環境価値の可視化が成長を左右する「サステナビリティ4.0」の時代

50年早まった気候変動対応、どう向き合うべきなのか?

常態化する異常気象に、人類は対応を迫られている。石油・ガス産業をはじめとする各産業においても、立ちはだかる壁が存在し、企業はその壁を乗り越えるために、既存のエコシステムからの脱却が求められている。しかし、日本における気候変動対応は一部の企業を除いて、まだまだ受け身となっているケースが多い。

「気候変動対応をバズワードのように捉え、一時的なブームと認識している人も少なくありません。だからといって静観し、近年ヨーロッパが中心となって作られてきたルールに従いさえすればいい、と思考停止をしてしまうのは、企業にとって大きな機会損失です」

『Sustainability4.0 日本企業が挑戦すべき「気候変動対応」』(東洋経済新報社)の著者であるデロイト トーマツ グループの桒原隆志は話す。同書では脱炭素・サーキュラーエコノミーの加速する世界はビジネスチャンスの宝庫と捉え、この有事に企業がどのように立ち向かうべきかを説いている。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 プロセスユニット パートナー / 桒原 隆志

気候変動対応は、当初2100年といった遠い未来の出来事だと言われていたが、時計の針はパリ協定によって50年早められることになった。時間は限られている。私たちはどのように立ち向かうべきなのか。

「脱炭素(カーボンニュートラル:CN)やサーキュラーエコノミー(CE)は儲からないと考えているビジネスパーソンもいますが、それはこれまでの商慣行の視点で見ているから。しかし見方をすこし変えれば、実はものすごいチャンスの宝庫なんです。むしろゲームチェンジが行われている今こそ、自社と事業について深く掘り下げ、新しいゲームのテーブルに着けるように動いていくべきだと考えます。キーワードは“環境価値”です

桒原はこの“環境価値”を、機能価値・情緒価値に続く第3の価値と定義している。環境に良いモノ・サービスに対して対価を生み出す考え方で、近年よく耳にするようになったエシカル消費もその一つだ。

“環境価値”を考慮したサステナビリティ4.0とは何か?

新しいゲームのテーブルに着く前に、まずはこれまでの気候変動対応を振り返っておこう。日本では高度経済成長以降「公害対応」や「エコ推進」など言葉を換えながら、過去3度大きな波が存在していた。

桒原らが提唱する「サステナビリティ」のバージョン

  1. 1.0:環境問題対策の基盤構築
  2. 2.0:省エネ対策を起点とした環境政策・技術の普及
  3. 3.0:地球温暖化に対する政策面での出遅れと技術面での検討
  4. 4.0:気候変動対応を通じた環境価値による日本の競争力の再創造

「つまり、いまの気候変動対応は4度目です。私たちはそれぞれの時代をサステナビリティ1.0〜4.0と呼ぶことにしました」

「少なくともこれまでの3度は政府と企業の努力で日本はその解決に貢献してきましたが、サステナビリティ3.0から日本のプレゼンスが徐々に低下していったのは、多くの人が実感していることでしょう。

サステナビリティ3.0では、日本では目標値こそ設定されたものの政府主導の明確な行動計画は策定されず、ドラスティックな改革は起こりませんでした。政府側が具体的なアクションを産業各社に一任する方針を採ったため、産業界のCO2排出量削減に対する十分なインセンティブが設定されず企業にとって劣後の課題となったのです」

結果として現場任せとなり、大きな産業変革や新しいエコシステム構築ができず、経営変革につながらなかった。

「しかし、日本にはこれまで培ってきた技術があります。日本が開発した技術でCO2やGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)の削減に貢献したことは世界にも知られています。こうした技術を国を超えてスケールさせていければ、大きなチャンスになるはずです」

桒原は“今とこれから”は、出遅れてしまった日本が環境価値で競争力の源泉を手に入れる「サステナビリティ4.0」の時代であると話す。

「今後は本当に環境にとってよいことに取り組む企業が競争優位性を獲得する時代です。これは今までの企業のCSR的な活動とは異なり、あくまでもビジネスとして環境価値の最大化を目指す取り組みを意味しています

環境にとって良いことを示す「環境価値」を示す上で、求められるのは「価値の可視化」だ。本当に環境によい製品・サービスに関して、環境価値をわかるように表示し、価格に適切に反映する必要がある。その一手段として、外部から企業を適正に評価し、それを開示する「シグナリング」と呼ばれる方法がある。たとえばISOマークを取得すると企業の信頼が高まったり、スタートアップが著名ベンチャーキャピタルから投資を受けると他企業との資本提携を受けやすくなったりするのも、シグナリングのひとつだ。

「どの程度CO2が削減できているのか、ごみがどれくらい減っているのかなど、環境価値による結果を可視化することで自分たちが環境に貢献しているという実感がわき、正のフィードバックが社会に広がることになります。今は机上の推計となっているものも、実際の測定により削減がなされるようになっていけば、大きな力となると考えています。」

CO2やGHG(GreenhouseGas:温室効果ガス)に対しては、対象スコープを限定した認証が進んでいるが、本当に環境によい取り組みを行っている企業をシグナリングするには、CO2やGHGだけに限定されず、適正に評価する必要がある。またこういった環境価値の証となるシグナリングは消費者にはわかりづらく、よりわかりやすい表現へと変える必要もある。

それを実現させるためには、新たなシグナリングのための認証機関立ち上げなどエコシステムの構築が必要だが、これは一つの企業の技術だけでかなうものではない。多様な知見やステークホルダーが集まることで、規模感が生まれ、経済合理性が成り立つ。

「デロイト トーマツは、自動車や消費財・エネルギーなど様々な産業に対して深く関わっているので、トータルな視点での可視化・フィードバックの仕組み作りが可能です。環境価値を可視化する上で、私たちだからできる役割があると考えています」

環境価値が「CN」と「CE」を回していく源泉力となる

サステナビリティ4.0では、気候変動対応がカーボンニュートラル(CN)とサーキュラーエコノミー(CE)の枠組みとともに加速している。CNとは環境省の定義によれば「GHGの排出量と吸収量を均衡させること」だ。一方、CEは資源投入量・消費量を抑えつつ、すでに採掘・使用されたストックを有効活用しながら、サービス化などを通じて付加価値を生み出す経済活動全体を指す。

出所:経済産業省「資源循環政策の現状と課題」(2019/07/05)よりデロイトトーマツコンサルティング作成(https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/junkai_keizai/pdf/001_03_00.pdf) (2022/08/26アクセス)

「サーキュラーエコノミー(CE)は図にある通り、経済活動全体でどのようにリサイクルをしていくのかを考えます。資源はトレースされ、使用者はリサイクル前提でエネルギーを使用していくことになります。結果として、CNにもつながっていく。CEとCNは連携しているのです。そしてこの2つの原動力となるのが環境価値です

環境価値として、価値の可視化が行われることで、CEとCNが連携してシステマチックに動き出す理由付けになる。例えば、日本の自動車は日本がエネルギー・資源を購入して、生産をしている。その生産した自動車を輸出している。

「日本はエネルギー・資源の輸入国であり、そこから製造業で付加価値を高めて輸出し、成長をしてきた国です。そして、その資源やエネルギーのほとんどは自然界から取り出し、消費を終えた製品は自然界に廃棄されていく一方通行型(リニア)の社会構造でした。しかし、これからは資源を循環させるサーキュラー型の経済構造へ転換する必要があります」

例えば自動車の資源としての環境価値が可視化されていれば、売った後でもそれを引き取り、再販売や再製造を行うことが損なのか得なのかも見えてくる。スマートフォンメーカー、PCメーカーが商品の引き取りサービスをするケースも増えてきたが、それをもっとスケールしたようなものと思えばわかりやすいかもしれない。

「重要なのは、ビジネスとしてどのようにスケールさせていくか。そのためには、国を超えて誰もが納得できる3つの要素を説明することが重要です。

  1. これは環境にいいものである
  2. 使える技術である
  3. 安全で安心である

この説明をもって、環境問題に対して同じ課題感を持つ人々と共に歩んでいく必要があるでしょう。日本だけで取り組むのはもったいない。これはどの国の企業にとってもビジネスチャンスなのです」

桒原は日本が世界中でビジネスをしてきたことを背景に自身の東南アジアでの駐在経験からも、特に事業環境が似ている東南アジアはレバレッジできそうだと考えている。

「本来、日本はリサイクル分野において先進的な仕組みができています。しかし、それは国内に限って、そしてリニアエコノミー時代のものです。これまでの知見をサーキュラーエコノミーに転用できるものは転用し、海外も巻き込む形でエコシステム構築ができれば、グローバルにおけるCEのモデルケースになる可能性があります。それが結果として日本の競争力の源泉となるのではないでしょうか」

すべての「消費者」は「資源保持者」になる

環境価値を軸としたCNとCEのシステムを理解すると、従来型の経済効率性を追求してきたサプライチェーンの変革ポイントも見えてくる。当たり前だが、ほとんどすべての産業において素材・エネルギー産業が関わっているという点だ。素材・エネルギー産業がどう関わり、それ以外の産業が同産業とどう関わっていくかが、今後いっそうの課題となる。いわば中間産業に焦点をあてることで、これからの経済効率性を追求したサプライチェーンの構築が可能となるのだ。

さらに桒原はこれによって新しい機会が生まれると続ける。

大切なのは消費者、生産者の概念が変わることです。消費したものが資源になるということは“消費者”が“資源保持者”に変わるということ。製造業は資源の再生業者になり、再生の中には別物に再生される——新しいものをクリエイトする新しい企業や事業が生まれるかもしれません。この未来を実際のものとするためには、気候変動対応を自分事と捉え、一人ひとりが社会を創る活動をしていくことが求められます」

桒原はデロイト トーマツで石油・化学/鉱業・金属ユニットで文字通りエネルギー・素材産業のプロフェッショナルとして企業支援に従事してきた。CNやCEのコンサルティングは多くの企業がサービスとして用意しているが、素材のプロフェッショナルとしてCNとCEを見られるコンサルタントはまだ少ない。だからこそ桒原も自分事として捉え、活動を推進している。

「気候変動は難しい。ゴールも分かっていて、世界観も分かっている。でも、その世界観の中でゴールに向かう行き方がわからないケースが多い。それはなぜかというと、行き方を知るにはエネルギー・素材産業の深いところを知らなければならないから。私たちはその分野のプロフェッショナルです。だから理想だけではなく、現状の産業に対してCN・CEをどう組み込めばいいのか、その具体的な勝ち筋を導き出せるのだと自負しています」

最近ではデロイト トーマツの環境、経営や事業の専門家と共にエネルギー・素材産業の専門家として企業に向き合うことも増えたという桒原は、これからについて次のように話した。
「サステナビリティ4.0は、本当に日本企業がこれから海外で戦える領域なんです。だから私は日本の競争力の再創造であると捉えています。
デロイト トーマツには“Lead the way 明日への道をともに拓く”という共通の価値観があります。日本が諦めずにやれば勝てる可能性を信じているからこそ共に戦いたい。同じ志を持ったグローバルのメンバーと共に日本とアジアをつなぎ、欧州や欧米とは異なるアプローチで新しい未来を創っていきたいと考えています」

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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