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実務対応報告公開草案第59号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い(案)」の解説

月刊誌『会計情報』2020年8月号

公認会計士 内田 彰彦

1.はじめに

2014年7月の金融安定理事会(FSB)による提言に基づく金利指標改革(以下「金利指標改革」という。)が進められている。そうした中、ロンドン銀行間取引金利(London Interbank Offered Rate。以下「LIBOR」という。)の公表が2021年12月末をもって恒久的に停止され、LIBORを参照している契約においては参照する金利指標の置換が行われる可能性が高まっている。LIBORは5つの主要な通貨について公表されており、LIBORを参照する取引は広範に行われているため、金利指標改革により多くの取引に影響が生じる可能性がある。

LIBORを参照する金融商品について必要と考えられるヘッジ会計に関する会計処理及び開示上の取扱いを明らかにするため、2020年6月3日に、企業会計基準委員会(ASBJ)は、実務対応報告公開草案第59号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い(案)」(以下「本公開草案」という。)を公表した。本公開草案に対するコメント期限は、2020年8月3日である。

本稿では本公開草案の概要について解説する。

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実務対応報告公開草案第59号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い(案)」の全体像(イメージ)
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2.本公開草案の基本的な考え方

金利指標改革に起因するLIBORの置換は、企業自身の意思決定に基づくものではなく、企業からみると不可避的に生じる事象である。このような不可避的に生じる事象に対して、そうした事態を想定して開発されていない会計基準を当てはめた場合、当該会計基準の開発時には想定されていなかった結果が生じる可能性がある。こうした会計処理に基づく財務情報が提供されることは、財務諸表作成者が行った取引の実態を適切に表さず、結果として、財務諸表利用者に対する有用な財務情報の提供につながらない可能性があると考えられる。そのため、適切な適用範囲を定めたうえで、特例的な取扱いを定めている。

 

3.本公開草案の概要

(1)適用範囲

本公開草案は、金利指標改革に起因して公表が停止される見通しであるLIBORを参照する金融商品について、金利指標改革に起因するLIBORの置換と直接関係のある以下の変更を特例的な取扱いの適用範囲としている。

  • 金利指標を置き換える場合に、その契約の経済効果が金利指標置換の前後で概ね同等となることを意図した金融商品の契約上のキャッシュ・フローの基礎となる金利指標を変更する契約条件の変更のみが行われる金融商品
  • 上記契約条件の変更と同様の経済効果をもたらす契約の切替に関する金融商品

したがって、

① LIBORと後継の金利指標の差分を調整するためのスプレッド調整(現金の授受も含む)

② 金利指標の置換に伴う更改期間、日数計算、支払日、前決めの金利から後決めの金利への変更等

は、経済効果が概ね同等となることを意図した契約条件の変更等に該当するため、特例的な取り扱いの適用範囲となるが、

③ 想定元本の変更

④ 満期日の変更

⑤ 貸出の仕組みの変更(例えば、証書貸付から当座貸越への変更)

⑥ 取引相手の信用リスクのスプレッドの変更

⑦ 財務的な困難がある借手への譲歩

⑧ 取引相手の変更

なども含まれる場合には、③〜⑧は契約の経済効果が金利指標置換の前後で概ね同等となることを意図した変更には該当せず、特例的な取扱いの適用範囲外となる。

なお、本公開草案の最終化後に新たにLIBORを参照する契約を締結する場合、その金融商品も適用範囲に含まれる。

 

(2)用語の定義

① 契約条件の変更:
既存の契約の契約条件の内容を変更すること

② 契約の切替:
既存の契約をその満了前に中途解約し、直ちに新たな契約を締結すること

③ 金利指標置換前:
下記④に定める金利指標置換時よりも前の期間をいう

④ 金利指標置換時:
金利指標改革に起因して公表が停止される見通しであるLIBORに関して、ヘッジ対象の金融商品及びヘッジ手段の金融商品の双方の契約において後継の金利指標を基礎とした計算が開始される時点をいう

⑤ 金利指標置換後:
金利指標置換時よりも後の期間をいう

 

(3)会計処理

① 金利指標置換前の会計処理

(a) ヘッジ対象又はヘッジ手段の契約の切替

本公開草案の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用している場合、金利指標改革に起因する契約の切替((2)②参照)が行われたときであっても、ヘッジ会計の適用を継続することができる。

なお、上記の取扱いは金利指標置換時及び金利指標置換後においても同様である。

 

(b) ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)

  • ヘッジ対象となり得る予定取引の判断基準

適用範囲に含まれる金融商品がヘッジ対象である予定取引が実行されるかどうかを判断するにあたって、ヘッジ対象の金利指標が、金利指標改革の影響を受けずLIBORから変更されないとみなすことができる。

  • ヘッジ有効性の評価

事前テスト

適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用する場合、ヘッジ対象及びヘッジ手段の参照する金利指標は既存の金利指標から変更されないとの仮定を置いて事前テストを実施することができる

事後テスト

適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用する場合、事後テストにおける有効性評価の結果、ヘッジ有効性が認められなかった場合であってもヘッジ会計の適用を継続することができる

 

  • 包括ヘッジ

適用範囲に含まれる金融商品を含むグループをヘッジ対象として包括ヘッジを適用する場合、個々の資産又は負債のリスクに対する反応とグループ全体のリスクに対する反応が、ほぼ一様であると認められなかった場合であっても、包括ヘッジを適用することができる。

なお、上記の取扱いは金利指標置換時及び金利指標置換後においても同様である。

 

(c) 金利スワップの特例処理等

  • 金利スワップの特例処理

適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段として金利スワップの特例処理を適用する場合、日本公認会計士協会 会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」第178項③から⑤の条件を満たしているかどうかの判断にあたって、ヘッジ対象及びヘッジ手段の参照する金利指標は既存の金利指標から変更されないとみなすことができる。

  • 振当処理

適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段として振当処理を適用するに際し、円貨でのキャッシュ・フローが固定されているかどうかの判断にあたって、ヘッジ対象及びヘッジ手段の参照する金利指標は既存の金利指標から変更されないとみなすことができる。

 

② 金利指標置換時の会計処理

(a) ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)

金利指標置換前において本公開草案の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用していた場合については、金利指標置換時において、ヘッジ会計開始時にヘッジ文書で記載したヘッジ取引日(開始日)、識別したヘッジ対象、選択したヘッジ手段等を変更したとしても、ヘッジ会計の適用を継続することができる。

 

③ 金利指標置換後の会計処理

(a) ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)

金利指標置換前において本公開草案の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用していた場合、金利指標置換時以後において、3.(3)①(b)に記載したヘッジ有効性評価の事後テストの特例的な取扱いを適用していたか否かに関わらず、金利指標置換時以後、当該特例的な取扱いを適用し、ヘッジ会計の適用を2023年3月31日以前に終了する事業年度まで継続することができる。また、当該特例的な取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換えたとしても、ヘッジ会計の適用を継続することができる。

なお、金利指標置換時以後において特例的な取扱いを適用せずに事後テストを実施する場合には、ヘッジ対象及びヘッジ手段の相場変動又はキャッシュ・フロー変動の累計を金利指標置換時を起点として比較する。

 

(b) 金利スワップの特例処理等

本公開草案では、金利スワップの特例処理及び振当処理についても原則的処理方法(繰延ヘッジ)に関する特例的な取扱いと同様に、3.(3)①(c)に記載した金利スワップの特例処理及び振当処理の特例的な取扱いを適用していたか否かに関わらず、金利指標置換時以後、当該特例的な取扱いを適用し、金利スワップの特例処理及び振当処理の適用を2023年3月31日以前に終了する事業年度まで継続することができる。また、当該特例的な取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換えたとしても、金利スワップの特例処理及び振当処理の適用を継続することができる。

 

なお、本公開草案最終化時には、金利指標の選択に関する実務や企業のヘッジ行動について不確実な点が多いため、本公開草案の最終化から約1年後に、金利指標置換後の取扱いについて再度確認する予定である。

 

(4)注記事項

報告日時点において本公開草案を適用することを選択した企業は、以下の項目を注記する。

  • 本公開草案を適用しているヘッジ関係の内容(ヘッジ会計の方法、ヘッジ手段、ヘッジ対象、ヘッジ取引の種類等)
  • 本公開草案を一部のヘッジ関係にのみ適用する場合には、その理由

ただし、連結財務諸表において上述の内容を注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しない。

 

4.適用時期等

公表日以後適用することができる。

また、本公開草案を適用するにあたっては、全てのヘッジ関係に一律に適応するのではなく、ヘッジ関係ごとにその適用を選択することができる。

 

以上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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