注目される「前橋モデル」。
なぜ独自路線のまちづくりが
できるのか

インフラ整備に重きを置いた、行政主体のまちづくりが限界を迎えたと言われている。では、民間主体・官民連携による「今求められる」まちづくりとは、一体どのようなものなのだろうか。
そのモデルケースとなるのが、他の地方都市に先駆けて「スマートシティ」および「スーパーシティ」を目指す群馬県前橋市だ。街に賑わいを取り戻すべく、住民と一体になってまちづくりの指針「前橋市アーバンデザイン」を策定し、その実現に向けて動き出している。
行政主体のまちづくりには何が欠けていたのか。課題を抱える地方都市が、自ら再生する道はあるのか。前橋の取り組みを例に検証する。

デジタル最新技術×スローシティ。なぜ前橋モデルは生まれたか

 群馬県前橋市が、昨年末より内閣府が公募している「スーパーシティ型国家戦略特区」に名乗りをあげた。

 スーパーシティとは、AIやビッグデータなどの先端技術を活用し、都市内のさまざまな事業やサービスに共通して使用できるデータ基盤が整備された、社会の在り方を根本から変えるような都市のこと。

 前橋市はその「スーパーシティ」に「スローシティ」というコンセプトをかけ合わせ、独自のスーパーシティの在り方を模索している。

 「スーパーシティ×スローシティ」が目指すのは、デジタル最新技術を活用したSF映画のような未来都市ではない。

 市民の不便や困りごとを解決しながら、より便利に、安心・安全にさまざまなサービスを提供できる体制を構築。そこで生まれた「ゆとり」によって、市民が自分らしく生き生きと暮らせる「スローシティ」を実現するのだ

 このような前橋市の取り組みをサポートしてきたのが、デロイト トーマツ グループ(以下、デロイト トーマツ)だ。

 「デロイト トーマツは、前橋市の総合計画策定に関わり、策定後も市役所の『未来の芽創造課』との間で、スーパーシティのあり方について対話を行う機会をたびたび設けてきました」と、有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部パブリックセクターの米森健太氏。

 自治体の計画策定や行政評価といった行政相手の仕事を経て、官民連携でのまちづくりに携わるようになった、デロイト トーマツでも「まちづくりのプロ」というべき人材である。

 スーパーシティを目指すため、新しいまちづくりの手法として前橋市が選択したのが「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」だ。SIB実現のための基礎づくりにもデロイト トーマツが携わっている。

 SIBとは官民連携のひとつのかたちで、成果に応じて、関わった事業者へ報酬が支払われる、成果報酬型・成果連動型の仕組みだ。

 「ただ、SIBは動き出すまでが大変です。事業者を募集するための要項や仕様書の作成だけでなく、『何を成果指標とするか』『どの程度の変化で、どのくらいの報酬を支払うか』も決めなければいけません。

 また、どういう条件であれば、投資家が参画してくれるかも探る必要があります。そういったファイナンスに関する部分は、特に行政単独では検討が難しい面がある。そこでわれわれの出番になります」(米森氏)

 自治体の総合計画策定、行政評価、公会計など行政経営に関する知見、官民連携によりまちづくりを進めるPPP/PFIといった手法についての知見。そして、SIBのような新たな手法の検討に求められるファイナンスの知見。

 デロイト トーマツは、それらを総動員してSIBの組成、前橋市のスーパーシティへの道のりをサポートしているのだ。

まちづくりで見落とされがちな「サステナビリティ」の視点

 海外においては、健康増進や再犯防止などの分野でSIBが積極的に活用されている。

 医療・介護や再犯防止は、これまでにもさまざまな取り組みが行われてきたものであり、対象となる「個人」が明確であるために、成果が数字に表れやすいという性質がある。

 事業者にとっては取り組むべきポイントがはっきりしていて、投資家にとっては判断基準がわかりやすく、彼らが相乗りしやすい分野なのだ。

 一方で、まちづくりにSIBを取り入れるのは海外でもほとんど例がない。街がどれだけ活性化されたか、にぎわいがどれだけ創出されたかは、これまでなかなか評価しづらかったからだ。

 しかし、テクノロジーの進化やAIの発達により、データの取得や処理・分析のコストが低下した。人の動きや滞留を分析すれば、施策を打つ前後の「にぎわい」の変化を数値として捉えられる。

 「なんとなく活気がある/ない」ではなく、客観的データをもとに話をすることで、関係者間で街が抱える課題を共有することも容易となる。今なら、データ活用によって「まちづくり」という新たな領域にSIBを活用できるのだ。

 前橋市のようにSIBの導入を検討する自治体に対し、コンサルタントのような専門家を派遣するなどの支援を行うのが国土交通省だ。国土交通省 都市局 まちづくり推進課 都市開発金融支援室の伊藤大室長は、次のように語る。

 「単純な民間委託は、資金を出す行政と委託を受ける民間事業者の2者だけで話が進みます。一方のSIBは、行政と民間事業者に加え、そこに資金を提供する投資家、効果を評価する第三者機関、全体のコーディネート担当など、役割とそれを担う主体が増え、より複雑化します。

 そもそもまちづくりはステークホルダーが多岐にわたるもの。だからこそ、さまざまな立場から参画者が集うSIB形式とまちづくりには親和性があるはずです。

 また、SIBによるまちづくりの場合、特に地元金融機関の参画も欠かせません」(伊藤氏)

 地域の人が地域の銀行にお金を預ける。銀行は地域の事業者に資金を提供する。事業者があげた利益が地域の人に還元され、また銀行に預けられる。まちづくりにおいても、その循環をきっちり回すため、というのが理由のひとつ。

 もうひとつが、まちづくりのサステナビリティを担保するため、行政だけでなく、地元金融機関も目を光らせる必要がある、ということだ。

 「まちづくり」というと、大規模な新築ビルが立ち並ぶ姿や拡張された道路といった「再開発」を連想する人も多いだろう。しかし残念なことに、大規模な再開発で効果が出せず、そこで生じた損失を自治体が、つまりは住民がかぶる例は国内で散見される。

 「ですから『今、そのハコが建てられたとして、維持していけるのか』というサステナビリティが問われるのです。

 老朽化して使われなくなった施設や空き家などをリノベーションする、地域固有の資源を洗い出して最大限に活用するなど、費用を抑えた『身の丈に合ったまちづくり』に切り替えていくべきです」(伊藤氏)

 企業活動において「ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)」という言葉があるが、行政やまちづくりにおいても、サステナビリティは欠かせない。

 税金ではなく、「自分たちのお金」であるからこそ、費用対効果はよりシビアに検討されるようになる。

 前橋市でも「今あるものをうまく活用しながら、いかに人に使われる街をつくるか」に着目し、税金の大量投入ではなく、人の活動を増やすことによって街の魅力を生み出そうとしている。

官民一体で目指す「熱」のあるまちづくり

 SIBを選択する前から、官民が一体となって足元を固めてきたのも、前橋市のまちづくりの特徴だ。

 「スーパーシティやスマートシティと聞くと、かっこいいと感じるかもしれませんが、スタート地点で重要なのは、センサーやIoTやデータではありません。

 まずは、街に関わる人たちが何を求めているのかを吸い上げ、まちづくりに関わる人たちの合意形成を図る非常に泥臭い作業が必要です。そして、それを可能にするのは当事者意識です」(米森氏)

 当事者意識醸成に一役買ったのが、前橋市が2016年に定めた「めぶく。」というビジョンだ。

 このビジョン策定を市長に提案したのは、メガネブランド「JINS」を全国展開するJINSホールディングスの田中 仁社長だった。

 「どこの自治体職員も、行き詰まりの打開策として官民連携に期待をかけている。でも、実際にどんな行動を取ればいいかがわからない。前橋市が幸運だったのは、民のほうから積極的に働きかけがあったことです」

 そう話すのは、前橋市都市計画部 市街地整備課の濵地淳史副主幹だ。

 「前橋出身の田中さんは『このままだと自分が生まれた街がだめになってしまう』という危機感のもと、私財を投じて、周りの経済界の重鎮の人達も巻き込みながら行動してくださっています。

 ビジョンについても、もし市長や市役所が一方的に決めたものであれば、そこから先につながらなかったかもしれません」(濵地氏)

 ビジョンを取り入れたまちづくり戦略としてカタチにしたのが「前橋市アーバンデザイン」だ。行政主体の従来の計画とは異なり、絵に描いた餅で終わらないための工夫も凝らされている。

 民間主体でのまちづくりに取り組むために、市役所の関係部署だけでなく、市内事業者や学生なども巻き込んだワークショップを繰り返し開催し、時間をかけて目線を合わせていった。

 駅から繁華街周辺と具体的にエリアを設定して、そこにどのような特徴を持たせるか、デザインの力をうまく使って練り上げている。方向性を明確に打ち出すことで、民間の力を呼び込みやすくなっている点も、大きなポイントだろう。

 SIBは、市民がまちづくりを自分ごと化するための「まちづくり勉強会」や、居心地が良く、歩きたくなるまちなかづくりのための「社会実験」などに導入されていく予定だ。

 「前橋ほどの規模であれば、各事業者どころか、一人ひとりの顔が見えます。『皆さんの一つひとつの取り組みが街にいい影響を与えていますよ』という情報発信に力を入れることで、まちづくりを自分ごととして捉えてもらえるのでは、と期待しています。

 将来、前橋をどんな街にしたいかを考えながら、まずは地域の人たちが楽しく過ごせる街を、地域の人たち自らつくる。その活気や熱気が外へ溢れ出していくような前橋市にしたいですね」(濱地氏)

 デロイト トーマツの米森氏もまちづくりには「熱」が必要だと話す。

 「まちづくりは、モノを作って終わりではありません。多様な人々が携わり、経済的な価値以外にも多様な価値を生み出すことが求められます。

 われわれは単なる相談相手やファイナンスの専門家という立場を越え、企業や社会全体に働きかけ、変革を促進する『カタリスト(触媒)』として、そこに参加したい。

 前橋市の取り組みに対しても、最適な人材を連れてくる、最適な枠組みを提案するというだけでなく、その地域に発現する社会的な価値を捉えながら、まちの熱量を上げる触媒として役割を果たしていきます」(米森氏)

執筆:唐仁原俊博
編集:大高志帆
撮影:岡村大輔
デザイン:月森恭助

NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2021年4月9日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。

RELATED TOPICS

TOP

RELATED POST