【なぜ】渋谷のスマートシティに
大企業が続々参加のワケ

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  • 松永 康宏 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネジャー

多様なライフスタイルやカルチャーの流行発信地であり、新たなビジネスを絶え間なく生み出し続ける「渋谷」が今、変わりはじめている。東京最先端の街という地位に甘んじず、ロンドン・パリ・ニューヨークなどと並び称される成熟した国際都市=「世界のSHIBUYA」を目指すのだ。
そこで今、進められているのがスマートシティ化の取り組みだ。街のデータを可視化する「都市OS」構築のため、産官学民のさまざまなプレイヤーがデータやアイデアを出し合っている。
渋谷のスマートシティ化は日本に、世界にどのようなインパクトを与えるのか。渋谷の都市OSは私たちの暮らしをどう変えるのか。夢物語ではない「世界のSHIBUYA」への道のりを見ていこう。

ヒトもカネもある渋谷の課題とは

 財政の逼迫や人口減少、少子高齢化の進行、防災、過疎地区における市民サービスの維持など、持続可能性の危機にある日本の地方都市において、「スマートシティ化」の取り組みが盛んに行われている。

 スマートシティとは、IoTで収集した都市(地域)のデータや、行政が持つオープンデータなどから都市の実態を把握し、ハードとソフトのインフラを有機的につなぐことで地域の課題解決を図るもの。同時に、そこに暮らす人のQOLの向上を含めた、新たな「街の魅力」を創出する取り組みでもある。

 課題先進国である日本にとって非常に重要な取り組みであり、各省庁も推進しているが、残念ながら「これだ」という正解はまだ見えていない。

 「日本で行われてきたスマートシティプロジェクトの多くでは、『生活者主語である』という視点が欠けていました」

 こう指摘するのは、渋谷でスマートシティプロジェクトに携わる、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下、デロイト トーマツ)の松永康宏氏だ。

 「センシングによってあらゆるデータがつながるプラットフォーム(都市OS)ができても、生活者が求めていなければQOLを上げることにはつながりません。

 スマートシティでもっとも重要なのは、そこに住む人が主語となり、より良い未来の暮らしを自分ごと化してデザインしていくことなのです。

 その視点を抜きにして、スマートシティを『都市のデジタル化による効率化・合理化』と捉えると、都市OSの構築自体が目的化しかねない。実際にそうなって、あまり意味のない『ハコ』を作って終わる都市もあります」(松永氏)

 また、一括りにスマートシティと言っても、都市の規模や人口、財政状況、自然由来の環境、地理的な特徴、交通環境、産業構造など、置かれている状況によって、理想の街の在り方や直面している問題は大きく異なり、その解決策も違ってくる。

 財政の逼迫や人口減少、少子高齢化に悩む地方都市と、渋谷のような日本有数の大都市との違いは特に顕著だ。では、「スマートシティ」は異なる課題にどのようにしてこたえるのか。

 「たとえば渋谷には、地方都市に共通する『ヒトがない』『カネがない』という課題は当てはまりません。コロナ禍で少し状況は変わったものの、基本的にヒトは集まり、カルチャーの発信地という確固としたブランドイメージもある。

 その一方で、街に関する大量のデータをまだまだ有効に使えていないという課題がある。

 このように、地域によって大きく異なる課題と理想を持つスマートシティの推進にあたっては、課題解決のテンプレートを作って当てはめるのではなく、その街が直面している課題を洗い出すことが先決です」(松永氏)

日本でスマートシティがうまくいかない理由

 一般的には監査法人、コンサルティングのイメージが強いデロイト トーマツだが、実は日本国内を含む世界のさまざまな都市のスマートシティの取り組みにおいて、まちづくり構想策定、官民連携スキーム構築、データ活用、戦略特区に係る構想策定などの役割を担ってきた歴史がある。

 そこで重要性を感じたのが、先に述べた「生活者主語」であること。そして、自治体・企業・住民などの個別の取り組みをひとつの「グランドデザイン(全体構想)」にまとめる存在だ。

 海外では、大企業や国家・自治体が強烈なリーダーシップでグランドデザインをとりまとめ、スマートシティを主導した成功例がある。

 しかし、「強烈なリーダーシップ」が日本にあまりなじまないのは、日本人なら共感するところだろう。だから、これまでの「海外の真似」ではうまくいかなかったのだ。

 「そこで私たちが提唱するのが、日本に合った『スマートシティ』です。重要なのは、①異なる価値 ②都市と資本 ③人と人 ④都市とデータという『4つの「結ぶ」』。

 これらがベストな状態でつながり合うために、リーダーではなく、媒介となるニュートラルな存在=カタリスト(触媒)が各ステークホルダーをつなぎ、テクノロジーと旧来の仕組みを組み合わせて、新しいシステムをつくり出します」(松永氏)

 スマートシティを成功させるためには、産官学民さまざまな専門分野を持つプレイヤーを巻き込みながら、それぞれがデータやアイデアを出し合い、なおかつチームとして取り組む必要がある。

 そこでデロイト トーマツは、自らがカタリストとして、渋谷のスマートシティプロジェクト全体の構想策定からシステム開発までをE2Eで推進しているのだ。

 都市と資本、都市とデータを専門に「結ぶ」ことができる事業者は他にもあるが、会計監査、法律、テクノロジーなどのプロフェッショナルによって、総合的にすべての「結ぶ」を担えるのは、デロイト トーマツだけだろう。

 「渋谷は私にとって、昔から憧れの街でもあります。異業種からのさまざまなプレイヤーと協力して新しい渋谷を作り上げられるこの仕事に、誇りを持っています」(松永氏)

街の「見える化」で何が起きるか

 では、渋谷のスマートシティプロジェクトは、今どんな段階にあるのか。デロイト トーマツが中心となり、来年度の完成を目処に進めているプロジェクトのひとつが、渋谷のあらゆるデータをマップやグラフで可視化する「シティダッシュボード」の構築だ。

 「スマートシティで一番重要なのは、こういった情報の『見える化』や、データ主導での街づくり。今の渋谷に足りないピースです」

 こう話すのは、“渋谷らしい街づくり“の担い手として、シティダッシュボードプロジェクトに参画している一般社団法人 渋谷未来デザインの久保田夏彦氏だ。

 「渋谷区は今、情報の見える化どころか適切な蓄積もできていない。シティダッシュボードでそれが実現すれば、課題解決に向けて一歩前進することになります。ユーザーはデータを根拠にして、渋谷区の政策がイケてるのか、全然ダメなのか、少なくとも意見を持つことができる。

 人の流れや災害情報、住む人や訪れる人の属性や年収、趣味趣向。今は、産官学民のいろいろなプレイヤーと一緒になって、そもそもどんなデータがあるのか、どのデータをどんなふうに見せればユーザーに使ってもらえるのか、走りながら考えているステージですね」(久保田氏)

 今、渋谷で何が起きていて、何が流行っているのか。「シティダッシュボード」が完成すれば、トレンドがファクトとして出てくるのだ。「スマートシティ」と聞いてもピンとこない住民も、シティダッシュボードで「街の今」が可視化されれば、街の「自分ごと化」が進むはずだ。

 また、渋谷のような大都市には、「来るヒト」は多いものの、街に愛着を持って「関わるヒト」はあまり多くないという課題がある。「街の今」が詳らかになるシティダッシュボードは、「自分の街」への愛着の醸成にもつながっていく。

 ユニークなシティダッシュボードの構想として挙げられるのが、デジタルガレージと竹中工務店による「エモーショナル ダッシュボード」だろう。

エモーショナルダッシュボードのデモ画面。

 これは、各社が持つ属性付きSNSデータと属性付き人流データを組み合わせ、ポジティブな投稿を時間軸でマッピング。それにより、今、渋谷でエモーショナルな体験ができるスポットを可視化しようというもの。

 この構想が実現すれば、「アートやカルチャーに興味がある/30代男性」ならこのルート、「ファッションに興味がある/20代女性」ならこのルート、と訪れた人の属性や価値観、今の気分や可処分時間に合わせた渋谷回遊ルートがリコメンドできるようになる。

 テッパンスポットや穴場スポットが可視化され、渋谷という街の魅力を(再)発見できるのは、間違いなく「愛着」の醸成につながるだろう。さらには、人流データとの組み合わせによって、渋谷がより安全で歩きやすい街にもなる。

 ユニークさでは、NECの構想も負けていない。

 SNS投稿のAI分析により、渋谷の「困った情報」を可視化する。たとえば、路上宴会、喧嘩、デリバリーの危険運転、路上呼び込みなど。また、災害時にはインフラ被害状況や避難所の受入状況、帰宅困難状況を可視化することもできる。

 シティダッシュボードの活用範囲は、私たちの想像以上に広いのだ。

渋谷のスマートシティで起きた異例の事態

 実は、シティダッシュボードプロジェクトには、驚くことに現在10社ほどの企業が参加している。

 「いい意味で異例の事態です」とは松永氏だ。

 デロイト トーマツは国内でもさまざまな都市のスマートシティに携わってきた。しかし、このように民間企業同士でコンソーシアムを組んで進めるケースはかなり珍しいという。

 これはやはり、渋谷という都市が持つ魅力、渋谷のスマートシティが成功すれば次につながるという企業の期待の表れだろう。

 「異例の事態」はこれだけではない。

 「特に自治体が関わるようなプロジェクトでは実現可能性の高いことから考えるものですが、ここでは全員の意見が『現段階でできないことでも、本当に必要ならできる方法を考えればいい』と一致しました。

 生活者の視点を最重要視して、『何ができるか』ではなく、『何がベストか』を追求できる現場です」(久保田氏)

 いい意味で、多数のプレイヤーが入り乱れた状態で参加することで、ヒトや価値、データが結びつき、そこから思いがけないアイデアが生まれる。これこそがイノベーションであり、スマートシティの理想形だろう。

渋谷が自走型都市のモデルになる日

 あくまで構想段階ではあるが、シティダッシュボードにどのようなデータが実装されるかによって、活用先は無限に広がる。その代表例が、マーケティングだ。渋谷未来デザインの会員にアンケートをとったところ「新規事業企画に活用したい」という声が多かったそうだ。

 「渋谷のすべてのカフェがシティダッシュボードにデータ提供してくれないかなって思うんですよね。渋谷でラテが何杯売れたかわかったら、『ビッグマック指数』みたいな新しい指標になるかもしれませんよ(笑)」(久保田氏)

 今でも、SNS投稿などで一定程度トレンドを可視化することはできる。しかし、リアルタイムに人の購買状況を可視化できるインパクトは計り知れない。

 さらに、ビジネスでシティダッシュボードが活用される場合、データ提供は当然有償になる。すると、どういうことが起きるのか。

 「渋谷区で取得したデータなので、渋谷区に多少のマージンが入るかもしれません。それが渋谷区の新しい税収となり、公共サービスとして住民に還元されていけば、渋谷は自走型都市のモデルにもなります」(松永氏)

 渋谷区は決して税収が少ない自治体ではないが、地方交付税なしに行政運営できないような地方都市にとっては願ったり叶ったりのモデルになる可能性はある。自治体として、スマートシティに投資しただけのリターンが得られるかもしれないのだ。

 将来的に住民税が安くなったり、公共サービスが充実したりするのであれば、住民にとってのQOLの向上にもつながる。

 「有益なデータを提供できるシティダッシュボードを、都市OSとして実装できている都市はまだ少ない。現在、デロイト トーマツでは新しい都市OSとなるプラットフォームの構築を進めており、渋谷未来デザインが掲げる『スマートシティシブヤ』の基盤となることを目指しています。

 渋谷でこれが完成すれば必ず日本を代表するモデルになるし、世界にも展開していける。これは渋谷のスマートシティ、『世界のSHIBUYA』としての到達点ではありませんが、重要な通過点です」(松永氏)

取材:呉琢磨
執筆:大高志帆
撮影:小池彩子
デザイン:月森恭助

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※当記事は2021年5月12日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。

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