギになります。

 そして、その価値を届ける最良のメディアが「幸せそうに働く従業員」ということなんだと思います。

長川 上司からプレッシャーをかけられ、仕事を「させられている」感覚の人と、仕事にワクワクしている人だったら、クライアントとしても後者からの提案に乗りたいですよね。

 ですから、メンバーファースト経営においては、「コンサルタントは自分たちこそが商品であり、サービスだ」という意識を育むことが肝要だと思っています。

 また、「一生をかけてコンサルタントという職業に取り組んでもらう」という目標もあります。一定の期間、知識やノウハウを吸収するために我慢して働いて、その後、脱コンサルして違う業界へ、というのはよくある話です。

 コンサルタントの社会的な認知を上げ、なくてはならない存在と感じてもらえるような職業にするためにも、長い時間をかけて真摯に取り組む職業として定着させたいと考えています。

短期間でエンゲージメントが15%改善した理由

田中 それにしても、この短期間でエンゲージメントが15%も改善したというのは驚きです。実際にどのような取り組みを行われたのでしょうか。

長川 たとえば、部門ごとにメンバー満足度(Employee Experience=EX)に責任を持つ「Experienceパートナー(執行役員)」を設置しました。

 キャリアコーチングも導入しました。メンバーに1人ずつコーチがついて、業務に関すること以外も相談できます。また、組織間の異動の制度や、クライアント先への出向制度も整備し、視野を広める機会を増やすと同時に、キャリアの多様性を担保できるようにしました。

 ただ、最初に手を付けたのはデロイトがグローバルで定めている共通の価値観=5つのシェアードバリューをメンバーが理解しやすいよう日本語化して、浸透を図ったことです。

 そのシェアードバリューに基づいて、「なぜ私たちはこの場で働くのか」を言語化し、定着を図るためのワークショップも行いました。「なぜこの場で働くか」とは、逆に言えば「ここで働くとどんないいことがあるか」でもあります。

田中 バリューは組織の価値観であり、企業にとっての原点ですから、ファーストステップとしてそれを見つめ直すことは非常に重要です。といっても、原点の言語化や、トップからの訴求ができていない企業も多いのですが。

 それに加えて、従業員の声が活かされる環境を整えることも欠かせません。

 組織の意思決定に自分が関わる余地があるかどうかで、従業員の意識や行動に大きな違いが生まれます。経営陣が思っている以上に、従業員は「自分の声を聞いてもらえているか」を敏感に感じ取るものなんです。

長川 わかります。それで当社もプロジェクトメンバー内での意思疎通をスムーズにするため、フィードバックを習慣づけるようにしました。マネジャーからだけでなく、スタッフからも、たとえば「あの指示はわかりにくかったので、次はもう少し具体的にしてほしい」というような。

田中 最近、「心理的安全性」という概念が注目を集めています。これがうまく働いているチームは、目指す方向性、掲げる成果目標にみんながフォーカスできています。

 だからこそ、目標に近づくための議論であれば、たとえ相手にとって耳の痛い一言であっても気兼ねなく伝え合うことができる。

 心理的安全な職場・チームというと、「ほのぼのとしたなかよしクラブ」のイメージを思い浮かべる人もいるでしょうが、決してそうじゃないんです。

長川 私たちも心理的安全性こそがチームの生産性を向上させ、イノベーションのバラエティをより多様にし、結果的に強いチームを生み出すと考えます。

 それさえあれば、入社1年目のメンバーが、何も知らないからこそ「これっておかしくないですか?」と、思いもつかないような気づきを与えてくれる可能性もありますから。

コンサルが開く「誕生日会」の意味とは

田中 2012年に米国経営学会で発表されたイノベーション研究の論文で、創造的なアイデアを持っている人ほど、それを提案したときに生じる組織内の抵抗や批判を事前に察知し、結果、アイデアを出さなくなってしまうということが示されました。個人の中でお蔵入りするわけですね。

 そして、それを突破するために必要なのは「社内での支援的なネットワークだ」ということも示されています。つまり、「支援的なネットワークがある」と本人が感じられる場合にのみ、革新的なアイデアが提案され、組織的に実行されるということです。

 最近、「せっかく新規事業起案制度を用意したのに、従業員から良質なアイデアがまったく上がってこない」と悩んでいる企業も多いようですが、「うちの会社にはイノベーターがいない」と結論づけるのは時期尚早。

 まず会社内に支援的なネットワークがあるかどうかを見直しましょう、ということですね。

長川 企業のなかには、イノベーティブなアイデアをより強化し、実行を助けてくれるような知恵者もいます。そんな知恵者の存在をメンバーに認知してもらうためには、組織としての縦のつながりとも、同期の横のつながりとも違う「斜めのつながり」が欠かせません。

 それで、社内セミナーや勉強会など、思いつく限りのことはやってきたのですが、みんな楽しそうじゃないんですよ。特に最近はオンライン前提なので、エモーショナルなレベルの共感が作りにくいというのもあります。

 そこで、ある意味、苦肉の策として昨年からはじめたのが、「オンライン誕生日会」です。会社からメンバーの家にランチを届けて、皆で同じものを食べながら話をします。

田中 「オンライン誕生日会」とは意外でした。御社のスマートなイメージとのギャップが面白いですね(笑)。

iStock.com/RuthBlack

 「こういう思いを持っている人が同じ会社にいるんだ」という発見は、自分がその企業で働く意味を見直すときの良い刺激になりますよね。

 また、誕生日会は「誕生日(月)」という共通項が会話のきっかけになりますし、非日常と日常がうまくミックスした良いバランスかもしれません。

 今後、オンライン誕生日会という偶発的な出会いをきっかけとした支援的なネットワークが御社内のあちこちに形成され、そこから新たな事業機会が生まれることも期待できますね。

長川 まだ成果が出ているわけではなく、今のところは「みんな楽しそうだからいいか」くらいの気持ちです(苦笑)。せっかくなので、ネットワークの力を実感し、ワクワク働くことにつながるような集まりにしていきたいです。

お互いを尊重し、変わり続ける覚悟を持てるか

田中 会社の上層部が決めた方針に従って、ただロボットのように作業する組織であれば、そもそも従業員のクリエイティビティは必要ありません。

 でも、そんな組織はもうほとんど残っていませんし、仮にあったとしても遅かれ早かれ人間以外の装置に置き換わっていくことでしょう。

 変化の激しい時代では前例踏襲が通用せず、また必ずしも上層部が「正しい解」を持っているわけでもありません。DTCの「メンバーファースト経営」は、トップやマネジャーだけでなく、全員が自分なりの「Why」を持って働く組織を目指しているように感じます。

長川 そのとおりです。私たちが目指しているのは、4000人のメンバー全員が「超一流」と言い切れる企業です。

 「2割の優秀なメンバーが全体を引っ張る」という2:8の法則がありますが、私たちは一人ひとりが商品なので、「御社には『引っ張られる側』のメンバーを派遣します」とは言えません。

 当然、難易度が高い挑戦です。経営陣やマネジャーだけでなく、スタッフも常に自身をアップデートしていかなければならないし、「この組織で何をしたいのか」「どうなりたいのか」と常に問われる。

田中 マネジャーの発信力も問われますね。最近、「マネジャーにはなりたくない」という若手が多いんです。「とにかく忙しそうであまり仕事が楽しそうに見えないし、自分がいつかそのポジションになったとき、そう見られたくない」と。

 「メンバーの意見を取り入れなければ」「経営陣の意向を確認しなければ」と、さまざまな関係者の声を聞くことばかりに注力している管理職もいますが、マネジャーだってひとりの人間であり、当然それぞれの思いがあるはず。

 自分の思いに蓋をして、険しい顔をしながら組織の肩書きや役割に徹していても、必ずどこかで限界がきます。

 今求められているのは、組織の代弁者ではなく、自分の言葉で会社の存在意義や仕事の魅力を語れる「人間味のあるマネジャー」ではないでしょうか。まさに長川さんのような方です(笑)。

 笑顔で働くマネジャーの幸せが、チームメンバーの幸せにもたらす影響は計り知れません。

長川 これまで日本企業は、マネジメントやリーダーシップについてのトレーニング、管理職のキャリアパスのデザインを重視せず、教育も行われてこなかったと感じます。

田中 足りていませんね。私の所属する立教大学経営学部の大学院では、去年から人づくり・組織づくりのプロフェッショナルを育成する新コース(リーダーシップ開発コース)を開設しました。

iStock.com/SARINYAPINNGAM

 定員20人の募集に対して説明会だけで数百人ものエントリーがあり、皆さんがどれほど人と組織の問題に悩んでいるかが伝わってきました。

 チームは人の集合体だから、人の気持ちが日々変わるように、チームも変わり続ける生き物です。「安定したチーム」などというのは幻想でしかなく、どんなチームであっても実際には「日々順調に課題だらけ」なはずです。

 チームづくりは本当に大変で、面倒くさいし、「お互いに変わり続ける」覚悟が求められる。でも、たゆまぬ努力の上にしか、強いチームは生まれません。

長川 相手を大事にしたり、尊敬したりという気持ちがないと成り立ちません。言うのは簡単ですが、常に相手を思いやるって簡単ではないですよ。でも、その先に、メンバー全員が各人の能力を発揮できるチームが生まれるのだと信じています。




執筆:唐仁原俊博
撮影:小池彩子、茂田羽生
デザイン:月森恭助
編集:大高志帆

NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2021年7月20日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。

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