「自分の境遇を、もう誰かのせいにはしない」Pathfinderで人生を変えた一人の女性

PROFESSIONAL

  • 詫間 智之 株式会社セールスフォース・ジャパン アライアンス事業統括本部 パートナーエコシステム本部 シニアマネージャ―
  • 長塚 智史 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 C&MT マネジャー
  • 関原 祐佳 デロイト トーマツ アクト株式会社 DCH M&I Division デリバリーアナリスト

「私は不幸を誰かのせいにして、自ら選択することから逃げていた」

「私はたいした人生を送っていませんでした。子供の頃から不幸を誰かのせいにして、自ら選択することから逃げていた。でも、年を重ねていけば逃げる口実の相手は徐々にいなくなっていく。そのとき私に何が残るのか。子供も生まれたのに、このままでいいのか。一歩踏み出したいという思いはありました」

デロイト トーマツの関原祐佳は、背筋をシャンと伸ばし、両手を膝に置き、こちらをまっすぐ見つめながら話し出した。

関原は2022年4月よりデロイト トーマツ グループに参画。Salesforce認定アドミニストレーターとして日夜クライアントのDXとCRM(Customer Relationship Management)に関わっているが、前職はスポーツジムのトレーナーをしていた。

「2019年まではスポーツジムのヨガトレーナーで、ITの世界とはまったく無縁でした。パソコンすら触ったことがありません。転機は結婚、出産です。スポーツジムのトレーナーのようなサービス業は、時間に自由が利きませんし収入も決して良いとは言えません。育児と両立できる仕事で、収入を上げたいという思いがあり、ITの資格取得をしていこうとしていました。そんなとき本当に偶然、Pathfinderに出会ったんです」

デロイト トーマツ アクト株式会社 DCH M&I Division デリバリーアナリスト/関原 祐佳

米国・退役軍人の就業支援で生まれた「Pathfinder」

「Pathfinderは、2018年に米国でSalesforceとデロイトが共同でスタートした無償のDX人材育成教育プログラムです。元は米国の退役軍人の方々を中心にした就業支援として生まれたものですが、日本では一度仕事から離れた方の復職支援を中心に新しいプログラムにしています」

そう話すのはデロイト トーマツの長塚智史だ。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 C&MT マネジャー/長塚 智史

長塚は事業会社及びコンサルティングファームを経て2019年にデロイト トーマツ グループに参画。Service Cloud / Experience Cloudを中心にしたCRMシステム導入プロジェクトに一貫して従事し、現在は地方公共団体を中心にSalesforceの導入から運用設計まで幅広く活動中。現在は日本国内のPathfinderプログラムの企画運営に参画し、Salesforceを活用したDX人材の拡大をめざし奔走している。

日本版の「Pathfinder」では、米国での育成実績やノウハウを日本のDXコンサルタントが日本向けにカスタマイズしており、CRMやSalesforceの知見、およびデロイト トーマツによるビジネススキルを20週かけて集中的に習得できるよう構成されている。

Pathfinderを共に推進する株式会社セールスフォース・ジャパンのアライアンス事業統括本部 パートナーエコシステム本部 シニアマネージャ―の詫間智之氏は次のように話す。

株式会社セールスフォース・ジャパン アライアンス事業統括本部 パートナーエコシステム本部 シニアマネージャ―/詫間 智之

「本プログラムでは、調査会社のIDCによって2026年までに全世界で930万人の新規雇用を創出すると予想されているSalesforceエコシステムでキャリアを積むために必要な技術およびビジネススキルを身につけた人材を育成することを目的とした人材育成プログラムです」

準備期間を経て2021年に日本版Pathfinder1期プログラムがスタートした。応募は450名にのぼり、審査を経て100名が参加した。

「審査基準は熱意。自分を変えたいという思いに尽きます」と長塚と詫間氏は口をそろえる。「なにしろ5カ月間にわたるプログラムです。思いがなければ続きません」

プログラムは基礎的な知識をインプットし、Salesforce認定アドミニストレーター資格を取得するまでのフェーズ1、そして実践演習(ワークショップ)を中心とするフェーズ2の2段階だ。詫間氏いわく、「フェーズ1で型を学び、フェーズ2でそれが身につくイメージ」だという。

教えるだけでなく、就業支援も伴走支援し、社会とビジネスの相互課題解決を目指す

Pathfinderの特徴は教えるだけではなく、その先に就業支援まで行っている点だろう。「Salesforceエコシステムは拡大しており、人材が求められる。そこにデジタル人材として育成した人を送り込むことで、就業支援だけでなく結果として日本のDXを推進していきたい」と長塚は話す。

日本のデジタル人材不足は喫緊の課題だ。政府の調査では2030年にはクラウド、IoT、AIなどのデジタル技術に対応できる「攻めのIT人材」が約41~79万人不足すると予測されている*1

「デジタル人材を増やすにはこれまでIT業界にいなかった人材にも機会を提供することが必要です。子育てや介護、パートナーの海外転勤などで一度離職したが再チャンレンジしたい、地方でチャンスがないがリモートで学び地域に貢献したいという人を応援するためにPathfinderはあります。そのため、教えるだけでなく就業支援まで一貫してサポートしています」

具体的にはSalesforce社のパートナー企業が求める人材をPathfinderで新たに育成し、パートナー企業へ紹介をしていく。Pathfinder受講者は、約30社のパートナー企業を複数候補として選択、面談などを通じて最終的に就職先を決定する。冒頭の関原も、このプロセスを経てデロイト トーマツに参画した。

「私たちSalesforceは創業当時から、「1-1-1モデル」と呼ぶ社会貢献モデルを確立しています。これは就業時間の1%、株式の1%、製品の1%を社会に還元するモデルです。単なる社会貢献ではなく、ビジネスと統合している点が重要です。IT業界は女性の数が少ないと言われていますが、多様性のない環境ではイノベーションは生まれません。テクノロジーを使って活躍する女性が増えることで、社会にとってもプラスになると信じています。だからこそ、日本のPathfinderは出来るだけ女性も抵抗なく参加できるよう意識したプログラムになっています」と詫間氏は話す。

デロイト トーマツも「WorldClass」というビジネスと社会貢献を統合した取り組みをしている。これは教育(Education)、スキル開発(Skills)、機会創出(Opportunity)の 3分野で、2030年までに全世界で累計1億人の人々に対してポジティブなインパクトを及ぼすことを目指すデロイトのグローバルな取り組みだ。企業・政府・教育機関・NPO/NGO等、社外の様々なステークホルダーとの連携・協力を強め、プロボノ支援・スポンサーシップなどを行っている。

二社の社会貢献とビジネスに対する思想が重なり合い、Pathfinderは生まれたといっても過言ではないだろう。単なる社会貢献ではなく経済社会に確実にインパクトを与えていく点が特徴と言えそうだ。

Pathfinderを通じて手にした「私の人生は私自身で選択できる」という思い

「Pathfinderを通じて良かったことは、技術知識の習得よりも心境の変化です。私はこれまで自分に自信が持てずにいた。学歴もお金もない。子供の頃も、結婚しても、子供が生まれても不安だった。そしてそれを誰かのせいにしていました。でも、このプログラムを通じて長塚さんや詫間さん、多くの人たちに支えてもらえた。初めて自分の人生は誰のものでもない、私のものなんだと思えるようになったんです」

関原はPathfinderとデロイト トーマツとの出会いを通じて数年前には想像もできなかった自分と向き合っているという。

「入社して半年が過ぎました。正直、分からないことも多い。でも、この会社の人たちは私をちゃんと一人の人間として尊重してくれる。悩んでいれば、相談もできるし、黙っていても声をかけてもらえる。かといって甘やかすわけでもなく、役割を与えてくれる。これまでは過去を振り返って後悔ばかりでしたが、今は未来の自分を想像してワクワクするんです。こんなことは、デロイト トーマツに入って初めて知ったことなんです。今はとにかくみんなの役に立ちたいし、支えてくれた人に恩返しがしたい。その思いでがむしゃらに進んでいる感じです」

デジタル人材の育成プログラムが一人の女性の生き方、考え方を変えることができたのだ。Pathfinderは2022年8月から2期が始まった。今回は受講枠が10倍の1000名で、昨年年間1サイクルだったものを2サイクルとした。

長塚と詫間氏は「数を増やすのが目的ではないので、この先はアドミニストレーターに加え、開発者、マーケティング、アナリティクスのコースも導入していきたい」と話し、「課題は雇用先の企業にどう伝えて就業につなげていくか。デジタル人材の重要性をPathfinderとして受講者だけでなく、雇用する企業側にも伝えていく必要があります」と続ける。

いくらデジタル人材が重要といわれていても、企業側にその「使いこなし力」がなければ意味がない。関原のような人材を使いこなせる力を企業側も持つことで、初めてDX推進は為せるともいえるかもしれない。

これからの受講者に先輩卒業生として伝えたいことはという問いに、関原は次のように答えてくれた。

「私は一歩踏み出したくても、何もなかった。申し込みには勇気が必要でした。でも、私のような人たちに伝えたい。出来ない理由を考えるのをやめて、まずは応募してみたらいいと思います。私は世界が180度変わりました。次はきっと、みなさんの番です。」

*1 経済産業省の調査(2019年3月)
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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