変われる企業、変われない企業。
「グレート・リセット」がはじまった
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世界経済フォーラムが「グレート・リセット・イニシアティブ」を始動し、日本でも注目を集めている。「グレート・リセット」とは、抜本的な経済・社会システム基盤の変革を指す。より公平で活力ある社会を実現するため、さまざまな問題を解決するために、これまでの「当たり前」をリセットして変革に臨むのだ。コロナをその好機と捉える向きも多い。
では、日本企業はグレート・リセットとどのように向き合えばいいのか。コンサルティングファームとして、企業の変革に伴走してきたデロイト トーマツ コンサルティングCEOの佐瀬真人氏に聞いた。
コロナ禍で企業は二分された
「グレート・リセット」という言葉をよく耳にするようになった。これは、世界経済フォーラム(WEF)の年次会議、通称「ダボス会議」の2021年のテーマとして発表されたもの。
ダボス会議に先立って年初に開催された国際会議「ダボス・アジェンダ」には、日本から菅首相も参加し、世界に向けて「脱炭素社会の実現」のメッセージを発信した。
新型コロナウイルス変異株の感染拡大などにより、残念ながら2021年のダボス会議は中止となったが、「グレート・リセット」の概念は世界中に広がっている。では、「グレート・リセット」とは何か。
「グレート・リセットとは、コロナ危機による困難への対処など、現代社会が抱えるさまざまな問題を解決するため、そして、より公平で活力ある社会を実現するために、従来の経済・社会システムをリセット。その上で新しく強固な基盤を築いていく、抜本的な変革のことです」
こう説明するのは、デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)CEOの佐瀬真人氏だ。
デロイトは、WEFと20年来の戦略パートナーシップを組み、社会・経済問題についての調査・研究を行っている。
WEFと共同で作成した、日本が今後推進すべき「グレート・リセット」のあり方を提言するレポート「日本の視点:『実践知』を活かす新たな成長モデルの構築に向けて」は、「ダボス・アジェンダ」でも反響を呼んだ。
近年、気候変動や格差の拡大といった社会問題は危機的状況にある。また、新型コロナウイルスの感染拡大は、世界中で深刻な影響を及ぼしている。
その場しのぎの対策を講じるだけでは、これらの危機からより良い世界を取り戻すことはできない。そこで、「グレート・リセット」が必要なのだ。
「世界がコロナに直面して1年以上が経ちますが、企業の変革に伴走するコンサルティングファームとして感じるのは、企業が二分されたということです。
ひとつは、これまでの価値観を踏襲する、変わらない企業。もうひとつは、コロナを変革のチャンスと捉えて、戦略や方向性を率先的に見直す企業。実際、当社への問い合わせも、昨年6月頃から急増しました」(佐瀬氏)
興味深いのは、グレート・リセットに向けて動き出しているのが、必ずしも業界トップ企業ばかりではない点だ。
佐瀬氏によれば、キーワードは「危機感」。かねてより、企業変革に対する健全な危機感を持っていた企業が、コロナを機に一気に変革に乗り出したのだという。
世界は変わったと認識し、腹を括って変革に向けて動き出すことができたかどうか。
経営者がそれを「グレート・リセット」と認識しているかは別にして、グレート・リセットのコンセプトを感じ取れるかどうかは、現代の経営者にとっての試金石とも言えるだろう。
日本人に備わったステークホルダー資本主義のマインドセット
では、私たちはどのようにして、自らを「リセット」していくのか。
グレート・リセットの根幹にあるのが、2020年のダボス会議のテーマでもある「ステークホルダー資本主義」だ。
「ステークホルダー資本主義とは、従業員、取引先、顧客だけでなく、あらゆるステークホルダーの利益に配慮したサステナブルな経営のこと。これまで当たり前に行われてきた、株主の利益を第一に考えて経営する『株主資本主義』の対になる言葉です」(佐瀬氏)
大前提として、企業は株主資本主義からステークホルダー資本主義へと転換していかなければならない。簡単に言えば、「儲かればいい」時代は終わったのだ。佐瀬氏は、企業のこうした転換に伴走するコンサルティングファームとして、次のように説明する。
「ステークホルダー資本主義への転換を成し遂げるために、企業はまず自分たちのパーパス(存在意義)という原点に立ち返る必要があります。
つまり『自分たちは何を目指す企業なのか』ということですが、これは企業理念やミッションにも表れます。
それをステークホルダー資本主義のキーワードであるサステナビリティの文脈に照らし合わせ、事業ポートフォリオを再構築するのが、グレート・リセットの最初の一歩です」(佐瀬氏)
たとえば、この先5年しか続かない事業なら、縮小・撤退する。少し時間はかかっても、環境負荷の低い、新しい事業の種をまく。パーパス経営に基づく事業ポートフォリオの再構築は、企業のグレート・リセットのひとつの大きな柱だろう。
もうひとつの柱が、「経済合理性のリ・デザイン」だという。
「企業にとって、SDGsのような地球課題に取り組むことは、ある種の『コスト』でした。つまり、長期的な視点で見て必要なことではあるものの、儲からない。すると、そのコストを支払える企業しか取り組めません。
ですが、たとえばDTCは今、児童労働が起きないエコシステムが構築された地域を政府が認定する『児童労働のない地域(Child Labor Free Zone)』制度の設立を、NPOとともにガーナで推進しています。
同時に、当該地域で作られたカカオなどの関税を撤廃し、『児童労働を用いない企業のほうが儲かる』好循環をつくろうとしている。このように、経済的にもメリットが得られる仕組みがあれば、どんな企業も進んでSDGsに取り組むでしょう」(佐瀬氏)
近年、成功するSDGsビジネスには、共通して「経済合理性のリ・デザイン」の仕組みがある。今の時代、サステナブルな取り組みをする企業のほうが消費者の共感を得られるのは自明だ。そこに経済合理性が生まれれば、取り組まない理由はない。
しかし、これはひとつの企業でできることではない。そこで日本に求められるのが、「ルールシェイパー」の役割だ。
「ステークホルダー資本主義への転換によって、さまざまな国際ルールがつくられていくはずです。
その際に、政府を動かして『ルールメイク』するのではなく、そうした新しい価値観に共感する企業で連合を組んだり、NPOや国際団体とエコシステムをつくったりしながら、ルールメイクの環境を整えていく、これが『ルールシェイピング』です。
日本では古くから、ビジネスの基本としてステークホルダー資本主義のマインドセットが備わっている。そんな日本だからこそ、『ルールシェイパー』の役割を果たし、世界の変革をリードすることができるのです」(佐瀬氏)
どんな人でも、近江商人の「三方よし」や「社会の公器」(松下幸之助)、「利他の経営」(稲盛和夫)などは聞き覚えがあるだろう。近年再び注目される渋沢栄一も、『論語と算盤』をはじめとする著書において、企業の社会的責任を説いている。
これらの根底にある考えは、ステークホルダー資本主義に通じる。
「それらを未来志向でアップデートしていけるか、新たな価値を生みだしていけるかが、日本企業に問われています」(佐瀬氏)
コンサルティングファームも二分化していく
このような企業のグレート・リセットは、コンサルティングファームにも変化をもたらす。
「これまでニーズとして多かったのは、経理や物流など特定の部門や機能における、いわば部分最適の変革。ですが、グレート・リセットにより、企業のニーズは全社変革へとシフトしています。
すると、コンサルティングファームも、企業の全社的な変革を支援できるファームと、特定の専門領域に特化したファームとに二分化していく。DTCは前者であり続けるために、自らもリセットし、さらにエッジを立ていく必要があります」(佐瀬氏)
DTCは、すでにコンサルティングスキルの再構築をはじめている。
一般的にコンサルティングファームといえば、金融や通信、素材などの業界に精通している、もしくは、戦略やファイナンス、組織人事の専門家集団、といったイメージを抱く。しかし佐瀬氏によれば、それは今後レガシーになっていくのだという。
「当然必要な基礎スキルですが、新しい時代には、その道を極めるだけでは不十分。加えて、デジタルやクラウドの業界インパクトを語れるリテラシーが必要になります。現代の変革には、それらがつきものだからです。
さらに、コンサルティングファームとしてのエッジを立てていく時代に入っています」
コンサルティングファームに必要な「エッジ」とは
佐瀬氏の言うDTCとしての「エッジ」について説明していこう。まずひとつめは、クライアントの目指す変革の青写真を描くところから、実際に実行するところまで、伴走して価値を提供し続ける「変革の伴走者」としてのエッジだ。
「今のように先の見えない時代は、地図=戦略を渡すだけでは、変革という山を登り切ることができません。そこで、クライアントに伴走して山頂を目指す存在が必要なのです」(佐瀬氏)
2つめのエッジは、専門家がチームを作ってクライアントの課題を解決することだ。
デロイト トーマツ グループは、コンサルティングの他に、監査・保証業務、ファイナンシャルアドバイザリー、リスクアドバイザリー、税務・法務という5つのビジネスから構成される。
「たとえば、グローバルでサプライチェーンを変革しようとすれば、コンサルティングだけでは解決できない、税務・法務や会計監査に関する課題も出てくる。そうしたときに、グループのプロフェッショナルが連携してクライアントの課題をワンストップで解決していくのです」(佐瀬氏)
これは、デロイト トーマツ グループが世界最大規模のビジネスプロフェッショナルネットワークの一員であるからこそ、より価値を発揮しやすい部分だ。
3つめのエッジは、業界固有の課題に対する解決方法=ソリューションを、システムとして構築することだ。DTCではこれを「アセット」と呼び、「人」に次ぐ新時代の財産として投資している。
「たとえば再生可能エネルギーの事業化を考えたとき、ある地域にどれほどの電力需要があり、どれほどの価格変動があるか。
昔なら、ゼロからデータを調べて、シミュレーションを行い、新規事業の需要を数ヶ月かけてクライアントに示していました。ですが、データや分析モデルがプリセットされたアセットがあれば、一週間ほどで答えを出すことができます。
この領域は、今後ますます伸びていくでしょう」(佐瀬氏)
また、世界中のスタートアップの情報を一元化した「TechHarbor(テックハーバー)」というアセットも開発済みだ。これを使えば、クライアントが新規事業に着手するとき、その領域の先端技術を持つ「組むべき」スタートアップはどこなのか、スピーディに答えを出せる。
アセットの作成においては、デジタルのプレーヤーと組んでいくことも重要だ。たとえば「GovConnect」というアセットは、官公庁や自治体の行政サービスをデジタル化する機能を、Salesforce等のプラットフォーム上で標準化して提供している。
こうしたアセットにはAIが導入されているため、データが蓄積されるほど、学習によってパワーアップしていく。つまり、先んじて投資したほうがアドバンテージがとれる。DTCが今、投資するのはそのためだ。
4つめは、新しい業界のあり方を考えていく、コンサルティングファームの醍醐味とも呼べるエッジだ。
たとえば、自動車業界が製造業からモビリティカンパニーになっていく。そのときにどのような世界が実現するのか、そこでクライアントはどのような役割を担うのか。クライアントと共にソーシャルイノベーションを起こしていくのだ。
これは、グレート・リセットの今こそ必要なエッジとも言えるだろう。
メンバーファーストでサステナブルな成長を目指す
DTCの変革は、これだけではない。佐瀬氏が2年前にCEOに就任したときに掲げた「メンバーファースト経営」も、そのひとつ。
それまでは結果的に「クライアントファースト」に力点が置かれていたが、働く人の「やりがい」や「幸福」に大きく舵を切ったのだ。
すべての部門に、部門内でのメンバー満足度(Employee Experience=EX)に責任を持つ「Experienceパートナー(執行役員)」を設置。加えて、その直下にEXを向上させるための特命チームを置き、「メンバーファースト経営」を推進している。
各部門で考案された施策数は、200を超えるという(2021年4月時点)。
「推進の結果、エンゲージメントを測定するサーベイでは、『DTCで働くことに意欲や幸せを感じている人』の割合が、取り組み開始前と比べて15%ポイント上昇しました。
メンバーに無理をさせれば、業績は上がるかもしれない。ですが、それは長期的に見たときに、サステナブルな成長ではありません。
メンバーが、DTCをキャリアを伸ばす上で最高の環境だと感じ、強いエンゲージメントをもって働いてくれること。それがコンサルティングファームとしてのサステナブルな成長につながると確信しています」(佐瀬氏)
撮影:小池彩子
デザイン:月森恭助
編集:大高志帆
NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2021年5月28日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。
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