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再生医療医薬品における知財戦略
Financial Advisory Topics 第37回
新たな医薬品モダリティとして遺伝子治療や細胞医薬などの再生医療医薬品が注目されています。本稿で示す再生医療医薬品に係る特許出願動向では、業種を問わず製法特許が重視される傾向が見られました。この製法特許を重視する傾向は、低分子医薬品などの従来のモダリティの物質特許を中心とする知財戦略とは異なる傾向であり、再生医療医薬品に適した知財戦略が求められることを示唆すると考えます。
再生医療医薬品の市場環境
医薬品には、低分子医薬、抗体医薬、たんぱく医薬、核酸医薬、遺伝子治療薬、細胞医薬など様々なモダリティが存在する。最も普及しているモダリティは低分子医薬であることは疑う余地はない。低分子医薬は、安価に製造することが可能であり、また投与も経口投与が可能であるメリットを有している。しかしながら、低分子医薬は、創薬標的分子の枯渇、アンメットメディカルニーズに対する研究開発の高難易度化など、新薬創出のハードルが高まりつつある。近年、抗体医薬も市場を拡大しているものの、当該モダリティが得意とする細胞外標的分子にも限りがあり、製薬会社を中心に熾烈な開発競争が繰り広げられている。
このように、低分子医薬や抗体医薬などの従来のモダリティによる新薬創出やアンメットメディカルニーズへの対応には限界がみえてきている。そのなかで、新たなモダリティとして、遺伝子治療薬や細胞医薬などを含む広義の再生医療医薬品が注目されている。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療・遺伝子治療の市場調査」によると、2020年のグローバルの市場規模は6,720億円であったが、2025年には38,042億円、2040年には116,606億円と年平均成長率7.8%(2025年-2040年)で成長することが予測されている(図1)。
図1 再生医療医薬品市場の推移(グローバル)
「令和元年度(2019年度) 再生医療・遺伝子治療の市場調査」(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)令和元年度(2019年度) 再生医療・遺伝子治療の市場調査 | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (amed.go.jp) を加工して作成
とりわけ、再生医療医薬品市場の拡大は、細胞移植、in vivo遺伝子治療が主に牽引することが予想されている。これらアプローチは、従来のモダリティでは標的とすることが難しかった組織や遺伝子の修復などが可能となり、アンメットメディカルニーズへの対応が期待される。さらに、遺伝子情報や自家細胞など患者にあわせた個別化医療製品が多く、希少性疾患への対応や副作用の低減なども期待される。
再生医療医薬品におけるサプライチェーンの変化
広義の再生医療医薬品は、低分子医薬品などといった従来のモダリティとは製品形態が大きく異なることから製造プロセスやサプライチェーンについても従来のそれらとは大きく異なっている。
従来のモダリティでは、一般的に医薬品の有効成分である原薬を医薬品製造受託機関(Contract Manufacturing Organization、以下CMO)などで製造し、それをもとに製薬企業やCMOなどにおいて最終製剤の製造が行われた後、医療機関などを経て患者へ投与される。
一方で、再生医療医薬品においては、遺伝子治療や細胞治療などでプロセスやサプライチェーンにおいて異なる点はあるものの、細胞を採取し、CMOや医薬品開発製造受託機関(Contract Development and Manufacturing Organization、以下CDMO)、製薬企業などで製剤化され、医療機関などを経て患者へ投与される。この細胞を採取してから製剤化するまでのプロセスにおいては、細胞の分離や遺伝子導入などの処理、濃縮などの製剤化といった従来のモダリティにはない工程が多く含まれている。そのため、培養技術や遺伝子導入に関する技術などが必要となるほか、細胞の加工を行う細胞加工施設(Cell Processing Center、以下CPC)や細胞などを処理するための装置面といった設備も必要となる。
また、再生医療医薬品においては最終製剤化される前後がともに細胞やベクターなどの厳格な温度管理が必要なものであるため、輸送においても従来のモダリティより慎重に行う必要がある。以上のように、再生医療医薬品と従来のモダリティでは製造プロセスやサプライチェーンが大きく異なり、より複雑で高度なものとなっている(図2)。
図2 プロセス/サプライチェーンの変化
このようなプロセスの複雑化及び高度化によって、CMOやCDMO、周辺産業といった領域における重要度が増しているため、様々な企業が関与している。各領域におけるプレイヤーを例示すると、CMO/CDMOではOxford BiomedicaやCell Therapies、周辺産業ではSartoriusやCorningといった企業があげられる。また、プレイヤーの中にはM&Aを積極的に行うことにより、複数の事業領域をカバーする企業が存在し、富士フィルムグループやAGCなどが当てはまる。最近では、シンフォニアテクノロジーの周辺産業への参入といった新たな動きもある。このようにモダリティが変化することにより、製造プロセスやサプライチェーンの変化が生じ、プレイヤーにおいても多様化や複雑化していることが見て取れる(図3*)。
図3 プレイヤー例
再生医療医薬品に係る業種/技術別の特許出願動向
前述の通り、再生医療医薬品の市場は、製造プロセスやサプライチェーンが複雑化・高度化し、それに伴いプレイヤー構造も多様化・複雑化している。そのなかで、各プレイヤーはどのような特許出願を行っているのか。本稿では、プレイヤーの業種と特許出願された技術の特許出願動向を示す。
具体的には、再生医療医薬品市場に参入しているプレイヤーとして127社を抽出し、4つの業種(製品開発企業、CMO/CDMO、周辺産業、複数業態)に分けたうえで、各業種のプレイヤーが特許出願している技術領域(製品、製法、製造装置)の分類を付与した(図4)。
*抽出したプレイヤー127社の2010年以降の日米欧出願
図4 業種×技術の出願動向
当然であるが、製薬企業が主に含まれる製品開発企業群は製品に係る特許出願、実験機器メーカーや試薬会社などが含まれる周辺産業企業群は製造装置に係る特許出願の割合が他業種に比して多くみられた。
出願動向にて特筆すべきことは、いずれの業種においても製法特許の比率が高いことである。要因として、再生医療医薬品は物質として定義することが難しいことや、細胞の培養技術や遺伝子導入に関する技術などのプロセスの重要性が高いことなどが考えられる。
まとめ 再生医療医薬品における知財戦略
再生医療医薬品は、低分子医薬や抗体医薬などの従来モダリティが抱える限界を超えて、アンメットメディカルニーズの解決することなどが期待されており、今後市場は拡大することが期待されている。再生医療医薬品は従来モダリティに比して製造プロセスやサプライチェーンが複雑化・高度化しており、プレイヤー構造も多様化・複雑化している。多様化・複雑化するプレイヤー構造のなかで、各プレイヤーは再生医療医薬品の特徴などを踏まえ、業種を問わず製法特許を重視している。
ここで、製法特許を重視する特許出願動向は、従来の製薬企業の知財戦略とは異なると言える。低分子医薬などの従来のモダリティは、化学構造などを定義することが可能であり、各社とも新規化合物などの物質特許、さらには当該化合物の用途特許などのLCM特許(Life Cycle Management)の権利取得を推し進めてきた。すなわち、独占的排他権である特許権を活用し、自社医薬品を独占するクローズ戦略が主体であったと言える。
しかし、再生医療医薬品では製法特許が重視されている。製法特許は低分子医薬の化合物特許とは異なり、他社が実施するプロセスを権利範囲に含む可能性がある。裏を返すと、自社が実施するプロセスに関して、他社の権利範囲に含まれてしまう可能性がある。その結果、プロセスに関する権利は、各社で持ち合いになり、クロスライセンスや標準化などの必要性が生じる可能性がある。つまり、これまで製薬業界では馴染みが薄かったクロスライセンスや標準化戦略などのオープン戦略を意識した知財戦略が今後求められることが考えられる。
製薬企業の知財担当者から「再生医療医薬品の知財戦略は特殊である」というコメントをいただくことがある。しかし、そもそも電気業界やIT業界をはじめとする他業界からすれば「製薬業界の知財戦略は特殊」であった。裏の裏は表であり、再生医療医薬品の知財戦略は、他業界における知財戦略が求められる可能性がある。
今後、製薬企業において、再生医療医薬品の知財戦略を検討する際には、同業に拘らず他業界にて蓄積されてきた数多くのナレッジを参考にすることも一案である。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
*参照サイト
Oxford Biomedica PLC Webサイト:Services - Oxford Biomedica (oxb.com)
Cell Therapies Pty Ltd Webサイト:About | Cell Therapies
日本経済新聞 2022年8月15日付:富士フイルムHD、医薬品生産の主役へ 治験薬から担うCDMO CDMO医薬変革(1) - 日本経済新聞 (nikkei.com)
日本経済新聞 2023年12月21日付:AGC、横浜で国内バイオ医薬品CDMOの開発・製造能力拡大を決定 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
Satorius AG Webサイト:再生医療製品 | ザルトリウス (sartorius.com)
Corning Incorporated Webサイト:幹細胞治療研究アプリケーション|幹細胞治療研究製品|Corning
シンフォニアテクノロジー株式会社Webサイト:世界初のスマート化自動細胞培養装置を初納入 | シンフォニアテクノロジー株式会社 (sinfo-t.jp)
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
知的財産アドバイザリー
シニアコンサルタント 網中 裕一
コンサルタント 井上 翔太
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
知的財産アドバイザリー
パートナー 國光 健一
(2024.9.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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