【佐藤琢磨】大志を抱け。
でも、何も考えるな。その真意とは

 「VUCAの時代」と言われて久しいが、コロナ禍を経てその言葉の意味を改めて噛み締めた人も多いだろう。私たちは、本当に先の見えない、目まぐるしい変化の時代に生きているのだ。企業も生き残りをかけた変革を迫られている。
では、グローバルで日本が生き残るために、私たちビジネスパーソンが備えるべきマインドセットとは何か。世の中の変化を常に先回りして捉え、日本の未来をつくり出す方法とは。世界の舞台で活躍するレーシングドライバー佐藤琢磨氏と、2月より佐藤氏のスポンサーとなったデロイト トーマツ コンサルティングCEOの佐瀬真人氏が意見をかわす。

ビジネスでもスポーツでも「フィジカルの差」は大きい

佐瀬真人(以下、佐瀬) 私たちデロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)は、グローバルでトップをとれる企業をつくりたいという思いのもとに日々コンサルティングを行っています。

 ビジネスとモータースポーツ、世界は違えどまさにグローバルに挑戦し、勝ち抜いてきた佐藤さんには、その点で強く共感していました。

 一緒に勝利を掴み取るお手伝いができればということで、今回のスポンサー契約に至ったわけですが。改めて、よろしくお願いします。

佐藤琢磨(以下、佐藤) こちらこそ、これからよろしくお願いします。



佐瀬 佐藤さんの「No attack, No chance」という言葉、とても好きなんですよ。一方で、日本にはグローバルでトップをとろうという高い志を持った企業やビジネスパーソンが少なくなったとも感じています。

 なぜ佐藤さんは、常に高い目標に挑戦し続けられるのでしょうか。

佐藤 誰よりも速く強くありたいという思いはレーシングドライバーなら当然で、国籍に関係なく全員がトップを目指しています。

 僕のその思いが他のドライバーより強いとしたら、それは解決したい課題があるからでしょう。カーレースの頂点カテゴリーにおいて、日本人がまだ一度もドライバーズタイトルとして世界の頂点に立っていないこと。

 二輪スポーツでは過去に何人もの世界チャンピオンが生まれているのに、四輪ではそれが成し遂げられていない。でも、できないはずはない。それを証明するために挑戦を続けています。

佐瀬 佐藤さんはモータースポーツの世界に入る前に、自転車競技で選手をしていたんでしたね。



佐藤 自転車競技で感じたのは、やはりフィジカルの差は大きいということ。

 体が大きくない自分にはどうしても、体格差によるディスアドバンテージがあります。それを言い訳にするのは嫌でしたが、世界のトップをとろうと思ったときに、どうしても越えられない壁も存在する。

 その点、モータースポーツならフィジカルの差に関係なく戦うことができます。フィジカルでは到底敵わない相手でも、モータースポーツというフィールドであれば頂点に立てる可能性がある。僕はそこに魅力を感じて、モータースポーツの世界に入りました。

佐瀬 その考え方は、ビジネスにも通じるところがあります。今、日本で勝機があるのは、素材や電子部品など、品質や技術において圧倒的な強さを持つ「グローバルニッチトップ」と呼ばれる企業です。

 こうした企業は、自分たちが磨き込むべき強みがわかっている。だから、最初から日本やアジアのような小さなマーケットでなく、グローバルでどう戦うかという広い視野で戦略を立てています。



 つまり、グローバルで勝つためのチケットは、大企業だけが持っているわけではない。それよりも、佐藤さんの言う通り、「グローバルを見据えて勝つ方法を考えているか」という、目標や志のほうが重要です。

柔軟性と存在感、佐藤琢磨流DEIのススメ

佐藤 モータースポーツはチーム競技でもあるので、メンバーに対する広い視野や柔軟性もグローバルで勝つための重要な要素だと考えています。ビジネスの世界でも「ダイバーシティ」は近年注目される概念ですよね。

佐瀬 多様な国籍や異なるバックグラウンド、考え方を持ったメンバーが協力し合い、いかに良い成果をあげるか、いわばDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)の観点ですね。おっしゃる通り、ビジネスでも同じく重要です。

 私たち自身、デロイトの他国のメンバーファームとのコラボレーションも多く、それゆえに難しさもありますが、積極的にDEIに取り組んでいます。

 お互いの違いを理解し、チームとしてパフォーマンスを出すのは、もはやグローバルにビジネスを展開する際のリテラシーのひとつ。

 また、多様性に富んだチームのほうが中長期的に見て「強い」ということもわかっています。DEIはグローバルで勝ち抜くための戦略でもあるのです。



佐藤 僕がアスリートとしてダイバーシティの中に身を置いて残念に思うのは、「自分の意見を言う」「注目を集める」ということに対する日本人(※教育・文化的な意味合い)の苦手意識です。

 同じメンタリティを持った国内ならそれでも構いませんが、グローバルではそれが弱さに直結します。

佐瀬 日本は「察する」というハイコンテクストな文化ですから、欧米とはまったく違いますよね。

佐藤 時には、アジアの島国から来た小さなドライバーの一言なんて、最初から聞き入れる気がない相手もいます。それに対抗するためにも、表現の手段はしっかり考えていかないと、あっという間に飲み込まれてしまう。



 これは僕なりのDEIですが、まずは相手へのリスペクトを示して、相手のやり方に合わせる。それがうまくいけば、自分の引き出しが増えてラッキーという感覚です。相手のやり方でうまくいかなかったら、そこではじめて自分の意見を提示します。

 すでに失敗しているわけですから、こちらの意見も受け入れられやすいし、それで成功すると、次からははじめから意見を求められます。成功すれば発言権を得られるんです。

佐瀬 柔軟性を持ちながら、自分の存在感もきちんと示していく。主張するのが苦手な日本人も、佐藤さんのやり方なら実践できそうですね。

佐藤 逆に、ミスをした際のコミュニケーションも日本人は学ぶべきです。



 2019年にポコノで行われたレースで、スタート直後に僕を含む5台のマシンが多重事故を起こしました。幸い、大きな怪我人は出ませんでしたが、問題なのは中継のカメラアングル。僕がその事故を引き起こしたように見えたんです。

 事故に巻き込まれたドライバーが「アメリカンヒーロー」的な存在だったこともあって、当初は完全に僕が悪者に。特にSNSでは、いわれのないバッシングや、差別的な言葉も浴びせられました。

佐瀬 そういう場面で自分が外国人であると認識させられるのは、とても辛かったでしょう。



佐藤 でも、きちんと検証すれば、僕の無実ははっきりしていましたし、チームもすぐに事故当時のデータを元に正確な情報を発表してくれました。その時ばかりは僕も、普段はほとんどしないSNSでの発信をしました。

 すると、多くの人が態度を変えた。翌週行われたレースでは、すごくたくさんのポジティブな声援をもらいました。

 ポコノのレースの解説者も、「おめでとう」と言いにきてくれました。彼はテレビ局のミーティングで、「自分の発言は間違っていたから撤回する」と言っていたそうです。

佐瀬 「自分は間違っていた。訂正して謝る」。そうした場面でよく見られる欧米の人たちのはっきりとした態度も、私たち日本人が学ぶべき美点ですね。

ビジネスパーソンよ、大志と「考えない時間」を持て

佐瀬 このようにグローバルで戦うマインドセットを備えたら、次はいかに勝率を上げるか、です。私たちもコンペなどで日常的に勝ち負けを経験しますが、そこで感じるのが「偶然勝つことがあっても、偶然負けることはない」ということ。

 負けたときには必ず原因があるので、それを突き詰めて、いかに潰していくかが重要だと考えています。

佐藤 僕は、モータースポーツというストレートな勝ち負けの世界に身を置いていますが、レースでも同じように、自分の弱点や失敗する可能性を潰すことで勝率は上がっていきます。

 マシンにはさまざまな計測器がついていて、すべてがデータとして出てくる。それを分析し、PDCAを回すことで、一歩一歩勝利に近づいていくんです。



iStock.com/vm

佐瀬 データ活用の重要性はビジネスでも同じです。経験の蓄積から生まれた「なんとなく」の仮説も、データを元に分析することで、より精度の高い未来予測になる。その上で意思決定ができれば、自ずと勝率は上がっていきます。

 私たちはコンサルティングファームとして、さまざまなデータ活用の方法論を確立しています。それは、ビジネスはもちろん、社会課題の解決にもつながり得るものです。

 今後は佐藤さんにも、この壮大な「社会実験」とでも呼ぶべき取り組みに協力していただきたいと思っています。

佐藤 目指すは勝つための方法論の確立ですね。それは楽しみです。

佐瀬 そもそもの話になりますが、「グローバルで勝つ」前提にはいい仕事が不可欠です。いい仕事を極めたいという思いが、「グローバルで勝つ」という言葉に収斂される。



 ですから、佐藤さんのように本当にグローバルでトップをとれるかは別として、今の若い世代にはトップを目指す志を持ってほしいと思うんですよ。

 また、ビジネスは一人でするものではありませんから、共に戦ってくれる最強の仲間を、グローバルな視点で見つけてほしいです。

佐藤 同感です。僕も、チームやスポンサーなど、本当にたくさんの人の協力の上でレースに参加しています。自分一人でできることは限られているので、仲間を増やすのは大前提ですね。

 僕からアドバイスしたいのは、何もしない時間を積極的に作ること。僕は昔から不可能な夢ばかり見て、「そんなの無理だよ」と何度も言われてきました。

 ですが、夢を見て、心から「楽しい」「意味がある」と思えることを続ける先にこそ、世界があるし、その中でのトップがあると思うんです。だから、ボーッとして内側からイマジネーションがわいてくる時間を大切にしてほしいですね。



佐瀬 何も考えない時間の大切さは僕も感じています。だから週末の朝は、まず走るんです。

 それでも最初のうちはいろいろ考えてしまうんですが、途中から「走る」以外のことが消えるんですよね。そうすると、頭がリセットされて、走り終わる頃には本当に考えなければいけないことが見えてくる。

 考えない時間は、質の高い思考を保つためにも必要なことだと思っています。

佐藤 日本が世界で勝つために必要なことについて話していたのに、最後に二人して「何も考えるな」って言ってるのも面白いですね(笑)。

 ですが、表面的なHow toでイノベーションは起こせません。世界で勝ち抜くためには、まず自分と向き合うことですよ。






執筆:河田愛
撮影:小島マサヒロ
デザイン:久須美はるな
編集:大高志帆

NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2022年2月21日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。

RELATED TOPICS

TOP

RELATED POST