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2019年IPO市場の動向

月刊誌『会計情報』2020年3月号

有限責任監査法人トーマツ IPO支援室 公認会計士 山口 誠二

1.はじめに

2019年における世界のIPO市場は、米国配車サービスのウーバー・テクノロジーズやリフト、ビジネスチャットのスラック・テクノロジーズなど、米国IPO市場のテクノロジーセクターを中心に大型上場が相次いだ。しかし、米国・中国・EUの貿易摩擦や英国のEU離脱などの世界経済の先行き不安を背景に、全体的なIPO件数や調達額は前年度比で減少している。

一方、2019年の国内IPO企業数は95社(TOKYO PRO Marketへの上場9社を含む)であり、2018年の98社とほぼ同水準となった。IPO企業数は2014年に80社を超えて以降、高い水準で推移しており、国内IPO市場は引き続き活況といえる。

以下、2019年の国内IPO市場の動向と特徴を整理する。

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2.2019年のIPOの特徴

2019年のIPOの主な特徴を要約すると、以下のとおりである。各項目の詳細については後述する。

① 市場別…引き続きマザーズへのIPOの割合は高く、マザーズ市場への上場数は過去最多
② 業種別…情報通信業が大幅に増加、特にSaaS型ビジネスモデルの企業が目立つ
③ 発行総額…発行総額500億円以上の企業は1社のみ(Sansan株式会社)
④ IPOのタイミング…期越え上場数が23%を占めている
⑤ IFRS適用によるIPO…IFRS適用企業は1社のみ(株式会社JMDC)
⑥ 時価総額…初値時価総額1,000億円以上の企業は3社であり、中小型のIPOが多い
⑦ 赤字上場…上場直前期の当期純損失企業は19社、全体の20%が上場直前期に赤字を計上
 

① 市場別

直近5年間の市場別のIPO企業数は、図表2のとおりである。2019年のマザーズへのIPO企業数は64社、全体に占める割合は67%と引き続き高い水準であり、1999年のマザーズ新設以降、過去最多のIPO企業数となった。また、東証本則へ上場する企業数の割合は前年と同水準であるが、JASDAQへの上場は2年連続で減少し6社となった。なお、札幌及び名古屋証券取引所でそれぞれ1社、福岡証券取引所で2社、TOKYO PRO Market では9社の上場があった。

② 業種別

2019年にIPOした企業の業種別の内訳は図表3のとおりである。2019年では情報通信業35社、サービス業28社となり、2業種合計では63社と全体の72%を占めている。情報通信業は、特に増加傾向にあり、名刺管理サービスのSansan株式会社、クラウド会計ソフトのフリー株式会社、ビジネスチャットツールのChatwork株式会社などSaaS型ビジネスモデルのIPO企業が目立っている。

一方で、小売業は6社と前年同水準、不動産業は9社から6社に減少している。

また、初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は図表4のとおりである。直接的には関連しないものの、国内市場においては、IoT(Internet of Things)、AI(人工知能)、ビッグデータなどに関連するシステム投資が存在感を強めており、これらにより恩恵を受けるビジネスや関連するデジタル技術を活用した企業に対する投資家の期待が高い傾向にある。

一方で、不動産業や建設業では、初値が公開価格を下回る状況が散見された。

【図表4】公開価格比(初値と公開価格の比)が高かった企業
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③ 発行総額

公募金額及び売出し金額を合計した発行総額レンジ別のIPO企業数は、図表5のとおりである。2019年の特徴として、発行総額500億円以上のIPO企業は1社のみとなっている。発行総額100億円以上で集計した場合も、2017年に10社、2018年に12社に対し、2019年は9社であり、全体に占める割合が10.5%に低下している。IPO企業数は、2019年と同水準であることから、発行総額100億円未満の比較的中小型のIPOの割合が膨らんだと言える。

④ IPOのタイミング

最近はIPOのタイミングが上場申請期の期初から長い企業が多い傾向にあるが、2019年も同様の傾向にある。図表6では、2017年、2018年及び2019年の上場申請期の期初からIPOするまでの月数別の企業数を示している。

【図表6】上場直前期末からIPOするまでの月数別企業数(単位:社)
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上場申請期の第4四半期期末月(=上場申請期の期初から数えて12か月目)に上場する企業は、2018年は22社、2019年は28社であり、他の月と比較して最も多い月となった。また、上場申請期の期初から数えて13か月目から15か月目での上場、いわゆる「期越え上場」については、図表7で示すとおり、2019年は22社と全体の23%を占めている。これは、業績予想の達成状況を慎重に見極めてから上場する会社が多いことに起因していると考えられ、今後もこの傾向が続くことが予想される。

⑤ IFRS適用によるIPO

2019年にIFRS(国際財務報告基準)を適用して上場した企業は、12月に上場した株式会社JMDCの1社のみであることも特徴のひとつである。前述した発行総額100億円以上の企業が減少し、比較的中小型のIPOの割合が膨らんでいることも関連していると考えられる。

なお、最近のIFRSを適用して上場した企業は図表8のとおりであり、投資ファンドが主要株主となっているか若しくは資本上位会社がIFRSを適用している会社であった。IPO企業において、投資ファンドが多くを出資するケースでは上場する際にIFRSを適用する傾向が見受けられる。

⑥ 時価総額

2019年上期に初値時価総額1,000億円を超えたIPOとして挙げられるのは、6月19日に上場した名刺管理サービスを展開するSansan株式会社である。上場初値は4,760円(公募価格4,500円)をつけ、初値時時価総額は1,424億円と2019年で最大規模のIPOとなった。同社の上場前2事業年度の連結業績をみると、売上高は毎期増収している一方で、直前々期(2017年5月期)の営業損失は7億円、直前期(2018年5月期)の営業損失は30億円であり、営業損失が拡大している。販売費及び一般管理費に占める広告宣伝費の割合が高く、広告宣伝費は直前々期15億円から直前期44億円に増加しており、認知度を高めるための先行投資を事業戦略としていることが窺える。上場時の調達資金もサービスの更なる認知度向上、顧客の継続利用や契約の拡大等を目的とした広告宣伝・販売促進費等のマーケティング投資の一部としており、今後の業容拡大が期待される。

2019年下期に初値時価総額1,000億円を超えたIPOは2社あり、12月16日に上場した株式会社JMDCと12月17日に上場したfreee株式会社である。

株式会社JMDCは、ヘルスビッグデータ事業、遠隔医療事業、調剤薬局支援事業を展開し、上場初値は3,910円(公募価格2,950円)をつけ、初値時価総額は1,015億円のIPOとなった。なお、同社は前述の「IFRS適用によるIPO企業」に記載のとおり、2019年のIPOで唯一のIFRS適用企業である。

また、クラウド会計ソフト等を開発・提供しているfreee株式会社は、上場初値2,500円(公募価格2,000円)をつけ、初値時時価総額は1,235億円のIPOとなった。前述のSansan株式会社と同様、売上高は増収している一方で、直前期(2019年6月期)及び申請期(2020年6月期)において営業損失(28億円)を計上している。販売費及び一般管理費を見ると、やはり研究開発費や広告宣伝費の割合が高く、先行投資を事業戦略としていることが窺える。

⑦ 赤字上場

2019年の特徴として、上場直前期に当期純損失を計上している企業や上場申請期に当期純損失を予想している企業、つまり「赤字上場」を果たした企業が増加していることが挙げられる。上場直前期の当期純損失企業は、前年の11社から19社に増加し、2019年IPO企業の20%が上場直前期に赤字となっている。また、上場申請期においても当期純損失の業績予想をしている企業が、前年の3社から8社に増加している。

3.おわりに

2019年は、3月に日本取引所グループより、「現在の市場構造を巡る課題(論点整理)」が公表され、12月に金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループより、「市場構造専門グループ報告書(案)」が公表された。「市場構造専門グループ報告書(案)」においては、現状の市場区分(市場第一部、市場第二部、マザーズ、JASDAQスタンダード及びグロース)のコンセプトが曖昧であり、多くの投資者にとって利便性が低く、市場第ニ部・マザーズ・JASDAQの位置づけが重複していてわかりにくいことを課題のひとつとして挙げている。

また、今後の市場区分としては、2022年上半期を目途に、「プライム」「スタンダード」「グロース」(いずれも仮称)の3市場に再編し、それぞれの市場コンセプトに照らし、自社の理念、ガバナンス水準や株主との対話へのコミットメントなどを踏まえ、適切と考える市場区分を主体的に選択できるようにすることが適当と提言されている。

IPOにおいても、市場コンセプトを踏まえ、上場後も安定した経営と成長性の維持が出来るよう、上場準備の過程で、適切なガバナンス体制を構築していく必要がある。成長を支えるガバナンス体制の構築により、市場の公正性・活力が確保され、企業・経済の持続的な成長に寄与することを期待したい。

以上

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