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先進中国企業における「働き方改革」事例

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第十七回

「日本企業のグローバル人事を考える」と題したGlobal HR Journey。今回は海外拠点で「働き方改革」を推進する日本企業に向けて、先進中国企業の「働き方改革」事例をご紹介する。

日本で近年人事のホットトピックといえば、働き方改革が筆頭に挙げられ、人事のみならずマネジメント全体の課題として取り組んでいる企業が多い。労働人口の減少により、効率的な働き方が求められる、ミレニアル世代が労働人口の中心となるにつれて、彼らの志向に合わせた労働環境を整えることが求められる等、因果関係が明確な改革といえよう。また、多くの場合は職場でのダイバーシティを実現するための絶対条件とも考えられる。

筆者が駐在している中国においても、日本での活動を横展開する形で働き方改革に取り組む企業も増えてきている。職場のレイアウトを変更したり、フリーアドレス・ホテリング、紙資料の削減等、日本と比べるとまだ限定的だが、最近はクライアントから相談をいただくこともある。もちろん日本と中国では労働環境が大きく異なるため、求められる働き方改革の方向性もずいぶんと異なるが、中国企業の事例をご紹介する。
 

中国の労働環境と世代間の価値観の違い

ご存知の読者も多いかとは思うが、中国も日本と同じく出生率が低くなっており、高齢化社会におけるリスクが取り沙汰されている。一方でまだ人口ボーナスがあり、外資企業の本社があるような一線都市では、都市化の流れで人口流入が続いているためにまだ深刻な状況とはなっていない。一方で、世代間の価値観の格差に関しては、中国では生まれた年次によって価値観がかなり違うとされる(80年代生まれのバーリンホウ(80 后)、90年代生まれのジョーリンホウ(90后)等)

図1:新たな世代の価値観適応

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「仕事をガンガンやって偉くなり、よりよい生活を手に入れる」という80年代生まれ世代の志向から、ある程度、生まれた時から恵まれている90年代生まれは「興味が持てるか、楽しいか」というゆとり世代にも共通する判断軸を持っているとされる。こんな新世代に対して、アリババ会長の馬雲や同業界のライバルである京東(JD.com)の劉強東CEOが「996制度」に言及し、日本のメディアからもブラック企業として多数取り上げられた。「996制度」とは簡単にいうと、朝の9時から夜の9時まで週に6日間仕事をすると成長も早いということで、若い時にはそれぐらい仕事に打ち込むのも良いだろう意見である(日本でいう「24時間働けますか?」に匹敵)。アリババや京東で実際に996的な働き方をしている社員もいるとは思うが、制度として存在するわけではない。元英語教師の馬雲からすれば、自分の若い頃を振り返り、若手社員に何か教えたいという老婆心だったのかもしれない。

90后世代の価値観の違いに影響を及ぼしているのは、生活において圧倒的なデジタル化を享受している点にある。既に日本でも広く知られているように、ほぼ完全なキャッシュレス社会であり、街角の個人経営の雑貨屋等でも支払いはバーコードをスキャンして、となっている。タクシーも、手を挙げて捕まえるのではなく配車アプリを使い、車のグレード(豪華さ)や大きさを選び、待ち時間や車がどこにいて、どこに向かっているか等もGPSでトラッキングする。食事も“ワイマイ(出前)”し、アプリから近所の麺屋さん、ジューススタンドからミシュラン星付き高級レストランまで、24時間いつでもオーダーができる。各レストランの評価から、オーダーした場合の待ち時間、オーダー後にどのような状況かもGPSで一目瞭然となっている。

先日、上海から北京に戻る飛行機の中でパソコンの電源コードが故障してしまい、パソコンの電源が20%を切る中、当日中に仕上げないといけない仕事があるというピンチに陥った。北京首都国際空港に到着したのは、金曜の夜22時。そこからすかさず、日本でも有名なタオパオのアプリで電源コードを注文したところ、北京の自宅についた23時には、既に新品のコードも到着していた。まさにチャイナスピードである。

筆者は残念ながら90后世代ではないが、テクノロジーの進化により生活は大きく変わり、より便利、効率的な社会となっていることは日々実感している。一方で、業務面に目を向けると、テクノロジーの進化でここ5年、働き方が大きく変わったかというと、そうでもないことが多い。確かに会議はスカイプやWeChatで行われるものの割合が多くなった。一方でどこまでスピードを重要なKPIとして、業務を効率化できているかというと、特に間接部門においては課題が依然として多い。日本も含めた決裁のプロセス、そこに至るまでに必要な資料準備の時間、討議の回数等々。当たり前となっている仕事の進め方で不便がどこにあるのか、見直しができる点はあるか、そもそも効率化や改善に向けた経営努力をしていくような風土やプロセスがあるのか、KPIは何か問われるところである。

 

先進中国企業での取り組み

「996制度」をトップが奨励するような企業は、ブラックであり、組合無視で従業員が身を粉にして働かざるを得ず、果てには過労死を招く企業であるという批判もある。しかしIT企業においては平均在職年数が2~3年、月退職率が10%を超えるというようなことは中国に限らず珍しいことではなく、好業績企業であってもエンゲージメントが高くないという見方もできる。日系企業が中国のリーディングカンパニーの事例をベンチマークする際、「組織風土が違いすぎるので、同じようなことはできない」という意見は多い。一方で、自社らしさを追求し、不変のミッションを体現していくことは各社に共通する重要な使命である。中国最大手のハイテク企業のように、賞与とLTIは評価上位40%の社員にのみ支給し、残りの60%の社員は退職しても構わないという人事管理は多くの日系企業には馴染まないが、参考にできる取組みをしている中国企業もある。例えば前述のアリババだが、世代間によって異なるそれぞれの志向に合った制度の導入を考え、昇格は自己申告制に変えた。期初に今年は昇格を目指すか、目指す場合は2段階昇格を目指すかまで社員が自身で決め、その成果によって年度末に結果が出る。もちろん、やる気のある社員を見極める狙いもあるが、社員それぞれのライフステージに応じて、生き馬の目を抜くIT業界において、up or outでなくても組織に残れる工夫がなされている。

図2:

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同じく、中国最大手ハイテク企業においても管理職の昇格は自己推薦制となっており、部長職の平均年齢は40才代中盤の中、28才で昇格するスターも生まれている。

同じく前述の京東においても、従業員数が10万人を超える中でもスピード感のある働き方を継続できるよう、鉄の掟14条というものを制定し、外部にも公開した。その中には、“会議333原則”ということで、会議資料はPPT3枚以内、会議は30分以内、そしてどのような重要な意思決定事項においても会議3回以内に決裁させるというルールを決めている。また、“24時間原則”において管理者は24時間以内にメール、電話にも返答する必要があり、(長時間移動など)特殊な理由がある場合はその理由も24時間以内に連絡する必要がある、とされている。また、90后世代の志向に合う、フラットな組織を目指してあらゆるポストにおいても5年以上同じ人が務めることが無いようローテーションを実施、いかなる重要な意思決定も上位者とその上位者の2階層以上は持ち込まない、情報・カレンダー・戦略の開放も徹底している。このように、社員の思いを組みながらも会社が実現したいスピードや効率化を含めたマネジメントを働き方に落とし込むことを重視していることが分かる。

働き方改革をイノベーションに繋げられるか

言うまでもなく、働き方改革の主役は社員であり、社員のエンゲージメントをいかに高められるかがポイントになる。一方で人事としてはそれだけでは不十分で、このイニシアティブを通して、いかに会社側のアジェンダを実現するかも検討が必要だ。中国最大手のハイテクメーカーでは、開発スピードは速いが、イノベーティブな商品が作れないことが課題であった。当社は外部のコンサルティング会社と組み、(GAFA等の)イノベーティブな会社が備えている要素をDigital DNAとして定義し、それが自社にどれだけ浸透をしているか調査を行った。例えばアジャイルな働き方を実現するためには、プロトタイプを早く作り、叩いて改良していくことが求められるが、失敗がマイナス評価となるような組織ではそのような働き方が実践されにくい。また、エコシステムの中での協働が成功のカギだが、社外はおろか、部門間の連携ができていない等の課題が山積みであることが分かった。

最初の取り組みとしては、トップダウンで働き方を変えていくとして、リーダー層のワークショップを徹底的に行った。クラスルーム研修はもちろんシリコンバレーや深センのトップ企業からユニコーンまで視察し、自社との働き方との違いをベンチマークした。その後に自社でよりイノベーティブな働き方に取り組むわけだが、研修ではそれなりに学んでも自分の仕事に戻ると忘れてしまうのが世の常である。ここでは一工夫をし、イノベーティブな働き方を実践した様子を動画で撮り、それを社内SNSサイトへ投稿することが義務づけられた。普段からWeChatの崩友圏に投稿、コメントをする習性を活かした手法であるが、これが大ヒットした。1万時間近くの動画が投稿され、それの数倍の時間、視聴が行われ、コメントも殺到した。このような形で働き方改革は加速度を増し、鑑賞した部署・メンバーでは更に進化が試みられ、風土として根付く形になった。イノベーティブな商品が生まれるかはまだ分からないが、大いに期待できるスタートとなっている。

 

最後に

変化の速いデジタル化社会となっている中国においては、時間は味方にもなり、敵にもなりうる。問題意識を持ち、現状を正しく分析している企業は都度状況に適した施策をうち、時間がたつにつれて進化、競合との差別化を図ることができる。一方で、何もしない企業にとっては、時間が流れるに従い、競争力が失われていく。日系企業においても同様のことがいえよう。

 

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