ナレッジ

銀行等監査特別委員会報告第4号「銀行等金融機関の資産の自己査定並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針」の改正公開草案の解説

月刊誌『会計情報』2020年3月号

公認会計士 園生 裕之

1. はじめに

日本公認会計士協会(以下「JICPA」という。)は、2020年2月3日、「銀行等監査特別委員会報告第4号「銀行等金融機関の資産の自己査定並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針」の改正について」(公開草案)を公表した。これは、2019年12月に金融庁がディスカッション・ペーパー「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」(以下「金融庁DP」という。)を公表し、「金融検査マニュアル(預金等受入金融機関に係る検査マニュアル)」等の検査マニュアル(以下「金融検査マニュアル」という。)を廃止したことを受けて、銀行等監査特別委員会報告第4号「銀行等金融機関の資産の自己査定並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針」(以下「現行実務指針」という。)のうち、主として、貸倒償却及び貸倒引当金の計上に関する監査上の取扱いについて所要の改正を行うため、公開草案(以下「改正案」という。)として公表し、広く意見を求めることとしたものである。改正案は、2020年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用するものとされている。なお、筆者は、JICPA業種別委員会銀行業専門委員会の専門委員であるが、文中の意見にわたる部分は、JICPAの見解ではないことを予めお断りしておく。
 

2. 改正案公表の経緯

監査人は、経営者によって行われた会計上の見積りの合理性及び関連する注記事項の妥当性を評価することが求められている(監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」第17項及び第18項)が、貸倒見積高の算定も会計上の見積りの1つである(改正案Ⅰ第7段落参照)。

金融庁DPでは、各金融機関が自らの融資方針や債務者の実態等を踏まえ、認識している信用リスクを的確に引当に反映するための見積りを行うという基本的な考え方が示されている。そこには、金融機関の経営戦略や融資方針の多様化、貸出先のビジネスの多様化・複雑化、貸出先の事業環境の変化等に伴う、金融機関の融資ポートフォリオの信用リスク要因の多様化を反映することが示唆されている。JICPAは、金融庁DPが、今後の金融機関の実務において参考にされ、貸倒見積高の算定方法が多様化されることを想定して改正案を公表するに至ったものと考えられる(改正案Ⅰ第7段落参照)。

3. 改正案の内容から見受けられるJICPAの基本的な考え方

改正案に示されている現行実務指針の改正内容は、金融庁DPを契機として一層多様化することが想定される会計実務を監査上妥当なものとして取り扱うというものではなく、必要最小限の監査上の指針を追加するものに留まっている。

金融検査マニュアルは、検査官が金融機関等を検査する際に用いる手引書として位置付けられるものであった。それにも関わらず、特に、「金融検査マニュアル(預金等受入金融機関に係る検査マニュアル)」の「資産査定管理態勢の確認検査用チェックリスト」における「自己査定(別表1)」及び「償却・引当(別表2)」(以下「償却・引当別表」という。)は、会計実務上の指針としても、金融機関及びその監査人に長年利用されてきた(改正案Ⅰ第7段落参照)。

しかし、金融検査マニュアル廃止後も、「金融機能の再生のための緊急措置に関する法律」(平成10年10月16日法律第132号)(以下「金融再生法」という。)の規定により、「預金保険法」(昭和46年法律第34号)第2条第1項に規定する金融機関(以下、これを「金融機関」という。)は、決算期その他主務省令で定める期日において、主務省令で定める基準に従い、回収不能となる危険性又は価値の毀損の危険性に応じてその有する債権その他の資産の区分(資産の査定)を行わなければならない(金融再生法第6条第1項及び第2項)(改正案Ⅰ第7段落参照)。

また、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下「金融商品会計基準」という。)は、第27項及び第28項において、債務者の財政状態及び経営成績等に応じて債権を一般債権、貸倒懸念債権、破産更生債権等に区分し、その区分に応じて債権の貸倒見積高を算定することを要求している。金融商品会計基準における債権の区分と金融検査マニュアルの債務者区分との対応関係は、一般債権が正常先・要注意先に、貸倒懸念債権が破綻懸念先に、破産更生債権等が実質破綻先・破綻先におおむね相当することが会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下「金融商品実務指針」という。)第295項に示されている。金融機関も財務諸表作成においては金融商品会計基準に準拠して貸倒見積高を算定しなければならないことも、金融検査マニュアル廃止の影響を受けない(改正案Ⅰ第7段落参照)。

一方、金融庁DPは、引当・償却について現状の実務を否定するものではなく、現在の債務者区分を出発点に、現行の会計基準に沿って、金融機関が自らの融資方針や債務者の実態等を踏まえ、認識している信用リスクをより的確に引当に反映するための見積りの道筋を示すものとされている(金融庁ホームページ「「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」(案)に対するパブリックコメントの結果等について」(令和元年12月18日)参照)。金融庁DPでは、金融機関が認識している信用リスクをより的確に引当に反映するための見積りの改善を示唆しているが、それは、あくまでも現行会計基準の枠組みの範囲内におけるものである。現行実務指針の「Ⅵ 貸倒償却及び貸倒引当金の計上に関する監査上の取扱い」には、監査上妥当なものとして取り扱う貸倒償却及び貸倒引当金の計上方法が記載されているが、詳細な会計実務指針ではなく、金融検査マニュアルにおける取扱いを参照してもいない。このため、JICPAは、現行実務指針の改正を必要最小限のものに留めたものと考えられる。
 

4. 主な改正点

(1) 正常先債権及び要注意先債権の貸倒実績率又は倒産確率に基づく貸倒引当金の計上における損失見込期間

改正案では、当面の間、正常先債権及び要注意先債権について、それぞれ、以下の期間の予想損失額を見込んでいる場合には、監査上妥当なものとして認めて差し支えないという取扱いの適用条件が削除されている(改正案Ⅵ(注3)①参照)。

正常先債権 今後1年間
要注意先債権 要管理先(※)債権 今後3年間
その他 今後1年間


※ 当該債務者の債権の全部又は一部が要管理債権(「金融機能の再生のための緊急措置に関する法律施行規則」(平成10年金融再生委員会規則第2号)(以下「金融再生法施行規則」という。)第4条第4項に定める三月以上延滞債権及び貸出条件緩和債権をいう。)である債務者

上記の取扱いは、1-3年基準と呼ばれているものである。金融商品実務指針においては、一般債権の貸倒見積高の算定方法の1つである貸倒実績率法について、貸倒損失の過去のデータから貸倒実績率等(倒産確率を含むと解される。)を算定する期間(以下「損失見込期間」という。)は、一般には、債権の平均回収期間が妥当であるとされており(金融商品実務指針第110項)、1-3年基準は金融機関における例外的な取扱いとなっている。

この取扱いについて、現行実務指針では、監査人に、金融機関の正常先債権及び要注意先債権の区分毎の貸倒実績率等のデータの整備・蓄積状況に留意することを求めたうえで、「データの整備・蓄積状況が十分でないため、貸出金等の平均残存期間や、貸出金等の信用リスクの程度を勘案した期間によることができない場合」という条件を付し、JICPAが2003年2月24日に公表した「銀行等金融機関の正常先債権及び要注意先債権の貸倒実績率又は倒産確率に基づく貸倒引当金の計上における一定期間に関する検討」(以下「1-3年基準検討文書」という。)を参照することとしている(現行実務指針Ⅵ(注2)参照)。

1-3年基準検討文書では、金融商品実務指針第110項に従い、平均残存期間を損失見込期間とする場合には、契約上の返済期限を基礎とするのではなく、実態の貸出期間に対応した平均残存期間を算定することが必要であるとされている(1-3年基準検討文書2.第3段落参照)。しかし、実態の貸出期間を基礎とした貸出金等の平均残存期間の算出は実務上困難であることから、契約上の貸出期間から実態の貸出期間への調整のための一定のルール及び手法を確立し、それに基づいた平均残存期間を算定することが重要で、それに備えた基礎データの蓄積を図っていくことが適当であるとされている(1-3年基準検討文書2.第3段落参照)。調整の方法として挙げられている例は、以下の通りである(1-3年基準検討文書2.第5段落参照)。

① 信用格付け等に基づく遷移分析を実施し、ある格付け等から異なる格付け等へ遷移する期間を基礎とした調整

② 再建計画に基づき再建中である債務者について条件緩和を行っている場合に、当該再建計画の達成状況が良好であり、達成可能性が高く、正常先あるいは その他の要注意先(要管理先以外の要注意先)に上位遷移すると見込まれるときには、再建計画の残存期間を基礎とした調整

③ 再建計画を持たない債務超過の債務者である場合に、債務超過の解消可能性が合理的に見込まれ、かつ、正常先あるいはその他の要注意先に上位遷移すると見込まれるときには、債務超過解消見込期間を基礎とした調整

しかし、1-3年基準検討文書が公表されてから15年超経過した現在も、実態の貸出期間を見積もる手法に確立された考え方がない(業種別委員会研究資料第1号「我が国の銀行等金融機関の会計実務を踏まえた信用損失の会計処理に関する研究資料」第90項参照)ことから、1-3年基準を監査上妥当なものとして認める条件を削除したものと考えられる。また、2019年10月に、企業会計基準委員会が予想信用損失モデルに基づく金融資産の減損についての会計基準の開発に着手することを決定しており、金融商品会計基準が改正されるまで、各金融機関における債権の貸倒見積高の算定の枠組みの変更を強制することは、必ずしも適切ではないと考えられることを考慮したとも考えられる。

なお、貸出金等の信用リスクの程度を勘案して損失見込期間を決定する方法も妥当なものと考えられるとされている点は、現行会計基準から変わっておらず(改正案Ⅵ(注3)①参照)、その方法は1-3年基準に限定されてはいないと解される。しかし、改正案におけるJICPAの考え方に従えば、金融庁DPを踏まえてきめ細かく信用リスクの程度を把握する場合においても、信用リスクの程度と損失見込期間との対応関係が、従来と不整合(信用リスクの程度がより悪化しているという評価が合理的で裏付け可能でないにも関わらず損失見込期間を長くするなど)にならないように留意する必要があると考えられる。

また、改正案によっても、貸倒損失の過去のデータから貸倒実績率等を算定する期間は、一般に債権の平均回収期間が妥当であるという金融商品実務指針第110項の取扱いが原則であることに変わりはなく、契約上の返済期限を基礎とするものを含め、貸出金等の平均残存期間としている場合に1-3年基準に変更することは適切ではないと考えられる。

(2) 貸倒実績率又は倒産確率による貸倒引当金の計上における将来見込み等必要な修正及び貸倒実績率又は倒産確率の補正

金融庁DPを踏まえて、各金融機関が貸倒実績率又は倒産確率による貸倒引当金の計上において、これまで以上に積極的に将来見込み等必要な修正を行ったり、貸倒実績率又は倒産確率の補正を行ったりすることが想定される。改正案は、将来見込み等必要な修正及び過去の実績率の補正の方法について、会計基準等において具体的に明示されていないことから、以下の留意事項を例示している(改正案Ⅵ(注3)③参照)。

  • 金融機関に貸倒引当金の見積プロセスや見積結果の承認を行う仕組みが導入されているか。
  • 金融機関の経営陣に偏りのない情報が提供される体制が整備されているか。
(3) 貸倒引当金の計上に関する会計方針の開示

貸倒引当金の計上に関する会計方針の開示について、現行実務指針では、「適正かつ十分に記載しているか検討しなければならない」とするだけであったが、改正案では、特に、貸倒実績率又は倒産確率による貸倒引当金の計上における以下の事項については多様な方法が考えられるため、財務諸表利用者の理解に資する適切な記載が必要と考えられるという留意事項が加えられている(改正案Ⅵ(注10)参照)。

  • 損失見込期間
  • 将来見込み等必要な修正
  • 貸倒実績率又は倒産確率の補正

実務においては、既に、貸倒実績率又は倒産確率による貸倒引当金の計上における今後の予想損失額を見込む一定期間、将来見込み等必要な修正及び貸倒実績率又は倒産確率の補正について、金融機関によって異なる多様な方法が存在しており、上記留意事項の追加は、金融庁DPを踏まえて、さらに多様性が広がることを想定したものと考えられる。

5. 留意すべき改正されない点

上記3.でも述べたが、現行実務指針は、金融検査マニュアルにおける取扱いを参照しておらず、金融検査マニュアルにおいて妥当なものと認められる取扱いの全てを監査上妥当なものとして取り扱うものとしているわけではない。この観点から留意すべき改正されない点として代表的なものを2点挙げておく。

(1) 破綻懸念先債権の回収見込額を算定するに当たって予想損失率を用いる場合における損失見込期間

償却・引当別表1. (1) ①「償却・引当基準の適切性の検証」においては、破綻懸念先債権の回収見込額を算定するに当たって予想損失率を用いている場合に、通常、今後3年間の予想損失額を見積もっていれば妥当なものと認められるとされており、 金融庁DP(案)に寄せられたコメントに対する金融庁の考え方においても、「破綻懸念先に対する引当に算定において原則として今後3年間の予想損失額を見積もるという取扱いを否定するものではありません」(コメントNo.88)とされている。

しかし、現行実務指針にも改正案にも、上記の取扱いは記載されていないことから、無条件に監査上妥当なものとして取り扱うものとはされていないことになる。現行実務指針Ⅵ(注4)及び改正案Ⅵ(注5)では、「破綻に至っていない大口の破綻懸念先債権の存在等、予想損失率の妥当性に影響を及ぼす事象の有無を把握した上で、当該予想損失率の妥当性につき十分に検討しなければならない」とされている。

金融庁DPⅤ.3.(2) ①には、「現状の実務では、予想損失率の算出に当たって今後3年間の損失を見込めば足りるとしているが、より長期にわたって損失が発生する と見込まれる場合には、当該期間の損失を見込むことも考えられる。」と記載されている。破綻懸念先債権の回収見込額を算定するに当たって予想損失率を用いる方法は、「債権額から担保の処分見込額及び保証による回収見込額を減額し、その残額について債務者の財政状態及び経営成績を考慮して貸倒見積高を算定する方法」(金融商品会計基準第28項(2) ①)の簡便法と考えられ、破綻懸念先債権から発生する損失を個別に見積った場合と総体として近似する結果が得られなければならない。したがって、予想損失率の算出に当たって無条件に今後3年間の損失を見込めば足りるということはなく、より長期にわたって損失が発生すると見込まれる場合には、当該期間の損失を見込むことが適切と考えられる。

(2) DCF法により貸倒引当金を計上する貸出条件緩和先債権等

DCF法とは、債権の元本の回収及び利息の受取に係るキャッシュ・フローを合理的に見積もることができる債権について、債権の発生又は取得当初における将来キャッシュ・フローと債権の帳簿価額との差額が一定率となるような割引率を算出し、債権の元本及び利息について、元本の回収及び利息の受取が見込まれるときから当期末までの期間にわたり、債権の発生又は取得当初の割引率で割り引いた現在価値の総額と債権の帳簿価額との差額を貸倒見積高とする方法である(金融商品実務指針第113項(2)参照)。

償却・引当別表1. (1) ② ロ. (イ)「償却・引当基準の適切性の検証」においては、「要管理先の大口債務者については、DCF法を適用することが望ましい。」とされており、「備考」の(注)に「「大口債務者」とは、当面、与信額が100億円以上の債務者をいう」と記載されていた。

しかし、現行実務指針Ⅵ②においても改正案Ⅵ②においても、要注意先債権のうち、DCF法により貸倒引当金を計上する対象は、債権の元本の回収及び利息の受取りに係るキャッシュ・フローを合理的に見積もることができる債権であって重要なものとされているだけで、金額基準は定められていない。また、一般的に貸出条件緩和先(※)債権が該当すると考えられるとされている。

※ 当該債務者の債権の全部又は一部が金融再生法施行規則第4条第4項に定める貸出条件緩和債権である債務者

金融商品会計基準第28項(2)において、「同一の債権については、債務者の財政状態及び経営成績の状況等が変化しない限り、同一の方法を継続して適用する」とされていることから、本来は、DCF法の適用対象債権を金額によって決定することは適切ではないと考えられる。一方、金融商品実務指針第299項では、「合理的に見積もられた将来キャッシュ・フローとは、債務者の実現可能性の高い将来の事業計画や収支見通しを裏付けとした客観性のあるものをいう。合理的な将来キャッシュ・フローの見積りを行うためには、会社が担当者を置くなどして債権管理を継続的に行うことが前提となる。」とされていることから、債権管理の水準により適用可能性が変わり得ると考えられる。したがって、金額基準は一律に定められるものではなく、各金融機関における債権管理の水準と整合的なものとすることが適切と考えられる。

また、要管理先のうち、債権の全部又は一部に三月以上延滞債権はあっても貸出条件緩和債権がない債務者については、債権の元本の回収及び利息の受取りに係るキャッシュ・フローを合理的に見積もることができるとは必ずしもいえないと考えられる。

以 上

お役に立ちましたか?