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国内スキー市場概観

スノーリゾートに対する世界の人々の関心は高まっていると言える。また2022年2月の北京で実施された冬の大型イベントを契機に高まる中国人のウィンタースポーツへの関心を日本のスキー場は逃してはいけない。国内外のスノーリゾート市場環境および利用客動向を概観し、今後、国内スキー場事業者が実施すべき施策を考察した。

世界の動向

スノーリゾートに対する世界の潮流を概観すると関心は高まっていると言える。

ロンドンを拠点とした国際的な不動産プロバイダー「Savills」のレポート『THE SKI REPORT』では、コロナ禍や都心部の温暖化を避けてグリーンシーズンもホワイトシーズンも楽しめる山岳リゾート(スノーリゾート)の需要が高まっており、富裕層をターゲットとした高級リゾート物件の価格は世界的な上昇が見込まれていると伝えている。近年において北海道ニセコは外国人スキーヤーの人気を博し、外資系ホテルオペレーターのラグジュアリーブランドの進出が相次いでいる。世界の富裕層を取り込む環境が形成されつつあると考えられる。しかしながら世界的な認知はまだ十分ではないと思われ、世界のスノーリゾートと比較すれば不動産価格は依然として割安だ。

また、隣国である中国では2022年2月北京で実施された冬の大型イベントが数々の素晴らしいドラマを生み出し無事に終了した。中国は2015年イベント誘致成功時の公約として中国のウィンタースポーツ人口を3億人に拡大する計画を打ち出し、各地で普及が進められた結果、2021年10月までに全国住民の24%を超える3億4600万人に達したと言われている。中国のウィンタースポーツ規模は2015年から2020年にかけて2,700億元から6,000億元に増加し、将来2025年には1兆元に到達すると見込まれている。さらにSavillsのレポートによれば、その普及している年代は現在ほぼ40歳以下で初心者8割、2027年までには収入が59%増える層であると分析している。引き続き中国国内でのウィンタースポーツの発展を想定すれば、スノーリゾートに対するニーズは当然ながら増大することが見込まれる。このニーズをまずは日本のスキー場は享受することが可能であろう。中長期的にはより広くラグジュアリーなスキー体験ができる欧米に派生すると思うが、まずは同じアジアにあるスノーリゾートへ足を向けることになるだろう。

主に上記2つのポイントから世界の投資家は日本のスノーリゾートに注目している。

国内の動向

日本生産性本部『レジャー白書2020』によると、2019年度の日本国内のスキー・スノーボード市場規模は、バブル景気終盤の1990年代後半と比較して半減以下の約530億円と推計されており、直近10年間は500~600億円の間で大きな変動はなく横ばい状況である。

【需要】

市場規模縮小の大きな要因は、国内スキー・スノーボード人口の減少にあり、2019年度は1990年代後半の約3割以下の510万人だ。日本の人口比だと約14%から約4%まで大きく低下した。その減少は、バブル期にスキーを楽しんだ人々が子育て等でウィンタースポーツから離れてしまった「中断層」の増加と、20~30歳代のウィンタースポーツ離れにある。後者はスキー・スノーボードへ行く準備段階(高価なスポーツギア、自家用車用スノータイヤの準備など)から経済的なハードルが高くなってしまうことが要因と思われる。

一方で国内でスキー・スノーボードを行う訪日外国人は、年々増加しており、2019年では約100万人いると推計され、既に国内の日本人のスキー・スノーボード人口の約1/6程度の規模まで増加している可能性がある。国籍は、自国では降雪量が少ない、またはスキー場施設が未整備のアジア系が多く占めており、欧米豪は約2割程度である。訪日外国人スキー・スノーボーダーはスノーリゾートだけではなく、日本食、自然・景勝地観光、温泉入浴へのニーズも強い。10日間の日本滞在のうち3日間はナイトライフを含む都市観光を楽しみ、7日間をスノーリゾートで楽しむという若者もいた。

【供給】

国内スキー場の経営主体は約半数が民間、残りの半数は公共が関与している。その多くは索道(ゴンドラ・リフト)が5本以下の小規模施設が占めている。索道は国内スキー人口がピークだった1990年代後半に設置されたものが多く、安全のための維持修繕は継続されているものの、更新投資は行われておらず老朽化への対応が必要となっている。

そのような経営環境下、統計情報からは索道事業のみを行う事業者よりも事業の多角化を進めている事業者の方が営業利益ベースで黒字の割合が高いことがわかる。スキー・スノーボードをしない人々がスノーリゾートを楽しめるような工夫や、グリーンシーズンのコンテンツ強化などにより多角化が進められている。

事例(アメリカ ベイルスキー場)

ベイルはデンバー国際空港よりシャトルバスで2時間半の距離にある世界的にも有数のスキーリゾート。ベース標高2,454m、山頂標高3,527mの高地で乾燥しており、雪質はパウダー。ゲレンデはフロントサイド、バックボウル、ブルースカイベイスンと大きく3つのエリアから構成され、全コース面積は約2,140ha、苗場スキー場約135haの約15倍の広さがある。

ベイルは恵まれたハードの環境もありつつ、運営施策面で学ぶことは多いと考えられる。

まず、EPIC PASSというカード型のチケットシステム。シーズンパスを購入すれば、全米で約40か所、フランス、イタリア、スイス、オーストリアでの利用に加え、日本で提携している白馬・ルスツでも5日間利用可能である。利用客の利便性向上と同時に利用客の動態データを把握するだけではなく、場内消費の促進、お得なリフト券前売り券の情報発信など、顧客の囲い込みに活用できている。またオフシーズン中の販売であるため、シーズン開始前に年間のリフト券収入の大半が確定し、悪天候・雪不足などの不確定要素よって収入が減ることはない。その資金を設備更新や雇用などの投資に回すことで、計画的にスキー場の魅力増進が図られている。

チケットシステム以外にも、ゲレンデレストランの高級化や利用客のSNS発信を意識したフォトスポット等のサービスなど、スキー場というよりも冬のマウンテンリゾートへ行きたいと思わせるソフト面での施策を実施している。

将来に向けて

今後の国内スキー・スノーボード市場において拡大できる要素、または残ることのできるスキー場を考察すると、ターゲットを絞り適切なアプローチができるかどうかがポイントとなるものと考えられる。さらに日本の人口減少といったマクロ動向を踏まえれば、増加が期待できるインバウンドに適切に対応できることが重要となってくるだろう。

中国や東南アジアからの訪日客は日本でスキー・スノーボードを実施・体験することに対するニーズが強く比較的初心者の若年層が多い。スキーのために海外旅行することが定着化している欧米豪は日本のパウダースノー「JAPOW」を楽しむためなど中上級者が多く、1週間以上の中長期滞在を好む。また訪日外国人は共通して日本食やショッピング、温泉、歴史文化、ナイトライフなどの観光を強く求めており、スキー・スノーボードのみを求めているわけではない。そのため、訪日外国人スキー客を取り込むためには、各スキー場が地域や山の特性にあったターゲットを絞り込み、ターゲットごとのニーズにあった「スキー観光」を提供することができれば、国内のスキー市場の拡大は期待できる。自国でスキーを楽しむことが出来ないアジアの訪日客は日本でスキー・スノーボードファンとなり、リピーターとなることも期待出来る。

国内スキーヤー・スノーボーダーに目を向ければ、「スキー中断者の取込み」と「30代以下の既存スキー客の固定化」がスキー市場を維持できるかのポイントとなる。バブル期にスキーを始めた日本人は、現在は50歳以上となっており、体力を使うスキーに回帰させることは困難。また若年層に対する需要喚起を進めても少子高齢化が加速する日本ではスキー人口を回復するには至らない。スキー中断者は一方で潜在的なスキー人口と捉えることができる。スキー中断者は年代を重ね経済的にあまり問題はなく、また子育ても一区切りついた頃と推測すれば、中断理由は金銭面や体力面ではなく、スキーのみへの関心低下やスキーをするための余暇不足が理由として考えられる。そのため中断者に対しては、観光ついでに寄るスキー場やワーケーション地としてのスキー場、美味しく景色の良いレストランのある通年型マウンテンリゾートなど、新しいスキー場の楽しみ方を提供できれば中断者の取込みが期待できるのではないだろうか。さらに新幹線が通り都心に出やすい駅周辺のスキー場では、高級レジデンス、ホテルプランテッドレジデンスなどの住居を提供することも想定できる。都心からの移住組は教育や医療もそろえば、可能性はさらに高まる。またレストランは、例えばフランス・シャモニーではハイヒールで標高2,500mのレストランに行ける環境がある。日本のスキー場レストランのようなスキーヤー・スノーボーダーだけの所謂ゲレ食提供ではなく、スキーやスノーボード目的ではない人々をも魅了するハイクオリティなレストランを設置することも良いだろう。

若年層や既存スキー客は、スキー場に「コース充実」や「雪質」といったスキー場のスペックに対するニーズ以外に、「安さ」も強く求めている。スキーを実施することへのハードルを下げるため、手軽で安価で楽しめるスキー場を提供することができれば既存スキー客をリピーターとして固定化が期待できる。例えばスノーギアをサブスクリプションモデルでレンタルできるスキー場なども良いのではないか。また都心からのアクセスに恵まれないスキー場などでは、例えばスキー中上級者にターゲットを絞ってプロフェッショナルなサポートを提供することで集客に結び付けることはできないだろうか。スノーギアの通年のメンテナンスと保管、さらにプロからの親身なアドバイスを提供するなどしてリピーターを獲得したい。

【執筆者】
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアアナリスト 大堀 顕司

有限責任監査法人トーマツ 札幌事務所
マネジャー 小田 剛

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