「走る実験室」カーボンニュートラルで今こそ求められるモータースポーツの復権

「モータースポーツ」=「走る実験室」はなぜ衰えたのか

1973年に日本の最初のトップフォーミュラシリーズ「全日本F2000選手権」がスタートしてもうすぐ50年になる。当時の人気は凄まじかったが、それに拍車を掛けたのが1987年から鈴鹿サーキットで行われていたF1日本GPだ。テレビ局が中継を行い、多くの人の目に触れることになり、空前のF1ブームが沸き起こった。観戦券はプラチナチケット化し、観客動員数は35万人を突破した。ブームの中心には、マクラーレンホンダに乗るアイルトン・セナや日本人初のF1フルタイムドライバーの中嶋悟らがいた。そして中嶋悟の後には、鈴木亜久里や片山右京といった日本人ドライバーがF1に参戦していくことになる。

日本のモータースポーツの夜明けは鈴鹿サーキットがオープンした1962年と言われている。そこから30年かけて花開いた日本のモータースポーツ。しかし、その人気は1990年後半から徐々に萎んでいく。2017年の観客動員数は13万7000人にまで落ち込んだ。なぜ、モータースポーツは野球や相撲のように文化として根付かなかったのだろうか。

「原因はいろいろあると思うけど、モータースポーツと社会やファンとの距離が広がってしまった。過去に乗り越えた石油ショック・省エネ問題と比べて、カーボンニュートラルの実現は非常に難しい問題。ガソリンやカーボンを大量に使うモータースポーツは、今その存在自体を問われている。もう1つは自動車の新しい技術開発やイノベーションの多くは、フォーミュラの世界から生まれてきたのに、今はみんなが乗っている家庭用自動車の方がEVや水素、自動運転など新しい技術が花開いている。これでは、フォーミュラレースの面白さが半減してしまう。やっぱりエンジンを中心とした自動車における技術革新と、それを乗りこなすアスリートとしてのドライバーの両方あってのモータースポーツだよね」

株式会社日本レースプロモーション(JRP) 会長/中嶋 悟氏

こう話すのは、当時から今までを見続けてきた中嶋悟氏だ。同氏は、デロイト トーマツが開発協力し作成されたモータースポーツシミュレーターが設置される、新しいイノベーション拠点Deloitte Tohmatsu Innovation Parkで口を開いた。現在同氏が会長として率いる株式会社日本レースプロモーション(以下JRP)は全日本スーパーフォーミュラ選手権(以下SUPER FORMULA)を開催している。

確かにモータースポーツは、燃費や省エネなどではなく、純粋に速さを競ってきた。しかし、同時にそこは「走る実験室」とも呼ばれる実証実験の場でもあった。1000分の1秒を争うレース現場は、技術競争の場でもあったのだ。最先端の技術開発や技術者育成の場として期待できるからこそ、魅せられたファンやモノ、金も集まった。

しかし、省エネや自動運転技術などはモータースポーツでは高めづらい分野だ。中嶋氏が話すように、量産モデルの家庭用自動車で新技術の萌芽は続いている。

「サステナブルなモータースポーツ」を生み出すSF NEXT50プロジェクト

「本来であれば、“走る実験室”と言われたモータースポーツが担うべきところが担えていない。そこで私たちJRPは2022年に国内トップフォーミュラ50年(1973年の全日本 F2000選手権開幕から)という節目を迎えるにあたり、サステナブルなモータースポーツ業界づくりを目的としたプロジェクト『SUPER FORMULA NEXT50〈ネクストゴー〉(以下SF NEXT50)』をスタートさせました」

SF NEXT50について、中嶋氏と共にDeloitte Tohmatsu Innovation ParkにやってきたJRP上野禎久代表取締役社長が話す。

写真右: 株式会社日本レースプロモーション(JRP)代表取締役社長/上野 禎久氏

「モータースポーツは、国際的なスポーツであるにも関わらず、現在日本国内でスポーツ競技としての一定の評価を得られていない。その証左として、コロナ禍でオリンピックやテニス、サッカー等の選手は日本入国に関して特例措置を受けられましたが、モータースポーツの選手は認められませんでした。理由は公益性がないから特例は認められないということでした」

上野氏はこのことを悲しく思いつつも「自分たちが社会と繋がってこなかった」と話し、「反省点として、社会課題に対してしっかり取り組んでいく必要性」を痛感しているという。

「世界的な課題となっているカーボンニュートラルの実現にしても、実はモータースポーツ業界は以前から取り組んできた。ただ、レースを見るお客さんにとってカーボンニュートラルは見えづらい。そのためあえて努力して伝えてこなかった部分もある。それらも反省点で、私たちは社会課題に取り組みながら、そのことをきちんと伝えた上で、お客さんたちが楽しんでもらえる仕組み作りが重要と捉えています。SF NEXT50を通じて、現状の社会環境に真摯に向き合い、50年間培ってきた「速さへの憧れ」、「競うことの楽しさ」、「勝つことの喜び」といったトップフォーミュラが持つ魅力を更に発展させると同時に、これからの社会において必要とされ、貢献するモータースポーツを目指していきたい」

デロイト トーマツがトップパートナーになりパズルのピースが揃う

SF NEXT50では、大きく3つの領域でモータースポーツの改革を目指す。1つめは「モビリティ」でカーボンニュートラルを意識したタイヤや素材、燃料なども含めた開発をパートナーと共に推進する。2つめは「エンターテインメント」で、他スポーツで進むデジタルシフトを進め、映像やデータ分析などを積極的に取り込んでいく。3つめは「イベント」で、野球などにおけるボールパーク構想などのようにレース会場そのものをフェス化し、ツーリズムや地域創生にもつなげていく。

SF NEXT50パートナーシップの目指す姿

多くのパートナーシップと進めていく多方面にわたる取り組みに、リソースは足りているのだろうか。上野氏は深くうなずく。

「そこが最大の課題でした。やりたいこと、やるべきことは見えている。しかし、そこにいたる道のりをどう歩いて行くか。デロイト トーマツの三木さんとお会いした時、パズルのピースが揃った気がしました」

「デロイト トーマツの三木さん」とは、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーのパートナー三木要のことだ。一貫してエネルギー政策全般に対応してきた三木は、デロイト トーマツとJRPとの出会いは必然だったと話す。

「デロイト トーマツで私はエネルギーについてリードしてきた。エネルギー問題は世界的に喫緊の課題ではありますが、可視化されづらいという課題がある。実際にその問題の矢面に立つモータースポーツの変革をお手伝いすることで、様々な相乗効果を出せると感じました。SF NEXT50は多分野で交錯する、“走る社会実験室”なのです」

デロイト トーマツはJRPのSF NEXT50プロジェクトのトップパートナーに就任し、2022年4月からはProject Management Office(PMO)を務めており、その成果は着実に形になってきているという。

グリーン電力証書の発行などでカーボンニュートラルを見える化する取り組みも行う

「SF NEXT50は、巨大プロジェクト。私たちはプロモーターとしてレースを行うことが最大責務でもあり、JRPだけではプロジェクトを推進していくのは厳しい。デロイト トーマツの皆さんが入ってきてくれたのは本当に助かりました」

上野氏のコメントを横で聞いた三木は「むしろ私たちもありがたい。経済社会では、これまでビジネスがあって、価値が生まれる考え方でしたが、今は価値を生み出した結果としてビジネスになる時代です。コンサルティング・アドバイザリー業界でもクライアントと一緒に実業をやっていくというのが最先端の考え。絡み合った糸や課題を整理して優劣をつけたり、必要なリソースを外部から調達したりといったことは我々が得意とするところなので大きく貢献できると思ったし、このような場を与えてもらって良かった」と話す。
三木らはプロジェクトの第一弾として、JRP・東京電力エナジーパートナー株式会社・日本自然エネルギー株式会社3社の協力体制の構築することで、22年の各大会にグリーン電力証書システムの導入を支援。この取り組みによって賄われる自然エネルギーの総量は、日本国内で行われるモータースポーツにおいては最大規模であると同時に、カーボンニュートラルの見える化も実現させている。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー/三木 要
大手電力会社において、電源立地企画、経営計画策定、エネルギー政策折衝、法務業務など、エネルギー全般に幅広く対応。クライシス対応の経験も深い。デロイト トーマツグループのエネルギー専門家、フォレンジック&クライシスマネジメント専門家として活動

モータースポーツの「底上げ」に求められる顧客や社会との「接点」

JRPとデロイト トーマツの取り組みは広範囲にわたるが、目指すところは同じモータースポーツ業界の活性化を通じて自動車産業、ひいては日本経済の発展に寄与していくことだ。

三木は「ただ目の前の課題に取り組むだけでなく、カーボンニュートラルとデジタルを根付かせてモータースポーツ事業をしっかりマネタイズし、サステナブルな業界へと変化させることが重要と考えています。そのためには、減ってしまった顧客接点をどう生み出すか。F1ブームの頃はテレビがありましたが、今は価値観の多様化でテレビだけでは難しい。デジタルを活用して、接点を継続的につくるなど工夫が求められます」と話す。

三木らは、デジタルシフトに向けた取り組みとして、JRPが来年ローンチを目指すSFgoアプリをプラットフォームとすべく、機能の検討・マーケティングの施策立案などをハンズオンにて支援している。SFgoはレースの公式映像だけでなく、全ドライバーのオンボード映像や車両のテレメトリーデータなども公開することで、利用者がチームやドライバーと一体となって楽しめる新たなコンテンツであり、コアファン層のみならずこれまでモータースポーツに触れる機会がなかった層へ接点を広げていくことを目指している。

中嶋氏も社会との接点強化の重要性に共感できるとうなずいた後、「世の中の半分の人には知ってほしい。どのスポーツもそうですが、最後はアスリートであるドライバーにスポットがあたることが大切。そのための環境を整えていく上では、自動車業界を含めてたくさんの人たちが変革を推進していく必要があります」と続ける。「野球が好き嫌いという人はいるけど、野球を知らない人はいない。今のモータースポーツは知らないという人も多いでしょう。それを減らしていきたい」

上野氏も「正直、今見ていただいている方だけで楽しむには、このスーパーフォーミュラというレースはもったいないと思っています。これほど熱量のある選手たちの戦いを間近で堪能できて、世界最高峰のレースマシンを眼前で見られる。ぜひこの魅力をもっとたくさんの人たちに感じてもらいたい」と話す。

デロイト トーマツはこれまでもスポーツビジネスを実務支援してきたのは、D-NNOVATIONの読者も知るところだろう。モータースポーツ分野でもJRPと共にマーケティングやファイナンス、デジタルなどの分野で高い専門性を持つデロイト トーマツ グループの能力を活用し、変革の実現を目指す。最後に三木は次のように話した。

「“走る社会実験室”のテーマは、以前よりも広範囲。カーボンニュートラルであれば、エンジンだけでなく、グリーン証明の発行など多様な取り組みが求められます。そのために1つの企業が行うのではなく、モータースポーツという旗に集まった多様な企業と共に課題の解決実現を目指していく方が効率的。私たちデロイト トーマツであれば、経済社会のカタリストとして貢献・寄与できると信じています。まずは今年仕掛けたことが次どう花開くか、目指すゴールに向けて、確実に前に進めていくつもりです」

彼らが描く未来は、今この瞬間も1つひとつ形となっている。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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